第十二話:女狐の嫁入りと

 トラヴィート王国の内戦には、エネスレイクは関与しない事に決まった。

 オルギオの報告から判断された。これ以上他国からの干渉があれば、ケオストスが本当に傀儡の王であると喧伝する根拠になってしまうとの判断からだ。

 ケオストスもまた、オルギオと流狼を寄越してくれた感謝とともに、通信で助力が無用であると申し出てきた。問題の根幹を考えれば無理もない。

 流狼はオルギオから事のあらましを聞いてはいたのだが、改めてフィリアから顛末を説明されて少しばかり陰鬱な気分になってしまった。


「そうかぁ……」

「どうした? ロウ。やはりエネスレイクは最後まで関わるべきだったと思うか? そなたの尽力もあったと言うし」

「いや、尽力もなにも。オっさんにさせるべきじゃないと思ったから出しゃばっただけ」


 それに、エネスレイクが関与したからと言って得るものは少ない。後見しているケオストスが不要というところに手を出せば今度は彼との間に不和を起こしかねない。

 流狼の気が重くなったのは、結局身内と命を懸けて争うというのを止める事が出来なかったという一点に尽きる。


「俺の世界にも兄弟が権力を巡って争った話は山ほどあるから、今回の件が特別ではないことくらい分かっているんだ。でもなあ」

「ロウにも兄弟が?」

「弟が居るよ。俺がこちらの世界に来た以上、道場じっかを継ぐのはあいつになるだろうね」


 元の世界の事がふと懐かしくなって、流狼はぼんやりと空を見上げた。家族は、学友は元気だろうか。そして、一緒に招かれた龍羅と陽与は。

 と、フィリアが何かに焦ったように話題を切り替えた。


「ところでロウ! そなたが近衛になるという話だが」

「ん? ……うん。そろそろ俺も立ち位置をしっかり定めた方が良いと思ってね」


 流狼は王都に戻ってすぐ、ディナスと面会した。

 スーデリオンでの体験を受けて、軍に参加する事を決意したからだ。

 アルカシードという力を持つ自分が、それを生かさない選択が出来る世情ではないと感じた事が大きい。

 ディナスはその選択に感謝を示すも、その経緯が経緯だけに素直に喜べなかったようだ。難しい顔で流狼を近衛騎士に任じ、危なっかしい末娘フィリアの専属とする事を命じたのだった。

 どうやらフィリアは先程それを聞いてきたようだ。


「それで、ロウ。今日の予定は?」

「サイアーが復帰するから、フィリアさんにするように体術の指南かな」


 流狼は魔術の手解きをフィリアから受ける代わりに、フィリアに体術の指南をする約束になっていた。現在二人がいるのは城内中庭のトレーニングスペースであり、今日は流狼が魔術の基礎を学んでいる。

 さて、王機兵の乗り手である流狼がフィリアの専属近衛騎士となった事は、国民達から極めて好意的に受け入れられている。

 が、まだ正式に拝命していないとは言え、そろそろ王族とフランクに会話するのは拙いのではないかと思っている流狼である。


「同行しても構わないか?」

「構わないけど、仕事はいいのかな?」

「なに、軍部の視察も私の仕事の一環さ」


 フィリアは専用の機兵こそないものの、肩書は遊撃隊を率いる将軍の一人だ。

 持ち前の正義感の赴くままに駆け回る彼女は王国民から愛されていたものの、オルギオというお目付け役をつけなくては何をしでかすか分からない程に行動的だ。

 そのお転婆な暴風娘(エイジ命名)に責任感を持たせる為、王国遊撃隊という部隊をわざわざ創設した辺り、ディナスは甘いと言うかずれていると言うか。

 そもそも遊撃隊に職務らしい職務はなく、初めて命じられた職務が召喚陣での帝国の監視――それもそもそもオルギオに命じられた職務に、フィリアが半ば強引に同行しただけなのだが――だったというのも皮肉なものだ。

