獣王機の章

第十九話:幸いの後に

 お祭り騒ぎは、メインイベントが終わった翌日になっても街中を覆っている。

 ディナス王とルナルドーレ妃の婚儀は、国民に感動と歓喜を与えて終わった。

 王城のバルコニーから顔を出した美男美女のツーショットは、見上げる民衆の羨望と憧憬の視線を独り占めにした。その後から長年連れ添った二人の妻と子供たちが現れると、歓声は最高潮に達した。彼らの円満な様子に安心した国民は、婚儀が終わった後には祝いという名目の宴会に突入する。

 王族の護衛に全力を傾けた軍部の大半は、今度は治安維持に奔走する羽目になったのだった。

 そんな折、流狼は儀式が最後まで問題なく終わった事に安堵しながら、帝国の一団を見送る場に居た。


「……流狼。殿下には必ず確認をしておきます」

「ああ、はいはい。実りある回答である事を願っているよ」


 結局、空気を読んでいない襲撃に完璧に毒気を抜かれたらしく、龍羅はこちらの返答を持ち帰るだけにしたようだ。

 襲撃の後にも一度会ったが、その時に伝えた事実は彼に強いショックを与えたようだ。


「前向きに考えた方が良いぜ、龍羅兄。結局、塞いでいてもいい事はない」

「ありがとう、流狼。でも、僕は」

「帰れないなら帰れないなりに、生きる理由を探すしかないのさ。砂粒ほどの生還の可能性に賭けて、アルの時代に使われた送還陣を使うという手もない訳じゃあない」

「……もしも、彼女をこの世界に招くと言ったら、君達は怒りますか」

『さあね? 多分にエゴイスティックであるとは思うけれど。この世界に生まれ落ちた者は誰も、君の選択を批判する事は出来ないんじゃないかな』

「あの人は龍羅兄が帰らなければ、亡くなるその日まで龍羅兄を待つだろうから。いいんじゃない? きっと何もかも振り捨てて後悔しないよ」

「そう、ですか」


 大きく息を吐く龍羅。表情はだいぶ晴れやかになっている。

 宗謙はその様子に眉根を寄せていた。妹を嫁がせたいと言っていたから、その反応はあまり良いものとは受け取れないのだろう。


「次に会う時も、こうやって平和に話が出来れば良いのですが」

「最悪、戦場で敵味方だな。志半ばとなっても、恨まないでくれよ?」

「葵家は本家越えを悲願にしていますからね。そちらこそ最上級の機兵に乗っている以上、性能差を理由に負け惜しみなんて出来ませんよ」

「こちらに来てまで本家の分家のと下らない事を」

「御本家は分家の執念を知らないからそんな事が言えるのですよ」

「ははは」

「ふふふ」

「君達は……」


 にこやかに殺伐とした会話を楽しむ流狼と龍羅に、宗謙が顔色を悪くする。

 流狼にしてみれば、出稽古に来た龍羅相手に散々叩いた軽口なのだが、よく似た異国の青年である宗謙にしてみれば分家の本家のという気安い会話は少々重苦しい話なのかもしれなかった。


「流狼君。どちらにしろ、エネスレイク王国はいつの日か臣従か降伏かを迫られる事になるだろう」

「その時は陛下の決定に従うさ。本当に国を想うならば、戦わずに済む事が何より大事だ」


 宗謙の言葉にそう返すが、流狼は実際にそういう日が来たとして、ディナスが戦わずに膝を折る事はないだろうと思っていた。

 特に触れてはいないが、アルの言う『稼働している王機兵』の中にのだ。海の魔獣への対策で充実した軍備を持ち、天険によって国土の大半を護られているエネスレイクであれば、勝てないまでも負けない戦をする事は難しくない。

 相手が根負けするまで粘り、国と民の為に大きな譲歩を引き出す。属国となる事で背負う羽目になるだろう税や労役と、戦争で消費される命とを天秤にかける事になるが、ディナスが下した判断を否む者は王国には居ないだろう。

