序章

第一話:巨大な拳が

 飛猷とばかり流狼るろうは目を開く前に周囲の気配を探る事にした。

 荒くはないが多数の息遣いきづかいが聞こえる。先刻までの自分と同様、眠っているかあるいは眠らされているか。

 夢にしては妙にリアルな――内容自体は素直に信じる事などできない荒唐無稽こうとうむけいな話だった訳だが――対話をした事もあってか、意識は妙に冷静だった。

 最後の記憶は、最近交際を始めた彼女とショッピングモールに向かって歩いていたところだ。

 それがいつの間にやら冷たい地べたに体を横たえている。歩いている最中に、手もなく眠らされて拉致らちされたと考えるのが自然なのだが。

 だが、流狼は一般的な日本人とは違い、そういう害意に対して対抗出来る手段を持っている人間だった。

 害意が形になった瞬間を記憶していない。自分自身が今日まで積み重ねてきた研鑽けんさんを信じている流狼にとって、その事実は自分の想像を超えた手段が採られたのだと確信するに十分な事態だった。

 対話の相手が語っていたようなファンタジックな内容を信じる事までは、さすがに出来ずにいたが。


(今はそんな事を考えている場合じゃないな)


 流狼は意識を自分の記憶の確認から周囲の様子へと戻した。

 自分たちを見下ろしているだろうぶしつけな視線。自分たちが横たわっている場所より、それなりに高い位置から観察されているようだ。

 多くの視線は、悪意に近い。少なくとも自分たちを好意的に歓迎していない。

 同情的な視線も一方からは感じるが、数は少なかった。

 周囲の気配が濃すぎて人数までは分からない。ただ、包囲されているのは分かる。

 目を見開いて視覚で状況を確認したい欲求に駆られるが、我慢する。

 流狼は自分が特殊である事を自覚している。この状況下で冷静な対応を一人しているのが見られれば、相手に不要な情報を与えるだけだ。警戒される事になる。

 眠っている間に拘束される事も殺害される事もなく、ただ転がされていることから推察できる事はいくつかある。

 まず、利用価値があると判断されている。次に、今すぐこちらを殺すつもりはない。

 そして手もなく転がされている自分達が、彼らにとっては対抗する手段のないか弱い市民だと考えている。

 ならば起き上がるのは何人かが起きだしてからで良い。ある程度事情が判明するまで、目立つのは避けなくては。

 流狼は寝たふりが自然な形で出来ているとは思っていないが、おそらく目を開いたりしない限りは疑われる事はないだろうと判断していた。






「……なかなかどうして。面白い者がおりますな」


 男が、ぼそりと呟いた。

 大きな鎧に身を包んだ巨漢である。白髪はくはつではあるが、年老いている訳ではない。生まれつきのものなのだろう。

 鍛え上げられた上半身は、それを覆う――飾りけはないが分厚い――板金鎧プレートの所為か、より大きさを強調している。

 本人に威圧している気持ちはないのだろうが、そこに居るだけで十分威圧的な存在感を放っていた。

 申し訳程度に誂えられた椅子に座り、豊かな顎鬚あごひげを撫でつける様子は歴戦の余裕が見て取れた。

 と、隣に座る少女が声をかける。

 同じように白髪だが、こちらは銀髪と形容した方が良いかもしれない。美しく煌めく髪の下にはより美しい顔立ちが収まり、そして瞳だけは静謐せいひつな美貌とは裏腹に好奇心を伴う強烈な輝きが灯っていた。


「どうした?」

「気配を探られた様子がありました。どうやら既に起きている者がいるようです」

「む? 全員眠っているようにしか見えぬが」

「これだけの人間が見ている訳ですからな。視線を警戒しているのでしょうよ」


 決して丁寧な口調だとは言えないが、男は少女に一定の敬意を払っているようだった。

 少女も気にする様子はなく、だが男の言葉に小さく呻いた。


「そういうものかな。我々はご助力を乞う立場だ、悪意など誰も持ちようがあるまい」

「確かに我々は乞う立場ですがね、すべての者がそう思っている訳でもないでしょうや。押さえつけて支配、或いは利用しようと思う者も。……特にあちらにお座りの方々は」

「何とも見下げ果てた話だ。やはりあちらとは仲良くは出来んな」

「それは同意見ですな。ですが、彼らにとっては我らもあちらと同じですよ」

「何? オルギオ、そなたは私が奴らと同じだと――」

「お静かに。彼らは自らの日常から突如切り離され、我々に呼び出された訳です。本人が許可や承諾をしたとでも?」

「ふむ?」

ひい様は、ある日目覚めたら見知らぬ場所で見知らぬ者たちに見下ろされていたら、どう思いますかねえ」

「なるほど。私たちもまた、彼らにとっては未知の賊徒か」


 溜息を漏らす少女。

 男と少女の周囲からは、彼らに対して少なからず同情の篭った視線が飛んでいる。

 だがそんなものは、彼らにとって何の慰めにもならないのだ。




「……う」


 うめくような声が聞こえた。近くで誰かが目を覚ましたようだ。

 頭を上げ、周囲を見回す気配。がばりと起き上がる音が聞こえたから、次に上がるのは戸惑いの声か。


「×××××!」


 残念ながら流狼が聞き取れる言語ではなかった。随分とハスキーな声である。

 どうやら国籍や年齢に関係なく連れて来られたらしい。よく考えてみればそもそも、全員が同じ地球上から呼ばれたのかさえ分かっていないのだった。

 そして、叫び声を目覚ましとしてか、数人が身じろぎをするのが分かった。

 程なくざわめきが生じ、恐慌となった。

 流狼もその騒ぎに乗じる形で起き上がり、喚きたてる老若男女の中に埋没しつつ改めて周囲を観察した。

 今更ながら自分の体を見てみると、確かに意識を取り戻す前、最後に着ていた服である。荷物はないが、胸ポケットには古い黒の携帯電話が入っている。間違いなく自分のものだ。


