第三十四話:蘇る天敵の姿は

 ルースがフニルを引きつれて声をかけてきたことで、流狼は心の底から安堵したものだった。

 何というか、混乱から立ち直れていないのだ。

 陽与と完璧に決別したことは理解している。だが流狼は、陽与が戻るすべのないこの世界で生きる理由を見つけていたことに内心でほっとしていた。

 その理由があの青い髪の男であることに思うところがないではないが、最初に彼女を守り切れなかったのは自分だ。

 ふと、フィリアを見る。

 顔は少々赤らんでいるが、毅然とルースに応対している。まだまだ穏やかな気持ちになれない自分とは大違いだ。


「おお、どうしたんだ義弟よ」

「いや、気にしないでくれ。ルースさん。帝国の人に会ってね」

「そうか、それならば仕方ない。帝国の奴らに関わると誰もが不幸になるものだ。本当は関わり合いにならないのが一番なんだがな」

『それよりもルース。お前はこの場ではルロウ殿を義弟と呼ぶのはやめておけ。帝国とエネスレイクは一応同盟状態なのだぞ。聞かれたら彼の立場が悪くなる』

「む、それもそうか。ではどうするか。アルカシードの乗り手殿と呼ぶとしよう」

『マスターも、気安くルースさんと呼んだら駄目だよ』

「ああ。じゃあフニルグニルの乗り手さん、と呼べばいいかな」

「残念だな、距離が離れたような気がするよ」


 ルースは思ったよりもショックを受けた様子だったが、呼びかたを訂正するつもりはないようだった。


「それで、ル……フニルグニルの乗り手さん、何か用事でも?」

「ああ、そうだった。乗り手が揃ったということで呼ばれたのだ。折角だから一緒に行くかと思ってな」

「あ、ルーリオ様! ルース様も!」

「マキェーロさん」

「お待たせいたしました。乗り手の皆様が揃いましたので、ご説明をしたいと思います。ご案内しますので、こちらへ」

「了解です」

「ルース様。担当のアキメルが探しておりましたが」

「あ」


 どうやら、ちゃんと断ってきたわけではないらしい。

 頭を掻くルースに何かをぐっと耐えた様子で、マキェーロがどこかに連絡を入れている。


『うちの無軌道が本当に申し訳ない……』


 フニルの疲れた声が、何とも同情的に響いた。






 天魔大教会の会議室には、すでにミリスベリアの姿があった。


「ルルォ様! フィリア!」

「ミリス!」


 再会を喜び合うフィリスとミリスベリア。

 流狼は視線を巡らせたが、陽与をはじめ、帝国の面々の姿はない。


「久しぶりだね、ミリスさん」

「ええ。ルルォ様もお元気そうで」

「ん。……おかげ様でね」


 穏やかな笑顔を浮かべるミリスベリアに、流狼も微笑み返す。

 と、何を思ったかフィリアが流狼の右腕を自分の胸元に巻き込んだ。


「ふぃ、フィリアさん⁉」

「ミリスよ、ル……ルロウの故郷の件は決着がついたぞ。アルズベック皇子の妃に納まって、どうやら本人も満足しているようだ」

「あら。では、フィリア?」

「残りは二枠だぞ、急ぐのだな」

「え、急ぐって……?」

「ここなルースの妹と、他に二人ほど、怪しいのに心当たりがあってな!」

「まあ!」


 フィリアの言葉に心当たりのない流狼であったが、どうやらフィリアとミリスベリアの間ではそれは共通の見解であるらしい。

 取り敢えず、話を進めた方が良いだろう。


「ええと。取り敢えず、話を伺いませんか」

「む。それもそうだな」

「あ、これは恥ずかしいところを……」


 慌てた様子のフィリアとミリスベリア。流狼が用意された椅子に腰かけると、何やら二人が両脇を固めるように座ってくる。

 何やら微笑ましいものを見るような視線がちくちくと刺さるが、最早何も言うまい。

 と、天魔大教会の会頭と名乗った男――ヤーゴン・ルペッチがにこやかに口を開く。


「当代の乗り手様は本当に心が温かくいらっしゃいます。私どもは本当に安心致しました」