 宗謙はエネスレイクが臣従を迫られる可能性と言ったが、流狼にしてみれば龍羅や陽与の命を奪う覚悟をしなくてはならなくなる可能性でもあった。

 帝国の軍事行動の意義を問うた理由は、そこにもある。ある程度安定した大陸の国家情勢にあって、大陸を制覇しなくてはならない理由などどこにあるのか。あるいは内陸部では貧困や格差、差別などが問題になっていたのかもしれないが。


「志度さん。あんたがあの皇子に魅力を感じて忠誠を誓うのは自由だ。しかし、だからと言って万人が同じ思いを持って従う訳じゃないんだぜ?」

「君の場合、ああいった事件があったから殿下をどうしても良く見られないのは分かる。だがあの方は……」

「忘れていないか? 俺たちはあの皇子の手によって、住み慣れたそれぞれの『元の世界』からここに連れ去られた立場だぞ。俺にはあんたが二心なくあの皇子を主君に据えられる理由が分からない」

「それはだな」

「説明は要らない。あんたはそれを恩義に感じたのかもしれないが、俺はひとつも感じていない。そもそも」


 根底にアルズベックへの忠心がある宗謙の言葉は、流狼には響かない。

 エネスレイク王国に忠義立てして権利を奪われた状態で帝国に属するより、先に帝国に来ておけば相応の権利を与えられる方が得だ。彼がこちらを案じて告げてくれている事が分かるだけに、流狼もまた穏やかに事実のみを口にした。


「アルとアルカシードがもしも俺以外の相手を乗り手に選んでいたら、俺はあの場で殺されていたよ」

「そ、それは――」

「そして、帝国が俺を必要とするのも、俺がアルカシードの乗り手だからだ。アルカシードがなければ、俺という存在を認めるつもりがない」


 溜息をひとつ。

 言ってみてなんだが、現状を振り返れば振り返るほど、自分が帝国に力を貸す理由などないと思えてくる。


「それでもそちらの返答次第では考える事にしてやったんだ。これが俺に出来る最大限の譲歩だと理解しておいて欲しいな」

「流狼、そのくらいにしておいてください」


 龍羅の言葉に肩を竦めて応じ、流狼はそれ以上を口にするのを止めた。

 見れば、宗謙の目からはそれと分かるほどに強い殺意が宿り始めている。

 折角平和裏に話がまとまりつつあるのだ、確かにこれ以上を言って不要な争いを起こす必要もないだろう。


「宗謙さんも。自分で煽っておいてその態度はよくありませんよ」

「……す、済まん」


 宗謙から殺意が霧散する。

 流狼が龍羅を見れば、彼もまた苦笑いを浮かべて軽く頷いてきた。

 互いに語る事は山ほどあるが、今はこれが限度だと察して。


「ではまた。元気で、龍羅兄」

「ええ、流狼も」


 二人が最後という訳ではなかったが、帝国の客人達は次々に用意された馬車に乗りこんでいく。行先は北の天魔大教会領に繋がる転移陣なのだという。

 龍羅が馬車に乗り込むのを確認して、流狼はようやく背を向けた。

 馬車の車輪が軋む音。次々と馬車が走り出す音が聞こえ、ようやく周囲の警戒感が弛緩したのが分かる。

 帝国との関係は中立だが、内心では敵国に等しい。エネスレイク王国の全ての者がそう理解しているのだ。






 天魔大教会領には、大陸じゅうの国家への転移陣が備え付けられていると言われている。

 エネスレイク王国は王都リエネス付近の砦をその中継点としているが、帝国の転移陣は北端に申し訳程度に設置されている。これは他国が大教会領を経由して攻め込んでくる可能性を警戒している為だ。

 大教会領は完全中立を謳い上げ、唯一無二の存在感をもって大陸にその存在感を示している。成立自体はグロウィリア公国よりも後代の事だが、それでも公国ですら大教会領の判断に異を唱えた事はないという。

