第三十五話:暗天貫く流星の
アルカシードの全身が輝いている。
流狼は自分の体が発光しているような錯覚を感じながらも、アルの作業を邪魔しないように口を閉ざして事態の進むに任せる。
『第三外装を背面のみ再生。打撃駆動パターンリライト。仕様ロード。魔術紋稼働開始。機体防御フィールド再構築』
生き生きと指示を出していくアル。
ラナがアルの意図に気付いたようで、言い募ってくる。
『駄目よ、アル。その機体が万全でも、成功確率は一割に満たない。まして修理の完了していない、その状態では』
『姉様は黙って! アルはもう決めたんだ、助けるつもりで、助かるつもりで! 少しは足掻きなよ!』
ルビィが怒鳴り返す。アルはラナの言葉に返答する時間も惜しいようだ。
「ラナ。ゼロではないなら、十分だとも」
『アルのマスターさん?』
「流狼だ。そう呼んでくれるかな。そして、計算ではいくら可能性がゼロでも。成し遂げようとする意志ある限り、可能性はゼロにはならない。俺はそういうものだと思っていてね」
『そんな非科学的な』
「魔法の世界に来たんだ、非科学的でいいよ」
『そういう問題じゃ』
ラナの言葉を黙殺し、ラナヴェルとそれを取り込みつつある神兵の様子を見る。
艶のない銀色はのたうちながら、ラナヴェルをその体内に飲み込もうと休みなく暴れている。
と、帝国の三人が騒ぎ立てる声が耳についた。フニルグニルを前に、ぎゃあぎゃあと喚いている。
『何をしているんだ、奴らは!』
に始まり、
『手を出すなとはどういうことだ』
と詰り、
『あの化け物は何だと言うのだ!』
と騒ぐ始末。
挙句、エトスライアはフニルグニルの制止も振り切り、再び神兵への浸透衝撃を敢行する。
『死ね、死ねよ!』
『無様なことを。王機兵が杖などと』
その様子を見てフニルが呻く。
浸透衝撃は効いた様子はないものの、神兵の注意を引いたのは確かだったようだ。
一時的にラナヴェルへの浸食を止めた神兵は、外敵である王機兵に向けてその銀色の腕を無数に伸ばしてきたのである。
『ちっ、つくづく邪魔をする!』
『姉様、今はルルォ様とアルカシードを!』
『そうだね、やるよベリア!』
ルビィが毒づき、ベルフォースの銃が神兵の腕を正確に撃ち抜く。速さ重視らしく、いつも使っているというライフルではなく二丁拳銃だ。
流狼はミリスベリアに護衛を任せつつ、アルの作業の完了を待つ。
『うわっ! うわぁ!』
『言わんことじゃない』
フニルグニルは軽やかに避けるが、エトスライアは神兵の腕に強かに打ち据えられて吹き飛ばされる。
クルツィアとヤイナスカも杖を振るって魔術を行使しているが、神兵の腕は僅かに怯むだけで効果のほどは見えない。
慌てて避けているが、クルツィアに乗るアルズベックは愉快ではないだろう。
『何故だ、グロウィリアの王機兵は怪物を退けることが出来ているというのに! そもそもあの怪物はいったい何だと』
『神兵だ。かつてこの大陸に現れた異世界の生物で、王機兵によって退けられた者たちよ』
『馬鹿な、そんな伝承聞いたことも……くっ!』
『ならば何故王機兵が存在するのだ? 王機兵と神兵は切り離すことのできない存在なのだがな』
いちいちアルズベックの言葉に答えるフニルも律儀というか。
エトスライアが立ち上がる。衝撃を受けて中のシー・グは負傷したようだが、さすがに重王機というだけあって頑丈だ。傷があるようには見えない。
『よし、システムグリーン! 待たせたね、マスター! ラナ! ルビィ! フニル! ミリス!』
『俺は!?』
呼ばれなかったルースが叫ぶが、全員から無視される。
アルは一体どの機能を再生させたのか。流狼もそちらが気になって、正直ルースのことを気にしている余裕はなかった。
『マスター。前のマスターは魔術の適性がなかったって話はしたよね』
「ああ、確かそうだったな」
『残念ながら彼は武術の適性も全くなかった。だから、アルカシードに攻撃パターンのプログラムを行ったんだ。それしか方法がなかったとも言えるね』
「ほう」
『そのシステムを再生させたよ。まあ、前のマスターも結局使わなかったから、これが初お目見えになるんだけど。マニュアルを起動するね』
「頼んだ」
