翼王機の章
第三十七話:停滞は終わりて
帝国からエネスレイク王国に対して三度目の招待状が届いたと聞いたのは、停戦期間も終わりに近づいたある日のことだった。
いわく、王機兵の乗り手と王機兵を帝国に招待したいという内容で、帝都グランダイナの観光および皇帝リンコルドへの謁見、更には食事会と、歓迎の予定についても細かく記載されている。
流狼はひととおり内容に目を通すと、丁寧に折りたたんでエイジに戻した。元より行くつもりなどないのだが、これを見せてきたエイジの意図が分からない。
『アルカシードは修理中だ、と伝えてはくれたのかい?』
「ええ、もちろん最初の返信の時から伝えていますよ。一度目は大教会から戻ってきてすぐ。二度目は先週で、そしてこれは今朝」
アルの問いにすらすらと答えを返してくるエイジ。
苦笑いを浮かべているが、彼がこういう態度に出るということは、何かを伝えたいということだ。
少し考えて、思い当たる。
「……アルカシードが修理中だと信じていない?」
「ええ、おそらく。こちらが乗り手を寄越したくなくて渋っているのだと思っているのでしょうね。まあ、それについてはあながち間違ってもいないのですけれど」
「エイジさん、それは……」
「当たり前ですよ。帝国にお二人を行かせてしまえば、何かしら理由をつけて帰さないのは目に見えていますし、そしていつかその拳がこちらに向けられることになります。ルウ殿が望むと望まざるとに関わらず、ね」
『そうだね。彼らはきっとマスターの同郷の仲間たちをすら人質に使うだろう。……つまりエイジ、キミはボクとマスターが帝国とエネスレイクの戦争の理由になると、そう言いたいわけだね』
「はい」
頷くエイジは堂々としたものだ。悪びれる様子もなく、事実を事実として二人に伝えてくる。
その意図は流狼にも理解できた。そしてエイジが言うことを信じるならば、自分が自発的に帝国に渡ったとしても、それはエネスレイクが戦禍に包まれる日取りをわずかに遅らせることしか出来ないということも。
「そんな顔をしないでください、ルウ殿。帝国の野望は大陸の武力による統一。いつかエネスレイクも攻められる日が来るのは予測されていました」
「そうなのでしょうが……」
「その為の準備は皆さんが来る前から進めています。このような態度に出たということは、おそらくタウラント大鉱床を奪取する算段がついたのでしょう」
「リバシオン山系の東側は樹海になっているのでしたっけ」
「ええ。帝国の数少ない安全な食糧供給拠点ですね。リバシオン山系までがエネスレイクの領土である……という建前はありますが、帝国としても樹海を切り開いてまでリバシオン山系に鉱山を求める余裕はないようです」
だからこそ、エネスレイクから供給される鉱山資源を重視したわけだ。
タウラント大鉱床を支配して鉱山資源を確保できる体制が整ってしまえば、エネスレイクに依存しなくて済む。普通に考えればグロウィリア、四領連合に加えてエネスレイクまで相手にするとなれば正気の沙汰ではないが。
「タウラント大鉱床は一度失われていますし、エネスレイクを抑えれば他国からの奪取を心配しなくて済みますからね。現在、グロウィリア方面でも四領連合方面でも、帝国は王機兵を相手に停滞しています。両国との停戦のうえでエネスレイクに全戦力を投じてくる恐れさえあります」
『今のところエネスレイクはグロウィリアとも四領連合とも何の約束もないからねえ。グロウィリアはルナルドーレがいるから停戦には応じないかもしれないけど』
「義姉上の見通しでは、グロウィリアは様子見に徹するだろうと。今までしてきたように、帝国を門の前で迎え撃つ形を続けるだけで。もしグロウィリアの王機兵がこちらを援護することがあったとして、それはミリスベリア殿のご厚意以外にはありえないそうです」
