第二十一話:餓えた魔獣が
大襲来、あるいは大侵攻。
陸生を備えた海生の巨大魔獣が陸地に上がって人里を襲撃する事。単独での上陸を大襲来、群れでの上陸を大侵攻と呼ぶ。
この際、巨大魔獣の呼び方は大型魔獣であったり大魔獣であったりと一定しないが、指し示す対象は変わらない。
大侵攻は統率された群れではなく、巨大魔獣が海中の魔獣を食い散らした事が原因で住処を追われた小型魔獣が、逃げ場をなくして陸上に逃げたものとする論が一般的だが、どちらにしろ上陸された地方では壊滅的な損害を被るのは避けられないと言えた。
魔獣の行動原理は陸生であろうと海生であろうと一貫している。捕食と繁殖だ。
地上に出向くのは海中で満足な食糧が確保出来なくなったからだというのが通説だ――大襲来・大侵攻の際に大型魔獣が地上の生き物を相手に繁殖に類する行動を取った記録はない――が、その裏付けとなるような大型魔獣の生態は研究されていない。
理由は単純、それどころではないからだ。
海生の大型魔獣の襲来は、国家はおろか大陸の存亡にも関わる。
さて、大陸北西の天魔大教会領は国家ではない。独立した不可侵の機関として存在し、彼ら自身もまた他国の運営に表立って口出しをする権利はない。しかし、大陸国家憲章により、たった二つの事案に対してのみ全ての国家に強制力を持つ命令を出す事を許されていた。
そのうちの一つが、
『大型魔獣出現、襲来における全国家即時停戦命令および撃滅命令』
略して『大魔獣撃滅令』である。
トラヴィート王国に大型魔獣の出現が観測されたの日の出とほぼ同時。
天魔大教会領が大陸全土に非常事態宣言および、撃滅令を発令するまでの時間は、彼ら自身の力で耐えきらなくてはならない。
トラヴィート王国がこれに即応出来る状況――内戦中であった事は幸いだったのか、不幸であったのか。
ともあれ彼らは内戦に収拾をつける暇もなく、国家の存亡を賭けた絶望的な戦闘を開始する事となった。
大動員令発令まではまだ数時間かかるだろう。巨大魔獣の恐怖はまだその外観によるものでしかなかった。
流狼が異常な気配を感じて跳び起きた時、アルもまた察したようで視線を気配の方へと向けていた。
人間とは別種、としか言い表しようのない気配だ。警戒より先に生理的嫌悪感が沸き立つような何かを纏わりつかせ、周囲に放ち続けている。
昨日感じたものよりも強く、よりはっきりと伝わってくる。
「アル」
『マスター、さっき感じたって言っていたのはこれかい? これは大型魔獣特有の反応だよ』
「ひどい気配だ。こんなものを常時垂れ流すものなのか、大型魔獣ってやつは」
『まさかボクより先にマスターが気付くとか。あれ、反応の起点がないな』
何やら混乱した様子で、アルがセンサーを明滅させる。
次にはルビィと交信を始めたのだろう、グロウィリアの方向を向いて何やらぶつぶつと呟き出す。
そして望む答えを得たのだろう、再び気配の方に視線を向け、頭を抱えた。
『なんてこった! これだけの反応を示して、あんなに遠いなんて』
「どうした、アル」
『マスター、落ち着いて聞いて欲しい。この反応を出している魔獣は、この国に現れた訳じゃない』
「はぁ?」
一瞬、アルが冗談でも言っているのだと思った流狼だったが、こちらが納得するまで待つ構えであるらしいその様子に本当であると理解する。
「すると何か? このおぞましい気配を他の国から放っているっていうのか」
『そうなるね。今ルビィに確認を取ったけれど、前代未聞のようだよ。あいつも慌ててた』
「するとグロウィリア公国に現れたのか?」
『いや、別だね。方角も違うだろう?』
「俺には南の方から来る程度しか分からないんだが」
『そりゃ失礼。というか、どうして人間がこの距離で大雑把にでも知覚出来るんだろう……?』
軽く失礼な事を呟いて、アルは空中に画像を投影した。
『大型魔獣が現れたのは、現在内戦中のトラヴィート王国だね。天魔大教会から大襲来の警報が流れ次第、エネスレイクも軍を出す事になると思うよ』
「時間がかかるのか」
『明日まではかからないと思うけど……』
アルが何を言いたいのかは分かっている。先んじて分かったからといって、そして緊急時だからといって他国の領土に機兵を軽々しく侵入させる訳にはいかない。
