護衛の依頼とエルフの剣士・ロロナ=ハイロード編

護衛の依頼

 朝がきた。

 オレはゆっくり目が覚める。

 オレのほかには誰もいない。

 ローラやフェミルとは、別々に寝ている。

 いっしょに寝ると、襲ってしまいそうなのが理由だ。

 服を着て、廊下へとでる。

 フェミルとローラが立っていた。


「おはよう! ケーマ!」

「おはようございます。ケーマさま……」


 ローラはいつものローラだったが、フェミルはもじもじとしていた。


「朝の……おパンツです…………」


 目を伏せて、スカートをたくしあげる。

 ピンクのリボンのついた白いパンツが、白日に晒された。


「あうぅ…………」


 メチャクチャ恥ずかしそうに顔を赤くし、全身をぷるぷると震わせている。

 恥じらいの涙でしっとりと濡れたまつ毛が、そこはかとくなくキュートだ。


「そこまで恥ずかしいなら、無理に見せなくてもいいんだけど……」

「それでも、ケーマさまに買っていただいたおパンツですので……」


 健気である。

 一方の、ローラは――。


「アタシはしっかり、大切に持ってるわよ!!」


 白と水色のしましまパンツを、両手に持って広げた。

 オレはローラを、バシッと叩く。


「はけよっ!!」

「ふみゃあんっ!」


 涙目のローラは、頭を両手で押さえて言った。


「ケーマに初めてもらったプレゼントだから、汚したくなかったんだもん……」


 アホな女神は、アホなクセに健気であった。


「逆にわたしは、買っていただいたのだから、はくべきであると思いました……ぴょん」

「だからふたりで相談してね」

「わたしがはいて、ローラさんがはかなければ、バランスが取れてよいのではないかと……」

「………………そうか」


 いろいろズレてる気はしたが、一周まわってそれで構わないような気がしてきた。

 突っ込むのをやめて、ギルドへ向かう。

 フェミルはもう一人立ちできるので、別々の依頼を受ける予定ではあるが。


  ◆


「こんにちは、ケーマさん」


 ギルドへ行くと、受付けのおねーさんが声をかけてきた。


「あなたには、指名依頼がきています」

「どんな依頼ですか?」

「こんな依頼です」



 依頼。

 いつぞや世話になった、リリナ=ハイロードだ。

 馬車の護衛をしてほしい。


 難易度

 キミの腕なら問題はない。


 報酬。

 日給二万バルシーと考えている。


 補足。

 往復で半月はかかる予定だ。

 食事や衣類などはこちらでだすから、心の準備だけはしておいてほしい。


「どこになにを運ぶかってことは、全部伏せられてるんですね」

「ただしこれは、当ギルドを通してだされた依頼です。

 違法な薬物や違法な奴隷が運ばれていた場合でも、ケーマさまたちに責任が問われることはございません」


「違法な薬物を運んでるって、途中で気がついた場合でも?」

「責任はございません」

「リリナさんがだした同じタイプでの依頼での、事故率とかってわかりますか?」

「少々お待ちください」


 おねーさんは奥へ行き、資料を持って戻ってきた。


「護衛依頼ですと、過去に386件の依頼をだして、軽傷率が10パーセント。

 重傷率が3パーセントとありますが、死亡率は0パーセントです」


「低いですね」

「でてくるモンスターや盗賊のデータを細かく調べ、安全マージンを取っているおかたですので」

「かなりのやり手なんだな」

「リリナさまも、黄金平原の幹部ですので」

「なるほど」

「ななななっ、なんかよくわかんないんだけど、そういう人に見込まれているケーマはすごいって結論でいいの?!」

「よくわかんないなら入ってくるなよ」

「さびしかったんだもん! お話についていけなくって!!」

「子どもか!!」


 オレはローラのほっぺたをつねった。


「ふみいぃ~~~~~~~~~~」


 そしてローラをつねっていると、フェミルの姿が視界に入った。

 杖を持って、さびしそうにしている。

 しかしオレと目が合うと、すぐさま首をブンブン振った。


「がががが、がんばってくださいっ!!」

「オレと半月会えなくっても平気か?」

「あうぅ……!」


 フェミルは胸元を握りしめ、両目に涙を溜めつつも言った。


「平気であります…………わん」


 自分に言い聞かせるかのように、振り絞るかのような声でくり返す。


「平気であります…………わぁぁん」


 半月どころか、三日で死んでしまいそうなフェミルであった。

