第三十九話:鉱山都市の陥ちる日に
帝国と四領連合の国境にある、帝国側の天幕の中。
一晩明けたが、宋謙は頭を痛めていた。
貫通衝撃の魔術を使える魔術師が、たった一度の戦闘でほとんど戦死してしまった為だ。
四領連合の王機兵の恐ろしさを理解すると同時に、アルズベックの言葉が正しかったことを思い知る。
前線から退いて戦況の確認をしようとしたところで、戦場を縦断する王機兵の姿を目にしたのだ。
目を疑ったのも後の祭り、慌てて機兵を下げさせたものの、貫通衝撃の魔術を使えるものの過半数が討ち取られてしまったのだった。明らかに狙い撃っていたのだろうが、大きな損害だ。
幸運なのは、四領連合軍が前進してこないことだ。相手方の被害も大きく、貫通衝撃を脅威と判断しているからだろう。
あとは、鉱山都市タウラントの陥落まで粘れば良い。イージエルドと龍羅に対する信頼もあったが、アルズベックが招かれ人の手を借りて作り上げた飛翔機兵の戦術が効果があることを彼は元の世界の記憶として知っていた。
二回目以降は魔術によって対策されるおそれがあるにしても、一回目であれば確実に嵌まるとみている。
元々この戦場で戦っていた古参の兵士たちは、必要以上の前進を恐れている。
姿が見えなくても、王機兵はあっという間に現れて戦場をかき乱していくからだと言う。
グロウィリア方面の戦線の膠着についても学んでいた宋謙は、つくづく王機兵という機兵の異常性を実感していた。
だが、問題は何よりも。
「……上層部が王機兵に対して持つ予測値が低すぎる。これでは」
アルズベックの配下にならないかと言ったのは、挑発の意味もあったが半分以上は本心であり、残りは本能的な恐怖だった。あれを前にしたイージエルドやほかの上層部が、一体何を感じていたのかが疑問に思えるほどだった。少なくとも、しっかり注視していたはずなのに視認できない速度での戦闘など、宋謙は見たことがなかった。
「今までは本気を出していなかったということなのか? いや、それにしても……」
一戦を済ませての報告書を書き上げた宋謙は、その内容とは別にもう一枚、書類にペンを走らせる。
当面の方針としては、向こうが出てこない限りこちらも出ないことと決めてある。どうやら前線のほかの指揮官たちも王機兵の戦闘能力には改めて肝を潰したらしく、連日の攻撃をといった勇ましい発言は出てこなかった。
「誰かあるか」
「はっ」
「これを、タウラント方面のイージエルド殿下に。……くれぐれも四領連合の者に見つからないように気をつけろよ。殿下があちらに居ると知れれば、四領連合の王機兵が殿下を狙うかもしれないからな」
「わ、分かりました!」
緊張した面持ちで出ていく兵士を見送り、宋謙はもう一通の紙を封筒に入れた。
表に出て、今度は週に一度のペースで帝都とこちらを往復する伝令兵にそれを手渡す。
「済まない。帝都に住む妹宛ての手紙だ。よろしく頼む」
「こ、これはシド将軍! 承りました、確かにお届け致します」
「頼むよ」
大事そうに手紙を鞄の奥に詰める伝令兵に笑顔で頷く。
通信機材での上層部との打ち合わせについては、気が滅入るだけなのでしないこととして、宋謙は近くに建てられた物見櫓に足を運んだ。
「シド将軍閣下!?」
「やあ。……連中は動かないか?」
「はい。何やら連中、妙なものを」
「妙なもの?」
見張りの兵士たちは視覚を強化する魔術を使っているようで、宋謙にはそれが何であるかは見えない。
しばらく見つめた後に振り返って首を振ると、兵士は大仰な身振りで見たものを説明してくる。
「盾のようなものです。機兵がすっぽり隠れるくらいの。それを地面にいくつも打ち立ててですね、何がしたいんだか」
「盾だって?」
浸透衝撃は、触れたものの内部に衝撃波を打ち込む魔術だ。内部に居る生物を分解、殺傷する効果があり、機体そのものを破壊する効果は低い。
浸透衝撃は革命的な魔術であり、帝国の躍進に多大な貢献を果たした。だが、浸透衝撃の脅威は長い歴史の中で各国に知れ渡り、その対策はいくつも発明された。
トラヴィート王国のレフ前王が多量の砂で機体を覆い、衝撃を分散させることで浸透衝撃を完封してのけたことは南西方面の将兵たちには語り草だったという。その頃から浸透衝撃に代わる新たな魔術の開発が進められてきた。
貫通衝撃は、言葉の通り空間を貫通して衝撃を打ち込む魔術だ。まっすぐにしか飛ばないが、不可視の魔術であるから放たれた後の回避は困難を極める。