そこで流狼は違う質問をアルにぶつけた。
「それで、アル。停戦になるという話だったよな? どういう流れなんだ?」
『ええとね。大教会が大襲来の警報を流すと同時に、戦争中の国には無条件での即時停戦と大魔獣撃滅令が布告される。これらはあくまで勧告だけど、即時停戦を行わなかった場合や大魔獣の撃滅に手を貸さなかった場合は、人類および大陸存続を阻害したとして大教会から危険国家認定される。これがキモでね』
「ふむ?」
『危険国家認定された国は、まずあらゆる経済を封鎖される。この時点では停戦勧告は解除されない。およそ一年は動いてはならない事になっているから』
「それも無視したらどうなるんだ?」
『足並みが揃っていなければ魔獣相手に相応の損害が出るからね。周辺の国でまったく手を貸さなかった所っていうのは、今までにもない訳じゃないけど。マスターは帝国が協力しなかった挙句、停戦勧告を無視する可能性があると思っているんだね?』
「そうなったら困るかな、程度にはな」
『そうなったら周辺諸国が全て帝国に宣戦布告をするだろうね。まず最大の問題が、グロウィリアが本気を出すだろうという事さ。あの国が国内に貯め込んでいる戦力は膨大だと思うよ』
何しろ帝国による侵攻のみならず、有史以来あらゆる攻撃をベルフォース単機で乗り切ってきた国だ。浪費されなかった資源を存分に活用している事だろう。
大型魔獣による侵攻は国力を充実させる好機でもある。
停戦期を帝国がどのように使うか。それもまた、大襲来への対応の仕方によって判断する他ないという事か。
『まあ、その辺りを判断するのはディナスとエイジとルナルドーレだよ。まだ日の出からそう時間も経っていないから、まだみんな寝ているんじゃないかな』
「それもそうか。だがこんな気配が漂ってきている環境じゃ、気分良く二度寝なんてわけにはいかなそうだ」
『だからそれを察知できるマスターが大概なんだと思うけれど』
やれやれと呆れたように首を振るアルを置いて、流浪はトレーニング用の服に着替え始めた。
汗を流せば欝々とした気配に悩まされる事もなくなるだろうと信じて。
ひとまず降伏という形を取ったレイアルフは、ダミアを含めた手勢をケオストスに差し出す事となった。
ダミアは十分以上に不服そうではあったが、彼の素性はこの内戦において半ば公表されている。大襲来での助力を断るなどとすれば、彼だけではなく帝国が助力を拒んだと発表される恐れすらあった。
無論、その場合はダミアは帝国に見捨てられる訳だ。積極的に処断されるかもしれない。どちらに向かっても死ぬ未来であれば、大魔獣を討ち果たして生き延びる可能性に賭ける方が建設的だ。
「再編は進んでいるな?」
「急造ですが。何しろあんな魔獣は見た事も聞いた事もありません、まずは一当てしてみなくては」
本陣に戻って来たケオストスは、レイアルフとダミアと共に矢継ぎ早に指示を出し、戻ってきた報告を吟味していた。
「出てきた割に、まだ動いていないのか?」
「あの巨体ですから、あまり動きたがらないのかもしれませんね。過去の大襲来でもたびたびあった現象です」
かなりの遠距離からでも見えたその巨体は、全高にして王城と同程度あった。
海から出てすぐの時点でそうだったので、実際はもっと巨大であると考えられる。
こちらが体勢を整えるのを待っている訳ではないだろうが、不気味ではある。そもそも、どうやって転がって来たのかも分からないのだ。
明るくなってきたお陰で観察もしやすくなったので報告も増えてきたが、より一層生態が分からなくなってきたというのが正しいか。
「まず、あの生物? の外皮は硬質の甲殻のようなものであるとか」
「はい。境目のようなところもあるにはあるようですが、現在は開いてないようですね」
「そもそも何を推進力に転がってきたんだ、奴は?」
「水を吸い込み、噴き出してというのが妥当なところではありますが」
ともあれ、生態の吟味をしていても仕方がないのだ。相手は生物には到底見えないが、逆にあのような不可思議な物体など、この大陸の常識では魔獣以外にはあり得ない。
方針を決めて、排除に動かなくてはならないのだ。
「天魔大教会への連絡は?」
