第十三話:ベルフォースの乗り手に

 何故ここに居るのか。

 国防の要ではなかったのか。帝国の軍勢はどうしたのか。

 流狼は次々と浮かぶ疑問を押し流して、頭を下げた。まずは挨拶だ。


「飛猷流狼です。初めまして」

「ミリスベリア・グロウィリアです。はじめまして、ル、ルルォ様?」

「その呼び方で結構ですよ。どうやら俺の名前は、皆さん発音が難しいようで」

「……では、恥ずかしながらそのように」


 豊かな金髪を編み込んだ、フィリアとは方向性の違う絶世の美女である。

 叔母と姪であるだけあって、二人ともよく似ている。ルナルドーレの方は、何とも油断がならないが……などと考えていると。


『一体どうやってボクのセンサーを掻い潜ってきたんだい、ルビィ』

『はん、気配を消すのは狩人の基本だよ。旧来のセンサー様に頼り過ぎなんだよ、あんたは』


 王機兵のAIとして再会したアルとルビィは最初から随分と喧嘩腰の様子で。

 二機はお互いのマスターから下りて、至近距離で睨み合っている。


『旧来のセンサーだって?』

『そうさ。永い間を寝て過ごしたあんたと違って、私は二千七百周期以上を稼働しているんだ。あんたの知覚をごまかす程度の芸当、出来て当然だろう』

『二千七百周期の間も、彼女たちに『お姉様』と呼ばせていたのか。まったく成長していないじゃないか』


 アルが辛辣な口ぶりなのはそれ程珍しい事ではなかったが、言い合う内容の割に剣呑な様子はない。

 それは喧嘩友達とじゃれ合っているような雰囲気で。


「……姉様も久々の再会だからか、上機嫌ですねえ」

「あ、やっぱり」


 ともあれ、これでは話が進まない。

 流狼は背後からアルを掴み上げて、自分の肩に強引に座らせた。


「話は後だ、アル。今日の主役は俺達じゃない」

『む。……そうだったね、ごめんよマスター』


 矛を納めたアルに、今度はルビィが驚いた様子だった。


『ルロウって言ったっけ。……あんた凄いな、その気難しい男アルに有無を言わせないとか、初めて見たよ』

「そうかな? 少々口が悪いだけで素直な奴だけど」

『かかっ! そうかいそうかい、ラナの奴と同じ事を言いやがる』

『……ルビィ』

『ああ、確かに今日の主役は私達じゃない。ルナ、今日はあんたの日だ、すまないね』


 今度こそ剣呑な声を上げるアルの相手をせずに、ルビィはルナルドーレの後ろに下がった。

 ラナとは自分の前の乗り手だろうか。流狼はアルの剣幕に何となくそれを確認する事が出来ず、ひとまずフィリアに場を任せる。


「ありがとうございます、お姉様。さて、フィリアさん。私はここから貴女の乗ってきた船に移れば良いのかしら」

「いえ、ルナルドーレ様。特にこちらの船が急ぎでお戻りという事情もないのでしたら、私どもの船は併走させますのでこちらでお寛ぎください。あと、私は義理とはいえ娘に当たります。どうぞフィリアと呼び捨てに」