兄であるソルナート大公への評価は随分だが、ルナルドーレの見通しは信頼に足るだろう。エイジもそれを疑っていないとなれば、グロウィリアは戦力として数えられない。
「問題はトラヴィートだな」
流狼はぽつりと呟いた。
トラヴィートはケオストスを始めとして、気持ちの良い武人の多い国だ。現在は帝国とも同盟を結んでいるが、エネスレイクとはもっとも付き合いの古い親戚だ。
帝国とエネスレイクが戦争になった時に、トラヴィートがどちらを選ぶかなど、考えるまでもない。
トラヴィートはまだ復興が始まったばかりだ。彼らがエネスレイクへの義理を通して帝国に蹂躙されることを思うと、気が気でないのだ。
「……その件については、兄上がすでに動いていますよ。少々難航していますが」
エイジも当然それは分かっているようで、溜息交じりに頷いてくる。
「ケオストスもレイアルフも、私たちにとっては大事な甥です。彼らの流血によって自国の平和を永らえたいとは思っておりませんが、彼らもまた、伯父や従兄弟を死地に追いやって知らぬ顔はしにくいでしょう。彼らは色濃くトラヴィートの血を引いていますから、尚更に」
「伯父上、お気持ちはありがたいのですが」
トラヴィートの通信の間には、ようやくある程度自由に歩けるようになったケオストスが、静かな声で断りの言葉を口にした。
隣にはレイアルフが控えているが、彼は自ら口を挟むつもりはないようだ。
画面の向こうでは、ディナスが苦笑を浮かべていた。トラヴィートの王族の言い出す言葉など聞く前から分かり切っていたのだろう。優しい声で続けてくる。
『しかしなケオストス。トラヴィートの復興はまだ途中だ。私たちはトラヴィートの滅亡を願わないよ』
「……確かに、帝国がエネスレイクを攻めることがあるとすれば、相応の兵力となるでしょうね。それを今のトラヴィートに止める力があるとは私も思えません」
そこで一度言葉を切り、ケオストスは笑みを浮かべた。
「ですが。大襲来で一方ならぬ力添えをいただいたうえで、帝国との戦争にエネスレイクを助けることが許されないとなれば、再びレイアルフを旗頭に内乱が起きますので」
『……と、ケオストスは言っているが?』
にやりと口元を歪めてディナスがレイアルフに視線を向ける。
当のレイアルフは笑うでも怒るでもなく、首を横に振った。
「私は二度と兄上に矛を向けるようなことは致しませんが、国に迷惑をかけまいと出奔したうえで帝国の軍勢に夜襲をかけるような愚か者は二人や三人ではすまないでしょう」
『そちらの問題があったか……』
「止めるとしまして、兄上の体調を理由に一度、エネスレイクとの挟撃を理由に二度……が限度でしょうか。ディナス様におかれましては、その辺りをお含みいただければと願います」
『分かった。出来るだけ抑えてくれ。……とはいえ、すぐの話ではないからな』
「ええ。時期によっては兄上の体調を理由に出来なくなるかもしれませんね」
『怖いことを言わないでくれ……』
どこまでも悪びれないレイアルフに、ディナスが頭を抱えて呻くのだった。
グランダイナの機兵研究棟ではこの数か月にわたり、アルズベックの姿を見ない日はなかった。
城に戻る間も惜しみ、研究員を増員し、結果に目を通し、時には自ら研究に参加する。
天魔大教会から戻ってきた彼は精神的な余裕もなく、まるで人が変わったようだと噂されていた。
それは側近と目されていた龍羅や宋謙も無論感じていたし、何度か休むように声をかけたものの、アルズベックがそれを聞き入れることはなかった。
出来る限り彼らも研究所に詰めてアルズベックの補佐を続けているものの、研究が一足飛びに進展するようなことはなく。
そんな折、龍羅は陽与から城に呼び出された。
向かった王族用のサロンには、陽与の他に皇帝リンコルドと、皇太子イージエルドが彼を待っていた。