「済ませました! あちらも何らかの魔術で確認を済ませたようで、程なく警報と撃滅令を発令するとの事です!」
「よし。周辺の漁村や都市からの避難は」
「現在進めています。漁村の者はあれが出現してすぐ、自発的に東への避難を開始しておりますので、問題はないでしょう。問題は王都ですね。財産はともかく、あの魔獣に立ち向かおうとする血気に逸る者達が」
「あの巨体では機兵でなくばものの役に立たんと説得しろ。彼らの役割は、あれを撃滅してからが本番なのだ」
「了解です!」
ぱたぱたと走り去る文官を見送ってから、ケオストスはダミアに視線を向けた。
ダミアもこちらの意図を察しているのか、口元を皮肉げに歪めているが自分から何かを言い出すつもりはないようだ。
「帝国は貴官らのみを以てトラヴィートへの援軍であると嘯くつもりだろうかな?」
「さて、上層部の考える事は私には分かりかねますが。『同盟国』の危機に手を尽くさないようであれば、我が祖国も底が知れてしまうでしょうな」
当たり障りのないダミアの発言であるが、ケオストスにしても帝国の兵が堂々と援軍の名目で入り込まれても良い気分はしない。
この手の話は嫌味と皮肉以上の意味を持たないので、ケオストスもそれ以上は口にせずに話題を魔獣の方に戻す。
「撃滅令が出れば、恐らくグロウィリアの王機兵が動く事になるだろう。エネスレイクと違い、この国であれば狙いもつけやすい」
前回の大型魔獣の出現は、エネスレイクの海岸だった。若い日のオルギオが与えられた古代機兵単機で魔獣を討伐し、『白鎧のオルギオ』との異名を得た三十年前の事である。
大騎士、白騎士とも呼ばれるオルギオの英雄譚は、大陸で知らない者はないだろう。ある意味、古代より伝わる王機兵の伝承よりも親しまれている節がある。
大型魔獣に止めを刺すのは騎士の誉れでもある。トラヴィートの機兵乗り達は、自らが伝承の主役にならんと血気盛んに攻撃の下知を待っていた。
「それまでに一当てさせねば、騎士達から突き上げをくらうぞ、兄上」
「分かっているさ。出来れば我々だけで決着をつけたいところだな」
本当に動かない――あるいは動けない――のであれば、このまま相手が餓死するのを見守りたいところではある。正直、その方が被害も負担も少ない。
とは言え、相手がこのまま動かない保証などどこにもないし、下手に時間を置く事で餓えが高じて凶暴化されても厄介なだけだ。
「では、遠距離から魔術で攻撃する形を取ってはどうかと。相手の反応に応じてこちらも対応する余裕が出来るでしょう」
「それが妥当でしょうな。甲殻の分厚さと強度の確認は出来る筈です」
「ならば撃ち込む場所は平原の西端からとする。的は大きいから、問題なく当たるだろう」
「兄上。的が大きいのは確かだが、あまり距離があると減衰して効果が出ないのではないか?」
「そもそも我らの術程度でどれ程の打撃になるかも分からんのだ、レイアルフ。反撃が来た時に体勢を立て直す為にも、少しばかり距離を置いておいた方が無難だと思うが」
「ふむ、それも道理だな。ダミア、そなたの所見はどうか」
「大型魔獣に対して、機兵の魔術斉射のみで撃滅した例は過去にありません。必殺を期すならともかく、相手の行動パターンを把握するには良いのではないでしょうか」
ダミアの発案を軸にして、作戦が組まれていく。
ダミアの方も策略をくゆらせている場合ではないと理解しているようで、ケオストスとレイアルフに対しては慎重を期すように進言してきた。
「ただし、陛下とレイアルフ殿下は離れた場所に居ていただきますが」
「流石にアレを相手に先陣を切る訳にはいかんか」
「待ってくれ兄上。私は出るぞ」
それに応じなかったのはレイアルフだ。勇猛には定評のある彼であるが、まさかこの場でそのような事を言い出すとは。
「何を言うのだレイアルフ。お前が前線に出ては――」
「とは言えどちらも出ないとなると、士気が上がらんだろう」
「ぬう」
どうやら引くつもりはないようだ。現状、処断されるのを待つばかりのレイアルフがこう言っている以上、『死に場所を与えてくれ』と頼まれているに等しい。
そして、ケオストスはその考えに共感できてしまう以上、それを突っぱねる事など出来なかった。
「良いだろう。レイアルフ。お前を前線の指揮官に任ずる」
