第三十八話:『将』の機兵を

 龍羅は自分の機兵の中から、元の世界で見た飛行機にほど近い形をした機兵の群れを見下ろしていた。

 タウラント鉱山都市が、なぜ都市ひとつの力だけで帝国軍をことごとく撃破することが出来たのか。それは鉱山都市が豊富に供給する機兵の材料――鉱石と、縦横に掘り進められたトンネルを使ったゲリラ戦に徹していたことにあった。

 地の利を完璧に生かし、背後には商業国家ラポルトの支援。防衛に徹する限り、確かに彼らが負ける理由がなかった。

 タウラントの周辺は、当たり前だが大小の山々に囲まれている。山道は隘路ばかりで、不用意に通れば落石などの罠に叩き潰される。トンネルを通れば道に迷い、二度と出てくることがない。

 正攻法で攻めるのではなく、招かれ人の知識を活用して空から攻める。龍羅から見ても、アルズベックの目の付け所は悪くない。


「さて、どのようになりますか……」


 飛翔機兵の持つ杖は、爆発の魔術しか使えない。しかし、空中から次々に投げ落とされる爆発の魔術。地上に住むタウラントの人々の恐怖を思うと、何とも残酷に感じられる、が。

 元の世界で、空爆の知識を持つ龍羅は、それがどれほどおぞましい戦争の手法であるのかを知っている。だが、知っていても止めるつもりはなかった。

 龍羅には、元の世界に戻るという目的があったからだ。その願いが叶わなかった場合の考えもあるにはあるが、どちらも戦争を征し、帝国が大陸の覇者になった後のことだ。

 龍羅にはこの世界への愛着など微塵もない。信用できるのは、同じように招かれた同じ立場の者たち。

 しかし、従弟である流狼は他国に、その恋人であった陽与は彼らを召喚した皇子の寵姫。この地で知り合った宋謙はアルズベックに心酔しており、本当の意味で心を許せる人物は殆どいないと思っている。


「……いけませんね」


 ささくれ立った気持ちを抑え込み、龍羅はひとつ息を吐く。

 帝国が披露する最初の一撃。これに関して、龍羅が出来ることは何もない。

 唯一出来ることといえば、彼を連れ出してきたイージエルドの機体の隣で、飛び立とうとする彼らを見送ることだけだ。


『リューラよ』

「は」


 突然、イージエルドから通信が入った。広域回線ではない。

 取り敢えず応じてみれば、イージエルドは驚くべき言葉を投げてきた。


『そなたが帝国に対して心を許していないのは解っている』

「いえ、殿下。そのようなことは」


 突然の問いに返す声は震えただろうか。

 イージエルドは構わず続ける。


『アルズベックは戦場に立ったことがないからな。……理不尽に対して相手がどのような感情を抱くのか、それを本当の意味では理解していないのだ』

「は、はぁ」

『私は……そなたのように本心を隠す者を、弟のそばに置いておきたくなかっただけだ。……兄としての私を、笑うかね?』


 卑怯な男だ、と思った。同時に、敗北感を覚える。見透かされていたこともそうだが、ここで本音以外の言葉を吐けば、イージエルドは間違いなく自分を討つ。それが理解できたからだ。


「笑いはしません、殿下。……僕は、元の世界に残してきたひとが居ます。将来を誓い合った……大事なひとです」

『うむ』

「……僕を忘れて幸せを掴め、と言えばそうするでしょう。僕と共に来てくれと言えば、喜んで今ある全てを捨ててくれるでしょう。しかし、今の僕にはそのどちらもしてやることが出来ません」


 本心を吐き出したのは、いつ以来だろうか。

 エネスレイク王国で、流狼と顔を合わせた時。今の状況は、そう言えば彼と彼の乗る王機兵の言葉を信じていないことになるな、などと内心で自嘲しながら。


「心残りなのです。……彼女を、今のままにしておくことが。彼女はきっと、僕がいなくなってから今までも、これから先も、きっと僕のことを待ち続けてしまうから」

『……そうか』

「ええ。ですから僕は、アルズベック殿下に願いました。元の世界に戻る手段を探すこと。そして、僕を元の世界へと返すこと。その約束がある限り、僕は帝国を裏切ることはないでしょう」