「これは陛下、殿下」
「うむ、呼び立ててすまぬな、リューラよ」
臣下の礼を取ると、二人は鷹揚に頷いて席を勧めた。
陽与はすまし顔で座っているが、見るからに機嫌が悪い。アルズベックの様子と関係はあるのだろうが。
龍羅が席につくと、早速イージエルドが口を開いた。
「アルズベックのことだ」
「は」
「そなたも知っての通り、天魔大教会から戻ってからの様子は見ていられぬ痛々しさだ。王機兵の力を垣間見たと言ってな」
「私も承っております。イージエルド殿下が四領連合の王機兵に狙われているからと、開戦前に何とか形にしたいと」
「むう……やはりそのようなことを」
どうやらアルズベックは身内にまではその辺りを詳しく説明してはいなかったようだ。
イージエルドは目を伏せた。
「アルズベックから要請を受けてな。エネスレイクには何度か王機兵とその乗り手を見せにくるように依頼してはいるのだが、当たり前だが断られている」
「それはどのような断り方なのです?」
「天魔大教会での無理が祟って修理中だ、の一点張りだ。もし向こうから同じ要望があったとしても、我々もおそらく同じような対応をするだろうから不思議ではないのだが」
「そうですか……」
「アルズベックはひどく気にしているようだが、私は前線で実際にあの王機兵を見ているからな。確かに驚くほど速い機兵ではあったが、やつが懸念するほどのものだとは思えん」
そこで、イージエルドの顔が陽与に向く。
向けられたのは責めるような視線ではなく、本当に困惑していると思えるもので。
「実際にシー・グたちにも聞いてはみたのだ。奴らは大したことはないと言う。もしも戦場で出会えば一撃で討ち取ってみせると言い張るばかり。……ヒヨよ、果たして私たちはどちらの言葉を信じれば良いのだ?」
なるほど、彼女の機嫌が悪い理由が分かった。
陽与は天魔大教会で流狼と再会し、帝国への助力を求めたが断られたという。龍羅は元々無理だろうと思っていたから特に驚くほどではなかったが、陽与はどうやら成功する見通しがあったようなのだ。
流狼は私情で大事を疎かにするような性格ではない。そういう性格の部分まで知る前だったのか、単純に陽与に見る目がなかったのか、陽与が自分の価値を過信していたのか。
ともあれ、そんなやり取りがあった時の流狼のことを思い出せと言われれば、機嫌が良いはずもない。
「確かに、エネスレイクの王機兵は空中を飛び回っていました。目が追いつかないくらいの動きで。でも、四領連合の王機兵はそんなに凄い動きをしていた訳ではありませんでしたけれど……」
「ふむ……」
考え込むイージエルドの隣で黙り込んでいたリンコルドが、ようやく口を開いた。
「アルズベックの懸念は、エネスレイクの王機兵が示したという力に近いものを、四領連合の王機兵が見せた場合のことであろうな。知っていて対策をとらずにそなたを送り出すことなど、あれとしてはできるまい」
「ええ、確かに。そうか……それで」
ようやく得心したとイージエルドが頷く。
リンコルドは顎ひげを撫でつけながら呟くように言った。
「アルズベックの言う通り、次の四領連合方面からはそなたを外した方が良いかもしれんな」
「父上!?」
「さすればアルズベックも少しは落ち着くであろうよ。そなたは四領連合方面ではなく、タウラントの制圧に回す」
「では、四領連合方面には誰を宛てますか」
「さて……。イージエルド、そなたの配下から誰かいるかな?」
「……副官のユジェラーは同行させたいのですが」
「四領連合を抑えられる者は他にはおらぬか」
「はあ」
と、龍羅は何となく二人の注意がこちらに向けられたのを自覚した。
居心地の悪さを感じるが、二人が口を開くのは早かった。
「リューラ。アルズベックの配下でこれはという者はいようか。機兵の乗り手としての腕も重要だが、戦術に明るければなお良いな」
