第四十話:強いられる選択の

 飛翔機兵が高度を落とし始めたのを確認したルースは、フニルグニルの速度をわずかに落とした。

 物陰を選んで進みながら、彼らの着陸する位置を探る。

 機兵の動力源は、魔力だ。飛ぼうが走ろうが、それは変わらない。周囲の魔力を吸い上げてエネルギーにする機能もあるにはあるが、大量の爆撃をした後だ。大して魔力が残っているはずがない。

 着陸した彼らがすぐに飛び立てるとは、ルースには思えなかった。

 今の時点でも空の機兵に気づかれた様子はない。彼らが集中力を欠いていたことも原因ではあるだろうが、フニルグニルは山中を驚異的な速度で、しかも木々をほぼ蹴り倒したりせずに駆けていたからだ。

 と、そんな最中に通信が入る。


『ルース! お前なぁ!?』

「グリアンドか。済まない、例の空飛ぶ機兵を見かけたので、その後を追っている。そちらは?」

『指定されたトンネルの前だよ! バスから話は聞いている! お前がいないから、タウラントの生き残りたちが不安がっているんだ! まったく、また勝手をしやがって』

「伝えてくれ。君たちを蹂躙した空を飛ぶ機兵は、四領連合の誇る獣王機フニルグニルが叩き潰すと。君たちの無念は我々が晴らすと」

『ああもう! ……確かに彼らを運んでいる間に連中に追われたら困る。ったく、任せるぞルース! こっちはこっちで上手くやる。絶対に逃がすんじゃないぞ!』

「分かってるさグリン。ウィリエを泣かせるような真似はしないよ。俺が勝手を出来るのも、君たちがいてくれるからだ。感謝してる」

『……ったく。ご武運を祈りますよ、義兄上』


 救助部隊の指揮官であるグリアンド・エイグ・ロギアリーンは、四領連合の一翼を担うリーングリーンの一領である、ロギアリーン地方の若き領主だ。彼の姉にあたるウィリエはルースの妻の一人であり、リスロッテと双璧をなす武闘派だ。今回も自身で救助隊を率いようとして、ひと悶着あったと聞いている。

 ともあれ、まずは目の前の事態に集中する。


「フニル、そろそろ行くか」

『いいのかルース? 全部が降りてきたわけではないぞ』

「フニル、連中が降りられそうな広場や連中の陣地は、この近辺に他にあるか?」

『ないな。……そういうことか』


 タウラントを強襲した飛翔機兵は、山中に自分たちの発着場を作らなければ往復できなかったのだ。当然ながら、周囲に帝国の陣が置かれている様子はない。

 不思議なものだ。警戒している様子がない。飛んでいる間は無敵だと思う者は、地上にあっても自分たちが無敵だと誤認するのか。

 あるいは、今まで無事に帰ってこられたことで、油断しているのか。


「グリンに言った手前、一機たりとも逃がすわけにはいかないからな。駆けるぞ、フニルグニル!」

『ああ!』


 フニルグニルの巨大な体躯が、一条の光と化した。

 獣王機フニルグニルは、地面に足がついている状態において、最速の王機兵である。






 タウラントがまったく新しい戦術により壊滅状態になったという報は、リーングリーン・ザイン四領連合だけではなく、商業国家ラポルトにも知らされた。

 泡を食ったのはラポルトの議会だ。何しろ、タウラントという価値をもって四領連合への有利な参入を目論んでいたのだ。その意図が崩れ去ることとなった。

 だが、それよりももっと根本的な問題がある。

 帝国とラポルトは領土を接しておらず、タウラントに機兵を供与することによって帝国への抑えにしていた。つまり、盾扱いである。

 そのタウラントを救援しなかったという風聞が立てば、ラポルトにとっては致命的だ。四領連合への参入はおろか、東の小国群からの助力も得られなくなる。

 帝国から大鉱床を奪った以上、帝国との停戦も望み薄だ。ラポルトは政治的に追い詰められていた。

 彼らが慌ててタウラントへの全軍による救援の派遣を選択したのは、無理もないことではあった。最悪の場合、戻る際にタウラントとラポルトとをつなぐトンネルを破壊するという目的も含まれていたからだ。