 帝国は二代前の頃から戦争による領土拡張を行っているが、その方針に対して口を挟まれた事は一度もない。むしろそれが不気味でもあり、帝国の大方針として、大教会領は常に警戒対象となっている。

 宗謙は二度の転移陣での移動を経て、帝国領に入ってからようやく、落ち着いた表情で馬車の座席に寛ぐ事が出来ていた。


「お疲れさん、龍羅君」

「お疲れ様です、宗謙さん」


 アルズベック麾下の同輩が多く乗り込む大型軍用馬車にあって、二人の招かれ人はやはり浮いている。

 ともにアルズベックの腹心である事も理由だろうか。

 だが、周囲が二人を遠巻きにしている中、最後に入って来た男は誰かを探すようなそぶりをした後、宗謙を見留めるとこちらに向かってきた。

 帝都でもエネスレイクでも会った覚えのない人物だ。あちらはどうやらこちらに用があるらしい。龍羅にも面識がないようで、首を傾げている。


「ソウケン・シド様ですね?」

「ああ、そうだが」


 頷くと、馬車が揺れた。彼を最後に動き出したらしい。

 揺れにたたらを踏むように跪いた男は、体を突き出すようにして宗謙の耳元に口を寄せた。


「こちらを」

「そうですか、あなたが」


 渡されたのは、金属製の棒がひとつ。見たこともないような材質で、表面には所々に凹みや出っ張りがある。

 これと似たようなものを、宗謙はもちろん、龍羅もまたよく見知っていた。


「機兵のカギ……?」


 龍羅の呟きの通り、それは機兵の起動時に使うカギであった。

 だが、七色に淡く光る奇妙なその金属については、見たことがなかった。


「王機兵のカギだよ、龍羅君」

「王機兵の!?」

「ええ。城内にも協力者の当てがあったようで、先の婚儀の前後に。ソウケン殿とリューラ殿とは別での動きですね。殿下は懐柔が上手くいかなかった場合に備えて、使えなくする方法をと」

「そうでしたか」

「これでエネスレイクは王機兵に乗れなくなりましょう。その間に我々はこのカギを解析して残り二機の王機兵を運用出来るように」


 機兵運用の根幹が、乗り手の魔力を転写したカギである。古代機兵の頃から使われていたこの技術は、他の者に機兵を奪われないようにする為のセーフティとして有用であったようだ。