と、モニターに突然壮年の男性が映った。年齢によるものか白みがかった金髪の、なかなかのナイスミドルだ。が、カイゼル髭と言うのだろうか。自慢気にくゆらす髭が致命的に似合っていない。
『え』
『何コレ!?』
『うわぁ!?』
『あ、アルカディオ!?』
アルが言葉を失う。と同時に、どうやら他の王機兵のモニターにも映されたらしく、ルビィやらルースやらが悲鳴を上げる。
流狼も目を円くしていたが、突然その人物が大きな声で笑い出した。
『ふ、ふふわははははは! お初にお目にかかる、アルカシードの新しいパイロット君! 私はアルカディオ、アルカディオ・ゼクシュタイン! 王機兵の設計建造責任者であり、初代アルカシードのパイロットである。よろしくしてくれたまえ』
何やらハイテンションである。
どうやら帝国の王機兵にはこの映像も声も届いていないようで、妙な挙動を見せたルースたちと違い、彼らは今も必死に神兵の攻撃を凌いでいる。
「ゼクシュタイン?」
『オリガと同じ名字か』
取り敢えずハイテンションな部分は置いておくとしつつも、流狼とフィリアが気になったのは名前の方だった。
『私は魔術にも武術にも適性はなかった! なのでアルカシードに武装は施していないのだが、困ったことに素手の格闘術にも適性がなかったのだ! 残念でならない』
高笑いしながらハイテンションに語るアルカディオ氏。とてもではないが残念そうには見えない。
ミリスベリアとルースはひとまず立ち直ったようで、アルカディオの言葉を無視しつつ神兵への対応を再開した。しかしアルを始めとしたAI勢はまだショックから立ち直っていないらしく、無言のままだ。
『という訳でだ。人間では出来ない、兵器なりの機動が出来るようなプログラムとパターンとをアルカシードには登録してある。それを使って、是非ともあの神兵どもとの闘争に勝利して欲しい』
その言葉には、何とも言い難い怒りと憎しみがあった。
当然だ。元居た世界から突然呼び出された理由は、神兵の存在にそこあったのだ。憎みこそすれ、思いやることはないだろう。
『まあ、私の存命期間中は、結局神兵と戦う機会は訪れなかったのだが。あぁ、こちらの映像が流れているということはつまりそういう事なので悪しからず。なので特にテストなどをする機会もなかったので、済まないがパイロット君、その辺りはアルと協力して自前でなんとかしてくれたまえ』
「ちょっとまて」
不穏当な発言に、流狼は映像に口を挟んだ。
このタイミングで責任をこちらに放り投げられても。
『うむ、その気持ちは分かる。だがまあ、アルは優秀だ。この映像が二千年以上後で初めて流されたわけでもない限り、機体に妙なエラーが生じるようなことはないだろうと思う。ぶっつけ本番で人質を持った神兵と戦うなんてことがないことを願うよ』
「どこかで見ていないかあんた!?」
『撮影日時は建造当時だね。ボクもマニュアルがこんな形だなんて思わなかったよマスタァ……』
ひどく疲れ切った口調で、ようやくアルが反応を示した。
流狼は頭を抱えたい気分を抑えつつ、とにかく先まで聞くことにする。
『さて。では手順を説明しよう。まず、マイクをオープンにしてこう叫んでくれたまえ。『アァルカッ、シィィィィィィィィドッ!』と!』
「何でだぁっ!?」
思わず映像にツッコミを入れる。
だが、二千年前の天才科学者はこの発言を予知でもしていたのか、自信たっぷりにカイゼル髭を撫でつけつつ堂々と言い放った。
『それは無論、恰好いいからだな!』
「なあおい、アル! このおっさん絶対どこかで見てるよな!? ちょっと殴らせろマジで」
『ごめんマスター、それは無理だよ』
流狼が悲鳴を上げるが、アルも困惑しつつも画面の右下に意味もなく表示された数値らしきものをピックアップする。
『これ、本当に建造当時の日時』
「……何てこった」
思わず流狼は頭を抱えた。つまり、アルカシードが頭を抱えたわけだが。
『まあ、三割程度は冗談だ。オープンで言うことによって、周囲に居るであろう王機兵以外の機体に、特殊機動を行うことを暗に示すわけだな』
「それでも七割本気なのかよ」