 そして視線をフィリアに移し、少しだけ眉根を寄せる。


「フィリア・アイラ・エネスレイク姫。本来ならばこの件につきましては後見の立場と言えども、本来はお聞かせできない類の事柄なのでございますが――」

『それはボクが許可するよヤーゴン。だ。異存はないね?』

「ええ。アルカシード様が許可されるということであれば、私どもに否はございませんとも。こちらのフィリア姫は承ります。ですが」


 と、今度は背後に控えるマキェーロに視線が移る。視線の先を追いかけて振り向けば、マキェーロが何やら苦り切った顔で首を横に振るのが見えた。


「アルカシード様のご厚意にてこちらに通しました、帝国の者たちが自分たちにも話を聞かせろと騒いでおりまして」

『何でまたそんなことに』

「いやそれが。アキメルという者がうっかり話を聞かれてしまったようでございまして。先ほどから国権をちらつかせて恫喝しておりますようで、少々困っております」


 事情を分かっていないミリスベリア以外の視線が、ルースに注がれる。ルビィまでもがそれに加わっている辺り、そちらはどうやらアルかフニルと情報を共有していたらしい。


『返す返す、うちの無軌道が本当に申し訳ない……』


 深々と頭を下げてきたのはフニルの方で、ルースは顔を引きつらせつつも視線を逸らして知らない振りをしている。


『アキメル殿に謝っておいてくれ、ヤーゴン会頭。うちの無軌道はてっきりこちらのルロウ殿と合流する旨を伝えたと思っていたのだが、そうではなかったようだ』

「ちゃんと言ったぞ」

『何と伝えた』


 流石に知らんぷりも続けられないと悟ったのか、ルースは今度は不貞腐れたような態度で言い張った。

 フニルは落ち着いたもので、首を横に振りながら続けた。


『大方、義弟と一緒に行くとでも言ったのだろう。義弟が誰のことか、伝えていなかったと見たが』

「うっ」

『アキメル殿は我々とルロウ殿の関係性を知らないはずだ。恐らく教会にいる中で四領連合に住んでいた者や行ったことのある者を当たったのだろう。完璧にこの無軌道のせいだ。……本当に済まない』

「分かった! 分かったよ。なら俺がひとっ走りその三人を叩きのめして寝かしつけてくるよ。それでいいだろう?」

『外交問題になるわ、馬鹿!』


 珍しく声を荒げるフニル。だがルースは変なところで知恵が回った。


「どうせあと少しで停戦期間も終わる。そうなりゃお互い敵同士だ。別に問題はないだろうよ」

『大陸国家憲章をちゃんと把握しているか? 馬鹿モン。お前が今連中に安易に手を出したらな、大陸国家憲章に基づいて四領連合が憲章を遵守しなかったことにされるんだよ。分かるか? 馬鹿ルース。そうなれば四領連合は大陸の全国家から敵にされてしまうわけだ』

「ぇぅ」

「い、いや。フニルグニル様。こちらがお手伝いいただく立場、そのようなことには決して」

『ヤーゴン会頭、この程度のことで例外を作ってはならない。この無軌道はな、ただでさえ人に迷惑をかける自覚の足りていない馬鹿者だ。甘い言葉をかけてはいけない、甘い態度で接してもいけない。つけ上がるからな』

「……ひでえ」


 フニルにぐうの音も出ないほどに切り捨てられ、ルースが頭を垂れる。

 と、そこにアルが仕方ないなと首を振りつつ応じた。


『ではヤーゴン、帝国の連中にも話を聞かせてやるといい』

「い、いやアルカシード様。それはですね」

『その話を振ったということは、解決しろということだろ。違うかい? とは言え、彼らでは王機兵の力は引き出せない。この場への同席は許すけど、搭乗しての参加は許さないという辺りが落としどころだと思うけど。どうかなマスター』

「その辺りだろうなあ。問題は、それで連中が納得するかどうか、だけれども」

『納得しないなら死ぬだけだね。王機兵自体は神兵に簡単に壊されることはないけれど、彼らは正式な乗り手じゃない。機体は衝撃に耐えられても、中の人間は耐えられないだろうし』