 しかし、事態の深刻さはさらに深まることとなる。

 タウラントとラポルトをつなぐトンネルを先行していた先発隊が、空中から無数の爆撃を落としていく帝国の新型機兵を見たのだ。

 タウラントに入ることもなく、なすすべもなく戻ることを選んだ彼らを責めることは酷だろう。

 報告を受けた司令部は、タウラントへの出口を前に足踏みを余儀なくされる。

 彼らはあずかり知らないことではあったが、ラポルト方面のトンネルは二種類あった。資材を運ぶために作られた、機兵も通れる大きな坑道と、人々が通るためだけの小さな坑道と。

 救援部隊として大きい坑道に侵入したラポルト軍と、機兵による追跡を避けて小さい坑道に逃げ込んだタウラントの生き残りは、近くを通っていながら、互いの姿を見ることが最後までなかった。

 結果として、ラポルト軍はタウラントの街中に生き残りを発見することができなかったのだ。


「……どうしますか、このまま坑道内にいても何もできません」

「しかし、このまま帰ればラポルトは外交的に敗北する。進んだとしてもあの空を駆ける機兵には手も足も出ん。難しい判断を迫られている」

「確かに。……では、どうでしょう。次の攻撃のあとに、全軍を挙げて都市内部を捜索、生き残りを探すというのは」

「ふむ?」

「連中は一度目の攻撃と二度目の攻撃の間に時間をおいています。空中からの攻撃は連続では出来ないのではないでしょうか。連中との交戦は無理としても、生き残りを探すくらいは出来るのではないかと」

