工房見学
朝がきた。
オレはローラやフェミルを連れて、先頭の馬車に乗り込む。
「こちらは、わたしひとりでも十分だが……?」
「そう思うけど、ちょっと聞いてなかったなって思って」
「なにをだ……?」
「この馬車って、どこになにをしに行くの?」
「フン……。そんなことも知らされていないのか」
「そうだね」
「そこの女」
「ははははっ、はいっ!」
「わたしに、ファイアーボールを撃ってみろ」
「はうっ?!」
「フン……。安心しろ。わたしは魔法耐性を持っている。
貴様程度のファイアーボールで傷は負わない」
「ええっと……」
フェミルは、オレとロロナを交互に見つめた。
オレは言う。
「本人が言うんだ。やってやれ」
「はっ、はいっ!」
フェミルはロロナから距離を取り、ファイアーボールをぶっ放す。
わりと手加減された火炎は、ロロナの体を通過した。
常人であれば、即死か火傷の一撃だ。
が――無傷。
ロロナはそよ風でも浴びたかのように、平然としている。
「要するに……こういうことだな」
「どういうことっ?!」
ローラが叫ぶと、ロロナは答える。
「わたしが着ている服は、ミスリル糸という特殊な糸で編まれている」
「ミスリル糸?!」
「身に着けている者の魔法防御力を高めてくれる糸だ」
「すごい!!」
「わたしたちが向かっているのは、その糸の産地だ」
「ほえぇ~~~」
ローラは、間抜け面でうなずいた。
「フン……」
と会話をしていると、ロロナはパチッと指を鳴らした。
馬がとまる。
かなり遠めに、ワイバーンの群れが見えた。
「役に立たない貴様らは、ここで黙って待機していろ」
そしてひとりで歩きだす。
「本当に、いい子ねえぇ~~~~~~」
プライトが消滅しまくっているがゆえ、逆に大物になっているローラ。
最弱すぎて強すぎる。
◆
ツンケンしているロロナといっしょに、馬車の旅は続く。
清らかな水の流れる小川にかかった石造りの橋を超え、見晴らしのよい草原から秘境めいた森へと入る。
馬車がかろうじて通れる程度の、道とも言えない道を通って進む。
辿りついた。
山奥の村としては若干近代的とも言える、石畳で舗装された道路がある村だ。
「やぁ」
リリナが、軽く声をかけてきた。
「えっ?!」
「わたしは『フライ』を使えるからね。
必要な事務を終えたあとに使用して、先回りしていたのさ」
「なるほど……」
「しかし軽装でないと、フライは効果を発揮しない。
荷物を運ぶためにキミたちが必要なのも事実ではあった」
「まぁオレとしては、給料がもらえるならそれでいいです」
「ハハハ。そうか」
リリナは、軽やかに笑った。
馬車が村の奥へと進む。
背の低い木々が並んでいる、木の畑と言うべきところへついた。
しかし特筆するべきは――。
「葉っぱが……白い?」
立ち並んでいる木々の葉が、雪のように白い。
「そうなるように、調整しているからね」
軽く言ったリリナが、初老の男に声をかける。
「やぁ。ボン爺」
「これはこれは、リリナさま」
「今回も、ロロナが物資を運んできてくれたよ」
「…………」
ボン爺と呼ばれた老人が、すこし複雑そうな顔をした。
逆にロロナは、いつものように鼻を鳴らす。
「フン……」
いかにもドワーフといった、ヒゲ面の男たちがやってきた。
馬車からドカドカ積み荷をおろす。
フタをあけると、銀色の金属。
それは太陽の光を浴びて、虹色の混ざった輝きを放つ。
ボン爺が、中身を確認していく。
フェミルが叫んだ。
「ミスリル銀ですか?!」
「知っているのか」
「ははははっ、はい! 学園にいたころ、資料室に飾られているのを見ました!!」
「そんなすごいのか」
「耳かき一杯分で、金貨一枚ってお値段ですよ?!」
「鉱脈は、ウチで独占しているからね。
地球における、ダイヤモンドの構図と似てるな。
ダイヤはある時期、大量に取れた。
しかし取れすぎた結果、値崩れを起こした。
働いて働いて掘れば掘るほど、貧乏になっていく働き手たちが増えた。
そこで組織が独占し、流通を抑えた。
本当かどうかは知らないけど。
フェミルが叫んだ。
「それでもけっこう希少ですよね?!」
「それは確かに認めるよ。だけど耳かき一杯で金貨一枚は、行き過ぎだね」
中身を確認した男たちは、畑の奥にある工房めいたところに木箱を運んだ。
「せっかくだ。見学していくかい?」
「いいんですか?!」
「ダメなら言わないよ」
リリナは、ハハッと笑った。
フェミルの顔が、キラキラと輝く。
「キミはどうする? ロロナ」
「私は……休ませていただきます」
「そうか」
「……はい」
ロロナは、とても眠そうにうなずいた。
まぁ昼も夜も、ずっと気を張っていたしな。
オレたちはロロナを置いて、工房を見に行った。
ガイン! ガイン! ガイン!