 それらしく解釈するならば、遊撃隊とはフィリアによる王国内の治安維持部隊であるのだが、実質はフィリアの正義感を満足させるように名目上の部隊だ。

 流狼がフィリアの専属近衛騎士となったという事は、同時に遊撃隊の一員になったとも言えた。


「そう言えば、アル殿は?」

「ああ、あいつはフィリアさんとサイアーの機兵を造りに行ってる」

「おお! あれか」

「オリガさんが助手をしているみたいだから、アルが監督しなくてもアカグマみたいな機兵が造られるようになるんじゃないかな」


 流狼の脳裏に浮かんだのは、帝国の工作機兵だ。アルの言っていた『杖を振るうだけの大きな人型』とは目的が違うように思えてならない。

 帝国は王機兵を集めている事も含め、彼らが現行の機兵戦に革命を起こそうとしているだろう事をアルが看破したからだ。

 そういう意味では、トラヴィートの機兵と戦う機会があった事には価値があったと言えなくもないか。

 ともあれ、フィリアとサイアーの専用機を造る件については流狼も賛成だった。


「そう言えば、フィリアさんはアルにどういう機兵を頼んだんだい?」

「内緒だ!」

「おや」

「だが、ロウには一番最初に見せてやる! アカグマと模擬戦をするのだ!」

「それは責任重大だなあ」


 王族の機兵は古代機兵が割り当てられるのが通例になっているという。古代機兵は数が少ない為、王族の専用機が揃ってから功績のある配下に下賜される。オルギオにノルレスが下賜されたのはディナスがまだ王太子だった時期で、エイジも臣籍に降りる際に国に返上したが、王子の頃には古代機兵を持っていた。

 そして、数の関係でフィリアだけが専用機を持っていなかったのである。

 少し前までは、姉二人のどちらかが嫁ぐ時に返上される機兵が乗機になるだろうと目されていたのだが。

 ともあれ、フィリアの配下となる以上、彼女が専用機を使いこなせるようになるまでしっかり付き合わなくてはならないだろう。


「了解しました、姫様。さて、それでは参りますか」


 冗談交じりにそう言うと、今まで上機嫌だったフィリアがみるみるその顔を怒りの色に曇らせた。


「……ロウ。私を姫様と呼ぶ事は許さん」

「え、しかしですね」

「敬語も禁止だ! そもそも父上も敬語を望まんだろう」

「そんな事を言われましても。俺はこれから姫さ……フィリア様の配下になる訳で」

「ならば父上に言ってそのような辞令を返上してくれよう!」


 何やら不機嫌に地団太を踏む様子を見て、美女というのはそんな様子でも絵になるから対応に困るななどと益体もないことを考えつつ、どうやら自分が地雷を踏んでしまった事を理解する。

 困った顔で見るが、フィリアは頑として自分の意見を曲げようとする気がなさそうだ。

 こうなれば仕方ない。いざとなれば王機兵の乗り手の特権とでも言い抜けるしかないだろう、と諦めて。

 流狼は溜息をつきながら首を縦に振った。


「……分かったよ、フィリアさん。これでいいか?」

「うむ! ロウはそれで良いのだ! 父上にも同じように接するのだぞ」

「はぁ」


 フィリアはみるみる機嫌を回復したが、事が事だけに流狼は生返事で返さざるを得なかった。

 口さがない連中に色々と言われなければ良いな、と内心で頭を抱えながら。







「……何だって?」

「ルナルドーレ・グロウィリア様がグロウィリア軍港から出立した、との通信が」


 いつだって彼女はこちらの予測を上回ってくるな、と。ディナスは問い返しながらも耳にした報告が間違っていないだろう事を確信していた。

 ルナルドーレ・グロウィリアが輿入れしてくるのだ。本人と話をつけたとは言え、まだ彼女の『保護者』である公国の大公とは何も打ち合わせをしていないのに、だ。

 隣のオルギオが唖然としているのも面白かった。ディナス自身驚いていない訳ではなかったが、オルギオの顔を見て半ば以上落ち着く事が出来たのだ。

 報告を持って来たエイジを促すと、彼も心得たもので次なる爆弾を投下してきた。


「出迎えには精一杯の愛の重さで、との伝言です」

「成程、ルナらしい」


 少しばかり年を経たからと言って、人間性は大きく変わるものではないようだ。

 微苦笑を浮かべながら、ディナスは頷く。


「陛下。あの女狐めは一体何を企んでいるのでしょうか」


 オルギオの言にも棘がある。無理もない。グロウィリアの女狐と呼ばれるに至った彼女の事績を彼も余すことなく知っているのだ。


「オルギオ、そなたはルナルドーレ・グロウィリアという女傑を見誤っているよ」

「見誤っている、ですか?」

「エイジもそうだ。ルナは確かに女狐で女傑であるが、選択を誤ることはない」


 ルナルドーレ・グロウィリアの行動原理はここ数年、ひとつの事柄に収束していたと言っていい。

 情の強い女性である事に一抹の不安はあるが、つまりディナスの許への輿入れを最終目標としていた訳だ。

 その彼女が、ディナス――ひいてはエネスレイクの害になるような選択をする訳がない。


「ルナの迎えか。どうしたものかな」

「陛下に出向け、と言っているのでは?」

「その発言がルナを見誤っているというのだよエイジ。彼女は自分自身の立場が国よりも重くない事を理解している。国事を蔑ろにして自ら迎えに行ったが最後、ルナは船から身を投げるだろうさ」