『うむ、やはり巨大なロボットに乗って戦う青少年にとって叫ぶのは様式美ではないかね? 私は機会がなかったので一度これをテストと称して実行しようとして愛する妻のラニーニャに止められた訳だが、アルカシードを継いだキミには是非その様式美を体感して感動に打ち震えて欲しいと思っている』
だから何故昔の映像と会話が成立するのか。このようなところで無駄に天才性を発揮しないで欲しいものだが。
アルカディオ・ゼクシュタインの映像はこちらの様子に頓着するはずもなく、語り続ける。
『今回、アルがチョイスしたのはこれだ。超高速で飛翔し、一点に加速分の衝撃を打ち込み粉砕する機動。私はこれを『暗天貫く流星の拳』と名付けた』
バストアップされた映像が少しだけ引いて、後ろに更にスクリーンらしきものが映る。そこに映っているのは、完全な状態のアルカシードだろうか。第二外装までしかついていないアルカシードと同じものとは思えない。
「え、なんでこんなに違うんだ?」
『あれは全身に第三外装までをしっかりと身に着けた状態だね。第一外装はアルカシードの運動機能を担保する皮膚みたいなもので、第二外装はそれを活かすための補助する服だと思って欲しい。第三外装は、その上から身に着ける、対神兵のための鎧だからね。恰好良いでしょ?』
「ああ、うん。それはそれはとても恰好良いな」
今のアルカシードも恰好良いのだが、正直なところ流狼の好みは圧倒的に第三外装だった。
画面では、背部のスラスターらしき部分から大量の光を放ちながら高速で空中を飛翔し、勢いそのままに拳を目標に叩きつけるアルカシードの機動が解説されている。
『このように、インパクトの際に対象に叩きつけられる衝撃の総量たるや……って、出来ればちゃんと聞いておいて欲しいのだが。これ、結構自慢なのでな』
「聞き流すことまで予測するんじゃねえよ」
そろそろ溜息も出なくなってきた。
アルカディオの説明に最後まで付き合わざるを得ないことを覚悟して、耳を傾ける。
『機動自体はアルによるフレキシブルなサポートによって、相手の攻撃を避けながら加速を続けることが可能だ。攻撃パターンは一定であるが、機動については相手に予測させるような無様なことはするまい』
「頼むぞ、アル」
『背面しか修復出来てないから、かなり揺れると思うけど』
「なに、結果が伴えば構わない」
『さて、手順の話に戻ろう。『暗天』の言葉で機体は使用する行動パターンを認識する。『貫く』で背面スラスターに感応波が収束し、『流星の拳』でスタートだ。拳を叩き込む時には、キミ自身がこの技に感じたイメージを技の名前として叫びたまえ。そうしないと攻撃に移らないからな』
「おいちょっと待てこら」
『私はアルカシードの次のパイロットには、私には出来なかったアルカシードの運用を十分に可能とする者、という条件を定めた。キミなら出来る。アルカシードとアルを導いてくれたまえ』
最後の最後に真摯な表情で言われると、何というかとても断りにくい。
仕方ないか、と諦めたところに、
『あ、ちなみにこの動画、全ての行動パターンで準備されとるのでな』
「データごと消しちまえ、アル!」
何というか、天才というやつはこちらの常識を色々な意味で超越してくるもののようだ。
アルズベックはクルツィアの中で、ままならない状況に歯噛みしていた。
その理由は明白だ。グロウィリアの王機兵に対して、四領連合の王機兵に対して。帝国の三機は明らかに出力が足りていない。
四領連合の獣型の王機兵は、伸ばされる怪生物の腕を避けつつ、爪と牙とでそれらを斬り裂いている。地面を軽やかに駆け回る速度たるや、明らかに通常の機兵が到達できる速度ではない。兄であるイージエルドの言葉を思い出すが、それと比べても性能が異常だ。
グロウィリアの王機兵は、聞いていた通りに火砲を操っている。魔力を砲口から無数に放つが、驚くべきことにひとつの無駄もなく伸ばされた生物の腕を撃ち抜き、それ以上の行動を許していない。
無様なのは自分たちだけだ。伸ばされる腕のひとつすら満足に撃退できず、無様に逃げ惑っている。
龍羅や宗謙たちとともに『王機兵を超える』ものとして建造した機兵たち。その高揚が音を立てて崩れていくのを感じる。
「くっ! 爆裂!」
浸透衝撃は無意味であると理解したアルズベックたちは、使用する魔術を爆発系統の魔術に限定した。爆発の圧力で狙いが逸れるのだ。
