変異種との遭遇

 煩悩まみれの旅であったが、ちゃんとしたこともちゃんとやる。

 リンゴを箱の上に乗せ、右手を構える。


「…………」


 意識を深く集中させて――。


「ウインドニードル!」


 風で作られた無形の針は、りんごの種をピシュッと打ち抜く。


「錬度を高めてノータイムで使えるようになれば、サブウェポンには…………ってところか」

「まぁレベル1だしねぇ」

「わたしとしては、すごい剣術と火炎放射が使える上に、風魔法や水魔法を覚えているというだけで驚愕なんですが……」

「そこはアタシのケーマだし!」


 ローラは、えへんと胸を張った。

 水魔法も試してみるが、使えるものはウォーターボールとウォーターガンのふたつしかなかった。


 しかもウォーターボールは、コップ一杯分の水しかでない。

 ウォーターガンは、名前の通り水鉄砲だ。

 どぴゅっ、どぴゅっと間の抜けた勢いしかない水は、ローラにかける嫌がらせぐらいにしか使えない。

 なので使った。


「ちょっ、きゃっ、ケーマのばかっ! ばかあぁ!」


 そんなことをやってると、先頭の馬車のロロナが叫んだ。


「馬車をとめろ!!」


 御者の人が、手綱を引いて馬をとめる。

 オレとロロナも武器を構える。

 一秒、二秒と間があいて、藪の陰から冒険者が現れた。


 数はふたり。

 全員それぞれ、肩や足を負傷している。


「たたたたっ、助けてくれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「何があった……?」

「わからねぇ! 見たこともねぇモンスターが、いきなり……!!」

「噂の変異種か……」


 ロロナは男の前にしゃがみ込み、腕や足に包帯を巻いた。


「わたしたちは、レイガルドにまで行くところだ。

 それでよければ、乗せていってやる」

「待ってくれ……」

「仲間が……仲間がいるんだ……!」


 淡々としていたロロナの顔が、にわかに険しいものに変わった。

 剣を抜く。


「貴様らは、仲間を捨てて逃げてきたのか……?」

「そうだ……」

「だけどアイツが言ったんだ! ここは自分に任せて逃げろって……」

「おれたちが居座ったんじゃ、あいつの気持ちがムダになっちまうと思ったんだよ……!」

「都合のいい小理屈だな」


 言葉では切り捨てたロロナだが、抜いた剣は鞘に納めた。


「そのモンスターが現れたのは、あちらの方向でよいのか?」

「助けに行ってくれるのか……?」

「仲間のために居残ったその者は、助けるに値する魂を持った人間だ。

 貴様らクズのせいで失われるのは惜しい」

「すまねぇ……」


 男ふたりは、涙を流して土下座した。


「そういうわけでわたしは行くが、貴様らは待機していろ」

「ひとりで行くのか?」

「そう言っているだろうが」


 ロロナは、サア――ッと走りだす。


「えっ、ちょっ、どうするの? ケーマ」

「そうだな……」


 オレは、負傷していた冒険者ふたりにヒールをかけた。


「おっ、おおっ……!」

「治癒魔法の使い手がいるとは……!」

「失った血や体力までは、回復できないみたいだけどな」

「それでも十分、ありがたいぜ……!」

「そう思うなら、いろいろ教えてくれないか?」

「……?」

「お前たちのランクや、得意としている魔法とか武器。

 敵の数と種類と、やってきた攻撃とかだよ」

「ラッ……ランクは、おれとこいつがDランクだが、残ってくれたライルはCだ」

「使っている武器は、おれが斧でこいつが弓だ」


「ライルってやつは?」

「片手剣と、火炎魔法をそこそこだ」

「敵の数や種類は?」

「わかんねぇ……」

「は……?」

「本当に、わかんねぇんだ!」

「もうちょっと、詳しく話してもらおうか」

「あっ、ああ……」


 オレは詳しく話を聞いた。


  ◆


 ケーマが冷静に情報を集めていた時分。

 ロロナはひとり駆けていた。

 冒険者ふたりが残した臭いと足音を頼りに、健脚を飛ばす。

 そのスピードは、ある種の馬にも匹敵していた。


 一心不乱に走っていると、憤怒の気持ちが込みあげる。

 誰かに対するものではない。

 あえて言うなら、自分自身への運命だ。


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