「うむ……」


 何かしらの功績なくば、帰ることを許さないとまで言われていた。

 議会のそういった言葉についても理解できた上層部は、結局この方針を選択することとなった。


「では、明日の攻撃終了と敵機兵の撤退を確認次第、タウラント都市部の探索に移ることとする。全員にそう伝達せよ」

「御意!」


 彼らは結果として、タウラント市民を救援することはできなかった。

 四領連合の手引きで生き残りの者たちが向かっている出口は、残念ながらラポルトとは離れる方向にあったからだ。

 だが、彼らの努力は、目的とは違う形で実を結ぶことになるのである。






 一方、帝国軍の栄光を背負っていたはずの飛翔機兵部隊は、混乱と絶望の中にあった。


『くそ、何でここが――』


 誰からとも分からない通信が入り、そのまま途絶する。


『何なんだあれは! くそ、魔力がもう――』

『撃つな馬鹿! 墜ちるぞぉーっ!』

『だけど、だけど! このまま降りたらぁっ!』

『ひぃっ! 当たる! 俺たちごと撃つのかよっ!』


 阿鼻叫喚の有様だ。


『お、俺は逃げる!』

『逃げるったってどこに!? 降りられる場所なんてここ以外には――』

『そこよりはマシだぁ!』


 墜落覚悟で別の場所に逃げようとした機兵が数機。しかし、彼らが思いもしないことが起きた。

 地上で着陸した機兵を破壊して回っていた何かが、中空に留まっている仲間を踏み台にして空中の彼らに襲い掛かってきたのである。

 最初に狙われたのは、この場を離脱しようとした機兵たち。背中を見せた彼らを容赦なく引き裂いていく。

 引き裂いた機体を足場とし、更に次へ。地上ほどの速さはないが、逃げ切れた飛翔機兵はいない。

 そして、ようやく彼らは自分たちを襲う存在が何者であるのかを理解した。


『何だ、何だありゃ――』

『何故だ、何故ここに、奴が!?』

『王機兵だ、四領連合の王機兵だ!』


 更に恐慌が広がる。

 残りの機体は少なく、指揮官はすでに王機兵の餌食だ。


「くそ、どうしてこんなっ」


 このまま墜ちる覚悟を決めて爆撃の魔術を撃ち込むか、王機兵が待ち受ける地上に降りて何とか逃げるか。

 どちらにしても、生き延びられる気がしない。


「そ、そうだ。……ほかの連中がいなくなったら、足場なんてなくなる」


 ふと気づいた、唯一の可能性。

 空中を旋回しながら、その時を待つ。降りるとき以外、飛翔機兵は止まれないのだ。

 五十機いた仲間たちは、もはや数えるほど。


「くっ、あいつら」


 残っているのは、同じことに思い至った者なのだろう。

 彼らは既に、お互いに仲間を思いやる気持ちはなくなっていた。


「は、早く降りろ!」

『うるせえ、お前が降りろ!』

「俺が降りたら逃げるつもりだろう!? 卑怯ものめ」

『お前こそ!』


 飛び交う怒号と罵声。

 地上の機兵をことごとく引き裂き終えた四領連合の王機兵は、こちらを見上げて牙を剥いた。

 特に何をされたわけではないのだが、それをきっかけにしたかのように、残った機兵の一部が降下を始める。


『あ、あ、あ。魔力が、魔力がもう――』


 その言葉を最後に、ぶつりと通信が途切れる。

 魔力。そうだ、魔力だ。機体のエネルギーもほぼ残っていない。

 がくりと、機体が揺れた。

 まだ空中にいる飛翔機兵も、バランスを崩し始めている。


「あっ」


 視線を切ってしまっていたことに気付いて、前を見れば。

 こちらをじいっと見つめる、王機兵と目が合う。

 がぱりと、鋭利な牙の生えそろった口が開かれた。






 帝都からの要請で龍羅をリエネスに帰らせたイージエルドは、タウラントへの坑道を進んでいた。

 山道を進むよりは坑道を掘りなおした方が良いという判断だ。

 入口は崩されてしまったものの、土を操る魔術を使えば道を作るだけならばさほど苦労することはない。邪魔をしてくる者さえいなければ、それほど時間をかけずにタウラントへの道は開拓できる。


『殿下。アオイを帰してしまってよろしかったのでしょうか』

「うむ。アルズベックから借り受けた男だからな。戦況が定まった以上、返せと言われれば返すのが道理さ。……タウラントの抵抗はもはやあるまい。三度の爆撃で街がどうなっているか。それを見れば、これからの飛翔機兵の有用性も分かるだろうな」

『御意に。飛翔機兵たちはそろそろ中継点とやらに戻っている頃でしょうか』

「今回は陣に戻らせても良かったとは思うがな。降りるのにあれだけ空間を必要とするのは難点だ。陸上の機兵と互いに邪魔になるようではよくない」

『ええ、確かに。工兵たちは上手くやってくれました』


 飛翔機兵によるタウラント攻撃の計画は、招かれ人を交えて綿密に行われた。

 招かれ人たちはさすがに確かな知見を持っており、離陸と着陸に一定の距離が必要であるということから離発着場の必要性を説いたのも彼らだ。

 タウラントから一定の距離を置いた山中に派遣された工兵たちは、適度な場所に盆地を見つけて、離発着場となる空間を切り拓いてくれた。

 戦場を今まで通り坑道と認識していたタウラントの者たちは、停戦期間中だというのに工兵たちの動きに反応しなかった。戦闘行為が出来なかったのもあるが、そもそも把握していなかった可能性もある。

 結果として、飛翔機兵による戦闘は大きな戦果を挙げた。難攻不落と称されたタウラントは崩壊し、あとは帝国による接収を待つのみだ。


「……エネスレイク、か」

『殿下、何か?』

「いや。何でもない」


 イージエルドの頭には、エネスレイクとの戦闘を決意した父と弟の姿が浮かぶ。父が一度決めた方針を覆したことは驚きだったが、理由を聞けば納得もいく。

 タウラントを抑え、四領連合と結び、エネスレイクと相対する。

 この惨状を見れば、利に聡いラポルトは戦わずとも膝を屈する。これはイージエルドを始めとした、帝国軍部の共通した認識であった。

 視界の向こうに、光が見えた。坑道の出口だ。






 それに最初に気付いたのは、ラポルト軍の小隊長を務めていたウルイル・シザリウスだった。ラポルト議会の議員を伯父に持つ彼は、議員の一族であるという血筋ではなく、実力で軍部での立場を手にしたという変わり種である。