グイィィィィン。
ガガガガガ。
そこは
ナタのような大剣でミスリル銀を叩き砕く者がいれば、魔力でドリルを動かす者に、メリケンサックで乱打をぶち込んでいる者もいる。
最後はすりばちで、ごりごりごりと削られていく。
「なんていうのか……すごい光景ですね」
「だからこそ、見せてみたかったと言えるね」
リリナは、フフッと笑った。
おっさんがすりばちで削った粉を、エルフの少女がふるいにかける。
残ったカケラをおっさんに返し、残った粉をまた新しいふるいに入れた。
外にでる。
白くて背の低い木々が立ち並んでいる畑に、粉をトントンまいていく。
「ミミミミ、ミスリル銀を、あんな、あんな、あんな…………はううぅ~~~~~」
フェミルはガタガタ震えてた。
まぁフェミルの価値観で言えば、砂金で豆まきしているようなもんだろうしな。
そりゃビビる。
「ミスリル銀を畑にまいて土と混ぜると、グリーンウッドの葉っぱが白くなってくれるのだ」
「グリーンウッドなのに葉っぱは白いって、ちょっと面白いですね」
「ハハハ」
粉をまいているのとは別のエルフの少女が、畑の葉っぱをじっと見ていく。
一枚一枚を慎重に見つめては、くっついている虫を手で潰す。
薄い手袋をはめているとはいえ、ちょっとエグい。
彼女は虫を潰して歩くついでに、葉っぱをむしってカゴへと入れた。
むしる葉にも基準はあるのか、乱雑にはむしらない。
一枚一枚、確認の上、丁寧にむしってカゴに入れてる。
葉っぱが詰まったカゴを持ち、長くて大きい長屋に向かう。
「ケーマ少年」
「はい」
「キミは虫が苦手な部類か?」
「虫にもよります」
「カイコという名の芋虫だ」
「それなら、わりと平気です」
「アタシも平気よ! 見る程度なら!」
「わたしはわたしは……」
フェミルは、杖を抱きしめて縮こまった。
ぶるぶるぶるぶる。
体は震えて顔は青ざめ、ウサギの耳がくにゅっと垂れる。
お尻についてるかわいい尻尾は、足の合間へと入り込んだ。
「虫がイヤなら、無理しなくてもいいんだぞ?」
「ケケケッ、ケーマさんと離れるほうがイヤでありまぁすっ!!」
ウサギの獣人と犬の獣人のハーフであるフェミルは、震えながらも抱きついてきた。
かわいい。
そういうわけで、三人いっしょに長屋に向かった。
すこし分厚いトビラをあける。
不快な暑さがむわっとでてきた。
「実験と研究を重ねたところ、カイコが葉っぱをよく食べるのは、85パーセントの湿度と36度の気温の時であるとわかってね」
「なるほど……」
こみあげてくる不快感をガマンして、部屋の中央を見た。
細くて、長くて、水の入っていないプールみたいな溝が、五つもあった。
ひとつあたりの幅は、五〇センチぐらいだと思われる。
エルフの少女が溝を見る。残量をチェックしながら、白い葉っぱを入れていく。
銀色の光沢を持つ虫たちが、葉っぱをもしゃもしゃと食べる。
「ミスリル銀を吸っている土で育った木の葉を、ここにいる虫には与えているわけだね」
「なるほど」
「ぜいたくですね……」
フェミルはちょっぴり、羨望の眼差しでつぶやいた。
「この声……リリナさま?!」
「リリナさま!」
「リリナさまっ?!」
作業をしていたエルフの少女たちが、手をとめてこちらを見てきた。
「わたしを慕ってくれるのはうれしいが、作業の手はとめないでもらえるかな?」
「「「はいぃ♪♪」」」
少女たちは作業を再開した。
リリナはコツコツと歩き、溝の中をチェックしていく。
溝には白い仕切りがあって、担当している少女はそれぞれ違う。
「今日もいい仕事をしているね、サリア」
「はいっ!」