同士討ちや暗殺の恐れがあるとして、最前線の機兵乗り――かつ帝国への忠誠が高い者――にしか指導が行き渡らなかったのも問題点だ。今回の報告書には、新たに貫通衝撃の指導を行いたいという許可を求めてあるのだが、宋謙は望みは薄いだろうと思っていた。
「盾か……。連中、貫通衝撃をよほど恐れたと見えるな。その情報は非常に重要なものだ、ご苦労だった」
「あ、ありがとうございます!」
四領連合側が盾を設置したということは、自分たちから打って出るつもりがないとの意思表示でもある。落ち着いて対応が出来るというものだ。宋謙は心から安堵の息を吐いた。
「盾を出したということは、奴らは積極的に打って出るつもりはないというわけだ。あとは、あの間から王機兵が突撃して来ないかが重要だな。君たちの目が頼りだ。期待しているよ」
「う、承りました! 皆さんの命は、我々が守ってみせますっ!」
将軍から褒められたのが余程嬉しかったのか、目をきらきらと輝かせて敬礼してくる兵士たちに、頷いてみせる宋謙。
もしも本当に王機兵が出てきたら、最初に蹴散らされるのは彼らの立つ物見櫓であるはずだ。彼の目標はその奥にある機兵と、その乗り手たちであるのだから。
全ての物見櫓を吹き飛ばすことを目的にはしないだろうが、彼らのうち不運な数人は、巨大な機兵の突進によって命を落とすだろう。
彼らもまた命を懸けているのだ。宋謙は戦争の早期かつ有利な終結を心から願っていた。本気の王機兵を相手にするには、帝国の機兵ではまだきっと荷が重いはずだからだ。
「殿下。殿下のお考えはきっと正しい。……奴らを超える機兵を創らなくては、帝国に勝利はない」
宋謙は四領連合の陣地を見る。その向こうで牙と爪を研いでいるはずの、王機兵の姿を幻視しながら。
一方そのころ、四領連合側は驚くべき報を耳にしていた。
「タウラントが壊滅状態じゃと?」
唖然とした声を上げたのはナフティオルト・ザイン。商業国家ラポルトの者たちとのらくらと交渉をしつつ、個人的にタウラントに伝手を得ていた彼は、通信機材が吐き出すノイズだらけの通信に驚愕の表情で返していた。
『ええ。上空から突然現れた機兵たちが、爆発の魔術を大量に落としていきました。市街地は吹き飛ばされて、ひどい有様です。帝国側の坑道も大半が崩れて、たくさんの仲間が生き埋めに……』
「なんと……」
驚いていたのはナフティオルトだけではない。その傍で話を聞いていた、孫娘のセティーダとルース――帝国の新しい戦術にどう対応するかという会議から逃げてきた――も同様だった。
「……いよいよ帝国はなりふり構わなくなってきたな」
「空を飛ぶ機兵……ですか。そんな恐ろしいものが開発されたのですね」
「大方、義弟の同郷たちが情報を漏らしたのだろうさ。異世界から招かれた連中は、我々とは違う技術を持っていると聞くぞ。なあ、フニル?」
『そうだな。……空から攻められるとなると、我々は不利だぞルース。貫通衝撃の魔術の件もある、対策を考えなくては』
「ああ。……その辺りは任せるぜ、爺さん」
「む?」
ルースはセティーダの髪を撫でつける手を止めて、立ち上がった。
先程までの気疲れの様子はまったくない。何をすべきかを理解し、納得し、対応を決めたといった顔だ。
「タウラントの手伝いに行ってくる。……生き残りを、全員こちらに亡命させよう」
『は?』
間抜けな声を上げたのはフニルだった。
ナフティオルトもあんぐりと口を開けている。
「な、何を言っておるのじゃ、ルースや」
「多分、バスのやつも同じことを考えるんじゃないかな。タウラントの生き残りは、このままだと帝国の奴隷だぜ。今なら救える。それに……」
「それに?」
「それが出来れば、帝国はタウラントという場所は手に入れられても、タウラント大鉱床を掘る人間は新しく用意しなくちゃあならない。手間、かかるぜ」
「……なるほどのう」
珍しく理論的に聞こえるルースの言葉。フニルグニルという戦力が一時的に消えるリスクと、そのリスクを冒す価値と。ナフティオルトが髭をしごいて考え込む。
『ルース。……貫通衝撃の対応はどうするんだ』
「それは俺達が考えることじゃないだろ? 俺達は機兵の目線で物事を考えられないから口出すな、って普段はお前が言うことじゃないか」
『ううむ……そうだな』
フニルまでもが論破される。