 古代機兵や王機兵は一対だけのカギが使われているが、現代運用されている通常規格の機兵は国家や部隊規模で共用出来るカギを使うのが一般的である。

 カギを紛失した結果、使い物にならなくなった古代機兵の逸話も少なくない。


「それで、エネスレイクの協力者はどうなるのです?」

「さて、それは。私どもも王機兵の乗り手の注意を逸らす為に随分と人手を使ってしまいましたから何とも」

「ああ、あの時に」


 先日の色々と台無しだった流狼への襲撃を思い出し、何とも苦い表情を浮かべる宗謙。

 元々はエネスレイクの協力者と共同で彼を拉致、あるいは殺害する計画ではなかったのか。

 と、男は頭を下げて二人から離れようと後ずさった。


「そのカギはソウケン殿から殿下にお渡しください」

「何故です? あなたの手柄なのですから、あなたが渡せば」

「これも殿下のご指示なのですよ。あなた方に功績なくば、新型機兵を渡せないと」

「……我々が聞いたらそう答える事も?」

「ええ、もちろん」


 莞爾と笑みを浮かべた男は、朗らかに答える。


「帝国に勝利を齎す為ならば、私ごときの功績など振り捨てても構いません。お二方、どうか功績を積まれ、殿下の御力になってください」

「承った」


 そのまま馬車の奥に紛れ込む男。まばたきを数度すれば、もうどこに居るのか分からない。

 滅私奉公とはこういう事を言うのだろうか。宗謙はゆるゆると息を吐き出した。


「あのような御仁と殿下の御許で働ける事を、喜ばねばならん。なあ、龍羅君」

「……ええ、そうですね」


 何やら考え込んでいる様子の龍羅だったが、宗謙は特に気にしなかった。

 その胸には、主君への良い土産が出来た事への喜びが満ちていたからだ。






 アルがオリガを助手として組み上げた機兵のお披露目には、フィリア達乗り手の他に、流狼とディナス、ルナルドーレが招かれた。

 淡い光を放っているアルカシードの左右に並ぶ、四体の機兵。

 流狼が聞いていたのはフィリアとサイアーの機体であったので、エナとティモンの二人が同席していた理由が分からなかったのだが、機兵が四体あったことで納得する。

 アルが定位置である流狼の肩の上で、得意げに胸を張る。


『どうだい、マスター! アカグマに優るとも劣らない機兵が出来たよ』

「どの機兵が誰の乗るものなのか教えてくれよ、アル。あのハンマーを持った機兵がエナさんのものだというのは分かるんだけど」


 流狼はそう言ったものの、アルカシードの右隣りに在る機体はフィリアのものだろうなと察しがついた。

 銀一色の機体色に、女性らしさを感じさせる優美な細身の機兵。オルギオの乗るノルレスのように一切の無駄を省いた鋭角さはない。杖ではなく細い槍を腰に差しているのも特徴か。


『そうだね、マスター。まず、あの銀色はフィリアの機兵として建造したのさ。機体のデザインにはオリガがアイデアを出してくれた』

「あの槍は?」

『ボクは杖という名の鈍器を使う機体を造るつもりはなくてね。感応波を収束させて刃を発生させる槍だよ。フィリアの腕次第で長さを伸ばす事も出来るかもね』


 先程から黙りこくっていたフィリアが、ほぅと感嘆の溜息をついた。

 瞳を輝かせて、自分の機体として紹介された機兵に見入っている。


「素晴らしい! 素晴らしいですよアル殿!」


 満面の笑みで歓声を上げているのはディナスだ。

 一方、ルナルドーレは気遣わしげな顔でアルに声をかける。


「アル殿、素晴らしい機体なのは見れば分かりますが、少々派手ではありませんか? これでは」

『そうだね。派手な外見は周囲を鼓舞すると同時に、敵から狙われる原因にもなりかねない。防衛機構についてはある程度しっかり搭載してあるから心配しないで』


 悪目立ちして狙われはしないか、というその疑問に、アルは確かにと頷き返す。


『そもそもフィリアは王族だからね。最前線で戦う事は想定していないよ』

「……え?」


 意外そうな声を上げたのはフィリアだ。

 愕然とした表情でアルの方を見る様子に、当のアルが呆れたように首を振った。


『フィリア、君は騎士団の団長であって部隊の指揮官なのだろう? 最前線で戦うなんてリスクを負ってどうするのさ』

「いや、しかし。アル殿、オルギオは将にも関わらず最前線で戦っておりますが」

『ああいうのと比較するのはどうかと思うよ。オルギオに毒されすぎなんじゃない? 王族なら配下の功績を横取りするような戦果は慎むべきだと思うけど』

「た、確かに。いやでも」


 思い悩み始めるフィリアに、わざわざ溜息をつくような素振りを見せるアル。

 いや、これだけ人間くさい言動をするこの相棒だ、本当に溜息をつくような無駄な機能がついていても不思議ではないが。


『そもそも、最前線はマスターの定位置だよ? フィリアはマスターの邪魔になりたいわけ?』

「い、いえ。十分満足です……」

『よろしい。あの槍はもちろん杖の代わりにもなるから、出陣の折にはマスターの事を援護したり、的確に指示を出したりして上げて欲しいね』

「はい!」


 何かが琴線に触れたのか、再び顔を輝かせて頷くフィリア。

 ルナルドーレもほっとした様子で、それ以上の追及はしてこなかった。


『では、次に行こう。あのハンマーの機体は御明察、エナさんのものだよ。エトスライアの使用感に似せて組んであるから、しっかりと慣れておくといい』

「アル様……ありがとうございます」


 エナの機兵と紹介されたのは、アルカシードと同じほどの大型機兵だった。

 アカグマよりも重厚で丸みを帯びた装甲に、脚部と背部に噴出口のようなものがある。一目でパワーと重装甲が売りというのが分かる機兵だ。アカグマと同様、先陣を切って最前線に吶喊し、暴れまわるのが役割という事だろう。