 厄介な、とエイジが呻く。

 確かに厄介だ。しかし、選択を過たなければそれでいいのだ。

 そして、オルギオはひどく短絡的な解決法を口にする。


「もう、女狐が居なくなるならそれでも良いのではありませんか、陛下」

「おいおい、私の第三夫人になる女性だぞ。そう言ってくれるなオルギオ。それに、王機兵の元乗り手を死なせたら我が国はどうなると思うね?」

「つくづく厄介な女狐がっ……!」


 レフの乱心を目の当たりにしたからか、オルギオのルナルドーレ嫌いは相当なもののようだ。

 この時点で、ディナスはオルギオを送り出す案を頭の中で却下した。

 名代として迎えに出すには十分な人物である筈なのだが、この剣幕では別種の問題を起こして来かねない。

 そうなると、自分の子供の誰かという事になるのだが……。


「なあ、エイジ」

「……まさか立て続けに襲撃があったりはしますまい」


 同じ結論に達したのだろう、エイジもまた諦観を表情に浮かべて頷くのだった。






 サイアーと、彼の部隊の同僚達を散々に翻弄して、流狼は本日の訓練の終了を宣言した。


「お疲れ様でした」

「お……つか……さまで……」


 精根尽き果てたような顔つきで、地べたに横たわる面々。流狼は涼しい顔で彼らに笑顔を向ける。


「反応は悪くなかったよ。連携も良い。後は反応についていける体の動かし方かな」

「冗談……じゃない……」


 流狼が対峙したのは最大で二十名。その全ての打撃をいなし、躱し、最後まで拳を振るう事無く避け切ってみせたのだ。

 彼らにしてみれば悪夢だっただろう。オルギオと訓練をする時に命の危機を感じるのとは別種の恐怖を覚えたようだ。


「圧倒的だな、ロウ」

「そうでもないよ。ただ、魔術ありきで普段から動いているからか、単純に動きが雑なんだ」

「ああ、そういえばオルギオも言っていたな」

「サイアーは単純に体力不足だね。あと目に頼り過ぎ」

「よ、容赦ないね、ルーロウ……」

「サイアーが俺の弟子になった以上、言うべき事は言うさ」


 偉そうに言っている自覚はある。しかし、元の世界では二級とは言え師範を名乗っていたのだ。サイアーを弟子として扱う以上、心に留めておいて欲しい。


「俺達に出来る事はいつだって、武運以外に敗北の理由を用意出来ない状態に持っていく事だけだよ。体力が足りなかった、訓練が足りなかった、集中が足りなかった、整備が足りなかった。そういう言い訳をしながら最期を迎えるのは嫌だろ?」

「そりゃ……そうだね」

「俺も一緒さ。武運拙く死ぬ事となっても、あの動きが鈍っていたとか、この判断を間違えたとか思いたくはない。常在戦場の心得で生きろと言うのが飛猷流古式打撃術の基本だ」

「技術を覚えるのはまだまだ、という事だな」

「フィリアさんの言う通りだね」


 何故か締めにかかったのは様子を傍観していたフィリアだった。一応彼女もまだ体力づくりの段階なので偉そうに言える立場ではない筈なのだが、流狼は深く考えないことにする。