「そうじゃなぁ……。バスタロットの意見を聞いてみて決めるとするかのぅ」
ナフティオルトも判断がつかず、消極的な判断に出ることにしたのだった。
タウラント鉱山都市が、たった一度の戦闘で壊滅的な打撃を受けたニュースは、帝都にも喜びと共に伝えられた。
皇帝リンコルドからの召喚を受けたアルズベックは、謁見の間でリンコルド本人から絶賛の言葉を受けた。
周囲に侍る貴族たちからも口々に称賛の声を浴びるが、アルズベックの表情は固いままだ。
「……飛翔機兵が一定の戦果を上げたことは望外の喜びと存じます。しかし、これがグロウィリアであればあの忌々しき王機兵に彼らは難なく撃ち落とされていたでしょうから、改良の余地はあるかと考えております」
「うむ、そちの言う通りだ。この戦果は、タウラント大鉱床の奪取という大きな目標を達成する一助にはなったが、それを戦術の全てにするには足りぬであろう。流石に責任者である、その目の確かさを頼もしく思うぞ」
「有難き幸せに存じます」
こういう場で手放しにその称賛を受け入れると増長していると思われるので、一言謙遜の言葉を入れるというのは常識のひとつではあった。
しかし、アルズベックの心にあるのは言葉通りの情景であり、グロウィリアの王機兵の名前を出したのは、その方が周囲の心に響くからに過ぎない。
彼の意識の中にあったのは、翼もないのに空中を飛び回り、その拳によって飛翔機兵を殴り墜とすエネスレイクの王機兵の姿。
永年の課題であったタウラント鉱山都市の奪取が目前となった今、リンコルドの機嫌はとても良い。
なおも続くリンコルドの言葉は頭に入らなかった。アルズベックはその終わりと共に一礼して、謁見の間を後にしたのだった。
「……エネスレイクの王機兵。あの時、確かにヒビが見えた。……今のうちならば、きっと」
会議室で先ほどの話をすると、バスタロットがルースの言葉に全面的に賛同した。
「珍しい。ルースが冴えてる」
「珍しいとは何だよ!」
いつも通りに声を荒げるが、こういう時のルースを擁護する者はない。
ルースの様子に朗らかな笑いが漏れるが、バスタロットはすぐに表情を真面目なものに変えてルースとフニルを見た。
「どちらにしても、現状で攻勢には出られない。奴らの新しい魔術……貫通衝撃と言ったかな。あれをどうにかしないことには」
「ああ。それで、どうする?」
「何人か、あの魔術を使える捕虜を確保しているから、研究だね。ほかの皆さんも異存はないとさ」
先ほどまでああでもないこうでもないと揉めていたはずなのだが、ずいぶんと決着が早い。
怪訝な顔をするルースに、バスタロットは頷いてみせた。
「ルースがずいぶんと片づけてくれたからね。もう一度ルースに暴れてもらえばいいのではないか、って意見もあったんだ。でも、タウラントの民衆を逃がすことができれば、帝国の時間を奪うことができる。頼んだよ、ルース」
「ああ。ついでに空を飛ぶという機兵をようく見てくるさ」
バスタロットを始めとして、軍事を預かる上位武官の多くはルースとフニルグニルによる戦況の改善を良しとしていない。今回のような新たな問題が発生した時、フニルグニルのいないところでは機兵乗りたちが無対策で脅威に当たることになるからだ。
ルースとフニルはそういった意識を歓迎している。今回の決断が『困った時にはフニルグニルに頼れば良い』と甘えがちな文官たちの楽観を抑制できたのであればそれに越したことはない。
『では行こうか、ルース。急いだ方がいい。……連中にばれないように、ラポルト近くの転移陣から行くとしよう』
「ああ」
フニルの言葉に頷いて、ルースはフニルグニルの中へと転移するのだった。
謁見が終わった後で、アルズベックはリンコルドの居室へと足を運んだ。
リンコルドはアルズベックを歓迎したが、その言葉を聞いてすぐに渋面を顔に浮かべた。不愉快からではなく、皇帝としての判断では、アルズベックの言葉にも理があると感じたからだ。
「……王機兵の修理が終わる前に、エネスレイクを攻めろと。そなたはそう言うのだな」
「はい、父上。父上が前に出された方針とは逆らってしまいますが、私は帝国が大陸を制覇するには譲れない点であると考えます」
「……本当に王機兵が修理中であるというならば、確かに今しかないのかもしれんな」
「では!」
帝国はその覇道において、二機の王機兵によってその道を阻まれてきた。
さらにエネスレイクの王機兵が復調し、帝国に反旗を翻す日が来たとしたら。
