宿屋に泊ろう


 仕事を終えた帰り道。

 ギルドへ向かっているとローラが言った。


「お仕事、終わったわねぇ、ケーマ!」

「そうだな」

「なに買う?! なに買うぅ?!」

「えっ……?」

「やっぱりアタシは女神だしぃ?

 指輪とかぁ、イヤリングとかぁ、綺麗な服とかあってもいいと思うのよねえぇ」


 ローラは頬に手を当てて、くねくねと身をよじらせた。


「豪華なレストランでお食事したり、リゾートに行ったりするのもいいわよね!

 国士無双に!」


 Gランクの依頼にどれだけ夢見ているんだ、コイツは。


「もちろんケーマも、剣とか盾とかでほしいのがあったら買っていいわよ!!」


 だからGランクの依頼で、いったいなにを買うつもりなんだ。


「楽しみねぇ~~~。えへへぇ~~~~~」


 しかし笑顔は、不覚だけど愛らしい。

 顔と胸だけはいいんだよな、コイツ。


  ◆


 ギルドについた。

 オレは受付けのおねーさんに、サインの入ったカードをだした。


「はい…………確かに」


 確認したおねーさんは、カードを受け取る。


(楽しみね! 楽しみね!)


 駄女神ローラが、小声でワクワク言っていた。

 オレもちょっぴり、楽しみではある。

 この世界での初仕事で初給料だ。


「それではこれが、報酬になります」


 チャラン。

 小さなお皿に小銭が乗った。

 一〇〇円みたいな銀色が二枚だ。


「え……?」


 ローラがきょとんと目を丸くした。


「えっ……? えっ……?」


 おねーさんと小銭を、交互に見やる。

 オレは尋ねた。


「銀貨は、一枚で五〇〇バルシーですか?」

「はい、その通りです」


 だったら依頼書の通り、銀貨二枚で一〇〇〇バルシーだ。


「ちなみにここらへんで一番安い宿って、どこらへんになりますか?」

「現在あいているギルド公認店ですと、アーシャの三日月亭になりますね。

 おふたりでしたら、一泊一〇〇〇バルシーになります」


 たかっ!

 一晩泊まると、稼ぎが全部ふっ飛ぶじゃん!!


「宿としては少々高めですが、朝食と夕食に、昼のお弁当がつきます」


 なるほど。

 それならむしろ、安いかもしれない。

 なにせ団子で、一個一〇〇バルシーだもんな。


 逆に団子が高い気もするが、それだけこだわってる商品ってことだろう。

 日本でも、こだわってるコーヒーは一杯1500円だったりしたし。


「ふえぇ、ふえぇん……」


 しかしオレが冷静に考えていると言うのに。

 駄女神は、カウンターに顔を乗せ、両手もついてうめいてた。


「行くぞ駄女神」

「ふえぇ~~~~~~~~~~~~~~~ん」


 銀貨二枚を受け取って、駄目な女神を引きずり歩いた。


  ◆


「ふえぇん。ふえぇん……」

「オマエいつまで、ふえってんだよ」

「だってぇ、だってえぇ……」

「つーか、やめてくれ。街中でふえられてると、目立って困る」


「ケーマ……こまるの?」

「そう言ってんだろ」

「じゃあ……、やめる……」

「妙なところで素直だな」

「ケーマには、いろいろ、お世話になってるし……」


 素直なのはいいことだ。

 オレはローラを引き連れて、宿屋へと向かった。


「最高ですわぁ!」


 宿屋に入ると、金髪のお嬢さまが威勢よく叫んだ。

 厳密には違うのかもしれない。

 でも金髪で縦ロールがあると、お嬢さまって連想してしまう。


 お嬢さまが、ジョッキに入ったビールらしき液体を飲む。

 その向かいには、モミアゲと一体化しているほどのヒゲを生やした、筋肉質の男。


 お嬢さまは恍惚とした顔で、ジョッキの中のそれを飲む。

 ゴキュッ。ゴキュッ。ゴキュッ。

 液体が減るたびに、白い喉が動いて鳴った。

 白い肌に汗が滲む。


「プハアアッ!」


 女は、これ以上ないほどに爽やかな笑みを浮かべた。

 逆に男は、真っ青な顔で倒れる。

 お嬢さまは、すこしさみしげに言った。


「また、わたくしの勝利ですわね……」


 周りにいた男たちが、倒れた男を部屋の隅に運んだ。


「アーシャちゃんに酒飲み勝負を挑むたぁ、身のほど知らずもいたもんだ」

「オマエが言うのか? オマエが」

「それを言っちゃおしめぇよ」

「「「ガハハハハハ!!!」」」


 よくわからないが、豪快な雰囲気である。

 ルーキーには入りにくい。

 が――。


「そこのかた! 新人ルーキーでございますか?!」

「ええっと……はい。ギルドの、紹介で……」

「わたくしはアーシャ! この宿の、管理を任されている者ですわ!」

「よろしくお願いします。オレはケーマ」


「お酒はどうですの?! 好きですの?! 大好きですの?!