王機兵の魔力は潤沢にあるが、それを行使する人間の集中力はそれほど続くものでもない。
そして更に屈辱的なのは、四領連合の王機兵が自分たちを見るからに庇うように動いていること、そしてそれに甘んじなければならないと理解できてしまうことだ。
「くそ! 我らの精霊は何故目覚めない!」
爆発の魔術に雷撃の魔術を時々織り交ぜる。一瞬動きが止まるからだ。
エネスレイクの王機兵の方を見やる。先ほどから奇妙な発光を起こしながら徐々に体の形を変えていて、それでいてグロウィリアの王機兵に守られている。
その様子に心がささくれ立つのは、乗り手が陽与の前の恋人であるからか、あるいは自分たちと違ってグロウィリアの王機兵が信頼を寄せて彼を守り抜いているのが見て取れるからか。
「王機兵とは、これ程のものか!」
過去の最先端機兵だと思っていた。古代機兵は確かに高性能だが、現代の機兵でも決して倒せないものではない。
その延長線上にあるものに過ぎないと、どこかで信じていたのだ。
今の時代に喪われたであろう魔術の深淵。それが極めて精緻に組み込まれていることも理解していた。
だが。アルズベックが見ているものは、そのような言葉では説明しようがない、異質な何かだった。
王機兵とは何か。あるいはアルズベックは、初めてその存在に疑問を抱いたのかもしれない。
「何をするつもりか知らぬが、やるならさっさとやったらどうだ!」
八つ当たりであると自覚しているが、それでも言わずにはいられない。
そして、それを聞いていたわけではないのだろうが、エネスレイクの王機兵の発光が止まり、そして乗り手の大音声が響いた。
『アァァルカッ、シィィィィィィィィドッ!』
「アァァルカッ、シィィィィィィィィドッ!」
半ばやけになって叫ぶと、操縦スペースの至る所が光を放ち始める。
それを知覚できたことで、流狼は意識の一部がアルカシードから切り離されたことに気づいた。
スクリーンには、狙うべき敵の姿が映っている。ラナヴェルの姿も。
『マスター』
「暗天!」
促されて叫べば、浮遊感を覚える。機体がわずかに浮いたようだ。
「貫く!」
『防御フィールド展開!』
背中に感じる、強い熱量。
蓄えられている力の強さを理解する。アルの言葉によれば、防御フィールドが展開されたようだが。
「流星のぉ……拳ッ!」
瞬間、視界に映る全てのものが歪んだ。
「ふざけるな! 何だあれは、何なのだ!?」
アルズベックは、やり場のない怒りと、言いようのない興奮と、その力が決して自分のものにならないであろう悔しさを口に出すしか出来なかった。
エネスレイクの王機兵が空を翔けた。それだけでも恐ろしいことなのだが、その速度が彼の理解を超えていた。
最新鋭である筈の、帝国の飛行型機兵。それよりも速く、より細やかに旋回し、伸ばされる怪生物の腕を軽やかに避ける。
アルズベックは、自身の持ち合わせていた最後の拠り所が木っ端微塵に砕け散るのを自覚しつつ、少年のように心が高鳴るのを抑えられなかった。
欲しい。あの機体が。乗り手が。忠誠など要らない。あの機兵と乗り手が隣で翔けてくれさえすれば、他には何も――
追いきれない程の速さで飛ぶ機兵を必死で目で追いかけながら、喉を鳴らす。
その瞬間、アルズベックの心には他のものは何一つ存在しなかった。
彼の無事を、表で祈っているはずのひとのことさえも。
意識を喪失しかかったのは、ほんの一瞬のことだったようだ。
首を振り、視神経に集中する。高速で流れる景色、揺れる視界。
止めようと襲い来る神兵の腕、腕、腕。その全てをかわし、時に障壁で弾き、加速は続く。
室内はこういった機動を想定されていたのか、広く、そして高い。速さによる圧であったり、旋回によって体が振り回される感覚は全くない。操縦スペースが異空間であるというアルの言葉を理解しつつ、同時にこの速力では実際に乗っていたら確実に体に重大なダメージがあるだろうなと思う。
目まぐるしく変わる周囲に酔いそうになる以外、体に変調がくる要素がないのだ。
『ごめん、マスター! 機動が安定しない、揺れるよね!』
アルの詫び。確かに視界は不定期に揺れるが。