 仕方ない。


「依頼を受ける前に、細かい条件を確認してきても構いませんか?」

「はい」


 おねーさんの了解を得て、オレはリリーナさんのところへ向かった。


  ◆


「やぁ、キミか」

「はい、オレです」

「ここにきたということは、わたしの依頼を受けてくれる――ということでよいのかな?」

「そのことなんですが……」


 オレは後ろでもじもじしていた、フェミルを前にだしてやる。


「この子を、連れて行ってもいいですか?」

「フェミル=クロケットか」

「ご存じなので?」

「アカデミーに在籍していた上に、炎を得意とする赤魔術士だからな」

「そういうものですか」

「火炎魔法の使い手は、鍛冶師たちからの需要が高い。その一方で、ドワルフで使える者は少ないからな」

「なるほど」


「特にそのフェミル嬢は、アカデミーでは無遅刻無欠勤と素行がよい。

 同行自体は構わんよ。

 日給は払わんが、食事代は提供しよう」


「と、いうことらしいんだが……」

「構いません!!」


 即答だった。


「ケーマさまのおそばに置いていただけるなら、食事がなくても平気です!!」

「「それはダメだろう……」」


 オレとリリナの声がハモった。


「はうぅ~~~んっ。うれしいですうぅ。

 ケーマさまあぁ。ごいっしょできて、うれしいですうぅ~~~~~」


 ふたりのつぶやきもどこへやら。

 フェミルはオレにくっついて、顔をすりすりこすりつけた。


「ちなみに行くと決めたなら、今から移動してもらえると助かるのだが」

「今から?」

「善は急げと言うからな」

「アタシは別に構わないけど?」

「わたしもわたしも平気です!」

「それではわたしについてきてくれ」


 オレはゆっくり歩きだし、街の外にでた。

 そこには馬車が三台あった。

 ホロのない吹きさらしの馬車が一台に、白いホロがついた馬車が二台だ。

 さらに馬は、銀色の甲冑で武装されていた。


「すぐさま戦闘に行けるよう待機している者が先頭の馬車。

 休憩するものは後方の馬車――といった感じに分かれてくれ」

「はい」


 オレはこくりとうなずいた。

 馬車の奥から声がする。


「心配性ですな。姉上は」


 エルフの耳に切れ長な瞳。銀色の髪を、ショートカットにしている少女であった。

 周囲の温度を三度ばかり下げているかのような、ひやりとした雰囲気がある。


「姉として、心配ぐらいはさせてくれ」

「…………」


 少女は、まったくの無言。

 しかしそのほっぺたは、ほんのりと赤い。

 どうやら、おねえちゃんっ子であるらしい。


「彼女の名前はロロナ=ハイロード。

 血は繋がっていないものの、わたしの妹に当たる」

「なるほど」


 オレはうなずき、ロロナを見つめた。

 ロロナは、不快そうに眉をひそめた。


「フン……」と金貨を一枚だして、親指で弾いた。

 腰の剣に手をかける。

 抜き打ち際に四つの斬撃を放ち、金貨の下に剣を差しだす。

 剣の上に乗った金貨は、パラリと八つに生き別れた。


「フン……。できるか?」

「……無理だな」

「それなら、邪魔はしないことだな」


 ロロナはくるりと踵を返し、先頭の馬車に座った。


「ああいう妹ではあるが、悪い子ではないのだ。適度にうまくやってほしい」

「はい、わかりました」


 オレはうなずき、後ろの馬車に乗り込んだ。

 カゴの中にあった、レモンのように黄色いリンゴをシャリっとかじる。

 酸っぱいけれど、うまい。

 てれれ、てってってー。

 レベルもあがった。


「ねっ、ねぇ、ケーマ」

「なんだ?」

「本当にできなかったの? 金貨を八等分にするのって」

「金貨だぞ? それをズタズタに切り裂くとか、無理に決まってるじゃん!」

「そういう理由なんだ……」

「そういう理由だな」


 オレはリンゴを手に取った。

 備えつけの果物ナイフを構える。

 二匹のハエが視界に入った。


 リンゴを投げて斬撃を放つ。

 リンゴの皮は器用に剥けて、カットフルーツになっておわんに入る。

 同時に種が、二匹のハエを打ち落とす。

 ロロナのそれとは比較にならない、達人技と言えるだろう。


「すご……」

「さすがです……♪」


 ローラが驚き、フェミルが素直に称えてくれた。

 かわいいなぁ、ふたりとも。

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