(宗教施設か何かか? 取り囲んでいる連中の国籍は……駄目だ、分からない)


 密かにスマホを開いてみるが、ばっちり圏外だった。嫌な予感は増す一方だ。

 どうやら自分達は巨大な円形のスペースに寝かされていたらしい。周囲には大きな段差があり、少しジャンプをした程度では届きそうにない。

 段差の上には、多数の人影。天井は塞がっているが、昼間のように明るい煌々とではないにしても、人の顔立ちが見える程度には照明がある。

 時代錯誤な金属鎧を身に着けた集団がこちらを見下みおろしている。いや、見下みくだしていると言ってもいいだろうか。

 少なくとも、仲良くなれそうな雰囲気ではない。

 そして、建物の最奥と思しき場所には、玉座のようなものに座る巨人像の姿があった。


「まさかさっきの夢は本当じゃあないよな」


 数人、兜を被っていない者もいるが、白髪や青い髪、金髪と雑多だ。

 特に青い髪など創作の世界か染色でしか見たことがない。しかし艶やかな光沢からも、染めたようには見えなかった。

 異国情緒という程度では済まない様子に、流狼は否定したいながらも思わず呟いていた。


「確かアル……アルカシードとか言ったか。全く、冷静じゃないな、落ち着かないと」


――アルカシード、起動認証コード確認。


「!?」


 突然頭の中に響いた無機質な声に、流狼は仰天して周囲を見回した。

 今もって騒いでいる周囲に、聞こえた様子はない。そしてこちらの驚きに周囲が反応した様子もない。

 どうやら幻聴だったようだと、頭を振ってもう一度落ち着こうと試みるが、


――起動シークエンス開始。前マスターの生命反応なし。


 再び頭に響いてきた声に、どうやら幻聴ではない事を理解した。

 そしてどうやらこの声は自分だけに聞こえ、こちらを取り囲む連中にも聞こえてはいないらしい。


――認証コード入力者の感応波適性を検査。合格。


 ふと、流狼の瞳が、豪華な椅子に座して自分達を見下ろす青い髪の男の姿を捉えた。

 何故目についたのかは分からなかった――あるいは数少ない鎧姿ではなかったからかもしれない――が、どうやらすぐ近くの者と何かを喋っているようだった。







「これだけ目の前で騒いでも反応がない処を見ると、今回は外れたかな」

「そのようですな。とは言え、彼らのうちの誰かが他の『王機兵おうきへい』と親和性が高い可能性は否定出来ませんが」

「分かっているさ。しかし、あの陣はあの王機兵の乗り手を呼び出すものではなかったというのか?」

「どうでしょうか。ですが内在魔力は起動値を示しておりません。如何なさいます?」

「ふん、この国に数人をくれてやらねばならんのは仕方あるまい。願わくばその者達が我が国で発掘された王機兵の乗り手でない事を願う。が」


 青い髪を後ろで束ねた男が、隣に控える金髪の男と言葉を交わす。視線は巨人像を捉え、そして眼下で起き上がりつつある人々に向かう。

 傲然ごうぜんとその様子を見下ろしつつ、呼び出した人間の数を数える。


「四十三人か。文献に残る王機兵は十二機だったな?」

「はい。殿下の『クルツィア』を含め、国には三機がございます。四分の一をこちらで押さえているのは大きく有利だと言えましょう」

「起動可能なのが私のものだけでは置物と変わらん。私とて辛うじて起動出来るに過ぎない。額面通りの有利さなど語るに及ばん」

「仰いますな。大陸でも起動できている王機兵は殿下のものを含めて三機しかありません。残りのうち一機はここにございますが、他はいったいどこに保管されているかも分からないとなれば」

「この王機兵が起動しなかったのは僥倖かもしれんな」

「と、仰いますと?」

「あれの所有権は我々にはない。起動してしまったら奴らが王機兵を握ってしまう事になるのだぞ?」

「成程、この地を我らが手にしてから、改めて召喚をすべきという事ですか」


 騒ぎ立てる眼下の『被召喚者』達を見ながら、側近が頷く。

 知るべき事は知った。

 ならばあとは、管理するまでだ。


「それにしても多いな。およそ五人に一人、か。数が減るのは惜しいが、二人までならば構わんだろう。最初に反抗した者と、次に反抗した者を間引け。それで身の程と状況を理解するだろうよ」