 尊大とも取れる言い方の中にも心遣いを感じられるからこそ、周囲も彼女を微笑ましく見守っているのだろうと、最近分かってきたからだ。


「つ、次こそ当ててやる……!」

「いや、せめて手を出させてやる……!」


 どうやら情熱が燃えてきたようで、強い視線をこちらに向けてくる。屈辱感からか、フィリアの発破によるものかは分からないが、やる気が出るのは良い事だ。


「ま、今日はここまでにしますよ。体力はすぐにつくものじゃないですから、まずは暫く走り込みで」


 と、訓練内容を一人だけ倒れ込んでいない部隊長に指示する。

 彼だけは組手に参加した二十人の中に入っていなかったのだ。流狼を恐れてという事ではなく、二十人がかりで流狼に襲い掛かる事を潔しとしなかった、という理由のようだが。


「わ、分かりましたルウ殿。では、一体どの程度」

「王都外周をひたすら。魔術の使用不使用はお任せします。苦しくなったら休憩を取ること。息が調ったら再び同じように走る感じで」

「ひたすら、ですか。具体的には何周まで?」

「朝日が上ってから沈むまで。食事の時と休憩、内勤などの他の任務の時間以外は全て。気絶する人や怪我人も出てくるでしょうから、医療班の手配を密にしておいてください。そうそう、水の補給はこまめにね」


 すらすらと答える流狼に、聞いていた面々の顔色が蒼白になる。

 聞いている間に気付いたのだ。魔術を使えるとか得意とか、そういった事柄が全く役に立たない訓練である事に。


「と言う訳だ。みな、頑張るように」


 そして、やはり話を締めたのはフィリアだった。






 流狼が再び王都を離れると聞いて、アルが慌てて王都に戻って来たのはその日の晩の事である。

 今度は海路であるという。アルはふと気になって、進行状況の報告がてらディナスに質問をぶつけた。


『ねえ、ディナス。ボクは最近の海洋事情を知らないんだけど、海の魔獣は落ち着いているのかい?』

「ええ、ここ二十年ほど、大規模な魔獣襲来の報はありませんね。だからこそ帝国は戦争などを出来ている訳で」

『だろうね』


 まだまだ世情に疎い助手オリガは首を傾げているが、彼女がこの反応であるという事は、敬愛するマスターもおそらく知らないだろう。

 後で説明の必要があると判断しつつ、オリガに説明をしてやる事にする。


『元々この大陸は、レガント族による侵略に晒されていた。彼らは大陸の外から渡って来た異民族で、魔獣と呼ばれる魔力を操る獣を使役していたのさ』

「魔獣?」

『ああ。厳密にはこの大陸にも古来から魔獣は棲息していたけれど、レガント族は特に強大な魔獣を使役して侵略に費やしたんだ。結果、ボク達の前身である『十三の英雄と竜と神兵』を召喚してしまったんだけど』


 呆れを含んだ説明をすると、ディナスは素知らぬ顔でそっぽを向いた。

 最早だいぶ時間も流れているから、その責任を今更彼らに問うつもりもないアルは、そのまま話を続ける。


『彼らの活躍で、大陸から魔獣とレガント族は駆逐された。だけど、誰もが失念していた事がある』

「失念。……あ、どうやって運んできたか?」

『正解。レガント族は海を渡ってこの大陸にきた。だけど、彼らは陸生の魔獣程には水生の魔獣を上手く使役出来ていなかったらしい』

「ふむ? アル殿、どういう事ですかな」


 ディナスまで話に食いついてくる。

 そう言えばディナスといいフィリアといい、古代史が好きだったなと思いながら。


『ボクも見た訳じゃないんだけれど、当時の記録には、レガント族の残党が逃げようとした時の顛末が残されていた。レガント族は何とか魔獣に乗って沖に逃げる事が出来たけど、そこで使役が解けてしまったらしい。乗っていた魔獣に振り落とされて、そのまま貪り食われたらしいよ』

「……うわ」

『問題はその後さ。海の魔獣達はわざわざ元の縄張りに戻る必要がないと思ったんだろうね、大陸の外海に棲み付いてしまったんだ』


 アル達の時代にも完全駆除は出来なかったから、永い時を経た今では随分と増えた事だろう。

 ディナスが話を継ぐ。


「アル殿の仰る通り。海原に棲み付いた魔獣は人を襲い始めました。船で内海を航行する分には問題ありませんが、不用意に外海に出れば、低くない確率で沈められてしまうでしょう」

『同じ事が外海の向こう、レガント族側にも言える。ボク達の製造者とうさまは再侵攻がないのは海の魔獣が野生化したからだろうって分析していたね』


 最早制御出来ない海の魔獣が、防壁の役割をしてくれているのだ。

 とは言え、大型以上の魔獣が内海に出没した場合は危険極まりないのだが。

 陸上と違い、海中を自由自在に動く魔獣とは機兵でも分が悪い。外海に棲む魔獣を駆逐する事も出来ず、内海に出没して人を襲う一部の魔獣を討ち果たす程度の対応しか出来ていない。