 議会の苦闘も理解していた彼は、タウラントの探索に誰よりも情熱的だった。

 部隊を率いて廃墟となった街中をずんずんと進み、タウラント名物である大鉱床――掘り勧められた巨大な穴――の辺りまで歩を進める。


「生き残りはいないか。……これほどの破壊をもたらすとは、むごいことを」

『隊長、どうされますか。大鉱床の内部に逃げ込んだ可能性も』

「……いや、それはないだろう。帝国が来ることは、彼らも分かっているはずだ。他に出口のない大鉱床より、外部への坑道に逃げ込んだと見る方が正しい。我々は外周を回り、生き残りの痕跡がないか調べる」

『了解』


 副官と話し合った結果、ウルイルは街の外周にある行動の入口を探すことに決めた。

 崩れた建物や、吹き飛ばされた機兵、黒焦げになった遺体を見ながら、呟く。


「この世の地獄だ。……帝国め」

『議会はどういう判断をするのでしょうね。降伏でしょうか』

「手の打ちようがない、空からの攻撃とこの破壊だからな。それも手ではあるが、議会は解散、重い課税……簡単には決断できないだろうさ。四領連合が帝国を抑えている現状、より良い条件はあちらに参入することだからな」

『はあ。そういえば隊長も伯父様が』

「彼らは自分たちの権威にしがみついているからな。もう少し条件を落とせば今頃四領連合の一員だっただろうに」

『辛辣ですね』

「親戚が議員だからといって、俺まで議会的な考えというわけじゃないさ。同情はするがね」


 軽口をたたきながら、外周部を歩く。

 と。


『……隊長ッ』


 歩兵のひとりが、緊張感の強い声で通信を入れてきた。


「どうした?」

『前方、ご覧ください。山肌が蠢いています』

「むっ。……全機、伏せろ! 歩兵は今のうちに、機兵に土を浴びせるんだ!」

『了解!』

「……本部! 帝国方面から侵入者あり。帝国軍の可能性が」


 手早く指示を出し、機兵を伏せさせるウルイル。

 どさりと土が浴びせられる音。

 これで、ぱっと見ただけでは爆撃で倒された機兵に見えると思うのだが。


『帝国軍だと⁉ ……そうか、タウラントを占領にかかったか。どの部隊も生き残りの発見は出来ていない。成果を上げるにはちょうど良い相手かもしれん』

「機兵を伏せさせました。今なら挟撃も可能かと」

『了解した。こちらも伏せさせる。包囲を完了させたところで一斉に攻撃するとしよう』

「分かりました。私たちは連中の掘ってきた坑道を崩します」

『任せる』

 

 ずん、と空気が震えた。

 山肌に巨大な穴が開き、その向こうから機兵がぞろぞろと出てくる。間違いなく帝国の機兵だ。見慣れない機兵もいるが。


「動くなよ、絶対に動くな」


 息を潜めて、ぞろぞろと湧き出す機兵たちを見る。

 歩兵たちも機兵の傍に隠れている。機兵と地面の隙間に体を、自分たちにも土をかぶせる徹底ぶりだ。

 訓練の成果が出ていることを喜びつつ、歩いてくる帝国の機兵たちを至近距離で見守る。

 自分たちが生きていることが露見すれば、数にあかせて嬲り殺しにされてしまう。タウラントとラポルトの機兵は、同型の機体『ランボレル型』を使っているから、機兵の姿で露見することはないはずだ、が。