 騒ぎ立てる彼らは、どうやらこちらに矛先を向けたようだ。


「御意。『破裂光』!」


 魔導言語を謳い上げた側近の杖、その先から紅い光が炸裂する。

 光と爆音だけの術ではあるが、暴徒を鎮圧させる為に使う事もあるだけにその効果は覿面てきめんだった。


「静まれ! 今よりお前達の置かれている状況を説明してやる」


 ふん、と鼻で笑いながら得意げに話し始める彼の名前を、殿下と呼ばれた男は思い出そうとして、途中で諦めた。




――サポートプログラム『アル』、リブート。マスター変更要請。承認。


「お前達をこの地に召喚したのは我々である。喜べ、お前達は選ばれたのだ」


 相変わらず頭の中に妙な声は響くが、それどころではなかった。流狼は声を意識から追い出し、男を見上げる。

 あまりにも率直と言えば率直な物言いに、呆れる他ない。

 召喚された、などと言われてどれだけの者が納得出来ると言うのか。今もって信じがたいが、夢の中で語らった事が流狼を落ち着かせていた。

 頭からこちらを見下す様子からして何とも不愉快な事だが、そもそも説明してやると言っておきながら納得させるつもりがそもそもないのだろう。

 流狼は呆れながら喋りだした男の様子を見、同時に周囲の様子を油断なく探る。

 まずは包囲されている方をしっかり観察しなくてはならない。


「×××××! ×××、××××!!」


 やはり自分の知っているどんな言葉とも違う。

 喚きたてている男は、流狼からは後ろ姿しか見えないが、金髪で白い肌なのは分かる。

 同じ場所――地球から来たのであれば、西欧系の顔立ちなのだとは思うが。

 癇癪かんしゃく持ちなのか、ヒステリックにがなり立てている。しゃがれ声も従来の性格ゆえか。

 と、傲慢な態度の男が杖を掲げた。先程の大音量を起こしたものだ。

 拙い。


「では、身の程を理解させてやるとしよう」

「――!?」


――認証コード入力者を新規マスターに登録。


 自分達には利用価値がある。そう思っていた流狼は初動が遅れたのを自覚した。

 杖を掲げた様子から、明確な殺意を感じたのだ。

 男の言葉が分からなかった事もある。どうやら向こうは流狼には分からない言葉も理解出来るようだ。

 一体どれ程の罵倒の言葉をかけたのか。


「ちっ!」


 周囲の視線は二人に集中している。ここで動けば状況が自分にとって不利になるのは確かだ。

 しかし、誰かがそれを止める様子もない。今もって喚きたてている男も理解していないようだ。

 一瞬見捨てる選択肢も頭を過ぎったものの、予測していながらそれを選べば自分も連中の同類となってしまう。

 流狼は目立ってしまう事を覚悟しつつ、男をその場から強く突き飛ばした。


「××!?」

「『雷球』!」


 流狼と突き飛ばした男との間を、青白く光る光の弾が突き抜けていった。

 床に衝突した弾はバチバチと紫電を流しながら拡散していく。近くに居た連中は

痛いでは済まない。流狼の背を冷汗が流れた。


「余計な事を! お前も我々に楯突くか!」


 楯突くも何もあるか。

 一転矢面にさらされる事となった流狼は内心で毒づきつつ、周囲を見回した。

 他の誰かが武器らしきものを取り上げる様子はなかった。ひとまず安心する。

 攻撃はこの男の独断か、或いは後ろの青い髪から指示か許可を受けているのだろうか。

 青い髪が男を止める様子はない。


――システムチェック開始。


 再び杖が掲げられる。こちらの返答を待つ心算もないようだ。

 自分に酔っているのか、自分の役目を全うしようとしているのか、あるいはその両方か。


「生意気な小僧め! ならばお前から身の程を知るがいい!」

「くっ!」


 これ以上目立つのは避けたかったが、身の程を知るというのが先程の光の弾であるならば四の五の言ってはいられない。

 誰かを盾にする訳にもいかず、流狼は固まりから駆け出した。

 と――


「流狼くん!?」


 聞き慣れた声。驚いて足を止め、そちらを見やる。


陽与ひよちゃん!? 何でここに――」

「流狼!」

龍羅りゅうら兄まで!?」


 人垣に紛れ、気付かなかった不明を恥じる。

 最近交際を始めたばかりの彼女である世代よしろ陽与と、従兄であるあおい龍羅の姿をそれぞれ見つけたからだ。


「それ、避けられるものならば避けてみろ! くらえ――」

「しまっ――」


