チンピラをやっつける。

「それではこれで、確かに渡した」

「ありがとうございました」

「投資だからな。気にすることはない」


 リリナはギルドをあとにした。

 オレは袋から、金貨三〇枚を取りだした。

 証人になってくれた、ギルドのおねーさんに言った。


「それではこれで、借金の完済をお願いします」


 おねーさんは、目を丸くして金貨を見ていた。


「どうしました?」

「登録時に生まれる貸金を、このスピードで返済したのはケーマ様が初めてでしたので……」

「そんなに珍しいのですか?」

「このギルド……いえ、世界でも初めてだと思います」

「本当に有力な冒険者は、そもそも借金をしないでしょうからね」

「それは確かにありますが、そこを差し引いて鑑みても、かなりのものかと……」

「えへへぇ。そうよ、すごいでしょ! アタシのケーマ、すごいでしょ!」

「なんでオマエが得意げなんだよ」


 オレはローラのほっぺたをつねった。


「ふみいぃ!」


 ただ褒められて、悪い気はしなかった。

 なので今回の『つねり』は、甘噛みならぬ甘つねりだ。

 満タンの歯磨きをつねるぐらいの、やさしい力しか入れていない。


 オレはまた別の仕事を受けようと、掲示板に近寄った。

 カネはたくさん持っている。

 仕事に拘る必要はない。

 ちゃちゃっとやれる仕事があればちゃちゃっと済ませ、ないようだったら切りあげよう。

 そんな気持ちで見つめていると、新しい依頼を見つけた。



 依頼。

 ゴミの焼却。


 難易度

 G


 報酬。

 四〇〇バルシー。


 詳細

 家にゴミが溜まってしまった。

 ハッキリ言って邪魔である。

 できれば早めに処分したい。

 分量は、ゴブリン七体分程度。


 注意

 ゴミは生に近いので、火炎系スキルの持ち主限定。



 火炎放射LV6を持っている、オレのための依頼と言える。

 オレは紙に手を伸ばす。

 白い手と重なった。


「あっ……」


 白い手袋をはめた、小柄な少女だ。

 魔法使いなのであろうか。

 黒いローブを身に着けて、木の杖を持ってる。


 そして特筆するべきは、ちょこんと生えたウサミミだ。

 それではウサギの獣人なのかと言うと、お尻の尻尾は犬っぽい。

 後日知ることになるが、ウサミミの母と犬獣人の父のハーフであるらしい。


「ああっ、ええっと…………」


 少女は小さくうずくまり、紙とオレを交互に見やった。

 しかしすぐさまうなだれて――。


「どうぞ……」


 けれど視線は、依頼の紙に未練がましく残っていた。

 オレは紙を手に取った。


「受けたいのか? この依頼」

「なにか依頼をクリアしないと、ごはん代も厳しいです……」


 語る少女の腹部では、きゅうぅ……っと虫が鳴いていた。


「ほかの依頼は難しいか?」

「すでに三回失敗しているので、これ以上は……」

「そんならやるよ」

「えっ?!」

「オレはただ、早くランクアップしたいから手軽にできそうなの選んだだけだしな」

「ああああっ、ありがとうございます!」


 少女は、グアッと頭をさげた。


「ご恩は、一生忘れませんっ!!」

「大げさだな」


 オレは、ハハハと笑みを浮かべた。

 少女を見送り、掲示板を見やる。


「…………」


 ローラがジト目でオレを見ていた。


「どうした?」

「ケーマって、アタシ以外にはやさしかったり紳士的だったりするわよね……」

「オマエにだってやさしいだろうが(デコピン)」

「きゃんっ!」


 ローラはひたいを押さえて叫んだ。


「デコピンしながら言うことっ?!」

「いいから帰るぞ」


 オレはローラの手を握り、無造作に走りだす。


「ケーマのばかあぁ……」


 ローラは涙目でうめいていたが、手を離そうとはしなかった。


  ◆


 帰ろうとしていると、声が響いた。


「おおおっ、お話がちがいますっ!!」

「だから言ってるだろう? わざとじゃねぇってよぉ」


 少女と男の横には、山と積まれた生ゴミがあった。


「このゴミは、ゴブリン二十七体分はあります!