「っ」


 ごん、という音とともに視界が揺れる。

 頭部が蹴り飛ばされたようだ。反射的に攻撃を命じたくなる心を押し殺して、平静を保つ。

 こちらを蹴り飛ばしたことで、帝国の機兵は興味を失ったようだ。そのまま隊列に戻っていく。連中は連中でどんな会話をしているのか。

 ひときわ優美な姿をした機兵が出てきて、一団はぞろぞろと歩き出した。

 すぐ脇を歩き去っていく機兵たち。早く行ってしまえと祈る。

 足音が遠ざかっていく。内心で深く安堵するが、念には念を入れようと、命令を出さずにまだしばらく待つ。

 と、先ほどよりも少ない足音が遠ざかっていく音が聞こえた。


「やれやれ……」


 一人の歩兵がゆっくりと這ってきた。こちらの視界に入ると、奥を気にしながら頷いてみせた。


「よし。……戦闘が始まったら坑道を崩し、我々も包囲に参加する。歩兵隊は念のために先行し、坑道内部に機兵が残っていないか確認しろ」

『了解』


 ウルイルは拳を強く握った。

 指揮官機だ。明らかに周囲の機兵とは質が違う。名のある大将に違いない。

 大きな戦果を得るチャンスが巡ってきた。野心の灼熱が心に灯ったのである。






 エネスレイク王国、通信の間。

 ディナスとエイジに呼ばれた流狼は、アルを連れて何故か二人に同席していた。

 程なく、その理由が分かる。

 画面に、見覚えのある青い髪と、彼によく似た壮年の男性の姿が映ったからだ。


『久しいな、ディナス、エイジ』

「ああ。リンコルド殿も息災なようで何より」


 レオス帝国皇帝、リンコルド。

 問いかけに臆することなく応じるディナスと、返答はせずに目礼だけを返すエイジ。


『そちらが、王機兵の乗り手か』

「ああ。ルウ殿、あいさつを」

「ルロウ・トバカリ」


 じいっとこちらを睨みつけてくるアルズベックを無視しつつ、名前だけを名乗る。頭も下げない。


『ふむ。胆力があると言うべきか、礼儀を知らぬと見るべきか』

「そこに座る、あんたの息子には殺されかけたからな。礼儀を尽くす意味を感じない」

『成程。王機兵の乗り手になったからと増長しているようだ。民の命は、国のために費やされるが責務。それが死であれ、貴種による行いは喜びとともに甘受するが道理であろう』

「俺にそんな道理はないな。そもそもあんたたちの民になった覚えもない」

『だが、貴種ではなかろう?』

「……話にならないな」


 息を強く吐き出す。

 他国に積極的に侵略を繰り返している国なのだから、理解しがたい考えを振りかざすとは思っていたが、これほどとは。

 流狼は首を振ると、口をつぐんだ。


『さて、ディナス。話としてはほかでもない。そこの王機兵の乗り手のことだ。我が国が王機兵の研究をしているのは知っての通りだ。貴国の王機兵と乗り手を借り受けたい』


 来た。

 思った以上に直截な言い方だ。借りたいと言っているが、返すつもりはない言い方だ。とは言え、予想の範囲を出ない。

 ディナスは吹き出しそうになったようだ。ひとつ咳払いをすると、堂々と言い放った。


「断る」

『……その答えは、二国の友諠に大きな傷がつくことになるものだと思うが、それでもかね』


 まさか即答されるとは思わなかったのか、強く眉根を寄せたリンコルドが嚙んで含めるような口調で聞いてくる。


「愚問だなリンコルド。我々がタウラントの現状を知らないと思っているのか?」

『何のことかな』

「タウラントを抑えればエネスレイクは用済みということだろう? いつ牙を剥くか分からない国を背に抱えておくよりは、早めに侵略して自分の持ち物にしておいた方が良いからな」

『ほう』

「あるいは王機兵を差し出して叛意のない証拠にしろ、ということだろ? 断言してもいいが、もしも我々がそれをすれば、お前たちは喜んで彼をこちらに差し向けてくる。侵略の嚆矢としてな」