『ゆえに、この世界での栄達や名誉には一切興味がない、か』

「その通りです。僕は現状、この世界に生きる意味をそれ以外にはほぼ持っておりませんので」

『分かった。……言いづらいことを言わせたな。詫びよう』

「気づかれるとは思っておりませんでした。殿下の慧眼には恐れ入りました」

『世辞は良いさ。聞きたいことは聞いた、事情も理解した、心配事も減った。ならばこれ以後は、戦力として当てにさせてもらおう。の機兵、そう――』

「承りました、殿下。それではこれより、巣穴より這い出てきた獲物どもを散々に蹴散らしてご覧に入れましょう。将機兵『ガルダ』リューラ・アオイ、参ります」


 飛び立つ飛翔機兵たち。龍羅は新型の機兵でその結果を待ち構える。

 タウラント鉱山都市の機兵たちが山中に掘り進んだ、トンネルの入り口のそばで。


『アオイ殿、初陣でこの地とは御運のない』

「いえ、アルズベック殿下が仕立ててくださった新型の恐ろしさを知らしめるには、ちょうど良い機会かと」


 声をかけてきた指揮官の一人に落ち着き払って返せば、彼はほうと感じ入ったように息を吐いた。


『そのお言葉、頼もしく信じさせていただきます』

「ええ」


 空気が震える。始まったようだ。

 龍羅は静かに目を閉じる。

 これは戦争ではない。蹂躙だ。

 そして、闘争ではない。駆除だ。

 龍羅は腰に提げた刀ではなく、背負っていた槍を抜いて、構えた。

 その視界の向こう、穴ぐらの奥にうっすらと、機兵らしき影が見える。

 接敵の時は近い。






 ルース・ノーエネミーはすこぶる不機嫌だった。

 帝国との戦端は再び開いたものの、指揮官が変わっていたからだ。第一皇子イージエルドではなく、新型らしき機兵に乗った男。ソウケン・シドと名乗ったが。


「……くそ。あの皇子、どこに消えやがった」

『さあて、どこだろうな。まあ、帝国の第二皇子がお前の雄姿を大教会で見たんだ、指揮官を変えるくらいはするだろうさ』


 珍しくフニルが世辞めいたことを口にするが、ルースの気持ちは明るくならない。

 エネスレイク王国で過ごした愉快な日々の後も、天魔大教会から帰ってからも、停戦期間が終わるまではイージエルドを狩ることを目標に牙と爪を研いできたのだ。

 いざ始まってみたら当の本人がいないなど、肩透かしにも程がある。

 だが、戦端が開いて早々、ルースは愚痴を漏らしている場合ではなくなった。


「上手いな、あいつ」

『ああ。……あの一団のところだけ、被害が大きい』


 ソウケン・シドが直接指揮していると思われる一団は、他と比べて明らかに違っていた。

 新型機を先頭に、非常に統制の取れた動きで四領連合の軍勢を蹴散らしている。魔術の出力は元より、動きの正確さも明らかに他と違う。

 逆に、視線を巡らせれば他は今までと大差ない。その分、ソウケン・シドの部隊が際立った。


「……危ないな」

『行くか?』

「ああ」


 フニルグニルが起き上がり、視線を定めた。それを察したように、ソウケン・シドの前から四領連合の機兵たちが退く。

 ルースはいつも通り、先頭の機兵に向けてフニルグニルを駆けさせた。牙を剥いて

下顎から突き上げるように。ソウケン・シドの機兵は横っ飛びに転がってそれを避けた。目測を誤ったのだろうが、良い反応だった。

 牙はその後ろにいた機兵の右肩部分に突き立った。反応する暇も与えず抉り取るように噛み千切ると、機体はオイルを吹き出しながら倒れる。中の乗り手はともかく、この機体はもう動かないだろう。

 フニルグニルが顔を上げて、取り囲むように立つ機兵たちを見回す。

 杖をかざそうとした機兵の横っ面を張り飛ばす。爪でざっくりと頭部を引き裂かれた機兵は、薙ぎ倒されてじたばたともがく。

 こちらの反応の速さに、動きを止める機兵たち。

 と、広域回線で語り掛けてくる声があった。


『四領連合の王機兵とお見受けする!』

「ああ。ルース・ノーエネミーだ。お前は?」

『この軍を預かるソウケン・シドと申す! 流石の速さ、感服した』

「ふん。……で?」


 わざわざ声をかけてくるのだから、何か用件でもあるのかと。

 ソウケン・シドと名乗った男は、杖を構えて思いもしなかった言葉を投げてきた。


『我が主、アルズベック・レオス・ヴァルパー様は広く人材を求めておられる! 王機兵の乗り手となれば、恩賞も思いのままだ。どうだろうか、我が主の元に降り、その覇業を支えてはもらえぬだろうか!』

