馬車の旅は楽だった。

 馬車の旅は楽だった。

 ロロナが先頭の馬車に乗り、静かに座ってエルフの耳を働かせている。

 そして時折り、指示をだす。


「止めてください」


 馬車はピタリと停止して、ロロナはおりる。


「そこにいるのはわかってますよ」


 盗賊が現れる。


「へっへ。コイツぁすばらしいねぇちゃんだなぁ」

「女エルフで、しかも騎士……」

「犯してえぇ……」


 薬でも決めているかのように焦点の合っていない目のそいつらに、ロロナは露骨な嫌悪感を示した。

 しかしその数は三〇。常識で言えば、多勢に無勢だ。


「フン……下衆が」

「加勢しようか?」

「わたしひとりで十分だ」


 ロロナはフン……と鼻を鳴らすと、剣を鞘に入れたまま突っ込む。

 三日月状の斬撃が生まれる。

 盗賊三人の首がすっ飛ぶ。


 盗賊の棍棒が振り下ろされるが、ロロナはバックステップで回避した。

 斬撃一閃。棍棒の先が飛ぶ。

 ロロナはタン――と小さく跳んだ。


 盗賊のスキンヘッドを軽々と超えて、地面に降りる。

 その一瞬で、盗賊ふたりが真っ二つになった。

 五人の盗賊がクロスボウを構え、一斉に射出する。

 ロロナはほんの半身ズラして四本をかわし、最後の一本を素手で掴んだ。


「せめて三〇〇人いれば、まともな勝負ができたかもしれんな」


 そんなことを言って、盗賊たちを葬り続ける。

 無数の血飛沫が舞うが、返り血ひとつ浴びはしない。


 偉そうな口を叩いたロロナだが、自意識過剰でなければビッグマウスでもない。

 すばらしい才能と絶え間ない鍛錬に裏打ちされた、実力あっての発言だ。


「でもケーマのほうが、三倍ぐらい強いわよね」

「まぁでも、オレの力はチートだしな」


 なので努力で強くなっている相手には、一定の敬意を抱いてしまう。

 飛び道具を警戒してローラをむぎゅっと抱っこしながら、リンゴを食べる。

 てれれ、てってってー。

 レベルがあがった。


 盗賊三〇人をやっつけてるロロナでも1しかあがっていないのに、リンゴひとつで3あがった。

 まったく……オレはホントにチートだぜ!


 戦いが終わった。

 盗賊たちは、逃げる間もなく全滅した。

 ロロナに返り血はもちろんのこと、剣に血のりもついていない。

 宝石めいた、白銀の輝きを放っている。


「すごい剣だな」

「ララナおねぇちゃ…………おねぇさまが打ってくださった一品だ。優れているに決まってる」


 と言いながら、ロロナは小ビンを取りだした。

 白い粉をまいていく。


「なにするんだ?」

「燃やすだけだ」

「剥がなくていいのか? 装備品とか」

「奪う価値のある装備品なら、火をかけたぐらいでは朽ちん」

「なるほど」


 粉をまいたロロナは、紅く光る石をだす。

 剣の鞘にこすらせると、マッチのように火がついた。

 盗賊の死体に放る。

 死体は、盛大に燃えあがった。


 しばらく待つと火が消えた。

 オレたちは進む。

 ゴブリンやオークに襲撃されたが、ロロナは簡単に倒していく。


 本当に、言うだけあって強い。

 そんなこんなで夜がきた。

 オレたちは、ロロナが起こしたたき火を囲む。

 馬車から取りだした肉を焼いて食べる。


「それにしても楽チンねっ!」

「まぁ……そうだな」

「これで日給二万バルシーもらえるんだから、最高に最高ね!!」

「まったくだ」

「あうぅ……」


 オレとローラは素直に楽しむ。

 しかしフェミルは、ちょっと申し訳なさそうだった。

 ブドウジュースの入ったコップを両手で持って、体を縮ませている。

 頭の耳も、へにょっと垂れてた。

 ロロナが露骨に、眉をしかめた。


「貴様らは……平気なのか?」

「えっ?」

「なんの働きも示さずに、対価と食事だけは貪る。それに恥を感じないのか……?」

「助けてって言ってくれれば、助けるんだけどねぇ」

「それにあなたが、アタシはなにもしなくていいって言ってくれたし!」


 オレとローラは並んで言った。

 ロロナはますます、不快そうに眉をひそめる。


「能力が足りていなくて役に立てないのなら、相応の努力をするべきだとは思わんのか……?」

「あんまり思わないかな」

「プライドなどは、持ち合わせていないのか……?」

「持ってるに決まってるじゃない!」


 ローラがビシッと言い切った。


「アタシは女神! ローラ=ギネ=アマラ!

 自分は働かないで惰眠を貪るような生活を送ることこそ、女神のステータスでプライドよ!!」


 なんという駄女神。

 味方のオレでもドン引きだ。

 ロロナは侮蔑を露わに示し、ひとりつぶやく。


「リリナおねぇちゃ……おねぇさまは、何を考えてこのような者たちを…………」


 そしてひとり踵を返し、馬車の上に座った。

 瞳を閉じる。

 体を休めつつもエルフの耳だけは働かせ、敵がきたら察知するスタイルだ。

 明らかに怒っている。

 しかしローラは駄女神なので、心の底からホクホクしていた。


「アタシをグータラさせてくれるなんて、ロロナちゃんって国士無双にいい子よねえぇ~~~」


 オレも神経は図太いほうだが、コイツには負ける。


「ローラさん……。すごいです……」


 真面目なフェミルも、一周まわって尊敬していた。

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