 アルが口にした重王機エトスライアに姿形まで近いのだろう、エナが瞳に涙を湛えてアルに礼を述べる。


『で、その隣がティモンの機体だね。今回の四機の中だけで言えば、最も性能のバランスが取れていると思うよ』

「ほう!」


 エナの機体とアルカシードと並んでいる所為か、非常に小柄に見える機体だが、実際は普通の機兵と同等の大きさはある。

 暗い緑色を配色した機体で、エトスライア同様元々所有していた短剣を腰に差している。ティモンの顔が喜色を帯びる。


「本来、エトスライアは最前線で戦う格闘型の機兵ですが、全力を出すと広範囲に壊滅的な被害を及ぼしちまうんですよ。なので力を抑えてもらう分、僚機がそのマイナスを埋めるのがエトスリオの騎士団の矜持ってやつでしてね」

『エドワルダは細かい調整が苦手でね。だからこそエトスライアは単機先行突貫型なのだけど、確かに国防には不向きだよねぇ』

「……エドワルダ? エドワルトではなくて?」

『え、あいつまだそっちを名乗っているの?』


 きょとんとした様子のアル。心当たりはあったようで、エナの発言を嘘だとは思わなかったようだ。


『エドワルダは元々女性型の人格だよ。重武装の機体なら男性名の方が良いからってよく分からないことを言ってエドワルトを名乗っていたけど、まだその拘りを捨ててなかったんだなあ』

「ルビィと一緒なんだな」

『本当に、あいつら妙なところで趣味を拗らせているんだよねぇ。おっと、話がずれたね。気を取り直して、ティモンの機体だ』


 美麗なフィリア機や、エトスライアを模したエナ機と比べ、特徴の弱い見た目のティモン機。

 しかし、いやに自信ありげにアルはティモンに説明を始める。


『この機体は傑作だよ。短剣は至近距離での戦闘にしか役立たないけど、普段の戦闘や魔術については通常の杖を使ってもらえば構わない。この機兵にとって重要なのは反応と取回しの良さ、そして機動の精密さと速さだ。中長期的な継戦能力だけで言えば、間違いなく四機の中で最高だと自負しているよ』


 適度に避け、適度に防ぎ、適度に攻め、そして最後まで生き延びる。

 機体の性能を尖らせる事で限定された運用を考慮された先の二機よりも、多くの場面で活躍出来る機体だと言えるだろう。

 ティモンも非常に満足したようで、自分の機体とエナの機体を交互に見ながら何やらうんうんと頷いている。


『さて、最後はサイアーの機体だね。これも凄いよ』

「へ、へぇ? まあ、見た目は凄いね……確かに」


 打って変わって、サイアーの反応は鈍い。流狼もまた、その反応に共感していた。ここまでは特に口出しをして来なかったのだが、流石に申し訳なくてアルに問いかける。


「サイアーが気にするのも分かる気がするな。なんというか、この機体は色々と不穏な印象だ」

『そうだね。随分と趣味的な外観になってしまったのは認める』


 深い青と黒に彩られた装甲。色合いの禍々しさもさる事ながら、額の部分には虹色のレンズが埋め込まれていて、見た目にも異質さが漂う。

 デザイン自体はそこまで奇抜ではないのだが、見ていて何故か不安になってくるのはどういう訳か。アルは流狼の言葉を聞いても自慢げだ。非常に自信を持ってこの機体を建造したのは理解出来た。