アルカシードの機動は縦横無尽、高低差さえ自在に飛び回る。慣性の法則だか何だかに謝って欲しいところだ。
ともあれ、技の名前を叫ぶことで拳を叩き込むということは、技の名前を叫ばなければ拳は叩き込まれないということでもある。心持ち小声で、アルに聞く。
「アル。この揺れは修復が半端だからか?」
『そうだね。機動と体勢自体は自動なんだけれど、やっぱり万全な時の計算式で作られた機動だから、揺れるたびに速度が落ちるんだ』
「ふむ。体勢の調整だけ、ちょっとマニュアルでやらせてみ」
『え? ……マスターがそういうなら』
瞬間、強い風が当たるような感覚を覚える。障壁を張っているはずだが、そういう感覚は残るのだろうか。
『マスター、防御フィールドは機体に沿っているんだ。だから風が当たる感触までは防げない』
「そうなのか」
『ラナを助けなくちゃいけないからね。その分余計に負荷がかかるんだ、ごめんよマスター』
「いいさ」
動き回ること自体は、アルが何とかしてくれる。体勢の制御だけに集中すればよいと、流狼は瞳を閉じた。機体にかかる圧力を、上手く逃がすように。ほんの少しだけ体の動きをずらす。
『マスター!? これって』
「体の動きを最適化する、それなら俺の方が慣れていると思うんだ、アル」
アルの驚く声。目を開ければ、ほぼ揺れのなくなった視界。
『すごい、すごいよマスター! これなら、これならぁッ!』
「よし、行くぞアル。狙う」
『うん、マスター!』
「ラナ、本当に大事な部分だけを分かるようにしておいてくれ」
『わ、分かりました。ルロウさん』
と、再びラナヴェルが胸部を開いた。その中央に露出した球体がせり出してくる。ラナヴェルはそれを両手にそっと抱え、頭上に持ち上げた。
何かを察したのか、これまでアルカシードを追っていた腕の一部が、ラナヴェルの球体に方向を転換する。
殺到する腕が、光の刃に斬り払われた。フニルグニルの爪だ。さすがに速い。
『邪魔をするなっ!』
「ルースさん!」
『姉様、頑張って! 頼んだよ、アル、ルロウ!』
「ルビィ!」
懲りずに腕を生やし、球体を奪い取ろうとする神兵を撃ち抜くベルフォース。
流狼は大きく息を吸い込んだ。後はもう、狙いを定めて叫ぶだけだ。
「シューティング・スタァァァァァッ!」
アルカシードが急降下する。狙う場所はただ一点。
球体のわずかに下、今しがた球体が出てきた機体の中心点を。
寸分違わず、強烈な右拳が打ち抜こうとして――
「今だ、アルッ!」
拳を引き、勢いを殺すと同時に伸ばした左手が球体を掴む。
『転送!』
球体が視界から消え失せ、ラナヴェルの抜け殻が全ての力を喪失して神兵の中に埋没する。
『成功だ! 今だよ、マスタァァァァァッ!』
「飛猷流古式打撃術、奥義」
『機動パターン『
視界が再び流れる。だが今度は今までのような長時間の加速など必要なかった。
速度に慣れるまでの間、同時にアルカシードで氣を練り上げていたのだ。人の身の限界を容易く超える王機兵ならではの加速に、ようやく意識が慣れてくる。
神兵の周囲をほんの一周、それだけで十分。
「
神兵はようやく取り込んだラナヴェル――良質な餌とでも思っているのか――に注意を完璧に持って行かれたのか、反応すら出来なかった。
あまりの速さに気付くことすら出来なかったのかもしれない。
「
今度は止まらなかった。勢いそのままに右拳を振り抜き、加速に神兵を巻き込む。
地面から根こそぎ剥がされた神兵は、生み出された摩擦に赤熱しつつ、アルカシードの右拳にこれでもかと充填された魔力と錬氣をその身に受ける。
『パターンエンドッ!』
拳をねじ込み、同時に急停止しつつその勢いを全て乗せる。そのまま神兵を斜め上に打ち上げた。
大教会の壁面に激突した神兵は、そのまま無数の飛沫となって砕け散った。
赤熱するほどの熱量のせいか、そのほとんどは地面に落ちる前に蒸発して消える。
「……うぁ、恥ずかし」
最後に残ったのは、壁面に大きく残された巨大な亀裂と、拳を振り抜いた姿で静止するアルカシード、そして。
テンションが落ち着いて、自分の叫んだ内容やらなにやらに赤面しつつ悶絶する流狼だった。
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