 身も蓋もない、アルの言葉。

 いや、それ以前の問題として。ミリスベリアが首を傾げて問う。


「アキメルさんがここに来なくてはいけない理由があるのです?」

「ええ、その。神兵を封じている空間を開く魔術が、私とアキメルとマキェーロの一族にそれぞれ分割されて伝わっておりましてですね」

「あちゃあ」


 彼らにしてみれば、王機兵とその乗り手を迎えるのは相当の栄誉であるらしい。そうなると序列の高い順になるのも当然と言えば当然で、アキメル氏がここに戻らなければ話が進まないというのも理解はできた。


『……へぇ』


 いやに冷えたルビィの呟きが、彼らの内心を何より雄弁に物語っていた。







「納得できんな」


 アルズベックは傲然とそう告げた。

 これでは熱王機ヤイナスカを操るシー・グと重王機エトスライアを操るラトリバードを連れて来た意味がない。

 ただでさえ、ここに来た当初から随分と虚仮にされている。

 来て早々帰れと言われるわ、後から来たエネスレイクの王機兵とその乗り手には態度を急変させるわ。彼らの温情――というのも不愉快な話だが――によって天魔大教会の中に通された時も、四人まとめて一部屋という扱いだ。

 乗り手を篭絡してくると言って部屋を出た陽与の機嫌も悪い。

 他の乗り手たちが集まる部屋に四人揃って顔を出した今も、何とも冷ややかな対応を続けられている。


『ならまあ、勝手にすれば良いよ。君たちが死ぬのは自由だ』

「ふん。そうなればそうなったで、帝国は貴様らの共謀を疑うだろうな。ただでさえエネスレイクはグロウィリアから第三夫人を迎えているのだ。それが背信の決定的な証拠となるだろうさ!」


 アルと呼ばれた小型の機兵、その言葉に噛みついたのはシー・グだ。ラトリバードと言い、何とも品性と性格に難のある二人だが、アルズベックは才あるゆえの傲慢を許容する人間であった。