 予期せぬ事態に思考を止めていた事に気付いた流狼は、無意識の内に体を横に投げ出した。

 光が通り過ぎるのを感じると同時に、地面を紫電が駆け抜ける。


「ぐぁっ!」


 激痛と、強い痺れが足の自由を奪う。

 立ち上がるに立ち上がれなくなったところに、嗜虐心の塊のような声がかかる。


「くく、痺れたか。二度目も避けた事は素直に褒めてやろう。だがこれで最後だ――」

「う、ぐっ」


 まさか、殺害まで許可されていたのか。

 何とか体を起こそうとするが、びくびくと痙攣けいれんする下半身は全くいう事を聞いてくれない。



「こんな、ところで」



 ――長期凍結により、外装劣化発生。長期凍結により、エネルギー残量危険域。長期凍結により、機構再構築遅延。


 動けなくなって、頭の中に響き続けた声にやっと向き合う。

 頭の中で響く声の冷静さが今は恨めしい。どれだけ長い間凍結されていたかは知らないが、とにかく今この状況を改善できる見通しはなさそうだ。

 このまま死ぬのか、と歯を食いしばった時。


「止されよ!」


 凛とした声が背後から響いた。

 女性のものだったが、その声には強い覇気があった。


「これはフィリア王女殿下。お目汚しを致しまして」

「うるさい! 黙って見ていたが一体何のつもりだ!」


 どうやら男は王女殿下とやらとの会話を優先する心算であるようだった。

 が、流狼は背後に視線を向ける事が出来なかった。

 足はまだ思うようにはならないが、感覚は少し戻ってきている。立ち上がれて、ある程度動けるようになる事が最優先だ。それまでに気紛れにでも光の弾を打ち込まれれば流狼は死ぬ。

 男から視線を外している場合ではなかったのだ。


「この召喚は教会の許可を得、我が国と貴国とが合同で行った儀式であったはず。その無体は一体どういう仕儀であるか!?」

「召喚されてきた者達の仕分けでございますよ」

「仕分け、だと?」

「ええ。何しろ召喚された者は出自も、年齢も、性別すら統一されておりません。危険思想の持ち主等が居るようであれば、先に間引いておかねば」

「傲慢な! こちらは協力を乞う立場であろうがっ!」

「ですから連れて行く者達には十分な待遇と仕事を約束しますとも」

「話にならん!」


 にこやかに王女とやらと会話を続ける男を見ながら、流狼はそっと足首を動かした。

 強い痺れは感じるが、痙攣は収まった。歯を食いしばればある程度動く事も出来るだろう。

 男はこちらに対してそうだったように、王女に言い分を理解させるつもりも無いようだった。


「主命でございます。この者達に自らの置かれている立場を理解させよと。その為には二名までなら間引くのも構わぬ、と」

「人を道具か家畜と変わらぬように扱うか、貴様らはッ!」

「ふむ。平民以下であればそうでしょうな、この後我が国の民になる者の中には、才覚の結果爵位を得て『飼う側』に回る者もありましょう」

「き、貴様っ!?」


 男の考えは理解出来なかったが、つまり男の国には身分制度があって、男は本人曰くの『飼う側』であるのだろう。

 王女もまた男の考えを異質と思ったのか、怯んだような声を上げたが、


「王女殿下もまた、国という牧場で民という家畜を飼い、その生み出す益に依って力を示すお立場でおられましょう?」

「民を家畜と見た事などないわ、たわけがッ!」


 会話は平行線を辿り続けている。周囲の視線は二人に集中していた。

 流狼はゆっくりと立ち上がる。

 と、業を煮やしたか、後ろに座っていた青い髪の男が立ち上がった。静かな声を上げる。


「フィリア殿。あまりこちらに敵意を示されると、貴国は我らに害意ありと考えなければならなくなるが――」

「それが貴国の意志か」

「先程もそこの者が申した通り。召喚された者の『条件』は同様だが、その内面は同じではない。それとも、そこで騒いでいた者の言い分を貴殿は受け入れるのかな?」

「それは」


 言語を理解出来なかった流狼は、突き飛ばした相手が一体何を言い放っていたのかは分からない。

 しかし、王女が言い淀む程だったから余程の内容だったのは確かだろう。


「そこの者。随分と威勢が良かったが、己の身の程は理解したな?」


 青い髪は今度はこちらを見て口を開いた。

 目を合わせてみれば、年の頃は自分と同じか少し上と言ったところか。態度に年齢に似合わぬ威厳を感じさせる辺り、位の高さというのは本当にあるのだなと思わせるものだった。