「ありがとう、フィリア。ところで、私は貴女ともっとお話をしたいわ。幸い船室に余裕がありますから、エネスレイクまでこちらに乗ってらして」

「ええ、喜んで」


 素直に頷くフィリアに一瞬だけルナルドーレは驚いたように目を見開いたが、次の瞬間には満面の笑みを浮かべた。


「ああ、貴女は本当にディナス様に似ているのね。私の事は……今は母とは呼びにくいでしょうから、ルナと呼んでちょうだいね」

「はい、ルナ様」


 どうやらルナルドーレの試しに、フィリアは合格したようだった。いや、フィリア本人には試された自覚すらないのだろうが。

 と、ルナルドーレが今度はこちらに視線を向けてきた。今度はこちらを試す存念であるらしい。


「それで、ルロウ様。貴方はどのようなお役目でこちらに?」

「俺はフィリアさんの近衛ですので」

「あら、王機兵の乗り手なのに?」

「それはどういう意味です?」

「気に障ったならごめんなさいね。王機兵はまさに機兵の王。千の敵を討ち、古の神兵にも優る最強の兵器です。それを持つ者であれば、私は皆が皆王の座を狙うものとばかり」

「そんな大層なものですかね? アルもそう言えばそんな事を言っていたような」


 ルナルドーレの言葉をいまいち信用できない流狼がそうぼやけば、肩に座るアルが抗議の声を上げる。


『だから言っているじゃないかマスター。アルカシードは機能劣化が問題なだけで、修理が済めば最強の機兵だって』

「だってお前、あのポンコツ具合を見たらなあ……」

『ひどい! それでも帝国の機兵を一蹴しただろ!?』

「高性能な機兵なのは否定しないよ。ただ、いちいち大袈裟に聞こえるってだけで」

『ぐぬぅ……。マスターに一度しっかりアルカシードの凄さを教えてあげないといけないな』

『アル、面白いなあんたのマスター』


 けらけらと笑うルビィ。

 と、ルナルドーレに返答していなかった事を思い出し、視線をアルの方から戻す。


「うちの流派には、こういう教えがありまして。『力を振りかざしたいと願うのは、自らが力を持っていると確信出来ていない者だけ。自らに力があると知悉している者は、あたら力を振りかざそうとは思わない』と」

「貴方はそういう人間だ、と?」

「そうありたい、と行動の指針にしています。特にアルもアルカシードも、偶然適性があったから手に入れただけの力ですから。とは言え、こいつらのお陰で十分に厚遇してもらっています。俺にはこれで十分」

「欲がないのですね?」

「アルからも元の世界に戻る手段はないと言われてしまいましたからね。この世界で生きると決めた以上、この世界の法に則って生きるだけです」


 それに、今更すべてを放棄するには、流狼はこの世界の人々と関わり過ぎた。

 既に最大の願いが願いの体を為していないのだ。陽与の事はまだ割り切れてはいないが、彼女が王子の妃として幸せに過ごせていればそれで良いとも思えるようになってきている。

 慌ただしく進む毎日に、彼女や龍羅の事を思い返す時間が減ってきたことも理由かもしれない。


「……そうですか。一応の及第点というところですかね」

「それは良かった」


 人を食ったような笑みを浮かべるルナルドーレに、こちらも挑発的な笑みで返す。


「良かった? あくまで一応、ですよ?」

「ええ。一応あなたも俺の主君筋という事になりますので。一応でも及第点を貰えたのであれば上々でしょう」

「ぶ、無礼ではありませんかルルォ様!」

「……なるほど。情報提供に感謝します、ルロウ様」

「大姉様!?」


 こちらの無礼な物言いに先に噛みついてきたのはミリスベリアの方だった。

 だが、ルナルドーレはこちらの物言いに何かを感じ取ったようで、苦笑を浮かべて後ろの姪に首を振った。


「ミリス、ルロウ様に言われたのは私ですよ。貴女が怒ってどうしますか」

「で、ですが大姉様」

「ルロウ様に先に無礼を働いたのは私です。失礼しました、ルロウ様。どうやらエネスレイクでも私は女狐と厭われているようですね?」

「そ、そんな事は」

「ええ。特にオっさ……オルギオ殿は顕著ですね。トラヴィート王国へのやり口が気に入らなかったようで」


 慌てて否定しようとするフィリアに構わず、流狼はその言葉を肯定した。


「ロウ! 何て事を言うんだ」

「事実は事実として知っておきたい、と仰っているんだよ。ルナルドーレ様は」

「ええ、その通りです。ミリス、フィリア、その姿勢は減点ですよ。そしてルロウ様、先程の評価を取り消します。貴方はフィリアの近衛として、王機兵の乗り手として、十分以上に合格です」

「それはどうも」

「だから、ルルォ様、それは無礼だと」

『はいはい、静かに静かに。ベリア、あんたも少しルロウを見習って冷静さを身につけないと駄目だよ』

「姉様まで!?」


 がやがやと収拾がつかなくなってきた。

 流狼がフィリアに目配せすると、状況についていけなかった彼女も察したようで、ルナルドーレに声をかけた。


「ルナ様。潮風にあまり当たり過ぎてもよくありませんし、そろそろ船室に入りませんか?」

「ふふ、そうね。ではこの場は一旦お開きとしましょうか。ルロウ様、色々と失礼を申しました」

「お気になさらず。それではフィリアさん、俺は船に戻っている。アルは残していくので、何かあったらアルに伝えてくれ」

『え、マスター?』

「何故だ? ロウもこちらに残れば良いではないか」


 疑問符を浮かべる二人。意味合いがそれぞれ違うが、流狼はそれぞれに首を振って答えた。


「アル。久しぶりの再会だ。積もる話もあるだろう? フィリアさん、こちらの主賓は二人とも麗しい女性だ。男、しかも他国者の俺が同じ船室に入れば無用な反発を生むだろう?」