 その言葉に、目の前の二人が口元を笑みのかたちに歪めた。

 言質を取ったとばかりに、アルズベックが口を開いた。


『それは、我々と敵対する意思がある、と捉えてよいのですか? たった一人の男のために、帝国を敵に回すと』

「アルズベック殿。貴殿には言われたくありませんな」


 それに答えたのはエイジだ。

 アルズベックらと違って涼やかな笑みを浮かべながらも、その言葉は辛辣極まりない。


「女性ひとりの色香に惑わされた結果、ルウ殿を敵に回した貴殿には」

『何をッ……!』

「まあ、それはそれとしまして。もし仮に貴国に研究のために王機兵と乗り手殿をお貸しくださいと我々が願ったとして、貴国は受けてくださるのですか?」

『む……それは』

「とまあ、そういうことですよ。あなた方が仰っているのが、どれほど無茶な物言いであるか。こういったお話はその辺りをご理解の上で」


 エイジの舌鋒は柔らかくも鋭い。

 リンコルドは表情を整えながらも、不機嫌に低くなった声で言い放った。


『残念だ、ディナスよ』

「そうですな」


 明確な宣戦布告があったわけではなかった。

 しかしこの日、エネスレイク王国はレオス帝国と外交上、明確に断絶したのである。

 まずは、両国に駐在しているそれぞれの外交官たちが帰国を始めた。

 戦争状態に突入するまで、あとわずか。

 時はもう、戻らない。






 タウラントから帝国に向かう山の中を、一体の機兵が駆けていた。

 機体は大きく傷つき、そこかしこから異音をさせているが、何とか駆けることができている。


「くっ……ここを抜けて、帝国領に入れば……!」


 傍受を覚悟で、帝国に救援を依頼したのだ。

 雨が降り出し、視界は悪い。

 乗り手であるイージエルドは、とにかく前を見て機体――将機兵オヴェルデルを走らせている。

 誤算はいくつかあった。


「まさか、ラポルトが動いているとは……!」


 タウラントが壊滅した時に、ラポルトが救援策を採るとは帝国軍の誰も思っていなかった。自分たちの利益のために、帝国にすり寄ったり裏切ったりを繰り返した腰の軽い国だ。今回も日和見に走るとイージエルドも思っていた。

 そして、飛翔機兵たちと連絡がつかなくなったこともだ。タウラントの内部では通信が届かないのかとも思ったが、タウラントを離れて逃げている今も繋がらない。何かがあったのは間違いない。


「まさか、タウラントを餌に我々を殲滅する策だったと……?」


 冷静に考えればそんなはずはないのだが、あまりにも見事にイージエルドの部隊は殲滅されてしまった。イージエルドが策を疑うのも無理はなかった。

 木々をかき分け、機体を走らせる。背後からは彼を追う機兵たちが迫っている。振り返る一瞬も惜しかった。


『ほう、まさかこんな所で出会うとはな』


 声が聞こえた。

 誰だったか。聞き覚えはあるが、思い出している暇がない。

 次の瞬間、機体が制御を失った。

 地面に投げ出され、内部が強く揺れた。


「がっ!」


 ずん、と何かに押さえつけられる。

 頭をしたたかに打ち付けて、意識が一瞬飛ぶ。


『導きかな、これも』

「その声、は――」


 ようやく、声の主が誰であるかを思い出す。


「ルース・ノーエネミー……」

『無様だな、イージエルド』


 拘束から逃れようと機体を暴れさせるが、押さえつけてくる王機兵の足はびくともしない。


「くっ、このままでは――」

『おいおい、足のない機兵でどうしようと言うんだ?』

「何を……」


 眼前に、何かが放り投げられた。

 根元から引き抜かれたような、機兵の足。見慣れた足――


「まさか、馬鹿な!」

『お前はもう終わりだよ、イージエルド。この場で誰の助けも受けられず、惨たらしく死ね』

「そうか、お前が。お前が、飛翔機兵を!」

『まあな。降りてくるところを見つけてしまえば、奴らは無力だ。一機と残さず引き裂いて鋼くずに変えてやったよ』

「くそ、こんな。こんなところで」


 イージエルドはとうとう理解した。

 自分は今、この場で死ぬのだ。


『お前が死ねと命じてきた兵士も、みなそう思っていただろうな』

「呪ってやる、いつか貴様も……!」

『好きにしろよ。俺を呪うやつなんざ、万でも少ないだろうからな』


 みしみしと、機体が音を立てる。

 王機兵が力を入れ始めたのだ。


『お前は所詮、その中の一人だ』

「く、まだだ……まだァ!」


 魔術を行使するが、当たったはずの王機兵はびくともしない。


「死んでたまるか、死んで……!」

『じゃあな』


 ぐしゃりという音と、背中に感じた強い衝撃。

 イージエルド・レオス・ダウザーの全ては、それを最後に終わりを告げた。

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