 だが、言うべきは言っておかねばならない。


「さてね。俺が突き飛ばした相手があんた達に何を言ったのか、俺には理解出来なくてな」

「ああ、そう言えば文献にあったな。召喚した者同士の言葉は必ずしも一定ではないと」

「そう言えば、で殺されかける程の理由はないと思うぜ」

「なかなかに気骨のある男のようだ。私は貴様のような者は嫌いではないが――」

「が?」

「それも我が国の民であればの話だ。どうだ? 私に忠誠を誓うつもりはあるか」


 流狼は首を左右に振った。


「俺たちは望んでここに来た訳じゃない。あんたの名前も知らないのに、忠誠なんて誓える訳がないだろう?」

「名乗れば忠誠を誓うというか」

「断る。あんたは個人的にいけ好かない」

「そうか。それも仕方ない」


 頷きつつ青い髪の男が右手をかざすと、周囲の者達が一斉に武器を構えた。


「だが、我々は貴様らを残らず射殺いころした後、もう一度同じことをしても良いのだ」


 分かるな? とこちらを見下すその瞳を、流狼は強く睨み返した。


「もう一度だけ問おう、我々は貴様らを手厚く遇する用意がある。私に忠誠を誓うか?」

「もうやめてよ!」


 と、流狼の前に飛び出してきたのは陽与だった。


「なんで、なんで私たちがこんな目に遭わなくてはいけないの!? 突然呼び出して、忠誠を誓えなんて! 家に帰して! 私たちを帰してよ!」


 流狼はその瞬間に命を捨てる覚悟を決めた。

 青い髪はおそらくここで最も立場が上の人物だ。人の命をこれだけ軽く扱う連中のトップにこうまで言ってしまっては、陽与もまた『間引き』の対象になりかねない。

 自分の命を懸けても、陽与だけは護らなくては。

 だが、青い髪の男は反応を返さなかった。

 目を見開き、陽与を凝視していたかと思うと、大きく一つ息を吐いてから優しく声をかけてきた。


「美しい。そなた、名は?」

「え? 世代陽与、です、けど」

「ヨシロヒヨ、か。そう呼べば良いのか?」

「いえ、陽与が名前で」

「ヒヨ。良い名だ。我が名は帝国太子アルズベック。そなたは私の妃に迎えるとしよう」

「なっ!?」


 反論など考えてもいない、そういった態度で言い切る青い髪のアルズベック。

 ふわりと空中に浮かび上がったアルズベックは、流狼達の近くまでゆっくりと降りてきた。慌てて周囲から数人が同じように降りてくる。護衛のようだ。

 そのまま四方を護衛に囲ませて歩いてくるアルズベックに、流狼は感情のままに吼えた。


「ふ、ふざけるなッ!」

「ふざけてなどいない。そうだ、貴様たちの命は安堵しよう。ヒヨの願いは私の願いでもある」

「陽与ちゃんは俺の恋人だっ!」

「……ほう」

「流狼君――」


 陽与を庇う様にして前に立った流狼は、だが次の瞬間横手に吹き飛ばされた。


「がぁっ!?」

「先程から不敬なるぞ! 殿下になんという口の利き方か!」


 視野が狭まっていたのは確かだ。

 どうやら威力の弱い光の弾の直撃を受けたらしい。痺れはないが、痛みに身動きが取れなくなる。


――サポートプログラム『アル』より緊急起動要請。マスターの生命活動に重大なリスク発生の予兆。


 痛みに耐えながらも立ち上がろうとした時、陽与の前にアルズベックが立った。

 陽与もまた流狼に駆け寄ろうとしていたが、アルズベックが腕を取ってそれを許さない。


「離して!」

「見れば見る程美しい。妃となれ、ヒヨ。私は死ぬまでお前を離さん」


 陽与を抱き寄せたアルズベックがその唇を奪う。

 暴れていた陽与の動きが徐々に弱まるのを見て、流狼は思わず立ち上がった。

 が。


「よしな、坊主」


 背後からの言葉と共に、軽々と体が持ち上げられる。


「なっ!?」

「命を無駄にするもんじゃない。あのお嬢ちゃんは諦めるんだな」


 振り返れば、流狼を掴んでいるのは白髪の巨漢だった。

 済まなそうな顔でこちらを見るその目には、少なくともこちらへの気遣いが見えた。が。


「ふざけるなっ!」

「俺の名はオルギオ。お前さんがここで暴れても、死人が少し増えるだけだ」

「諦めるなんて出来るか!」

「見なよ、あのお嬢ちゃんはもう嫌がっていないぜ」

「ぐっ……!」

「大方、魅了の魔術でも使っているんだろうがな。つくづく悪趣味な皇子さんだ」

「陽与ちゃん……ッ!」


 アルズベックの唇を受け入れている陽与の姿に、流狼は唇を噛んだ。

 オルギオと名乗る男の言葉が確かならば、この世界には魔術というものが存在するようだ。先程の光の弾といい、科学によるものではないらしい。


「お前さんの身柄は俺たちの方が預かる。このうちの殆どは帝国の奴ばらに連れて行かれる事になるだろうが」

「……離してくれ、オルギオさん。もう暴れないよ」

「そうかい」


 流狼の体が地面に下ろされるのとほぼ同時に、アルズベックの唇が離れた。

 陽与はこちらに目を向けない。


「俺が奴に手を出せば、周りの連中がここの人たちを皆殺しにするって事だろ?」

「そうだな。お前さんならあの男を討つ事は出来るかもしれないが、それをしてしまえば今の俺たちもお前さんを追わなくてはならなくなる」

「仲がいいんだな?」

「立場が弱いのさ。あちらは大陸に覇を唱えんとしている大国、こちらは教会の威光に取り縋ってどうにか中立を保っている小国。今だってうちの姫さんの言葉に冷や冷やしていたところだよ」

