酒飲み対決

 アーシャが、実質チキンな肉をかじって言った。


「ところでケーマさま、お酒のほうは飲めるんですの?」

「飲んだことないんで……」

「飲めないのならばともかく、飲まないはありえませんことっ?!」

「飲めないだったらセーフなんですね」


「飲めないは体質ですが、飲まないは意思ですわ!

 認めることは、神の意志に反しますわ!!」


「そこまでっ?!」

「当然ですわぁ!」


 アーシャは、ビシッと言い切った。

 指をパチッと、威勢よく鳴らす。

 バイトらしきネコミミの子が、おぼんにお酒を持ってきた。

 一リットルサイズのビンが、七本近く並んでる。


「勝負ですわ! ケーマさまっ!」

「勝負……?」

「ケーマさまが敗北しても、ペナルティはございません!

 だけどもし、お勝ちになられたら……」


「たら……?」

「わたくしのこと……好きにしてもよろしいですわ!」

「っ?!」


 オレはアーシャを、チロりと見やった。

 整った顔立ちに、流れるような金色の髪。

 そしてとても主張の激しい、大いなるおっぱい。


 これを……、好きに……?

 オレはゴクリとツバを飲む。


「それなりに高貴な家に生まれたわたくしですが、今年で齢二十六。

 占い師さまから『あなたよりもお酒の強い方でなければ、あなたと婚姻を結ぶことはできないでしょうな』と言われて十一年。

 そろろそ、お相手がほしいのですわあぁ…………!」


「その当時から、お酒を飲んでいたんですか……?」

「当然ですわぁ……!」


 アーシャはヨヨヨとうなだれ嘆き、ジョッキの中に酒を注いだ。


「その占い師さんを雇ったのは、お父さんやお母さんだったり?」

「もちろんですわぁ……!」


 アーシャはお酒を、キューッとあおいだ。

 オレは思った。


(それ父さんと母さんが、お酒をやめさせようとしただけなんじゃ……)


「わたくしは三女。

 その役割は、家督を継ぐおねぇさまにお子が産まれれなかった時に備えて、子を成しておくこと。

 殿方と婚姻を結んで子を成さなければ、家の門をくぐることも適わないのですわあぁ……!」


 なんて会話をしているうちにも、アーシャはひとり酒を飲む。

 ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ。

 プハァ。


 ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ。

 プハアァ!


「おっさけは、サイコウ、でっすわぁねえぇ~~~~~!!」

「しかしそんな家柄なのに、こんな宿屋やってるんですね」

「ギルド公認店な以上、むしろ当然ではなくって?」

「えっ?」


 オレは思わず反芻したが、ほかの冒険者たちもオレをキョトン顔で見やってた。

 確かにギルド公認店なら、変な相手を公認するのはまずい。

 となると世襲か、ハッキリとした家柄の人間を登用したくなるのは当然である。


「すいません、田舎からきたもので」

「本当に、そういうことになりますわね……」


 アーシャは、目を丸くしてつぶやいた。


「とにかくそういうことですわ!

 ケーマさまには、わたくしとご勝負していただきますわ!」


 アーシャは酒を、とくとくとついだ。

 レモン色の、おいしそうな酒だ。


「お値段はリーズナブルでありながら、味は最高品質のお酒ですのよ!」


 こくっ、こくっ、こくっ。

 まず訪れたのは、シュワッと弾ける炭酸の触感。

 同時に冷気が口内を刺激して、レモンの酸味と果実の甘みが口いっぱいに広がった。


 そしてずっしりとくる、重厚な苦み。

 ごくりと飲んだ。

 至高の冷気がノドを伝って食道を冷やした。胃の形がわかる。


「うまい……!」

「ですわよねっ!!」


 アーシャは、食い気味に身を乗りだした。

 整った顔立ちに桜色の唇と、豊満なバストが近づいてくる。


 オレが勝ったら。

 このおっぱいを、好きに……!