「いや、そこまでは言わぬ。タウラントを落とすまでの間、戦線を維持できれば良いのだ。手段は問わぬ、誰ぞおらぬだろうか」
「……私はアルズベック殿下を慕う方々を全て存じ上げているわけではありませんので」
「新型機兵の乗り手であれば、そなたの知り合いではないか?」
「は。……その中で、と仰るのであれば、宋謙さん……ソウケン・シド殿かと」
「……ほう?」
イージエルドの視線が険しくなった。自分ではないのか、と問わんばかりの視線だ。イージエルドは帰国してからアルズベックの実験にも参加しているので、龍羅の乗り手としての腕前もよく知っている。ここで少し腕の劣る宋謙を挙げることに含みを感じたのだろう。
だが、龍羅はそれに屈することもなく答える。
「私は機兵の扱い方についてはそれなりの技量を持っているつもりですが、戦場の機微を知る……という意味では彼に及びません。シド殿は元の世界では軍属であったと聞き及んでおります。指揮官としてのご用命であれば、今回はシド殿を推すのが道理かと。……無論、アルズベック殿下がどなたを推されるかが最も重要ではございますが」
「……なるほど、な。友を死地に送ろうという意図ではないと言うか」
「それは当たり前です。……殿下が指揮官に戦場で代わりに死ぬ者を挙げろと仰るのであれば、シド殿を推すことはありません」
「ちっ、よく舌の回る……。父上、リューラの言うことにも一理あります。上司であるアルズベックに聞いてから決めることにしましょう」
「そうだな。リューラ、ご苦労だった」
「は」
頭を下げてから、席を立つ。
部屋を出ようとしたところで、イージエルドが声をかけてきた。
「リューラ。今回の件はアルズベックに改めて聞くことにする。……だが、ちょうどいい。ソウケンと同様にお前も現場を知っておくべきだ。私についてタウラントの前線に配属させてもらうとしよう」
「は、承りました」
「……お前は少々、理屈を前に出し過ぎる。選ぶべき時に正しい方法を瞬時にとれない者は、死ぬだけだ」
イージエルドの言葉は鋭い。
龍羅は扉を背にすると、こちらを睨みつけるイージエルドを真っすぐに見据えた。
「御心配には及びません、殿下。その訓練だけは、幼い頃から常に積んでおります。殿下がお望みであれば、タウラントに在る全ての機兵を討ち果たしてご覧に入れましょう」
「……ッ」
一瞬だけ浮かべた笑みに、イージエルドが息を呑む。
再び一礼して、龍羅は部屋を出た。
その時彼の脳裏にあったのは、年若い本家の姿であった。
首都リエネスの研究棟、王族専用室。
停戦期間の終わりが明日に迫ったこの日。流狼はアルとラナにせがまれて、ディナスとエイジ、ルナルドーレ、フィリアのほかに、オリガをこの部屋に招いた。オルギオは呼ばれておらず、表でふてくされている。流狼もまた、アルが彼らを呼んだ理由を知らないでいる。
『さて、実は君たちに伝えておかなくてはいけないことがあるんだ』
口火を切ったのはアルだ。流狼の右肩に座り、何やら深刻な調子で口を開く。
『私と、アルのことよ』
次は流狼の左肩に座るラナ。
自分に対してではないはずなのだが、視線が集まるのは何となく居心地が悪い。
『王機兵を作った二人の天才、アルカディオ・ゼクシュタインとラニーニャ・ゼクシュタイン。ボク達『王機兵の精霊』は、乗り手の人格パターンを元に作り上げられた人工知能。アルカシードの精霊であるボクはアルカディオの人格を、ラナヴェルの精霊であるラナはラニーニャの人格を、それぞれモデルにして作られている』
「え」
その話は初耳だった。
流狼も驚いたが、オリガは目を大きく見開き、ディナス達はオリガ程ではないにしても驚いている様子だ。
「そうだったのか、アル?」
『特に隠していたわけじゃあないんだけどね。ごめんよ、マスター』
