軽い作業とケーマの決意。
そうこうしているうちに、昼食の時間がやってくる。
「今日は凝ったの作ろうかな」
機嫌のいいオレは、馬車の中の食料を改めた。
エルフの里であれこれともらっているから、充実している。
「ひき肉に、グリーンレタスに、パンとタマゴもあるのか……」
調味料も充実していた。
塩や砂糖はもちろんのこと、香辛料や
オレにとあるアイディアが閃く。
作ってみるか……。
例の……アレっ……!
オレはタマゴにビネガーと、塩とコショウにカラシも取りだす。
「ケーマさまっ!」
「ケーマどのっ!」
フェミルとロロナが前にでてきた。
「「お手伝いできることはございませんかっ?!」」
ふたりで同じことを言った。
「それならフェミルは、このひき肉でハンバーグを作ってくれ」
「はいっ!」
「ロロナは、オレのことをじっと見てくれ」
「ケッ、ケーマどのをか……?」
ロロナはボッと頬を赤くし、オレを見つめた。
唇を引き結び、うるんだ瞳でじいぃ……っと見つめた。
「いやごめん、そうじゃない」
「ふあっ?!」
ロロナはビクッと正気に戻った。
「すすすっ、すまないっ! ケーマどのっ!
そういう意図があったわけではなかったのだ!!」
「そういう意図?」
「いやっ、そのっ……。ふあぁん…………」
ロロナは、真っ赤に染まってしまった顔を、自身の両手で覆い隠した。
惚れているのか憧れているのかは判断が難しいところだが、なかなかにチョロい。
オレはタマゴとビネガー、塩にコショウにカラシ。
そして一番肝心な油を持って移動した。
「見ていてくれってのは、オレの手元をってことだ」
「うっ、うむっ」
ロロナは小さくうなずいた。
オレは手近にあった四角い箱に、タマゴをカチッと打ち当てた。
そのまま右手で、パカリと割った。
オレが持ってる常時発動型のスキル――生タマゴ右手一本割りの発動だ。
レベル4で達人、5もあれば人外と呼ばれる領域の中で、レベル6の片手割りである。
割られたタマゴは重力によって芸術的なゆがみを見せて、食器の中にぽとりと落ちた。
レベル6のスキルによって落ちたタマゴは、落ちた姿も美しい。
ぽっかりと浮かんだ満月のように、爛々と輝いている。
タマゴを割ったのはひさしぶりだが、腕は劣っちゃいないようだな。
「フフフ……」
余は満足じゃ。
「ケーマどの……?」
ロロナを戸惑わせつつ、作業は進めた。
卵黄と卵白を分離して、卵黄だけをボールに入れる。
泡立て器がほしいとこだが、なかったのでフォークを使う。
シャカシャカシャカとかき混ぜる。
「ケーマどの」
「ん?」
「オイルは、入れないのか?」
「それがコツでポイントね」
「そっ、そうか……」
オレは油が入ったコップを手に取った。
卵黄一個分に対して、120ccぐらいだ。
計量カップがないので目分量だが、タマゴ料理LV2のスキルを信じる。
「こうやって、細い線ができるぐらいに、ゆるりと垂らすのが重要な?」
「うっ、うむっ……」
ロロナは、戸惑いながらうなずいた。
なにを作るのか知らされていないのだから、無理もないことである。
しかしゆっくり垂らしていないと、ビネガーと油が分離する。
水と油ということわざがあるように、水同然のビネガーと油も反発しあう食べ物だ。
そこに卵黄を入れて、仲介役をさせるのがこの料理のポイントである。
なので卵黄をビネガーに馴染ませてからでないと、ふたつがうまく混ざらない。
ついでに言うと、先に入れるのはビネガーだ。
油を先に入れてしまうと、ベタベタとした触感になる。
この料理を作る上でよくあるミスが、先に油を入れているパターンだ。
卵と油が繋がっているのをじっくり見ながら、ゆったり混ぜる。
ししおどしのある日本庭園のごとき、わびさびである。
こうして誕生する調味料こそ、マヨネーズ。
淡い酸性と油分を好むと言われている人間の本能に訴える調味料だ。
フォークをペロりと舐めてみる。
「いい出来だな」
(こくっ。)
ロロナが、細い喉を鳴らした。
「舐めてみるか? ロロナも」
「よっ、よろしいので……?」
「ダメなら言わない」
「しかし……」
ロロナは、オレの唇とフォークを交互に見やった。
「オレが口つけたあとだとイヤか」
「そのようなことは、けっして!」
ロロナは前のめりに言うと、オレの手を握った。
瞳を閉じて息を荒げる。
モザイクが必要なモノを舐めるかのような顔つきで、舌をチロリとだしてきた。
(チロ……、チロッ、チロッ)
エロい。
その顔は、ひたすらにエロい。