 シー・グの言葉に、フィリアは堂々と告げた。


「そうなればエネスレイク、グロウィリア、四領連合と三方に敵を背負う形になるな。しかも全ての国が王機兵を擁している。自信がおありのようだ」

「何をッ!?」

「よせ。我々が侮られているのは王機兵の使い方が間違っているからだ。王機兵の精霊、我らに正しい王機兵の扱い方を教えよ」

『やだね』


 アルズベックはシー・グを抑えざるを得なかった。フィリアに手を上げれば帝国は大陸すべての国の敵になる。それを理解してのことだろう。

 だが、アルの返答はにべもなかった。アルズベックの額に青筋が浮かぶ。


「貴様は王機兵の乗り手を導く存在ではないのか?」

『導く? そんなことはしないよ』


 アルの返答はひどく冷めたものだった。


『ボク達は自分のマスターの願いや意志を最大限に尊重する存在さ。キミはボクの乗り手じゃない。だから手を貸さない。分かるかな』

「……ならば何故我々の王機兵には精霊がいない」

『それはキミたちが弄りまわしたからだろう。休眠状態なのさ。ボクたちなら彼らの目を覚ますことは出来るけど、する理由がないね』

「我々とエネスレイクは同盟国だが」

『ボクの見解では、マスターはエネスレイクの協力者ではあるけれど家臣ではない。まあ、ボクがキミたちに協力したくない理由はそれだけじゃあない』


 アルが流狼の肩から降りて、アルズベックの前に立つ。

 アルの大きさはアルズベックの半分もないのだが、何となく見下ろされているような錯覚を覚える。


『ボクが知っている限りでは、帝国の第二皇子はマスターの恋人を奪った上にその命を奪おうとしたはずだよね。そんな国に、何故協力しなくてはいけないのかな?』

「ぐっ」

『まあ、マスターがどうしてもと言うなら手伝ってあげてもいいけど。その場合はどうしたらいいか、分かるよね?』


 アルの言葉に、アルズベックは憤怒をすんでの所で押し殺した。

 挑発されているのは分かっているが、激発するわけにはいかないのだ。


「詫びはしよう。地に手をついて頭を下げろというならしても良い。だが! ヒヨのことだけは譲ることは出来ん……!」


 その言葉に、流狼がほうと息をついた。

 予想外のところから、助けの手が差し伸べられる。


「アル、手伝ってやるといい」

『いいのかい、マスター』

「陽与ちゃんが幸せであるならば、俺が相手じゃなくても構わない。俺の気持ちについては、気にしなくて構わない」

「すまない。借りておく」

『まったく、マスターは優しいなあ。では精霊を起こしてあげるけど、少なくとも一機にはキミたち乗れなくなるからね』

「……なに?」


 アルの言葉に、眉根を寄せる。

 アルがフィリアを見ると、フィリアはそれに頷いて続けた。


「アルズベック殿。我が国は重王機エトスライアの乗り手を保護している」

「な……に?」

「帝国に居た頃、エトスライアの精霊と会話をしたと本人が言っている。アル殿たちと本人しか知りえない精霊殿の特徴を認めたから、確かだろう」

「ということは、帝国に在住していたということか。なぜエネスレイクに?」

「戦争に駆り出されたくないということだ」

「チッ……そうか」


 さすがに情報は漏らさないようだ。舌打ちをするが、だからと言って手はない。

 フィリアは名前を告げなかった。国に戻ったらすぐに照合するつもりだったが、フィリアもこちらの手は十分に承知している。

 と、アルがそれには構わず続けてきた。


『それにね。皇子くん。君たちが王機兵でどんな実験をしたかは知らないけれど、その前に彼らの声を聴いていないのだよね。であれば、キミにはその三体の乗り手にはなれる可能性は多分ない。残念ながらね』

「そ、それはどういう意味だ⁉」

『ボクたちはマスターの反応を感知したら、マスターにだけ聞こえるように語り掛ける。そして起動キーを発声してもらってマスター登録をするのだけれど、キミはその声を聴いていない。だから、ね』

「ふ、ふざけるな! 私に乗り手の資格がないだと⁉」


 とうとう感情が制御できずに、アルズベックは吠えた。

 アルの言い方には確かにトゲがあるが、問題はそこではない。今まで自分が王機兵の乗り手だと思っていたものを、当の精霊からそうではないと断じられたのだ。言いたくもなる。


「私は王機兵の乗り手だ! 精霊ならば、なんとかできるはずだろう!」

『やれやれ、あれもこれも自分の望み通りでないと怒りだす。子供の癇癪だね』

「アル」


 さすがに見かねてか、流狼がアルの言葉を咎めた。

 アルは少しだけ残念そうに、再び流狼の肩に飛び乗る。


『マスターは本当に優しいなあ』

「で、どうするんだ? アルに精霊を起こさせるのであれば、今のうちにしておくべきだと思うがね」

「却下だ。その精霊が本当に精霊を起こすのか確証が持てない。私怨によって我が国の研究を台無しにするつもりかもしれん」

「ふむ。確かに俺はあんたに私怨がないとは言わないが。まあ、それなら好きにするといいさ」


 流狼も諦めたのか、改めてヤーゴンに視線を向けた。

 話が終わったと判断したようで、ヤーゴンが頷く。


「ではルーリオ様、ルース様、ミリスベリア様。これより神兵とラナヴェル様を封じた場所を開きます。あとは皆様と王機兵様にお任せいたします」






 封印の間と呼ばれた場所に、六体の王機兵が居並ぶ。

 結局、帝国の三名は引き下がらなかった。しっかりと制止したことを天魔大教会の記録に残したうえで、その参加は認められることとなった。ただし、手出しは禁じるとされている。

 流狼は、彼らがその言葉を守らないだろうと思いつつも、アルカシードに搭乗する。フィリアも同乗しているが、どうやら安全な場所で残された陽与と一緒に居たくなかったらしい。

 フィリアを含めた四人は、それぞれの精霊AIの力を借りて、直接操縦席とゲストスペースに転移する。その様子には、直接乗り込もうとしていた帝国の三人が目を見開いていた。