「は……?」

『え……?』


 絶句したのは、ルースとフニルだけではない。周囲にいた四領連合の機兵たちも、何やら絶句したように手を止めていた。

 だがどうやら、ソウケン・シドは本気であるようだった。


『我が主はこの大陸では収まらない器を持つ御仁である! 貴殿と王機兵の力があれば、瞬く間にこの大陸の戦火は消え失せることになるだろう! いかがか!』

「なあ、フニル。……俺はあれか、こいつに馬鹿にされているのか?」

『分からないな。……ああ、もしかして天魔大教会でお守りをしてやったことを、何か都合よく解釈したんじゃないか?』


 首を捻るルースに、フニルが何とかそれらしい理由をでっち上げてくるが。


『ふざけるな、貴様!』

『ルース様は我らの希望だ、お前たちなどに力を貸すものか!』


 それより先に、後ろに控えていた機兵の乗り手たちが騒ぎ出した。

 目の前で自分たちの英雄を勧誘されたのだ、誰もが怒り狂っている。だが、ルースはその様子を見て逆に落ち着くことが出来た。

 これが目の前の指揮官の策であると考えれば、この発言の意味も見えてくる。

 努めて冷静に、切り返す。


「四領連合の仲間たちは俺の家族だ。何故俺が家族と手を切って、お前たちにつかなきゃならない?」

『それは無論、貴殿を討つのが惜しいからだ。そうだ、貴殿が降ってくれた暁には、私が口添えして四領連合の一部を貴殿の所領として――』


 ソウケン・シドの言葉を遮ったのは、フニルグニルの爪牙――ではなく、四領連合側から放たれた一条の光弾だった。


『それ以上、ルース様の魂を言葉で汚すような真似をしてほしくはないな』

「ゼェルグ!」


 そこに立つのは、旗揚げ当時からの仲間の一人であるゼェルグ・オルドアル。

 バスタロットやリスロッテと同様、ルースが何も持たなかった『ただのルース』だった頃から同じ夢を見、同じ目標に向かって進んできた凄腕の機兵乗りだ。


「ゼェルグ、挑発だ! 乗るな!」

『ルース様。このような侮辱、ルース様が許せても俺は許せない!』


 ゼェルグはルースの制止も聞かずに機兵を寄せてくる。

 彼の乗る機兵は、大幅なチューンナップが行われてはいるが、通常の指揮官機とベースは変わらない。

 フニルは王機兵の精霊だが、アルのような機兵建造のノウハウは持ち合わせていなかったからだ。

 杖を構え、何条もの光線を放つゼェルグ。その数も威力も、通常の機兵とは一線を画している。彼もまた、帝国の指揮官クラスを何機も落としているのだ。

 しかし。


『未熟』

『ぐ、がかぁっ……!』


 シド・ソウケンの機体は容易くその光線を避けると、ゼェルグ機の胸部に向けて魔術を放った。

 そして、それで終わった。

 ゼェルグ機はそのままシド・ソウケンの機体の横を通り過ぎて、倒れる。

 ゼェルグの反応はなく、そして機体も身じろぎひとつしない。その意味するところは明らかだ。


『貫通衝撃。……従来の浸透衝撃と違い、射出できると理解いただこう』

「ゼェルグゥゥゥゥッ!」


 浸透衝撃の恐ろしさは、当たり前のことだが四領連合のあらゆる機兵乗りが十分に理解していた。

 その恐ろしさも、対策方法もだ。

 決して接近させてはならない。接近させてしまったら杖を使わせてはならない。杖が機体に触れたら最後だと思え。

 ゼェルグがそれを理解していないはずはなかった。彼の本領は中距離での大量の魔術による圧殺にあり、その準備は既に出来ていた。


『では、今一度聞こう。……私が率いるこの者たちは、全てこの貫通衝撃を習得している。その意味は分かるな?』

「っ!? お前ら、下がれ! 決してこいつらの間合いに入るな!」


 フニルグニルの周囲を囲む機兵たちが、杖を構えた。

 近寄れば、四領連合の機兵たちは餌食だ。


『これだけの数、これだけの貫通衝撃。いかに足の速さが自慢と言えど、この包囲の中にあっては、仕方のないことだ。恥じることはない』


 ソウケン・シドの言葉は淡々としていた。こちらを嬲る意図もない。

 だからこそルースは激昂しなかった。ゼェルグの死は悲しくあったが、戦場での別れは誰にでもある。彼が気心の知れた仲間を喪うのは彼が初めてではなかったし、その覚悟もしていた。