リンコルドはいったん目を閉じる。
ひとたび戦争を終えて、国力を高めたとして。再び他国に戦争をしかけることを選んだとして、エネスレイクが本当にこちらを支持するのか。
前の同盟の時には存在しなかった王機兵が、今はエネスレイクにあるのだ。何より、今はグロウィリアの女狐がエネスレイクの妃の一人。戦争を始めれば、大陸の調停者を気取るグロウィリアとは再び戦になる。そうなれば――
「……先を見据えるかぎり、三方に敵を背負うは愚策、か」
「では……!」
「アルズベック。そなたにエネスレイク方面を任せることになる。……良いか」
「御意。兄上の即位式には出られないかもしれませんな」
「何を言うか」
「電撃戦で王機兵を抑えるか、その乗り手を殺せれば良いのでしょうが。……まずは謀殺を仕掛けたいところではあります」
「王機兵がなくば、エネスレイクがこちらに敵することもないと?」
「はい。しかし、手こずればトラヴィートとの挟撃を受ける恐れも」
「奴らはエネスレイク寄りだったな」
「そのためにも、リューラを戻していただきたく存じます。エネスレイクの王機兵の乗り手とは従兄弟同士です。……父上と兄上も、あれの忠誠を信じるには良い試しの場となりましょう」
アルズベックの言葉に、リンコルドは溜息をついた。気付かれていたとは思わなかったからだ。
「あの者の目には忠義を感じなんだ。ゆえに試すべしとするイージエルドの言を受けた。許せ」
「構いませんよ。ですが、ああいう者を上手く使いこなすことこそ、私がこの先になすべきことでしょう」
「……うむ。そこまで分かっていて使うのであれば問題はないか。いざとなれば切り捨てるのだぞ」
「は、それは無論」
アルズベックの言葉に満足して、リンコルドは決断した。
「タウラントは、機兵で鉱床を掘る方策をそなたの配下が考案していたな。準備を急がせよ。あと、エネスレイクに攻め込むとなれば、あちらにいる外交官どもを戻さねばな」
「では、今のうちにエネスレイクを攻める口実を作りましょう」
「出来るのか?」
「エネスレイクではなく、王機兵の乗り手を理由にします。上手く運べば、乗り手を差し出すこともありえるかと」
「ふうむ。……試してみるも良い、か」
アルズベックの瞳は、爛々と輝いていた。強い野心を感じさせるその眼光は、次子であったからかそれまでの彼はほとんど見せたことのないものだ。
リンコルドはアルズベックにここまでの強い意志を持たせたエネスレイクの王機兵とその乗り手に興味を抱くのだった。
「ではアルズベック。次の通信では私もディナスと顔を合わせることにしよう。その方が、そなたにとっても都合が良かろう?」
「ありがとうございます、父上」
その言葉に、屈託のない笑みを浮かべるアルズベック。
エネスレイクが戦場となる日は近づいていた。
流狼はアルと一緒にアカグマの機能向上プランを話し合っていた。
「どうだ? アル。解析はできただろうか」
『そうだね、マスター。おそらく血流と一緒に生み出されているエネルギーの一種だとは思うけれど……。ああ、アルカシードは液化ゼクスターツが流動しているから』
流狼が闘氣を練りあげる様子を、センサーなどで解析するアル。
首を傾げて頭を掻く様子は、何とも人間くさい仕草だ。
『取り敢えず、マスター。アカグマに今から液化ゼクスターツを仕込むのは時間がかかるから現実的じゃないね。でも、マスターの驚異的なあの機動を再現することはできるようにするよ』
「おお、『武境・絶人』が出来るようになるのか」
『アルカシードと同じことはできないからね。早めに完成させて、試してみないとね』
「ああ、頼んだ」
『任せて!』
作業を始めるアル。
流狼は日課となっている魔術の訓練を再開する。
何とも残念なことに、流狼の魔術の適性は決して高くはない。魔術のイメージが下手なのだ。流狼も特に魔術を自由自在に行使したいとは思っていないのだが、一種の魔術だけは極めておきたいと考えていた。
「重要なのはイメージと魔力の操作、だったな」
『うん。魔力の感知も操作も決して下手じゃないのにね、マスターの才能は不思議な偏りだなあ』
アルがしみじみと呟く。魔術行使の大半はアルが代行してくれるので本来は自分でどうにかする必要などない。
それでも流狼が魔術の行使について勤勉に学び続ける理由には、何かが起きた時への備えという意味のほかに、魔術というものに対する年相応の憧れが多分に含まれていた。