「これは……配合を変えてみたのかい? リエル」
「はいっ!」
「色合いから察するに……いつものエサであるミスリル銀の葉っぱに、火炎石の粉とサラマンダーのウロコ。マグマスライムのコアを混ぜてみたってところかな?」
「採算的に、どうかとも思ったのですが……」
「確かにちょっと、既定の予算はオーバーしてるね」
「はい……」
エルフさんは、しょんぼりとした。
が――。
「しかしそれを考えるのは、商人であるこちらの役割だ。
キミたちは、よいものを作ることだけ考えてくれ」
「はいっ!!」
そんな感じでみんなを褒めつつ、リリナは進む。
カイコは白い個体のほかに、赤や青、緑に黄色と色鮮やかだ。
ちょっとした水族館を見ているようで、けっこう楽しい。
「はうぅ……♪」
虫が嫌いと言っていたフェミルも、ほっこりとしている。
リリナが、解説を入れてきた。
「ミスリル銀を含んだ葉っぱで育ったカイコは、ミスリル糸の繭を作る。
そこに属性を持つ素材を入れると、その属性に強い糸は生まれるが……」
「ほかの属性への防御力が落ちてしまうわけですね」
「本当に、キミは頭の回転が早いな」
リリナは、ほんのりと目を丸くした。
解説を続ける。
「ミスリル銀の高い防御性能を生かしつつ、それ以上のプラスを目指す。
日々研究している彼女たちには、まったく頭があがらんよ」
現場の人間を、しっかりとリスペクトして持ちあげる。
リリナは、よい経営者であると言えた。
コツコツと進み、壁際にまで進む。
白く平たい箱の並んだ、大きな棚があった。
箱の中には、宝石のようなものが並べられている。
大きさは、ウズラの卵ぐらい。
予備の知識を持たずに見れば、ルビーやサファイア、エメラルドなどが並んでいるように見えるかもしれない。
ただし普通の宝石と違って、クモの糸のようなもやもやがくっついている。
「キレイねぇ……♥」
「はうぅ……♥」
ローラとフェミルがふたりそろって、瞳をキラキラ輝かせている。
ローラもこういう顔をするのは、ちょっと意外だ。
花より団子なタイプかと思っていたのに。
「リリナさま、よけてほしいのですですが」
「ああ、うむ」
リリナが横によけると、奇妙なしゃべりかたをしたエルフの少女が棚から箱を引っ張った。
裏庭めいたところまで運ぶ。
「ファイア!!」
燃やした。
「「えええええええええええええええ?!?!?!?!」」
ローラとフェミルの声がハモった。
「初めてこの光景を見た者は、一律に同じ反応を見せるね」
「まったく、楽しいですですねぇ」
少女とリリナは、ニヤニヤと笑った。
五分ぐらいで火が消える。
繭の周りにくっついていた、クモの糸のようなもやもやも消えていた。
純粋な、宝石めいた部位だけが残っている。
「火炎魔法をかけてやることで、耐性の低い部位を除去するわけだな」
リリナが宝石のような繭を手に取り、しげしげと眺めた。
「今回も、よい出来栄えだな」
「ありがとうございですです」
少女はぺこりと頭をさげた。
「あとはこの繭をゆでて糸にすれば完成――ってところですか」
「そうなるな」
会話をしていると、リリナが言った。
「ところでケーマ少年は、紅茶やケーキに興味はあるかい?」
「それなりにあります」
「それではわたしがご馳走しよう」
「いいんですか?」
「ついでに話もしたいのでね」
短く言ったリリナが、簡単に補足する。
「商人としての話がふたつと、人間としての話がひとつだ」
「わかりました」
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