 じっと観察してみて、気付く。


「そうか、不自然ではない程度に非対称なのか……」

『意図した訳ではないんだけどね』


 しっかりと見なければ分からない程の違いなのだが、微妙に左右対称ではない。これが何とも言えない不安感・不信感の種だという訳だ。


『装甲表面に特殊な凹凸を連続させているんだ。サイアー。この機体の装甲は周辺の感応波に同調してその姿を通常の視覚では見えなくする力を持っている』

「通常の?」

『君みたいに視覚で感応波を捉える者でもなければ、その姿を見ることが出来ないって事さ。スーデリオンに現れた機体と似たようなコンセプトだね』


 スーデリオンでは夜の闇に紛れた機兵が街を混乱に陥れようとしていた。

 直前に気付かなければ、確かに大惨事になっていた筈だ。

 サイアーが不機嫌を隠そうともせずに口を開く。


「あいつらと似たような事をしろって?」

『いやいや。これは機能のひとつに過ぎない。額にレンズがあるだろう?』

「ああ」

『あのレンズを通じて、離れた場所にこの機体が見ている映像を送る事が出来るんだ』

「なるほど! 高性能な斥候なのか」

『そうさ! ついでに同じ効果を持った剣も用意したから、相手に気付かれずに近づいて破壊する事も可能だよ』


 納得する。これを使えば生存率も上がるし、明快な情報を仕入れた指揮官が戦略や戦術を選択するのに役立つというものだ。


「サイアーの持ち味を最大限に活かせる機兵だという事だな?」

『うん。同じように視覚で感応波を捉える相手だと気付かれる恐れがあるから、更に隠蔽用の装備を造るつもりだけど、機兵本体は完成と言っていいかな』

「ううむ」


 サイアーの表情は晴れない。

 表情から察するに、どうやら正統派の機兵が希望であったようだ。

 しかし我儘を言い出そうとする様子はない。やはりスーデリオンでの経験を経て、彼も少し変わったようだった。


「これは、僕や皆が生き延びる為に最上の機体という判断でいいのかな、アル」

『そうだね。君のスキルと性格を反映してこの機兵を造ったつもりだよ。ボクだってマスターの友人に死んでほしくはないからね』

「そうか。ありがとう、アル。まずは名前を決めて、そこからこいつに慣れていく事にするよ」


 そう言ってサイアーが浮かべた笑顔は、何とも肩の力の抜けたよい笑顔だった。






 王城から少し離れた森の奥に、重犯罪者を投獄する牢獄がある。

 昼でも薄暗い森である。土の下に建設されたこの場所を詳しく知る者は少ない。

 生け捕りにした帝国のスパイ達をこの場所に放り込んでから暫く経って。

 エイジは彼らの前に姿を現したのだった。


「特に暴れたりはしなかったかな?」

「はい、閣下」


 この場所を管理しているのは老境に入った男と、その孫の二人である。

 老人とは言え、エイジの倍くらいの体躯を持つ偉丈夫だ。孫は更に一回り大きい。脱獄を防ぐ為、この場所にはあらゆる魔術を封じるように作られている。

 この技術自体は一般的なもので、どの国でも牢獄にはほぼこの技術が使われている。難点は既に発動した魔術を防ぐ手段がない事で、牢の外から使われれば脆い為、例えば機兵などが相手では役立たない。