オレの手を握る手も熱い。
変な気分になりそうだ。
「とっ……とにかく終わったなら、今の調子でマヨネーズを作ってくれ」
「うっ……うむっ!」
ロロナは、緊張しつつもうなずいた。
作業に入る。
手つきは堅いがいい感じだ。
オレはフェミルのほうを見る。
フェミルはオレに背を向けて、せっせと作業しているようだ。
犬の尻尾とかわいいお尻が、ふりふりとゆれている。
ウサギの獣人と犬の獣人のハーフであるらしいフェミルは、ウサギの耳と犬の尻尾を一緒に持ってる。
あざとい。
実にあざとい。
セクハラをすることにした。
「調子はどうだ?」
「ひゃんっ!」
背後から抱きすくめ、おっぱいを揉む。
「どうした? 手が止まってるじゃないか」
「ケーマさまあぁ……!」
哀願の声をだされたが、オレは構わずもみもみ揉んだ。
「あうぅ~~~ん……。あっ、ひゃううっ……!」
フェミルはかわいく喘ぎつつ、仕事をしっかりやり切った。
偉い。
「アタシには、なにかないのっ?!」
「オマエもさわってほしいのか?」
「きゃっ!」
巨乳を突つかれたローラが、自身の胸をかばって叫んだ。
「ちがうわよ! ばかっ! ケーマのえっち!」
「じゃあなんなんだよ」
「今日のアタシは機嫌がいいから、特別に働いてあげるって言ったの!」
怠けるのが大好きなクソ駄女神のローラだが、みんながせっせと働いているのにひとりだけ放置なのは、さびしくなってしまうらしい。
めんどうな性格である。
「それなら、ロロナのためにタマゴを割る仕事をやってくれ」
「わかったわ! 偉大なるアタシの国士無双なタマゴ割り、刮目して見ていなさい!」
アホのローラは、無駄にハードルをあげてきた。
仕方ないので黙って見てやる。
「クフフフ、フ……」
ローラの手つきはぎこちなかった。
タマゴを持つ手が震えてる。
硬い箱を見つめる目つきも、イヤな感じに座ってる。
殺人鬼を主食にしていそうな、イッちゃってる人間の目だ。
なにも知らないエクソシストがこの場にいたら、邪神封印の儀式を始める。
そしてローラは――。
タマゴをグチャッとかち割った。
白いタマゴは、踏み潰されたカタツムリみたいになった。
ハンプティ・ダンプティがローラに持たれた。
ハンプティ・ダンプティがローラに割られた。
王様の馬と家来の全部がかかっても、ハンプティは元に戻せない。
「ふえぇん、ケーマぁ……」
ローラは、白身と黄身でぐちゃぐちゃになった手を気味悪がって涙ぐんだ。
「ケガとかはないか?」
「ちょっぴり痛い……」
人差し指の端が、タマゴのカラでちょっぴり切れてた。
「まったく、仕方ないな」
「ふえぇん……」
気落ちしているローラの手を握り、布でタマゴをふき取った。
「ヒール」
「こここっ、今回のケーマは、やさしいわねっ!」
「あ?」
「ケーマのことだから、『食べものを粗末にするんじゃねぇ』とか言って、地面のタマゴをアタシに舐めさせるぐらいはすると思ったわ!」
なんという発想だ。
いくらオレでも、そんな考えは浮かばなかった。
けど――。
「その手があったか」
ローラの頭をガシッと掴んだ。
「ウソでしょウソでしょジョークでしょっ?!
やあぁぁぁぁんっ! いやあぁぁぁぁぁぁ!!
やだやだやめて許してえぇーーーーーーーー!!!」
想像以上に嫌がったので、頭をパッと離してやった。
「ケーマのばかぁ! ばかばかばかぁ! 悪魔的ドエスぅ!」
「悪魔ではないだろ。実行はしなかったんだから」
「確かに、そうね……」
ちょっと無理のある反論だったが、ローラは納得してしまった。
「でも悪魔じゃないんなら、ええっと…………」
あれこれ悩み、悩んだ末に言ってくる。
「ケーマの天使!」
「えっ?」
「ケーマの天使! ばかっ! 国士無双のエンジェルドエスっ!!」
まさかの天使認定だ。
つーかどういう存在なんだよ。国士無双のエンジェルドエスって。
肩にトゲトゲをつけた筋肉モヒカン。
『ヒャッハー! 汚物はしっかり土に埋め、綺麗な花を咲かせるぜぇ!』
『くたばりそこないの老いぼれがぁ! 今その腰を、バキバキに治療してくれるわぁ!』
『ゴハハハハ! オマエがいくらイヤと言っても、村に食べものを届け続けるのはやめネエェ!』
『ブクブクに太りな! ガリガリの
みたいな景色を想像してしまうじゃないか。
だけどこれだといい人だ。
だからオレもいい人だな!
今後もローラをいじめよう!
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