「兄上?」
「先程まで争っていたとは言え、お前も王族。それ以下の立場には出来んよ。そしてお前が軽々に死ねば、前線で術を放つ人士達をあたら死なせる事になる。その覚悟で励め」
「ぎ、御意!」
「では行こう。民の為にも負ける訳にはいかんぞ」
頭を下げるレイアルフに頷いて、ケオストスは本陣から出る。後から出てきた者達も、それぞれ自機の元へと走り出す。
自機の元へ歩きながら、周囲で準備を進める者達に努めて明るく声をかけた。
「厄介な時に厄介な事が起きたものだが、同じ国の者達を相手にするよりも随分と気が楽だな!」
「陛下! 先鋒はお任せください!」
「わしらの術で討ち果たして見せましょう! 他国の協力など不要ですとも!」
「オルギオ・ザッファに次ぐ英雄の名は、トラヴィートから出してみせます!」
口ぐちに威勢の良い声を上げる騎士達。
「頼もしいぞ! 命を惜しみ、早々に討ち果たせ。そなたらの役目はその後こそが本番である!」
「御意!」
続々と機兵に乗り込む騎士達の間を悠然と歩き、ケオストスは自機ル・カルヴィノの足元へと辿り着く。
前線に出る訳ではないが、騎士達の士気を上げる為にはこういった演出も大事なのだ。
胸部に取りつき、コクピットに乗り込む。
操縦桿の代わりに設置された杖に手を添えれば、古代機兵は起動する。
「行け、勇猛なるトラヴィートの騎士達よ! 魔獣ごときに大切な国土と民とを蹂躙させてはならん!」
『おおおおおっ!』
通信で発した檄は騎士達にそれぞれ伝わり、騎士達の叫びはトラヴィートの大地を揺るがすのだった。
天魔大教会から発された大襲来発生の警報と大魔獣撃滅令。
エネスレイク王国では派遣する部隊の選定に関して、緊急会議が行われている。
隣国であるトラヴィート王国の危機だ。時間との勝負であるのだが、会議は紛糾していた。
「何故、私とエナが待機なのですか、父様!」
「フィリア、お前は
「そ、それは……」
フィリアの機兵は『エネスリリア』と名付けられ、彼女は自身の機兵に慣熟すべく訓練を始めていた。
「エナ殿もだ。お前よりも機兵に慣れているとは言え、慣熟訓練は終わっていない。それに彼女は引き離されているとは言え、王機兵の乗り手なのだ。万が一があってもいけない」
これで何度目かとなるフィリアの発言に、ディナスも折れる様子はない。
そろそろ結論を出さなくてはならないと、ディナスの言葉にも珍しく険が含まれている。
「率いるのはオルギオ、これは決定事項だ。王族の出陣はない」
「しかし! ロウは行くのではないですか!」
「ルウ殿はレフのル・マナーハに勝っているし、海の魔獣とも交戦経験がある。それにルウ殿のアカグマにはいざという場合にも乗り手を転移させるシステムも組み込まれているというのだ、何の問題もない」
「ならば、私の機体にもそのシステムを」
「そうやって自分の身と立場を顧みようとしないから留守居なのだ、馬鹿娘っ!」
とうとう激昂したディナスの言葉に、黙り込むフィリア。
唇を噛む彼女に、その場で口を挟まずに聞いていたルナルドーレが優しく声をかける。
「まあまあ、ディナス様。フィリアの言葉にも理があると思います。フィリアも、今あなたが戦場に出れば、あなたを護る為に命を失う者が出る事を理解なさい」
「それは、分かります。ですが……」
「フィリア、私とディナス様はトラヴィートに向かいますが、行く先は戦場ではありません。そちらに同道しますか」
「おい、ルナ!?」
「ディナス様。頭ごなしでは受け入れられない事もありますよ」
「しかしだな」
尚も渋るディナスだったが、ルナルドーレは構わずに続ける。
「フィリア、どうしますか?」
「それは、大襲来を解決するのに役立ちますか」
「だからこそ行くのです」
「分かりました、ルナ様。同道させていただきます」
フィリアがルナルドーレをまっすぐに見つめて告げる。
頷くルナルドーレに、ディナスは苦虫を噛み潰した表情で暫く考え込んでいたが、ようやく内心に折り合いをつけたようだった。頷いて、フィリアを強く見据える。
「分かったよ。分かった。フィリア、お前も一緒に来なさい。そちらならば命を粗末にする事は万一にもないだろう」
「はい」