「床が……!」


 どうやら儀式が始まったらしい。

 地面に複雑な紋様が輝き、部屋の中央にぼこりと穴が開く。


『ラナ!』


 反応を見たのか、アルの声が切実に響く。

 程なく、穴の奥から一機の機兵が姿を現した。これがラナヴェルだということだろう。

 光沢を抑えた銀一色の全身は、塗装が剥がれたものか、元々のものか。


『美しいな』

『ああ、こんな色になってしまって。ラナ!』


 どうやら違ったらしい。フィリアが感嘆の息を漏らすのと、アルが悲痛な言葉を上げるのはほぼ同時だった。

 その声が聞こえたのか、ラナヴェルはアルカシードに顔を向けた。


『待たせたわね、アル。随分と薄着ね?』

『いいんだ。ボクの方も色々あってね。何というか、無事で……良かった』


 と、それを追いかけるかのように。何かが穴から這い出してきた。

 その様子を見て最初に思い出したのは、ミリスベリアを送る時に海上で遭遇した魔獣だ。

 触腕のような光沢のない銀色が、ずるずると穴の奥から大量に出てくる。


『なんだ、何なのだこれは⁉』


 うわずった声を上げたのはアルズベックだった。

 本能的な恐怖を思い起こさせる生物だった。

 光沢のない銀一色。生物には見えないそれが、波打つような動きをさせながらずるずると現れ、ラナヴェルを捕まえようと寄ってくる。


「これが神兵か」

『その成れの果て、だね。随分と分解して解析したみたいだね、ラナ』

『ええ。もうこいつには明確な意思も思考も残っていない。あるのは殺意と……食欲かしらね』


 食おうとしては遮られ、壊そうとしては防がれる。

 光の一切差さない空間で、不毛なやりとりを三千年。意識が壊れるのも分かる気がする。


『さて。取り敢えずこいつを処分しましょう。終わった後にデータを共有するのがいいかしらね? あら、ルビィ。随分と頑張ったみたいね』

『そ、そうですね。ラナ、姉様』

『ね、姉様⁉』


 ルビィの何ともしおらしい様子に、ミリスベリアが驚愕の声を上げる。


『フニルも……苦労するわね』

『分かってくれるか』

『どういう意味だ⁉』


 フニルとルースについては、最早言うまい。

 と、巨大な生物――ラナと比べると体積だけで十倍はあるだろうか――が全て中から出てきたようで、穴が閉じられる。程なく地面が揺れた。空洞を土で埋めているらしく、揺れはしばらく続いた。