「弱い、か」


 悔しいが、流狼が暴れたところで状況は好転しない。

 アルズベック本人を討つ事は出来るかもしれないが、その後には陽与や龍羅も含めた全員が殺されるだろう。

 流狼は、自分の我儘に他人を巻き込む程子供染みてもいなかった。


「このまま元の世界に帰れないのなら、陽与ちゃんにとっては幸せになれる未来なのかもしれないけど」


 だが、思ってもいない事を口に出していなければ悔しさで泣いてしまいそうな程には、若さを持て余している年頃だった。







「アルズベック殿! 見下げ果てたぞ」

「ふむ? フィリア殿。人の恋路にケチをつけるか」

「人の恋人を奪おうとして何が恋路であろうか! ……哀れな」


 フィリアはオルギオに止められた少年に同情の視線を一瞬だけ向けると、アルズベックに苛烈な言葉を叩きつけた。

 彼の所作が、この場の強者を周囲に見せつける結果となっていたからだ。


「彼は我が国が引き取る。約定通りだ、文句はないな?」

「恋人同士を別の国に引き裂くか、そちらも大概残酷な事をなさるではないか」

「吐かせ。貴国に同行させた日には、彼が程なく謀殺されるのは目に見えていようが」

「私はそんな事はしないよ。だが、私に忠誠を誓ってくれる者達が気を遣ってくれる事までは止めだて出来んな」

「上が下種なら下も下種か。救えんな」

「フィリア王女、それ以上を申されるならば――」

「良い、言わせておけ」


 フィリアの挑発にいきり立つ側近をいなし、アルズベックは陽与に視線を落とした。


「彼らの命は安堵しよう。ヒヨ、暫く眠っておきなさい」


 抱きとめている方とは逆の手を額にかざす。それだけで陽与は目蓋を重くし、数秒後には頭を落としてしまった。


「我が妃だ。くれぐれも丁重に運べ」

「はっ!」


 護衛の一人に眠ってしまった陽与の体を預けると、アルズベックはフィリアを笑顔で見据えた。

 睨むほどの事もなく、だが弱者である彼女を嘲る程度には先程の言葉に腹を立てていたのだ。


「舌だけで戦うしか能のない弱卒どもが、私にさえずったところで何を変える事も出来んよ」

「そちらこそ精々驕っておけ。今後我が国がここを使わせる事は二度とない」

「ならばまた時が来たら圧力をかけることにしよう」

「くっ」

「さて、諸君!」


 言うだけ言って、フィリアへの対応を終わらせる。

 これまでの様子を見ていた被召喚者の面々に向けて、アルズベックは大きな声で問いかけた。


「私はレオス帝国第二帝位継承者、アルズベック・レオス・ヴァルパーである。諸君は我がレオス帝国と隣国エネスレイクが共同で行った召喚の儀により、この地に招かれた!」


 ざわめきが広がる。


「諸君が招かれた理由は一つだ。そこに座す巨人像を見てくれ」


 当然の事だが、騒ぎの中でも微動だにしなかった巨人像。そちらを示し、アルズベックは続ける。


「あれははるか昔、この世界を襲った災害に立ち向かう為に、諸君と同じように招かれた民が作った。諸君にはあれと同様のものを作る事、或いはあれを扱う事が出来る者として招かれている」


 フィリアはこの時点で口を挟んでいない。

 召喚の儀の目的などに嘘や偽り、自分たちに有利になるような内容はなかったからだろう。


「あの巨人像は『王機兵』という。世界には十二体の伝承が残っており、諸君はそのメンテナンスや探索、或いは実際に乗り込んで操る役目を負ってもらう」


 ざわめきが大きくなる。

 召喚されたのは老若男女さまざまであるから、どういった役目が割り振られる事になるかは分からない。


「かく言う私も、王機兵の一つを操る者の一人である。諸君にはぜひ我が帝国かエネスレイク王国にて、その任に就いてもらいたい! そこの巨人像は、起動していないもののエネスレイク王国が所有する王機兵である。あらかじめ伝えておくならば――」


 そこで一旦言葉を切り、彼らを見回す。


「帝国は諸君を貴族に次ぐ待遇で受け入れる用意がある。更に目に見える功績を出してくれた場合、爵位と後の生活を保証する。もし諸君の中に王機兵を操る事が出来る者がいれば、その時点で爵位を与えよう。諸君の英断に期待する」


 と、群衆の中から声が飛んだ。


『ならばそこの男たちへの扱いは何なんだ!?』

「やむを得ない仕儀だと理解して欲しい。諸君の間で言葉が共通していない事は理解したが、最初の人物は我々も聞くに堪えない罵詈雑言を述べ立てたのだ。二人目の彼については、かばいだてした為に仲間と思った事が原因だ。今の時点で疑いは晴れているが、私への不敬という事で無力化された。配下の忠誠の暴走であると私は判断している」

『ほ、本当にちゃんと面倒を見てくれるの!?』

「それは約束しよう。招かれる前に王侯貴族であった人物は居るかな? 残念ながらそうである場合、生活のレベルがそれまでより低下してしまうのは否めないが、生活する上で満足の行く待遇は約束しよう」