「ふむ? 言われてみればそういうものかもしれん。私も配慮が足りなかったな」

「船に戻ったらユコさんをこちらに向かわせるよ。それでいいね?」

「ああ、頼む」

「では、皆さん失礼します」


 アルを下ろし、一度大きく頭を下げて。

 流狼はグロウィリアの艦を後にするのだった。






 レオス帝国はその凶報を受けてひどく慌てふためいた。

 エネスレイク国王と、グロウィリアの女狐の婚姻。

 グロウィリア公国は不倶戴天の大敵であるし、その女狐と言えば二十年前に帝都ダイナを遷都させる直接の原因となった人物である。

 帝国の覇業はこれだけで十年の遅れを余儀なくされ、その間にタウラント大鉱床を抱えるタウラント鉱山都市が都市国家ラポルド――現在はリーングリーン・ザイン四領連合に合流しようとしているが――に奪回されるなどの不幸が続いた。

 少なくともイージエルドが前線から呼び戻され、緊急会議が開かれる程の大事件であるのは確かだった。

 アルズベックは青ざめた父、皇帝リンコルドの表情を痛ましく見つめていた。


「ですから! これはエネスレイクの明確な敵対意志の表明でしょう!」

「いや、そうではあるまい。わざわざそのような迂遠な方法を取る意味がない」

「ですが!」

「精々が警告であろう。エネスレイクとトラヴィートに不和を生じさせようとした策が見破られていたと見るべきで、我々への不信感を強めたといった所ではないかね」


 怒声にも似た白熱した会議は、エネスレイクへの対応とその先だ。

 タウラント大鉱床が国内にない今、エネスレイク王国の持つ鉱産資源を輸入せねば戦線を維持出来ないのは明白なのだ。

 不用意にそこを突けば、資源の輸出を止める、或いは値上げに踏み切る恐れがあった。

 エネスレイク王国が資源の値を吊り上げてくれば帝国の経済は遠からず逼迫する。


「それよりもまずはタウラントだよ。イージエルド殿下が四領連合を受け止めて下さっているというのに、卿らは何をしているのか」

「タウラントの周辺地理をご理解の上でそのような事を仰るか! 縦横に掘り進められた山間のトンネルは、機兵では通れないのですぞ!」

「……直通のトンネルの開通はいつ適う」


 話題がタウラントの方に進み、リンコルドが疲れた顔で口を開いた。


「は、陛下。新たなトンネルは作業機兵を使って進めておりますが、いかんせん敵の妨害が厳しく」

「まだかかるか」

「申し訳ございません。損耗を抑えるのが精一杯で」

「良い。継続してかかれ。……アルズベック」

「はい、父上。飛行する機兵の開発の件ですね」

「うむ。進捗はどうか」

「機兵としての汎用性には欠けますが、此度の『招かれ人』の中に面白い観点を持っている者が複数ありまして。飛んで空中から爆発の術を投げ落とすだけの機兵ならば遠からず数を揃える事は可能かと」

「ほう、良い報せだ。量産出来ればタウラントのみならず、エネスレイクも直接攻撃する事が出来るか」

「御意」


 皇帝が既にエネスレイクを攻撃対象として考えている事に驚く者はない。帝国の国是とは大陸の武力統一だからだ。今は友好国であろうとも、いつかは併呑しなくてはならない。

 今度はイージエルドの方を向き、問う。


「イージエルド。四領連合はどうか」

「崩れませんな。背後に王機兵が在るという噂にいささか信憑性を感じるようになってきましたよ」


 頭を掻きながら、からりとイージエルドが答える。

 

「あの四領が結ぶなど、我が国の圧程度ではあり得ん事だ。おそらくその通りなのであろうな。……ラポルドがタウラントを土産に四領連合に合流しようとしているようだが……」