「いや、それは別に良いんだ。けど……その。アルカディオって、アレだろ? この前の映像に出てきた、あの妙に陽気なおっさん」
『うん』
「お前とはあまり似てないような……」
『モデルにしたってだけで、まったく同じ思考パターンってわけじゃないよマスター……。イメージとしては、親と子どもに近いかな。だからボクとラナも夫婦というよりは兄妹のような感じだね』
『私は夫婦でもいいのよ、アル?』
『ボク達はアルカディオとラニーニャじゃない。そう言ったのは君だろ?』
『ええ。だからこそ、あなたを大事に思っているこの想いをラニーニャのアルカディオへの想いのコピーだと思われたくはないわ』
『う……』
「お前の負けだよ、アル。……そんなわけで、俺の両肩でのろけ話はそろそろ終わりにして本題に入ってくれると嬉しいんだが」
むしろ二人を降ろそうかと思わなくもないが、照れたように頭を掻きつつ、アルが視線を一同に戻す。
『ああ、ごめんごめんマスター。さて、そんなわけで。本題はオリガとエネスレイク王国の王族が遠い遠い親戚であるって話なんだ』
「……は?」
そして投じられた言葉は、先ほどまでの会話を吹き飛ばすほどのインパクトに満ちていた。
「私の……親戚?」
『三千年近く経過しているから、遺伝子的にはもうほぼ他人だけどね』
「アル殿、遺伝子とは?」
『血筋に宿る先祖の情報のようなものさ。本題はどちらかというとこちらでね』
「というか、アル殿! 我々には王機兵を作った方の血が流れているということですかな!?」
『そうだよ、ディナス。だからアルカシードはリバシオン山系に保管されていたというわけでね。実際のところ、リバシオン山系にはアルカシード以外に二機、王機兵が眠っているんだよ』
「なぁっ!?」
爆弾発言の連続に、ディナスやフィリア、オリガだけでなく、エイジもルナルドーレも目を白黒させている。
アルがいちいち脱線するからか、ラナが話を続ける。
『それでですね。アルカシードの乗り手にはルロウさんが選ばれたわけなんですが、修理された私のラナヴェルには、アルカディオとラニーニャの子孫であるという乗り手の条件が設定されています。ですので、この中ではフィリアさんとオリガさんが乗り手になる可能性があるということですね』
「え、えええええええええええええええええええええええええええっ⁉」
大仰に驚愕したのはフィリアだ。同時に目を輝かせているあたりがらしいというか、何と言うか。
ルナルドーレはその中でいち早く落ち着いたようだった。
「姉様から聞いたことに似ていますね」
『ええ、ベルフォースもそうですね。三千年前、エネスレイクが王国ではなくて、まだ統一王朝のエネスレイク領だった頃。アルカディオとラニーニャのこの世界での息子が、エネスレイク領主であるゼアスタイン・エネスレイクの一人娘カナラに婿入りしました。これはまだアルカシードが休眠する前でしたので、アルの記憶に残っていたものです』
「国父ゼアスタイン様……! ということは、初代ヴェル・カイト・エネスレイク様が……⁉」
「ヴェル⁉」
今度は驚いたのはオリガだ。あちらこちらでいちいち別の人が驚くので、話題の中心が定まらないなぁ、などと地味に部外者の流狼はのんびりと様子を眺めている。
「ヴェル・トール・ゼクシュタイン。……おじいちゃんの名前」
『まだ若かったアルカディオとラニーニャは、元の世界に生まれたばかりの長男を残してこの世界に招かれた。元の世界に戻れないことを察した二人が、この世界で生まれた次男にもう会えない兄と同じ名前をつけた……感傷だね、つまりは』
「ちょっと待ってください、アル殿。……おじいちゃん?」
聞きとがめたのはエイジだ。
アルが頷いて、答える。
