女商人に目をかけられる。

「すいません」

「いらっしゃい、ケーマくん」


 ギルドのおねーさんが、にっこりとした笑顔を見せた。


「やっぱり無理だったでしょう? たったふたりで金庫を持つなんて」


 おねーさんのその笑みは、気遣いに満ちていた。

 が――。


「終わりましたよ?」

「えっ?」


 オレがあっさりと言うと、目を丸くした。


「カードにサインももらいました」

「?!」


 驚きながらカードを手に取り、サインを見つめる。

 事前にもらっていたと思われる依頼書と、カードのサインを見比べもした。


「確かに、リリナ氏のサインですね……」

「言ったでしょう? 力には自信があるんですよ」

「CランクやDランクにあがるのも、時間の問題のようですね……」

「それでちょっと、質問があるんですが」

「はい」

「商人さんが、有望そうな冒険者と繋がりを持とうとするってことは、よくあるんですかね?」

「リリナ氏から、そのような申し出を受けたのですか?」

「二万バルシーを渡されました」

「なのにケーマってば、断ったのよ!!」

「オレはこの地方にきて、日の浅い人間です。慎重になろうと思いました」

「それはよくあることですね」


 おねーさんは言った。


「ギルドには、指名依頼というものがあります。

 名前の通り、特定のかたを指名して入れる依頼です。

 しかし高名な冒険者のかたは、その大半が忙しくあります。

 そもそもどんな依頼なのかを確認する前に、断る例もあります」


「なるほど」

「その一方で、特殊契約を結び、住み込みの専属ボディガードとして雇う例もありますね」

「とにかく、わりとよくあるお話ってことですね」

有望な・・・冒険者のかたであれば、その通りですね」


 なるほどねぇ。


「それでもご不安でしたら、このような書類もございます」


 おねーさんは、一枚の書類を差しだした。


「贈与宣言書です」

「贈与宣言書?」

「名前の通り、渡した金銭が贈与によるものであることを証明する書です。

 これがあれば、金銭の譲渡を理由になにかさせようとしても、無効となります。

 手数料をかけてギルド員を同行させるか、贈与主のかたに来ていただく必要はありますが……」


「ちょっと待ってもらえます? リリナさんに確認を取ってきますから」

「いいでしょう」

「ずいぶんと、ややこしいことするのね……」

「オレはまだ、この世界にきて日が浅いからな。ことは慎重に運ばないと」

「理屈は、わかるけど……」

「イヤなら宿屋で待ってたりしていてもいいぞ?」

「そっちのほうがイヤっ!」


 ローラはなぜか、オレの腕にくっついてきた。

 ちょっと予想していない反応に、オレの顔も熱くなる。赤くなっているのだろうと思う。

 ローラもオレと変わらないと思われるほど、ボンッと赤くなってしまった。


「ふわわわわ……」


 言葉の意味はよくわからないが、とにかく失言をしてしまったような顔でうめいて、オレから離れる。

 そっぽを向いて言ってくる。


「ななな、なんかよくわかんないけどイヤなのよ! ケーマと離れることっ!」

「そうか……」

「そうよ…………」


 駄女神は、なんかやたらと、もじもじしていた。


「まっ、まぁ、そういうことなら、ついてこいよ……」

「うん……」


 オレが手を差しだすと、駄女神は握りしめてくる。

 基本アホの子でダメな子のクセに、時折り愛らしいのがずるい。

 しかしオレのことが好きなのか、単にさびしがり屋なのか、わからないのが悩ましい。

 この駄女神め。


  ◆


 リリナの家についた。

 オレはドアをノックする。


「誰だい?」

「オレです」

「キミか」


 リリナがでてきた。


「ギルドでお話を聞いたところ、優秀な商人さんが有望そうな冒険者に援助をすることは、よくあることであると聞きました」

「わざわざ確認してきたのかね?」

「はい」

「私のことが、信用ならなかったと?」

「出会って間もない、他人のかたに過ぎませんでしたから」

「私が……悪人に見えるかね?」


 リリナは、鋭い眼光を向けてきた。

 だがオレは、へらりと笑って手軽く言った。


「もしもあなたが善人であれば、『初対面の人を信用するのは怖い』と思う人の気持ちがわかるはずです」

「ハハハハハ。なるほど、なるほど」


 リリナは、楽しげに笑った。


「慎重かつ冷静でありながら、ただ臆病で猜疑心が深いわけでもない。

 頭もかなり回るようだし、信頼はできないが、信用はしたいタイプだ」

「そうでしょうね」


 今度はオレが、ニヤリと笑った。


「えっ、ちょっ、どういうこと???」

「頭が回るということは、利にも聡いということだ」

「そして利にも聡いってことは、バカじゃないっていうこと」

「バカじゃないならいいじゃない! なにが悪いの?!

 もっとアタシに、わかりやすく話してよおぉ!!」


 オレは説明してやった。


「バカじゃないってことは、裏で何を考えてるかわからないってことだ。

 能力を当てにあれこれ頼む分には優秀だけど、心から信頼して背中を預けるのは危ないってこと」

「ちなみにわたしも、そう評されることが多いな」


 リリナは、またもクックと笑みを浮かべた。

 そしてローラは、さみしげに言った。


「じゃあケーマ、アタシのことは、信頼してくれないってこと……?」

「「は…………?」」


 オレとリリナの声が被った。


「能力が高くて頭が回ってバカじゃない……それってつまりアタシでしょ?!

 むしろアタシの特徴から、並べ立てた性格でしょ?!

 つまりケーマはアタシのことを……」


 ズグシュ。

 オレは水魔法を噴射して、ローラに目潰しを入れた。


「あいたぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 女神がのけ反り両目を覆う。


「目がぁ! 目があぁ! 本気で痛いっ! 本気で痛いぃ!!」

「そりゃ悪かったな」


 オレはローラに、ヒールを使った。

 ローラは、水と涙が混ざった液体を目から発して叫ぶ。


「ケーマのばかぁ! ホントにばかあぁ!

 今回ばかりは、ばかって言っても足りないぐらいに、ばかっ! ばかあぁぁぁ!!!」

「まぁ今のは、オレが悪かったよ」

「ううぅ……」

「なんか一品、好きなもの奢ってやるから許せ」

「ホント?!」


 ローラは一気に元気になった。

 頭の左右の、ツインテールもぴょこんと跳ねる。


「一品だけな」

「ケーマあぁ~~~~~~~~~~~♥♥ えへへへ、えへぇ~~~♥♥♥」


 ローラはとっても幸せそうに、オレに抱きついてくるのであった。

 極めて頭が悪い上に、致命的に単純でチョロい。

 そばにいてやらないと、心配になってしまう駄女神だ。


 ちなみに援助は、五万もらった。

 かなり破格であったけど、それだけオレを買ってくれているとのことだ。

 実際、慧眼であると思う。

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