「当面は受けないでしょう。戦力の分散に繋がりますし、なによりラポルドの衆愚議会はまだ自分達を高く売りつけられると思っているようですし」

「タウラント大鉱床があれば、四領……いや、五領連合で確固たる地位が確保出来るか。つくづく度し難いものだな」


 つられるように笑みを零すリンコルド。彼の中で方針が定まったという事だ。

 周囲を睥睨し、告げる。


「タウラント大鉱床を最優先攻略目標とする。エネスレイクに対しては当面は友好国として接せよ。婚儀に声がかかればアルズベック、そちが人員を選別するのだ」

「奴らが招待してきましょうか」

「なければ敵対意志の証明ともなろう」


 現時点ではエネスレイクが敵対したとしても、すぐに戦えなくなる程には帝国の機兵は損耗していない。 

 エネスレイクの意図が帝国の経済力を低下させる点にある事は自明の理だが、今回の婚儀を理由に敵対するには、あまりに対応が中途半端である。帝国の国力にはまだ十分な余裕があるからだ。

 両国の間には天険があり、互いに攻めにくく護り易い。

 アルズベックはエネスレイク・トラヴィート方面の責任者としてこれから細やかな対応が必要になる事を自覚していた。

 帝国が大陸の覇権を握るには、為すべき事は山積しているのだ。






 グロウィリア公国から遣わされた大型艦ヘレニセーラ二世号は、二世代前の旗艦である。

 少々老朽化したとは言え、海の魔獣を相手にも十分以上に戦えると自信を持って送り出されたこの艦には、三十もの機兵を搭載し、魔術師も多数乗り込んでいる。

 商船の護衛などには間違っても使われる事はないが、今回の護衛対象は大公の妹であるルナルドーレと王機兵の乗り手であるミリスベリアだ。万が一にも間違いがあってはいけないと、ソルナート大公が自ら選んだのである。


『それで、何で君達が来られるんだ? 帝国との最前線に居たと聞いているけど』

『まさか毎日毎晩、この娘達に銃を構えていなさいなんて言えないわよ。随分前から自動狙撃機構を用意しているわ。私が管制するだけならここからでも出来るしね』


 ならばミリスベリアが乗る必要がないのではないか、と言うつもりはアルにはなかった。

 王機兵は神兵を討つ為の機兵だ。本来の相手と戦う時にはどうしても『人間の力』が必要となる。

 王機兵の精霊AIである彼らはその点を過たない。

 ルビィはドアの向こう――今頃はフィリアと談笑しているであろうミリスベリアとルナルドーレ――を見やる。


『……あの娘達には申し訳ないと思うわ』

『ルビィ』


 姉と呼ばせているのは伊達ではなく、彼女が歴代の乗り手達を慈しんでいるのはその様子からもよく分かった。

 微笑ましい様子であったが、アルは確認すべき事を優先した。 


『それで、一体何の用だい? 君がまさかマスターに会いたいとかルナルドーレを護衛する為だけにここに来るとは考えにくい』

『まったく、その可愛げのない所。どうしてラナにしてもあんたのマスターにしても素直だとか言うのかしらね』

『……そんな事はいいから』

『二十年前になるわ。ルナが当時の帝国の都を狙撃したのは』

『その事件の事は聞いたよ』

『撃たせたのは私。帝国の足を止める為って大義名分があったから問題は起きなかったけれど』

『別の理由が?』

『波動を感知したのよ』


 その言葉だけで、アルは事態を理解した。

 勢いのままに問い返そうとして、それに意味がない事を思い出す。


『君が取り違える筈はないね』

『ええ。私達の懸念は正しかったという事よ』


 それは彼らがこの世界に生み出された理由。

 そして今なお稼働を続ける意味でもある。


『反応は一瞬だったから狙い撃ちできた自信はないわ。『教会』も動かなかった。だけど間違いなく帝国に一体居た事は確かよ』

『成程。フニルには?』

『残念ながら国交はないから何とも。でもあいつもそれ以上前から稼働している反応はあるから、気付いた可能性は高いわ』


 王機兵は乗り手が居なければ十全な性能を発揮しない。

 乗り手のいない王機兵は冬眠状態となり、新たに適性のある者を乗り手と登録する事で再稼働を果たす。


『何にしても、三体が稼働状態になっているなら十分ね。特にアル、あんたが目覚めてくれたのは幸運だった』

『そうだね。それにしても二千七百年ぶりの反応か。マスターがこの時代に現れたのも何かの導きかもしれないね』

『神を否定した私達が言っていい言葉じゃないわね』

『違いない』


 らしくない、と肩を竦めながら。


『神兵の波動か。……あの時の懸念が確かだった事を喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか……』