「さて、私は君達を尋問するつもりはないんだ」


 エイジはひどく明るい顔で囚人達の前に立った。

 見上げてくる視線を感じながら、口許を緩めたまま冷たい目で彼らを見返す。


「君達に絶望を与えに来た」


 その言葉に、背後で男と孫が動き出す。拷問、ないし処刑用の道具を用立てようとでもしているのだろう。


「ああ、今日はそちらの道具を使う予定はないよ。心配しないでくれ」

「左様ですか」

「うん。私は言葉だけをもって彼らに絶望を与えるつもりなのだよ」

「ははあ……?」


 何ともよく分かっていない様子の二人を視線だけで制し、エイジは再び顔を牢に戻す。


「君達がクフォン・ユギヌヌに王機兵のカギを盗み出させた事は知っている」


 城内で厳重に管理していたカギを盗み出したのが、クフォンである事はすぐに知れた。

 既に城内で秘密裏に身柄を拘束されている。

 尋問も終わっている。いつ誰にカギを渡したかまで、少し暴力を仄めかしただけでぺらぺらと話してくれたので手間は省けた。

 渡した相手と目される男に視線を合わせながら、話を続ける。


「王機兵のカギは既に他国に渡ってしまったようだ。そういう意味では君達は我々を出し抜き、今その牢の中で満ち足りた気分で処分を待っていることと思う」

「その通りだ。拷問もない、尋問もない。いつくるかと思っていたよ」


 嘲るように言い放つ男に軽く応じ、


「ところで、これは何だと思う?」


 懐から七色に輝くカギを取り出す。

 男の目が驚愕に見開かれた。


「ああ、心配しなくとも。これは君が持ち去ったものではないよ」

「どういう事だ」

「このカギは、王機兵を為に使うものだそうだよ。乗り手が居ない時にやむなく王機兵に搭乗する権利を持たない人物を乗せる時にね」


 アルの話によれば、乗り手が亡くなって不在となった場合に王機兵を別の場所に運ぶ時などに使う緊急回避用のカギに過ぎず、これを常用しているのであれば王機兵は著しく機能を制限されてしまっているのだという。


「そして、アル殿が居ればこの通り、複製も簡単なのだよ」


 今度はポケットに手を入れ、七色に輝く鍵束を取り出すに至り、男の顔が真っ青になる。


「このカギをありがたがる国があるとすれば、カギで王機兵を運用している国という事になる。渡した先も分かったし、ルウ殿とアル殿が居る限りこのカギでアルカシードは動かないそうだ」

「う、あ」


 男が頭を抱え、蹲る。

 その様子を見た周囲もまた、顔色を悪くしていく。


「理解したようだね。君達はアル殿と私の誘導に見事に引っかかり、何の意味もないアイテムを大事に手渡した挙句、それを伝える事も出来ずにここで朽ちていく事になる訳だ」

「嘘だ……! 意味はある、ある筈だ……!」

「長い時間をかけて、大事にこの国に根付かせた組織だったんだろう? その組織と引き換えにする程の、意味が今回の行動にあったのであれば」


 エイジは最後の言葉を投げかけた。


「我々は何の痛手も感じていないから、どちらにとっても素晴らしい結果だったのだろうね?」

「あああああああああああああああああああああッ!」


 悲鳴を上げて鉄格子に縋りつく男。

 がしゃりと金具が悲鳴を上げるが、男は血走った目で叫んだ。


「畜生! 嫌だ! 死にたくない!」


 背後では全ての気力を無くしたように天井を仰ぐ者、ぶつぶつと呟き出す者、こちらに跪いて命乞いを始める者と様々だ。


「俺達は意味があると思っていたのに! こんな! 何もかもと引き換えにする価値があると信じたのに!」

「ふむ?」

「なんの意味もなく死ぬのは嫌だ! 助けてくれ! 忠誠を誓う! エネスレイク王国の為に死ぬと誓いますからあああッ!」

「そうだなあ」


 たっぷりと考える素振りを見せてから、エイジは首を横に振った。


「間に合っているから、いらない」

「貴様ぁぁぁぁっ!」


 血涙すら流す男を冷たく一瞥し、悠然とエイジは背を向けた。

 憧憬の眼差しで見てくる老人と孫に、頷く。


「尋問を開始しなさい。もう何でも喋るでしょう」

「……承りました」


 二人の目に嗜虐的な感情が灯る。

 エイジはそのまま牢獄を後にした。

 次にあの場所を訪れた時、果たして囚人は何人まで減っているだろうか。

 そんな益体もない疑問がふと頭を過ぎり、意味がないなとすぐに忘れた。

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