『言いたいことは分かるよ、エイジ。これはボクの推論で、何の検証もされていないことを最初に断っておくけど。おそらく、この世界の召喚陣は、ほかの世界の時間軸をある程度無視して対象を呼び出すんだと思う』
言いながらアルは、空中に手を伸ばして何やらくるくると作業をする。と、空中に何本かの光の線が現れた。中央にある光が少しばかり太い。
『真ん中の太いのがこの世界、他の線が、オリガやマスターのそれぞれ住んでいた世界だとするよ。君たちから見て左から右に過去から未来へ時間が流れていると思ってほしい』
と、中心線の途中から、球状の光が放たれた。ほかの線を包むように広がり、中央の点から何本かの細い光線が伸びていく。
『召喚陣が、それぞれの世界から対象者をピックアップした様子を表現してみた。これはレガント族の時と、神兵の件で召喚した時。そしてこちらが――』
続いて、もうひとつの球状の光。
前の球状の光と重なりながら、再びたくさんの細い光線が伸びる。
『マスターとオリガを召喚した時。これで三千年の時間軸のズレを説明できるわけさ。……もちろん、オリガの世界とこの世界の時間の流れが数十倍数百倍違う可能性もないわけじゃないよ。観測の方法はないけど、ね』
「どちらにしても、無茶苦茶な話にしか聞こえませんが……」
『うん。だから推論。さっきも言ったとおり、ラナヴェルの乗り手の可能性がどちらにもあるってことを知っておいて欲しかったんだ。ラナヴェルを修復した段階になってから、あれこれ問題になっても困ると思ってね』
「そうですね。ありがとうございました。……兄上?」
納得したのか、思考を放棄したのか、エイジは落ち着いた様子で頭を下げてくる。と、隣に座るディナスの様子に気付いたようで、彼に声をかけた。
何やら俯いて暗い表情のディナス。
「……いや、済まない。娘たちに、王機兵の乗り手になる可能性があることは嬉しい。だが、自分がそうなれるかもと一瞬だけ希望を持ち、それが間を置かずに否定されてしまうとな……」
「兄上……」
「お前も残念に思っているだろう、エイジ。私の目はごまかせんぞ」
「……そ、それは」
王機兵の乗り手に関わる重大なはずの話は、何とも締まらない空気で一旦の終わりを迎えたのだった。
夜になって、寝室に戻ってきた流狼とアル。
流狼が上着を脱いだところで、肩から降りたアルが声をかけてきた。
『ねえ、マスター』
「ん?」
『何だか嬉しそうだけど、何かあった?』
「いや。……さっきの話な」
流狼は口元を綻ばせて、ベッドに座る。見上げてくるアルと目線を合わせ。
「お前の推測が確かだと、前後三千年程度の間でアルカシードの乗り手に最も適しているのは俺だってことだろ?」
『そうだね』
「ということは、もし千年後でも千年前でも、この世界でアルカシードの乗り手を招くことになっていたら、俺が来ていたってことだよな」
『うん』
「……それならきっと、俺は結局元の世界で生きる人生はなかったってことだろ。諦めがついたというか、なんというか」
こりこりと、頭を掻く。
何となく、照れくさいのだ。
「いつ呼ばれたにしろ、アル。お前と一緒にこの世界で生きていくことは変わらなかったんだろうな。だからさ……今、ここに生きていること、エネスレイクを自分の国と思って生きること。お前が俺の相棒であること、陽与ちゃん、龍羅兄、フィリアさんとのこと……その全部を、初めて前向きに受け入れられたような気がするんだ」
アルがしがみついてきた。今更何とも、お互い初々しいやり取りだ。
「これからも頼むよ、アル」
『うん、マスター!』
夜が明ければ、再び大陸を戦乱の風が覆う。
今度こそはエネスレイクも部外者ではいられないだろう。
流狼はこの国の為に、大事に想う仲間たちの為に、アルとともに戦い抜く決意を固めるのだった。
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