『まあ、連中は余程の事でもない限り内海までは来ないから』


 恐れからか嫌悪感を露わにするオリガを落ち着かせるように言えば、ディナスも補足してくる。


「およそ三十年ほどの周期で、どこかの海岸線に巨大な水生魔獣が襲来するのだが、その報が入った際には大陸じゅうの国家が協力する義務を負うのだよ。大陸の危機だからね、簡易だが停戦条約も結ばれる」

「それでも戦争を続けた場合は?」

「魔獣の討伐後、周辺国家による連合軍に滅ぼされる事になる。事実、大陸史では三ヶ国がその形で滅びたとされているね」


 アルがオリガに分かったかと視線を送れば、オリガは頷いて返してきた。

 大丈夫だろうと判断して、微妙に話の方向性を変える。


『それで、オルギオが英雄と呼ばれるようになったのも?』

「その通りです。三十年前に魔獣が襲来したのは我が国の南側でした。白色の軟体生物でしたが、大きかった。魔術も碌に効かず、今でこそ軍港ですが、当時は漁師町だったそこは壊滅的な被害を受けました」

『それを討ち果たしたのがオルギオと』

「ええ。自ら魔獣の体内に飛び込み、装甲をある程度溶かされながらも急所を滅多刺しにして」


 エネスレイクは戦火に巻き込まれた経験はほぼ無いようだった。それにしてはオルギオが英雄扱いされているのが不思議だったのだ。

 アルは自分の仮説が正しかった事に満足すると、論点を最初の内容に戻す。


『それで、海路の安全は保障されているんだろうね?』

「それは勿論。元々魔獣の生息地である外海までは、高速船でも五日は沖合まで飛ばさなくてはなりません。偶然内海に踏み入った魔獣が、偶然ルナルドーレの乗っている船を襲うなどという確率は、計算するのも馬鹿馬鹿しい程かと思いますが」

『……そうだね、了解。底意地の悪い事を言ったようだ』


 こうして、アルの確認はオリガを半ば放置する形で終わった。







「ルナルドーレ様。お初にお目にかかります。ディナス・レン・エネスレイクが末娘、フィリア・アイラ・エネスレイクと申します。よろしくお願い申し上げます」

「あら、可愛らしいお迎えですこと。ルナルドーレです。ディナス様に嫁ぐ為、やって参りました」


 流狼達が王都を離れてから五日後。

 フィリアとルナルドーレは船上にて初めて顔を合わせた。

 南部軍港までは転移陣を使い、誂えられた軍船に乗り込んでからは船旅。

 ルナルドーレは長旅の疲れなど微塵も見せず、フィリアとにこやかに挨拶を交わしている。

 グロウィリアの船に招かれたのはフィリアと、その配下である流狼であった。

 ルナルドーレは柔らかく目を細めると、流狼――と言うよりその肩に座るアル――を視線で射抜いてきた。


「あなたがの乗り手ですね?」

「ええ。飛猷流狼です」

「ルロウ・トバカリ様ですね。そちらがアルカシードの精霊のアル様とお見受けしました」

『精霊……ね。君がベルフォースに乗っていた事はボクも聞いている。ルビィから聞いていたのかな』


 この世界の人間で、完璧に流狼の名前を発音出来た人物は彼女が初めてだ。

 流狼が軽く驚いている間に、アルは勝手にルナルドーレと会話を進めていた。


「ええ。お姉様が

『まだあいつは乗り手に自分をお姉様って呼ばせているのか……』


 何とも含みのある言い方をする人だな、等と思っていると。


「ではルロウ様、アル様。ご紹介いたします」


 笑顔はそのままに、ルナルドーレが船の船室の方を手で示した。

 キイ、と軽い音を立てて船室の扉が開く。


「ここまで私をわざわざ護衛してくれました。どうしてもお二方に会いたいと言うものですから」


 現れたのは、ルナルドーレによく似た、しかし目つきに攻撃的なものを宿した美少女。


「愛する私の姪、ミリスベリアと」

「お初にお目にかかりますわ、アルカシードの乗り手様。私はミリスベリア・グロウィリア。当代のベルフォースの乗り手です」


 そして、その肩には――


『久しぶりだね、アル』

『る、ルビィ!?』


 アルによく似た、それでいて配色や細部のディテールが異なる小さな機兵が座っていたのだった。

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