 彼はその身によってソウケン・シドの戦術を暴いて見せてくれた。そう、前向きにとらえなくてはならない。

 そして。


『ルース、ルース! ルゥゥスゥゥゥッ!』


 彼より先に激発する者が、すぐそばにいたからだ。


「落ち着け、フニル」

『殺せ、奴を殺せルース! ゼェルグの仇だ、八つ裂きにするんだぁぁっ!』


 フニルは、ルースと共に立った仲間たちにだけは、このように感情を露わにする。

 四領連合の中心となったルースにしてみれば、四領連合に住む者はみな家族なのだが、フニルにとってはそうではないらしかった。

 あるいは、フニルがこうやって取り乱してくれるからこそ、ルースは必要以上に彼らの死に激発せずに済んでいるのかもしれない。


「もう一度言うぞ、落ち着け。フニル」

『……分かった』


 心底分かっていない口調で、フニルが口をつぐむ。ルースは回線を開くように指示すると、律儀に返答を待っているソウケン・シドに向けて言った。


「……どうやら俺とフニルグニルは馬鹿にされているようだな」

『何だって?』

「この程度の数と、この程度の術。それだけで、俺を制圧できると本気で信じているところが、さ」

『負け惜しみを――』

「そう思うか?」


 フニルグニルが牙を剥いた。

 目にも留まらぬほどの高速で振り抜かれた爪が、周囲の機兵たちを薙ぎ払う。それなりに距離を取っていたはずなのだが、フニルグニルの速度の前にはその程度の距離はないも同然だった。


『なんだと……⁉』


 ソウケン・シドの判断は早かった。

 配下の機兵が倒れると同時に、大きく背後に跳び退いたのである。


「ちっ……」

『追え、ルース!』

「いや、それはしない」

『何故だルース!』


 吼えるフニルに対し、ルースは落ち着いていた。


「見ろよ」


 見回せば、周囲の戦線が様変わりしている。

 貫通衝撃の魔術は、どうやら帝国軍にそれなりに普及しはじめていたようだ。明らかに四領連合軍の被害が増え始めている。


「奴らを放って追うわけにはいかない。蹴散らすぞ」

『ちっ……分かった』


 呻くフニルの反応を待つことなく、ルースはフニルグニルを駆けさせる。

 杖から吐き出される不可視の衝撃を、勘だけを頼りに避けていく。貫通衝撃を使える機兵だけを選別して引き裂いていく。

 フニルグニルはこの時点で、今までよりも一段階スピードを上げていた。

 戦線は広く、一刻の猶予もないからだ。


『ルース! こちらは退く!お前も早く!』

「もう少し粘る! 一人でも多く、連中を――!」


 この日、帝国と四領連合の激突は、全体的には痛み分けに終わった。

 だが、四領連合の首脳部はこれを実質的には敗北だと認識している。

 帝国の機兵はフニルグニルによって、四領連合の機兵の損耗と同程度まで引き上げられたというのが正しいからだ。四領連合側は、新たな魔術である貫通衝撃による被害が大半で、フニルグニルがいなければどうなっていたかは想像に難くない。

 四領連合は新たな脅威への対策に頭を悩ませることになるのだった。






 エネスレイク王国の軍部は、内々に厳戒態勢に移行した。

 形としては、アルカシードと流狼という個人の為に、エネスレイクは開戦を覚悟したことになる。

 ディナスとエイジは、各都市の責任者たちからの反発を覚悟していたというが、都市や砦の責任者たちの反応は総じて好ましいものだったという。

 リエネスでは、実機での訓練に先駆けてフィリアたちがシミュレータで訓練を重ねている。アルがアカグマ仕様のシミュレータも用意してくれたので、フィリアとエナ、ティモンのほかに流狼も参加を始めた。

 アルが建造した機兵はほかにサイアーの機体であるシエド・トゥオクスがあるのだが、サイアーは機体を実際に運用しているので、部隊の訓練を優先してこちらには参加していない。