 オレはジョッキを握りしめ、一息に煽った。


「受けましょう!」

「よろしいお返事ですわ!」

「受けるの?! ケーマ!」

「そう言ったじゃん」

「ふえぇ……」


「なんか文句あるのか?」

「ない…………けど」

「ないんだったら文句言うなよ」

「うん……」


 ローラは、素直にうなずいた。


「ルールはどんな感じですか?」

「どちらがより多く飲めるか――ですわ!」

「シンプルですね」

「シンプルですわ!」


 とぽとぽとぽ。

 とぽとぽとぽ。

 メイドの少女が、オレとアーシャの双方のコップに、酒を注いだ。


「それではレディ――ゴーですわ!」


 始まるや否や、アーシャは酒をグイッとあおった。

 ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ。

 一息に飲み干して――。


「最高ですわぁ!!」


 満面の笑み。

 笑顔というのはよいものだ。

 美女のであれば、なおさらである。


 オレはくいっと酒をあおった。

 美味い。


 オレには毒物耐性がある。

 いろいろなものを食べる都合で、レベル3にまであげている。

 達人級レベル4には劣るものの、そこそこの勝負はできるはずだ。

 っていうか戦いが始まる前から、かなり飲んでるしな。この人。


 ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ。


「最高ですわぁ!!」


 ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ。


「最高ですわあぁ!!」


 アーシャは、飲むたびに叫んだ。

 新しい酒と、新しい料理が運ばれてくる。

 細長く切られた肉に、細長く切られたピーマンを油で炒めた中国料理――チンジャオロースだ。

 この世界での名称は違うと思うが、見た目などはほぼイコールである。


「きましたわぁ!」


 アーシャは両手を重ね合わせて、おねだりするかのようなポーズを取った。

 フォークを使って、口へと含む。


「細く切られたピーマンのコリコリとした歯応えに、マッドバッファロー牛肉の濃厚なるコク。

 そこにこの果実酒を……」


 ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ。


「さいっっっっっっっっっこうですわあぁ!!」


 (><)な顔で、おいしがるアーシャ。

 実際うまい。

 料理と酒が、いっしょに進む。


「しかし勝負だって言うのに、そんな感じがしませんね」

「楽しまずに飲むなんて、お酒への冒涜ですわ!」


 本当に、魅力的な人である。

 そして飲むこと一時間と三十分。


「フッ……」

「フフッ……」


 オレとアーシャは、同時に笑った。


「もう……」

「これ以上……。飲むと…………」

「お酒が……」

「楽しめなく…………」


 バタン。

 オレたちふたりは、仲よく倒れた。

 引きわけである。


「ケーマあぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 駄女神の声だけが、遠のいた意識の外から聞こえてきた。


  ◆


 チュン……、チュンチュン。

 スズメのような小鳥のさえずりが響く朝。

 頭痛が痛くて目が覚めた。

 ひたいには、濡れたタオルも乗っていた。


(ううぅ……)


 そして視界の先には、涙目の駄女神。

 手を握ってくれているのだろう。右手に、やわらかな触感もある。


「ケーマ!」


 オレが目覚めたことに気付くと、大きな声を張りあげる。


「ばかばかばかっ! ばかばかばかあぁ!

 ケーマのばかっ! ばかっ! ばかあぁ!」


 駄女神はオレの胸に飛び込んで、胸板をぽかぽかと叩いてきた。


「アタシ、ほんとに心配したんだからねっ!

 すごく……すっごく心配したんだからね!!」

「そうなのか……」


 オレの心が、ほっこりと温かくなった。

 コイツはバカな駄女神だけど、それゆえにウソがない。

 心配してくれている時というのは、本当に心配してくれている時なのだ。


 コイツのこと、もうちょっと大切にしてやるべきかもな。

 胸は普通に大きいし。

 オレはそんな風に思い、ローラを抱きしめようとした。

 が――。



「ホントに心配だったんだからね!

 もしもケーマが死んじゃったら、アタシは誰に養ってもらえばいいのかって!!」



 オレはローラのほっぺたをつねった。


「みいぃ~~~~~~~~~~~~~~~!!!」


 神速の前言撤回である。

 その手のひら返しのスピードたるや、高速ドリルと言っても過言ではない。

 プラズマドリルハリケーンだ。


「でもよかった……えへへ」


 駄女神は、目尻の涙を人差し指でぬぐった。

 もう本当に、手のひらを返してしまいそうになる。

 しかし照れくさいので、いつも通り素っ気なくするよ。


「仕事に行くぞ。駄女神」

「うんっ!」


 駄女神は、満面の笑みでついてきた。

 ちなみに酒と料理のおかげで、レベルはこんな感じになった。



 レベル     1285→1335

 HP     11390/11390(↑400)

 MP     10497/10497(↑366)

 筋力      10200(↑224)

 耐久      10233(↑228)

 敏捷      10150(↑267)

 魔力       9657(↑320)


 習得スキル

 なし

 上昇スキル

 解毒体質LV1 2/50(↑1)

 毒物耐性LV3 1/500(↑1)

 毒体質LV2 116/150(↑33)



 解毒体質と毒物耐性の上昇が微妙なのは、食べ物ではなく純粋に鍛えたという形だからだと思う。

 倒れるまで飲んで、ようやく1や2がアップする。

 チートなしで熟練度をあげるのは、いかに大変かがわかる。


 逆に毒体質のほうは、お酒を飲んだおかげだろう。

 やはりアルコールというのは、毒に分類されるのだ。

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