 心配された海の魔獣の襲来もなく、この五日間は至極順調な航海だった。

 三十年前にエネスレイクに襲来して以後、大陸に大型魔獣が襲来した例はない。平均的な周期としてはまだ少し余裕があるようだが、短い周期の時には二十九年という記録があるから安心してばかりもいられない。

 だからこその護衛艦だった訳だが、少なくともルナルドーレを護衛する役目は恙なく終える事が出来た訳だ。


「ルナ!」

「ディ、ディナス様!?」


 港で待っていたディナスに、船から降りたばかりのルナルドーレがひどく動揺している。

 顔を真っ赤に染めて、彼の抱擁を避けようとするのだ。


「ディナス様、まだ私は汚れも落としておりません。……恥ずかしいです」

「む、それは不作法だったな。済まない」

「ふふ、やはりフィリアは貴方の娘なのですね」


 柔らかい笑みを浮かべる彼女の様子は、とても女狐と呼ばれた女のものではなかった。

 流狼は少し離れた場所で二人の様子を眺めながら、小さく笑みを浮かべる。

 彼女は少なくとも、ディナスやフィリアの敵になる事はないだろうと確信出来たからだ。

 いつの間にか降りて来ていたアルが、定位置である流狼の肩によじ登る。


『やあマスター、五日ぶり』

「ああ。旧交を温められたか?」

『まあね。ありがとうマスター』

「フィリアさん達は?」

『そろそろ降りてくると思うよ』


 と、こちらに気付いたらしいルナルドーレがディナスと一緒に向かってくる。


「ルウ殿、アル殿。この度も世話になったな」

「いえ。陛下のお役に立てて何よりです」

「何だ、いつものように話してくれて構わんぞ。フィリアからも言われているだろう?」

「いや、しかし」


 口ごもるが、ディナスの態度は変わりそうにない。にこりともせず、不機嫌そうに眉を寄せている。

 少し前のフィリアも同じような頑固さだったなと諦めて、頷く。


「……分かりました。ディナス様、これでいいですか?」

「うむ。感謝する」

「ルロウ様のお気持ちも分かります。示しがつかないという事ですね?」

「ええ」

「大丈夫。王機兵の乗り手であれば、その態度は誰からも許されます」


 と、ディナスの少しだけ風下を確保しているルナルドーレが言う。


「流石に礼節の欠片もない態度では褒められたものではありませんが、ルロウ様くらいの態度ならば十分です」

「はあ、そうですか」


 どちらかと言うとこちらの気分の問題なのだが、最早どのように言っても聞き入れてはもらえないだろう。

 フィリアについても少しずつ違和感なく直していこうと思っていたのだが、その暇も与えてはもらえなかった訳だ。

 参ったな、とそちらに意識を向けていた流狼に、ルナルドーレが続ける。


「ところで、ルロウ様。折り入ってお願いがあるのですが」

「はい?」

「ルロウ様はこの国の国民として受け入れられたのですよね?」

「ええ、その筈ですが」

「それで、まだ独身でいらっしゃる」

「はい。十六ですから、まあ」


 何を言いたいのかよく分からないな、としか思っていない流狼である。

 この時点で言葉遣いの方に意識を割いてしまっていた彼は、ルナルドーレの爆弾発言に対する反応が遅れた。


「ではミリスベリアを第一から第三夫人のいずれでも良いので、迎え入れてはいただけませんかしら?」

「はぁ。……はい?」


 我ながら間抜けな反応をしたな、と思いながらも言われた言葉の意味を反芻する。


「あら、こんなに簡単に受け入れていただけるなんて」


 邪気のない――このタイミングではそれが何より恐ろしい――ルナルドーレの笑顔に、反論する前に。


「な、なな……何だってえええええええええ!?」


 いつの間にか近くに来ていて、真っ青な顔で絶叫するフィリアと。


「ちょ、お、大姉様!?」


 逆に顔を真っ赤にしてルナルドーレに食って掛かるミリスベリアと。


『とは言え戦争が終わるか、ベリアがベルフォースを降りてからじゃないと駄目だねえ』


 面白がるルビィと。


「それはいいな。ルナ、君との婚儀の後に二人の婚約の儀でも開くとしようか」


 何を考えてか完全に前向きなディナスの。


『マスター、迂闊だよ……』


 四者四様の反応に圧されて言葉を失う流狼に、アルの悟ったような憐れみの言葉が突き刺さるのだった。

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