『さて、それではこいつを処分しましょうか。あら、そこの三機は……』

『乗り手のいない状態さ。戦力外だと考えてくれ』

『そう、分かったわ。ではアルとフニルで動きを防いで、ルビィが撃つのがいいかしらね。アル、アルカシードは本調子じゃないわけね?』

『うん。修理中。リソースはそこそこ余らせているけど、大体修理状況は六割くらいかな』

『なら今のプランでいきましょうか。では――』


 ラナが言葉を切る。機体が揺れた。アルも、ルビィも、フニルですら予測していなかったようだった。

 ラナヴェルに体当たりをするようにぶつかった、エトスライアに。


『うわああああああっ! 死ね化け物ぉぉぉっ!』


 明らかに恐慌状態になっているラトリバード。

 こちらが制止の言葉を上げる前に、ひどくサイズとして不似合いな杖をラナヴェルの胸元に叩きつけた。

 何かが軋るような轟音が響く。


『あぁっ!』

『まずい、浸透衝撃か!』


 ラナが悲鳴を上げる。

 そしてその直後、背後の神兵だったものが突如膨れ上がり、ラナヴェルに触腕を巻き付けはじめる。


『ラナ!?』

『まずいわ。アル、行動熱量の収奪機能を破損。この神兵の動きを停滞させられない!』

「ちっ!」


 流狼の判断は早かった。ラナヴェルの傍まで近づき、エトスライアを突き飛ばす。

 中にいるラトリバードに影響がないように、と思ってのことだったが、そちらに構っている暇はなかった。ラナヴェルに手を伸ばす。


「手を!」

『駄目、間に合わな――』


 刹那、持ち上げられるようにして確保されたラナヴェルが、銀色の中心に飲み込まれる。

 何とか全身は飲み込まれないようにもがいているが、徐々にその姿が沈んでいく。


『お前ら、手を出すなと言ったはずだぞ!』

『う、うう煩い! 我々を侮るな! あの化け物を倒すのだろう! 俺は王機兵の乗り手だ、乗り手なのだ!』

『ならば何故ラナヴェルを撃った!』

『何を言う!? あれが本体なのだろう! 見ろ、背後におぞましい分身をまとっているではないか!』

『あれは王機兵だ、ふざけるなよ!』

『何だって!?』


 フニルの怒号に、ラトリバードが悲鳴を上げている。

 流狼は背後の混乱を聞き流しながら、アルに聞く。


「アル、浸透衝撃は王機兵にも効くのか?」

『普段は効かないよ。でもラナヴェルは、三千年の間あの神兵と攻防を続けた。外装の殆どが摩耗して、神兵の色が移ってるんだ、あの色は。マスターと最初に会った時のアルカシードと同じで、外装がボロボロなんだよ。そこに素体の、大切な部分に浸透衝撃が直撃したんだ。まずい、あのままじゃラナが――』


 アルが慌てている。これ程狼狽した相棒の様子を、流狼は見たことがない。

 ルビィが怒りを押し殺した声をアルに向けた。怒りの矛先はアルにではないが、沸き立つ怒りを制御する方法がないのだろう。


『アル、どうする。ここでラナを失うわけにはいかないよ!?』

『分かっているよ! くっ、ラナ――』

『コアブロック、パージ』


 と、ラナヴェルの胸部が開いた。大きな球体が露出する。


『ラナ!?』

『これから情報を転送するわね、受け取って。アル』

『何をするつもり、姉様!』

『私が囚われていたら、あなたたちはこいつを処分できないでしょう? だから私がするのよ。こいつと一緒に吹き飛んでおしまい』

『駄目だ!』


 ラナの意図を察したのか、アルが鋭く叫んだ。悲痛な、それこそ普段とは違う声。

 アルカシードに乗る流狼も、フィリアも。流れ込むアルの感情に戸惑う。


『ラニーニャ! 自爆なんて駄目だ、君を喪うなんてそんな――』


 だが、ラナヴェルは静かに首を振った。


『私はラナよ、アル。あなたがアルカディオ・ゼクシュタインではないように、私もラニーニャではないの』

『っ!』

『ラナとしての人格も吹き飛んでしまうけれど、これは私たちが最初に決めていたことでしょう? 』


 ラナの言葉に、アルが言葉を飲み込む。


『だってあなたも、私と同じ状況だったら、同じことをするじゃない?』


 ラナの言葉は明快だった。

 だからこそアルは二の句を継げない。


『私が、この怪物がこんなになるまで分解して、解析して、解析して、解析した。神兵の生態に関しての情報よ。これがあれば、アル。できるでしょ』

『うん』

『大丈夫。三千年よ。本当なら、私たちは土に還っているはずだった。だから大丈夫。後はあなたの仕事よ。神兵がやってこないように。計画を進めて――』


 アルがその言葉に応じようとしたところで。流狼は小さく息をついた。

 そして、アルに告げる。


「アル」

『……なんだい、マスター』


 泣きそうな声の相棒。

 こんなアルの声は、聞きたくなかった。


「修理用の資材はある程度貯まっていたはずだよな?」

『うん。あるけど……』

「今使おう。ちょっと大変だが、仕方ないよな」

『マスター?』


 どうやらアルもラナもルビィまでも諦めてしまっているようだが、流狼はそんな会話に付き合うつもりはなかった。


「なに、することはシンプルだ。あの神兵の成れの果てをラナヴェルから引きはがして、ラナヴェルを救う。その方法を達成できるように、機体を修理しろ、アル」

『え』

「出来ないとか言うなよ、アル。お前アルカシードマスターの希望を最大限に尊重する王機兵なんだろう?」

『アルのマスターさん、無茶よ。何を言っているの』


 ラナが、何やら呆然としたような声を上げる。

 だが流狼は心配していなかった。声を発していないが、アルのテンションが急上昇しているのが察せられたからだ。


『分かるかい、ラナ』

『ええ、本当にあなた好みね。無茶なのは本当にアルカディオ以上じゃないかしら』

『そうさ……ボクのマスターは最高なんだ、本当に!』


 アルカシードの操縦席が、輝いた。

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