『しゃ、謝罪すれば受け入れてもらえますか』

「ああ、先程の。構わんよ。尊厳への侮辱は謝罪によってあがなわれると私は考えている」

『心よりの謝罪を。私は帝国に忠誠を誓います』

「その忠誠を受け取ろう。レオス帝国は貴公を歓迎する」


 跪いた男が、流れの全てを決めた。

 ざわめきが収まり、ある程度個々の決心が固まったであろうところで、アルズベックは今度は左手を示してみせた。


「我が国に来る者はこちらへ! エネスレイクに身を預ける者はあちらへ!」


 ぞろぞろと、その殆どがレオス帝国の側へと歩き出す。

 逆に、エネスレイク王国を選んだ者は五人程だった。


「と、このような仕儀になった。よろしいかな?」

「構わん。では、一刻も早くこの国から――」

「その前に、先程の返答がまだだったな?」

「なに?」

「あの男を貴国が引き取ると言った件だ。断る」

「な――」

「妃が私を恨んでは困るからな。何、身の安全は私の名において保障しようではないか」

「それこそ断る! 道化にでもするつもりか、悪趣味な!」

「そうか、ならば仕方ない」


 フィリアの頑なな拒絶に、諦めたようにアルズベックは溜息をついた。

 自身が道化であるかのようにくるりと片足で後ろを向き、控えていた側近に小声で告げる。


「あの男を奪うか殺せ。後の禍根になると厄介だ」

「機兵の使用は?」

「許可する。ああ、フィリアまで巻き込むのであれば、目撃者は一人も残すなよ。エネスレイクとの外交問題に発展すると困る」

「御意」


 そのままゆっくりと歩き出す。フィリアの方に向き直りもせず、告げた。


「では、我々はご依頼の通り、『一刻も早く退散する』事にしよう。再びお目通り願う日を楽しみにしている!」







 アルズベック達はまるで元々そこに誰も居なかったかのように一瞬で消え去った。


「短距離転移だ。表に出たんだろう」


 オルギオの言葉に流狼は頷く。よく分からないが、そういうものなのだろう。考えてみればこの建物には出入り口のような物は見当たらない。


「出入り口はないんだな?」

「ああ。元からそういうつくりだ。あちらは中と外とを短距離転移で移動しなくてはならない。我が国は向こうに正式な転移陣が存在するからそれを使って国元に戻る事になるがね」

「転移陣ね。本当に違う世界に来ちまったんだな」

「こちらに残った者は五人か。それに坊主も加えて六人。思ったより残ってくれたものだ」

「龍羅兄はいない、か。そりゃそうだな」


 流狼は残った中に従兄の姿がない事に、更に言い様のないショックを受けていた。

 だが、あるいは逆の立場でも自分は残ると言えただろうか。

 少なくとも今の時点で流狼と帝国は敵対関係にある訳ではないのだ。龍羅があちらに向かう事を選択したとして、それはあくまで良い条件の方を選んだ程度の話に過ぎない。

 周囲を見回して、ふと気付く。


「なあ、あいつらは国に帰ったんだよな?」


 帝国の者達は全員が去った訳ではないようだった。顔が一致している人物では、アルズベックの側近が残っている。

 他にも、アルズベックの護衛達が身につけていたものと同系統の鎧を着ている者が数名。

 何らかの後始末をしているような素振りだが。


「ああ。ここは我がエネスレイクの領土内だからな、用事が済んだならあいつらに長々と居座られる筋合いはない」

「何故全員出て行かないんだ?」

「連中が持ち込んだ儀式道具の後始末のはずだ。今回の儀式は教会を通じてあちらから申し入れられた事だからな」

「そう、か」


 オルギオの言はある程度の説得力を持っている。

 それでも流狼には、先程の一件もあって目の前の連中への警戒感を捨てる事は出来なかった。

 それに。


――要請承認。セーフモードでの起動を開始。機能が通常起動時の三パーセントに低下。


 頭に響いてきた声が、その警戒感の裏付けになっていたからだ。

 それにしてもセーフモードか。動いたとしても役に立ってくれそうにないが。


「機兵召喚」


 側近が杖をかざし、呪文を唱えた。

 空間に雷光が走り、巨人像によく似た機械的な巨像が現れる。

 同じように、鎧姿の者達も巨像を呼ぶ。

 魔法の世界でロボットかよ、と訳が分からなくなる。だがそう言えば人工知能とやらが声をかけてきていたんだなあ、と半ば思考停止した状況下で思い出す。


「オルギオさん、あれは?」

「妙だな。道具を搬出するだけならば機兵までは不要な筈だ」


 ようやくオルギオも不信感を強めたらしい。王女に声をかける。


「姫様、何だかきな臭い様子だ。こちらも転移陣の用意を」

「む? そうか、何故あれだけの数の機兵を呼ぶ必要があるのか分からんな」


 王女の言葉に、オルギオと同色の――とは言えそれ程分厚くはないようだが――鎧を着けた数人が、がしゃがしゃと音を立てて走っていく。

 残っていた被召喚者の六人もそちらに呼ばれ、こちらをちらちらと見ながら奥へと歩いて行く。

 と、ようやく側近が口を開いた。


「フィリア王女。それではそこの男を引き渡していただきたいのですが」

「何だと?」

「レオス帝国の法を司る立場である私にとっては、その男の殿下への暴言の数々は許し難いものがありましてな。我が国で王族侮辱罪にて適切な処罰を与え、その後にエネスレイク王国にお送りしたいと存じます」