「今日こそ勝ちます!」


 気合を入れるのはエナだ。流狼が参加するようになって、途端に勝率が急落したからだ。

 仮想空間のナルエトスがハンマーを手に、叫ぶ。

 アルカシードならともかく、アカグマに敗れるのは何やら納得がいかないものらしい。


「アルさん、アカグマの設定を少しオマケしていたりしませんか⁉」

『何を馬鹿な。そんなことをして、実際の戦場で同じことができなかったら危ないじゃない。どの機体も使える範囲の力しか使えないよ」


 呆れたようなアルの口調も、エナの苦情も、これで何度目か。

 流狼は自機の操縦席を模した専用のシミュレータの中で、苦笑しながらアカグマを起き上がらせた。


「やれやれ、エナは負けず嫌いだな」

「そうは言いますがね、王女様。ルウの旦那は強すぎる。実際ほら」


 フィリアの達観したような物言いに、ティモンが一応の擁護を試みるが、発言には心が全く入っていない。

 それもそのはず。


「お嬢と一緒になって旦那を囲んでいる時点で、俺も王女様もお嬢のことは言えませんや」

「む」


 アカグマをほかの三機が囲むようにして向き合っている。

 何のかのと言って、フィリアもティモンも負けず嫌いなのは変わらないのだ。


「では、始めましょう。ルウ様、準備はよろしくて?」

「ええ、いつでも」


 三機が同時に向かってくる。

 流狼はアカグマでいつも通りに迎え撃つのだった。 






 タウラント鉱山都市の入口は騒然としていた。

 トンネルの奥から今また這い出してきた機兵の胸元に、容赦なく槍が突き込まれる。龍羅が操るガルダのものだ。

 そのまま何気なく、槍を捻りながら上に振り上げた。

 軽々と持ち上げられたタウラントの機兵が、そのまま背後へと投げ飛ばされる。

 投げ飛ばされた先には、小さな山があった。

 激突音が響き、機兵がその上に乗り上げる。わずかに機兵は身じろぎしたが、そのまま動きを止めてしまった。

 よく見れば、その小山はタウラントの機兵達が無数に積み上げられてできたものだった。龍羅が淡々と積み上げるものだから、もう周囲の者たちも囃し立てもしない。


「……招かれ人とは、これほどのものか」


 イージエルドが感じ入ったように呟く。

 飛翔機兵による上空からの攻撃、そして出てきたところでの龍羅による機兵の掃討。今の時点で損耗は皆無だ。どちらも招かれ人による知識と実力である。

 一機ごとしか出入りできないトンネルを作り、そこに招き入れて帝国の機兵を撃破してきたタウラントの兵士たちは、今その恐ろしい戦術を自分たちで体験することとなった。

 機兵たちが出てこなくなる。次いでぞろぞろと出てきたのは歩兵たちだ。決死の思いで出てきたのはその表情で分かる。

 イージエルドは酷薄な表情を浮かべると、龍羅に告げた。


「リューラよ、そなたは一旦さがれ。一人で仕事をされては他の者の立場もない」

『御意』

「さて、我が勇士たちよ。リューラに負けてはおれまいな? 相手は歩兵とはいえ、我らが同胞の血を散々に吸った者たちだ。容赦はするなよ」

『おおっ!』


 龍羅のガルダが引くのと同時に、包囲を始める機兵たち。

 驚いた表情をしたのは歩兵たちだ。先行した機兵たちがこちらの兵力を多少なりとも減らしたと思っていたのだろう。絶望感を顔に貼り付けて、それでも杖を振りかざす。


「やれやれ……頼もしいものだ」


 一切の容赦なく、歩兵たちにその獰猛な憤怒を叩きつける配下たちの様を眺め続けるイージエルドの顔には、笑みが浮かぶばかりだ。

 トンネルの辺りが赤く染まっていく。

 怒号のような、悲鳴のような叫びが響く。

 轟音が響き、トンネルの入口が崩れ落ちた。内部に残っていた者がいたようだ。

 まだ生きている仲間を見捨てる判断をしたのは、外と内のどちらだったのか。


「敵ながら見事、というべきか。……まあ良い。少しは粘ってもらわねば、前任の指揮官たちが無能と思われてしまうからな」


 それにしても、とイージエルドは戻ってきた龍羅を眺めて溜息をついた。


「アルズベックには悪いが、欲しくなってしまうな」

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