 依頼では、七体分というお話でした!」

「二十のところを、書き忘れちまったみたいだなぁ」

「つっ……追加の報酬をいただけるなら、すべて燃やすのもやぶさかではありませんが……」

「出すわけねぇだろぉ?!」

「それでは、違反としてギルドに……」

「ああ、構わんぜ?

 二十七体分の処理ってことで、Fランク用の依頼として・・・・・・・・・・・、出し直すからよぉ」

「そんな…………」

「それじゃあ、しっかりなあぁ」


 男は下卑た笑いを浮かべ、家のドアをバタンと閉めた。

 ブチキレたローラが、オレに言った。


「殴ろう! ケーマ!!」


 右手を横に伸ばして、女神パワーを使用した。

 ハンマーがでてくる。


「ケーマが殴らないって言うんなら、アタシが一発ぶん殴ってくるわよっ!」


 その正義感は、好ましいところだが……。


「放置でいいんじゃないかなぁ……」

「なんでっ?!」

「冒険者やってれば、何度も出くわしそうなトラブルじゃん」

「そうかもしれないけど…………」


 ローラはじっと、少女を見つめる。

 少女のほうは、ゴミの山をじっと見つめる。

 ほんのわずかに引っ張りだして、杖を構える。


「ファイアーボール!」


 ボウンッ!

 果物の皮や、野菜の芯のような生ゴミを燃やす。

 またも手掴みで、積まれたゴミの一部を取りだす。


「ファイアーボール!」


 ボウンッと燃やし、またゴミの山を見る。

 少女の火力は、なかなかのものだ。

 だがしかし、ゴミの量が多すぎる。

 二回程度のファイアーボールでは、まったくと言っていいほど減っていない。


「ひぐっ、うっ、うぅ…………」


 作業の大変さというよりも、悔しさからであろう。

 すすり泣きを初めてしまった。


「やっぱりアタシ、殴り込むうぅ!!」

「だから落ち着けって」


 オレはローラの襟首を掴んだ。

 暴れまくるアホの子を担ぐ。

 米俵を担ぐときと似ていることから、俵担ぎ。あるいはお米さま抱っこと呼ばれる持ち方だ。


「離してケーマ! アイツ殺せないっ!!」

「いくらゲスでも、アレで殺したら犯罪だぞ」

「ふみいぃ……」

「とにかく、オレに任せとけって」


 ローラを米抱っこしたまま、少女に寄った。


「よう」

「さっきの……」


 少女はオレのほうを見て、すぐにハッと気がついた。

 目元の涙をごしごしぬぐい、虚勢を張って言ってくる。


「なななな、泣いてませんからね?!」

「誰もそんなこと言ってないんだが?」

「はうぅ……」

「ちなみに、名前はなんて言うの?」

「フェミルです……」

「かわいい名前だね」

「ありがとうございます…………ぴょん」


 ほめられたせいだろう。フェミルはほんのりほっぺを染めた。

 オレは落ち込むフェミルを見つめて――。

 


 おっぱいを突っついた。


 

「きゃんっ!」


 ローブの上からであるとわかりにくいが、けっこうなボリュームがあった。

 オレはローラを横におろすと、フェミルを壁に押しつけた。

 さっき突ついたおっぱいを、今度はふにふにと揉む。


「ひああんっ! あんっ!

 やめてくださいよぉ~~~。やめてくださいよおぉ~~~~~。

 なにするんですか。なにするんですかあぁ~~~~~~~~」


 口ではそう言うフェミルだが、口で言うだけだ。

 力では、まったく抵抗できていない。


「ホントになにやってんのよっ!!!」


 オレの腰をハンマーが打った。

 意識の外からの衝撃に、尻餅をつかされる。


「冒険者みたいな過酷な職業をやるんなら、理不尽な相手にはノーと言えないと大変なことになるって教えようと思って」

「それでアンタが大変なことをやってどーするのよ!