 ラブ愛ライクですの?

 わたくしはもちろん、天元突破のラブライクですわ!!」


「別に好きとか、そういうのは……」

「ありえませんわあぁ!!」


 お嬢さまは叫んだ。


「冒険者なのにお酒を飲まないのは、羽化しない芋虫ですわよっ?!

 緑のキャタピラーですわよっ?!

 なんのために生きていらっしゃるのですわよっ?!」


「それでも世の中は広いんですし、お酒よりも楽しいことが……」

「ございませんわぁ!」


 即答だった。


「もちろんミクロな話をすれば、ナッシングではございません!

 それでも偉大なるお酒の前では、ダニより大きいノミが威張るようなものですわ!!」


 マジかよ。


「お酒で理解できなかったら、お肉でも果物でも構いませんわ!

 とにかく自分の好きな食べ物を、好きな時に食べることができる。

 それがハピネスというものですわ!」

「あっ、そういうことですか」

「そうですわ!」


 アーシャは、強くうなずいた。


「それではまずは、お食事ですわね!!」


 アーシャは店の奥に引っ込む。

 待つこと十分。

 料理がどかっと乗ってきた。


 フライドチキンのような足と、緑の葉っぱ。そして白いパンである。

 アーシャはチキンっぽい足を掴むと、豪快に食い千切る。

 そして肉を葉っぱで包み、サンドイッチに変えた。


「こんな感じで整えた上で、がぶりつくのがマナーですわよ!

 かぶりつくんじゃなくって、がぶりつくってのがポイントですわ!!」


 アーシャはサンドを両手で持った。

 宣言通りにがぶりつく。

 白い肉がソバのように跳ね、うま味の詰まった油が散った。


 がぶ、がぶ、がぶ、ごくん。

 アーシャは、咀嚼して飲み込んだ。


「よろしいですか?!」

「はっ、はいっ」


 オレはアーシャの真似をした。

 チキンっぽいそれを口で咥えて切り離し、緑の葉っぱに包む。

 パンに挟んで、豪快にがぶりつく。


 スパイシーなチキンっぽい味と、チキンな味が染み込んだパン。

 そして野菜のコントラストが、最高にすばらしかった。


 てれれ、てってってっー。

 レベルのほうもアップする。



 レベル     1280→1285

 HP     10990/10990(↑35)

 MP     10131/10131(↑37)

 筋力      9976(↑30)

 耐久      9905(↑34)

 敏捷      9883(↑31)

 魔力      9337(↑36)


 習得スキル

 ハイジャンプLV1 3/50

 上昇スキル

 なし


 ◆ハイジャンプ

 ジャンプ力に補正がかかる。

 倍率は、レベル数×1.1倍。

 レベル1なら1.1倍。レベル2なら2.2倍。



 便利そうなスキルだな。

 レベル1だとほとんど役に立たないが、レベル2だったら便利そうだ。


「ケーマ! ケーマ! ケーマあぁ!」


 そして駄女神ローラが、いつものようにじたばたと足踏みをした。

 エサを求めるヒナ鳥のように、あーん、と口をあけてくる。


 オレはサンドイッチを食わせてやった。

 もぐもぐもぐ、ごきゅん。

 ローラはいつもとおんなじように、咀嚼しては飲み込んだ。


「おいしいぃ~~~~~~~~~~~~~~~!!」


 いつもと同じ(><)な顔で、感激に震える。


「おいしい! すごい! おいしい!

 パンと混ざったお肉と脂が、とろとろバジューンなんだけど、パンのおかげでふっくらジューシー!! ビューティフル!

 水着を着ていたモデルさんも、裸で貪る国士無双よ! すごい!!」


 例によって、謎の言語センスであった。

 しかし後半はともかくとして、とろとろバジューンってのはわかる。

 肉のおかげで湿ったパンが口に入れた瞬間にとろけ、口いっぱいに広がってくるのだ。


「あぁ~~~~~、もうっ。なんか心がぴょんぴょんする!

 ぴょんぴょんするうぅ~~~~~~~~~~!!!」


 と言いつつも駄女神は、ぴょんぴょんはせずゴロゴロとした。


「ちなみに、なんの肉なんですか?」

「沼地ガエルですわ!!」

「沼地ガエル」

「はいですわぁ!」


 ということは…………。


(ガクガクブルブル)


 つい先刻まで大絶賛していたローラが、青ざめて震えた。


「カカカカ、カエル?!」

「おいしかったでしょ?!」

「おいしかったけど……。けどおぉ~~~~~~~~~~。

 ふえぇ~~~~~~~~~~んっ」


 駄女神はぺたんとあひる座りして、いつものように泣きじゃくった。

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