「サイアーみたいに自在に魔術を使えるのは、憧れではあるんだよ」
『サイアーが聞いたら喜ぶだろうけど……。フィリアはあれで自分の教え方が悪いんじゃないかって気にしてるんだから、表でそういうこと言っちゃ駄目だよ』
「分かっているさ。フィリアさんは拗ねると怖いからな」
流狼はむすっとした時のフィリアの様子を思い出して、ぶるりと身震いする。大教会での顛末はディナス達にもいつの間にか伝わっており、すでに婿殿扱いされている流狼ではあるが、それ自体はまだ公にはされていない。
随分と距離感が近くなったフィリアは、独占欲のようなものを見せることが増えた。関係性とともに、それを受け入れつつある流狼にとっては、現状フィリアを怒らせる以上に恐ろしいことは存在しない。
『マスターの男の甲斐性に期待、だね』
「フィリアさん一人でお腹いっぱいなのだけれども」
『三人は覚悟しないと。この国の法律で許可されている最大人数だし』
「マジかよ……」
『周りが一人じゃ納得しないもの。貴族に適当なふたりを押し付けられるか、自分で文句の出ない相手を探すか。今のところ三人くらい候補がいるかな』
「候補ってお前」
普段あまり隙を見せないからか、この話題になるとここぞとばかりにからかってくるアルだ。だが、言ってくることには多大な説得力があるので、あまり反論も出来ない。
『ミリスベリアに、エナに、オリガ。ルースの妹も候補になるかな?』
「なんでエナさんまで」
『エトスライアの乗り手だからね。あの子もまんざらでもないと思うよ』
「面白がってるだろ、お前」
『そんなことはないさ。ボクはマスターの幸せを常に願っているよ。この際四人とも行っちゃう? 大丈夫、誰もマスターに文句なんか言わないって』
「冗談はそこまでにしろよ、まったく……」
半ば強引に会話を打ち切った流狼は、今度こそ魔術の修行に打ち込むのだった。
問題を先送りしただけ、とも言う。
フニルグニルがタウラント鉱山都市のそばに現れたのは、最初の空爆から三日目となる朝方だった。
空には、通算三度目の空爆を実施した飛翔機兵たちの姿が見えている。
バスタロットからの通信を聞く限りでは、タウラントの
坑道そのものは最初の空爆でも崩落することはなかったようで、彼らは少しずつ出口に向けて進んでいるらしい。
ルースはフニルグニルの能力の関係で単機先行していたが、空を行く機兵の姿を見ながら少しだけ考える。
「なあ、フニル」
『どうした?』
「あいつらをこのまま戦場で相手するとなると、大変だよな?」
『そうだな、いくらフニルグニルでも、足場もなしにあの高さにはいけないぞ』
「でも、今なら追いかければ、あとは降りるだけだよ、な」
『それは……そうだな! どうするんだ、ルース?』
ルースの質問に、強く同意してくるフニル。一応聞いてはきているが、二人の考えは言うまでもなくひとつだった。
「ここまでに帝国の妨害はなかった。こちらは後続に任せて大丈夫だろうさ」
『ああ。帝国は合流地点を知らないだろうからな。よし、ルース、責任重大だぞ』
「大丈夫だ、行くぞ!」
ルースはフニルグニルを駆けさせた。
走りながらバスタロットに連絡をつける。ルースの報告に驚いた彼だったが、その判断を支持してくる。タウラントの鉄壁を無視してみせた飛翔機兵の存在は、四領連合にとって貫通衝撃と同等以上の脅威だからだ。
合流地点には大型馬車とそれを護衛する機兵達が向かうこととなった。
ルースは鋭く牙を剥いた。
時々空から見下ろせるからと言って、それが決定的な勝因にはならないということを、あの余裕ぶった鳥モドキどもに獣らしく教えてやろうではないか。
――身を伏せて駆け抜けるフニルグニルの姿は、空から見つけるにはあまりに地面の色に似すぎていた。
ルースは知らない。
飛翔機兵の乗り手たちが、タウラントに動く影がないのを見て、指揮官であるイージエルドにタウラント陥落完了の報告を送っていたことを。
飛翔機兵の乗り手たちは知らない。
タウラントの生き残りたちが坑道を通って、ラポルト方面に逃げようとしていることを。彼らが街を棄てたことを。
イージエルドは知らない。
帰還の指示を出した飛翔機兵たちが、宿敵であるフニルグニルの追跡を受けていることを。
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