 バカなのっ?! ケーマはバカなのっ?!」


「今回ばかりは、そう言われても反論できんな」

「反省しなさいよ! バカッッ!!」


 本当に、今回ばかりはオレが悪い。

 ローラのナイス突っ込みだ。


 まぁとりあえず、揉ませてもらった分の働きはしよう。

 オレはドアをノックした。

 ドアの向こうから声がする。


「……誰だ?」

「あなたが依頼を頼んだ女の子の知り合いです」

「チッ」


 露骨な舌打ちの音がして、ドアが開いた。


「なんの用だ?」

「ゴブリン七体分の焼却というお話でしたが、量が少々多すぎるのではないかと思いまして」

「二十七の二を、うっかり書き忘れちまったんだよ」

「それでいて、追加報酬は払わない――と宣告したそうですが?」

「二十七体分もの依頼となると、Fランク相当の依頼になりそうだからなぁ。

 そう言ってやったら、向こうから自主的に・・・・・・・・・、してくれるってオハナシになっただけさ」


「そうですか……」

「わかったら、すっこんでろよ」


 まったく悪びれる様子を見せない男に、オレはため息をついた。


「ひとつだけ言っておくぞ。ゲス野郎」

「?」

「オレの右手は、今からすべる」

「は……?」


 ドゴォンッ!


 オレの右手がうっかりすべり、右手側を砕いた。

 悪びれ皆無の笑顔で言った。


「すまないな。うっかりと・・・・・手がすべってしまったよ」

「……?!」

「二十七と書くべきところを、うっかり・・・・・七と書いてしまうやつがいるんだ。

 うっかり右手をすべらせて、壁を壊してしまうやつがいてもおかしくはないよなぁ?」


「つつつっ、追加の分をし払おう!! それで、それでいいんだな?!」

「いくらだ?」

「七体で四〇〇だから、二十七体で二八〇〇……いや、三〇〇〇! 三〇〇〇払おう!!」

「は……?」

「さささっ、三〇〇〇が足りないんなら、五〇〇〇か?! 六〇〇〇か?!」


 オレは言った。


「六万だ」

「ろくっ……?!」

「焼却代が三〇〇〇に、騙されかけた迷惑料が七〇〇〇だ」

「残りの、五万は……?」

「オレの右手がすべった先に、オマエの家の壁があった。

 おかげでオレの右手が痛んだ。その慰謝料と治療費だ」


「メチャクチャな……!」

「どうでもいいからおカネください」

「せめて、二万……」

「六万だ」

「三万……」

「六万だ」

「四万であれば、なんとか……」

「六万だって言ってんだろ!!!」

「横暴な……!」

「二十七を七と書き間違えた上に、全部焼却してくれようとした女の子に追加の報酬を払わないのは、横暴じゃないんですかぁー?」


 オレがチンピラ丸出しで言うと、男は完全に口をつぐんだ。

 金貨を入れた袋を持ってやってくる。


「ちょうど……。六万だ…………」

「これに懲りたらもう二度と、あくどい真似してケチろうとか考えるなよ?」

「オマエこそ、タダで済むと思うなよ……?」


 男は、まだまだ不服そうだった。

 仕方ない。

 オレは男と外にでた。


「なにをする気だ……?」

「しっかりカネをもらった以上、仕事はしないといけないからな」


 オレは右手を横に突きだす。

「ファイア!」


 火炎放射のレベル6を使った。

 レベル4もあれば達人であり、剣術だったら剣圧で遠距離攻撃ができる世界での、レベル6。

 それはもう、すさまじい破壊力である。

 ゴブリン二十七体分と言われる生ゴミの山が、灰も消し炭も残さず消えた。


「えっ……?」

「はっ……? あっ……?」

「えへぇー」


 フェミルが口をぽかんとあけて、ゲスな男が鼻水を垂らした。

 そしてローラが得意げに、大きな胸をえへんと張った。


「オレみたいなやつが、『守るべき生活』をなくしたらどうなるか……。

 ナメクジ以上の知能があれば、容易に理解できるよな?」

「ははははっ、はいぃ!!」


 ゲスな男は、土下座した。

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