「上手くいけば、劇的に死者を減らす事が出来るだろう。自ら体を張るばかりが戦ではない事を、しっかり学ぶと良い」
その言い様には、ルナルドーレだけでなくエイジも苦笑を漏らした。要は末娘のお転婆が心配で堪らないのだ。真面目くさって告げる言葉が何とも言い訳じみている。
ディナスは照れ隠しをするように立ち上がると、遅れた時間を取り戻すかのように声を張り上げた。
「ではこれで決まりとする! 各自、急げ! これよりは時間との勝負だ!」
配置についた機兵達が、それぞれに杖を掲げる。
空間の魔力がそれぞれの杖に吸い寄せられ、その質を整えていく。
選択された術は、氷槍である。無数の氷槍が空中に浮かび、魔獣の体にその穂先を向ける。
氷槍は長大で、機兵を相手にすれば貫通する程の大きさはある。だが、魔獣の巨体に比べてしまえば何とも心もとない小ささでしかない。
『集えぇい!』
レイアルフからの号令がかかり、部隊の指揮官が杖を振るう。
構成された数本の氷槍が寄り集まり、より大きく太い槍に再構成される。
『更に、集ええい!』
今度は指揮官達がそれぞれ杖を傾け合う。再び数本の槍が寄り集まり、巨大な杭のような氷槍が出来上がる。トラヴィートの軍部が協力して作り上げる術としては最大限の氷槍である。
その巨大な氷槍が、空中に十五本。
『狙ええい! よし、放てぇぇぇぇぇッ!』
狙いが定められるのを見回して、レイアルフが叫ぶ。
氷槍を造った機兵達が一斉に杖を振るうと同時、抉り込むような回転をつけながら氷槍が飛翔する。
殆ど同時に、十五本の氷槍は魔獣の外皮を貫いて突き刺さった――ように見えた。
『良し! 重ねて準備を……ん?』
異変にいち早く気づいたのは、次の指示を出そうとしたレイアルフだった。
『いや、退避だ! 来るぞ、総員後退!』
残った氷槍が瞬く間に溶け、その先に傷一つない外皮を確認して。
外皮に当たった氷槍が砕けた様子はなかった。突き刺さる一瞬に氷槍が溶かされた事になる。
レイアルフが指示を出したのと、外皮が不気味に蒼黒く輝くのと、どちらが早かったか。
指示に反応出来た部隊は多くなかった。
指示を出した直後に全力で後退したレイアルフと、その様子に異変を察してすぐに周囲が追従する。
そして目端が利く部隊が下がるが、反応の遅れた部隊のうちの一つが、不運にも魔獣に狙われてしまう事になった。
『なぁッ!?』
レイアルフが絶句する。
城程の大きさを持つ魔獣の体が外皮ごとぐにゃりと縮み、まるで跳ねるように空中に身を躍らせたのである。
その行く先は、杖を構えた機兵の一団。氷槍が突き刺さったと確信し、指示の前に追撃の準備を進めていたいわゆる『血気に逸った』部隊であった。
魔獣が地面にその身を叩きつけた瞬間、比喩ではなく周辺の地面が揺れた。
『うおおっ!?』
そして、その下敷きになった機兵達は断末魔を上げる事すら許されずに、粉々に叩き潰されてしまったのである。
魔獣はしばらくその場に佇んだ後、先程までの静寂は何だったのかと思わせるような荒々しく素早い動きで地面を転がり始めた。
あるいは跳ね飛ばされ、あるいは轢き潰されていく機兵達。反撃らしい反撃など出来る隙もない。
レイアルフが本陣傍まで後退する僅かな間に、逃げ遅れた部隊の五つまでがその暴虐の餌食となってしまったのである。
『こんな、こんな馬鹿な!』
レイアルフは吠えずには居られなかった。
勝つとか負けるとか、討つとか討たれるとか言った次元の話ではないと理解してしまったのだ。
果たしてここにいるどれだけが生き残る事が出来るのか。
操縦桿を持つ手が震えるのが分かる。
『負ける訳には、負ける訳にはいかんのだ』
張り上げたつもりの声は、喉に貼りついてか細く漏れるだけ。
と、その場にとどまった魔獣が、彼らを嘲笑うかのように外皮を蠢かせた。外皮の一部がずれて、ひどく気色の悪い肉色が露わになる。
『何を、何をする気だ』
その肉色に向けて術を放つ事など、レイアルフの頭には浮かびもしなかった。
先程の反撃が頭をよぎったからだ。
その肉色の器官が何に使われるのかも分からず、それを呆然と見守る事しか出来ない。
無慈悲な暴虐は、まだ始まったばかりである。
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