「なんだ、今度はアルズベックの威光ではなく機兵の威光を借りての威圧とはな。法を司るだと? そなたのような者に法を使われては、法典が穢れように」

「帝国の法を侮辱なさるか」

「いや? 帝国の法ではなく、貴様を侮辱しているのだよ」

「姫様!」


 オルギオが鋭い声を上げるが、王女は無視した。

 ぶるぶると震える側近に向けて、緩まぬ舌鋒を向ける。


「アルズベックは傲岸不遜ではあるが無能ではない。今回の儀式では我が国と揉める事まで視野に入れていたはずだ」

「それが?」

「分からんか? ここで問題を起こした場合に使い捨てても良い人材を連れてきているという事さ」

「私が、使い捨てだと仰るのですか」

「そもそも貴様、まだアルズベックに名前も憶えられていないだろう?」


 奴は人の名前を憶えるのが苦手なんだよなと笑う王女に、側近が血走った眼を見開いた。

 話に集中していた所為か、その向こうで転移陣が開いている事に気付いていなかったようだ。


「お前達、転移陣を押さえろ!」


 自分の過失に忘我しなかっただけ、決して無能ではないようだ。

 指示に遅滞なく機兵が動き始める。こちらもよく訓練されている。ともすれば転移陣を破壊しかねない勢いで、そちらに駆け寄り手を伸ばす。

 しかし、既に転移陣は起動しており、鎧姿の数人と被召喚者の六名は光に包まれて消えてしまった。


「しまった!」


 側近は憎悪の篭った目を王女に向けた。

 対する王女はしてやったりと口角を上げ、更に煽る事を忘れない。


「ご自身を囮になさったか」

「その程度の頭は回るのだな? オルギオ!」

「分かりました! 来い坊主!」

「流狼です! そう呼んでください」

「ル・ロウ? 言いにくいな、ルウでいいな!?」

「お好きにどうぞ、オっさん!」

「走れルウ!」


 王女とオルギオと連れ立って、転移陣に向かって走る。だが当然のように、機兵によって道を阻まれた。


『王女殿下、我が国への数々の暴言、私も最早限界です』


 背後から聞こえてくる側近の声は、機兵から響いてきた。拡声器のようなものか。


「言った筈だがな、私は貴様個人を罵倒しているのだと。帝国はいけ好かないが、まさか直接罵倒する訳がなかろ」

『私は殿下を殺すも已む無し、と許可を受けておりまして。これが最後です。彼を引き渡しなさい』

「ふむ。私を殺せば帝国は全方位を敵に囲まれる事となるな。教会もいい加減重い腰を上げて北方諸国を動かすかもしれん」

『その間に王機兵を実用化すれば良いのだ! あの機体さえ動けば、帝国は必ず大陸を制覇出来る!』

「おいおい」


 十メートルほどの巨大な人型に囲まれると、何とも威圧感を感じる。

 明確に殺意を露わにした側近。最早指示ひとつで流狼をはじめとした三人の命は潰えるだろう。


「ふむ、絶体絶命だな」


 それでも王女は虚勢を張るでもなく悠然としていた。


――拳王機アルカシード、凍結解除。


 脳裏に響く、唯一縋る事の出来そうな声。

 セーフモードとはいえ巨人像が動き出せば、この場を離脱するくらいは叶うだろうか。

 あまり大きな期待は出来ないにしても、最後までこちらを庇おうとしてくれる王女をここで死なせてはならないと思えた。


「王女さん」

「フィリアだ。そう呼べ」

「フィリアさん。俺もまだ半信半疑なんだが、時間を稼ぎたい。いいだろうか?」

「よく分からないが、どちらにしろ握り潰されるまでの時間が延びるのは良い。任せよう。ええと」

「俺の名前は流狼だ」

「ルロウ? 言いにくいな、短縮してロウでどうだろう」

「……好きにしてくれ」


 どうやら余程流狼という名前は呼びにくいようだ。

 小さく溜息をつきながら、両手を挙げて声を張る。


「待ってくれ! 俺がそちらに同行すれば、この二人は見逃してもらえるか」

『どういう心境の変化だ?』

「打算はあるかもしれないが、最後まで俺の命を見捨てずにいてくれたからだ。二人を死なせたくない」

『ほう』

「フィリアさんとオルギオさんには今回の件を忘れてもらうように頼む。そちらにも損はないはずだ」


 ちらりと巨人像を見る。

 凍結を解除したというが、全く動く様子はない。

 まだか。

 側近は無言だ。機兵の向こうだと相手が何をしているのか分からない為、妙に不安になる。

 とにかく時間を稼がなくてはならない。不安を掻き立てられながら、無言を貫く。

 暫くの時を要して。


『駄目だな』

「何だって?」

『その希望を捨てていない目つきが気に入らん。殿下は本当に貴様のような気質を好まれるからな』


 最後は個人的な打算だったようだ。

 伸びてくる機兵の右手。

 視界が遮られる程の巨大な掌を前に、だが流狼はまだ諦めきっていなかった。


『では、死ぬといい』

「まだか、まだなのか! アルカシード!」


 血を吐くような思いで吼える。幻聴の類でないのなら、せめて一矢でも報いて欲しい。


「アルカ……なんだって?」

「ア、ル? まさか。お前には王機兵の声が聞こえるのか、ロウ!?」


 背後から、フィリア達の声が上がる。


『お待たせ、マスター』


 待っていたその声は真下から聞こえてきた。


『な、何だ!?』


 夢の中で対話した声と同じ。


「下? まさか!」


 震動。地面がひっくり返るのではないかと思う程の揺れが襲う。


『くっ、貴様、何をした!』


 思わず尻餅をつく機兵達。側近の機兵も後ろに倒れ込む。


「何をしたって? ただ呼んだだけさ――」


 前に倒れ込んでいたら潰されていた。そんな間抜けな終わり方は嫌だな、などと思いつつ答える。



 フィリアの驚きの声が、かき消されるほどの轟音が響き。


「なあ、アルカシード」


 流狼と倒れた側近の機体との間に。巨大な鋼の拳が、地面を突き破っていた。

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