エピソード21「宙の漢」

エピソード21「宙の漢」

帰国したドーマエ達には次々と指示が出た。フルサワはカスミガウラ飛行教導団に教官として派遣され、オーツカは潜宙艦教育隊教官そしてドーマエへの指示はクレの第二方面艦隊司令官室に来るようにというだけであった。

「失礼します。」

椅子に腰掛けるようにドーマエに指示したイノウエはその向かいに座った。

「まずは、講和会議出席御苦労であった。そして貴様の今後だがどうも複雑でな、それの説明のため呼んだ。」

ドーマエは首を傾げた。

「ドーマエ、貴様は大佐だな。つまり、次の階級は准将だ。艦長コースを歩んでいるお前としては空母艦長となる。」

「はい。」

イノウエはドーマエの返事を聞いて話を再開した。

「でだ、空母艦長となるためには航空機搭乗員でなければならない。そのために貴様は訓練を受けに飛行教導団に送られる。勿論一生徒としてだ。派遣先はカスミガウラ飛行教導団。出立は五日後、質問は?」

ドーマエは素早く頭を回転させる。

「今は講和記念で各国のパイロットを招いた航空戦術研究をやっていますが?」

「そうだ。だがそんなのは関係ない。貴様の派遣は非公開だから暗殺者を出される心配もないし、機密漏れも防げるだろう。」

「わかりました。受けさせていただきます。」

ドーマエは司令官室を退出した。

五日後、八八式人員輸送機でカスミガウラ飛行教導団に派遣される事となったドーマエは早くも洗礼を受ける。

「電探に感あり。」

窓の外を見るとそこに飛んでいたのはBf1109E重戦闘機の編隊だった。プロイセンからの派遣飛行団らしい。更にその奥にはスペースファイアMkⅨがやってきた。ブリデンから派遣されてきている。そして前方にはオスマン軍戦闘機のシャヒーンが飛んでいる。

「まもなく着陸いたします。」

輸送機が減速してコンピューターに機体を預けた。扉を開けてタラップを降りたドーマエの前に各国の航空機が並んでいた。今回招待されたのはプロイセン、ブリテン、オスマンの三カ国だ。空母艦載機である戦闘機や爆撃機、攻撃機に偵察機が揃っている。プロイセンからはBf1109E重戦闘機、Ju187艦上爆撃機、Fi1167艦上攻撃機、Ar1196艦上偵察機が、ブリテンからはスペースファイア戦闘機、スクア爆撃機、ソードフィッシュ攻撃機、ライサンダー偵察機が参加し、オスマンはシャヒーン戦闘機のみを送り込んだ。シャヒーン戦闘機はシンデンの改良型で戦爆、そして偵察の型がある。

「ドーマエ!待っていたぞ!」

大声で名前を読んで駆け寄ってきたのはフルサワだった。

「お、おう。」

良く見ると明るい灰色に塗装されて胴体と主翼に赤く日の丸が描かれたフルサワの機体がある。垂直尾翼に描かれた青い星は既に三桁を超える数だ。これはフルサワの撃墜マークである。

「でも、フルサワは俺の教官ではなく航空戦術研究だろ。」

「まあ、それもあるが。ドーマエはしばらく授業はない。航空戦術研究でも見てろよ。」

そう言うとフルサワは去っていった。

翌日から戦闘機の模擬空戦等をはじめとした航空戦術研究が始まった。ドーマエはフルサワの応援に来ていた。

「フルサワ機、発進!」

零戦が宇宙空間に飛び出す。

「ハルトマン、発進する!」

続いてBf1109Eが一機が宙に上がってくる。しばらく旋回して管制塔から始めの合図がかかるのを待つ。

「では、始め!」

素早くフットバーを蹴り、スロットルを絞って左旋回を始める。レーダーにハルトマンは捉えられていない。恐らく星が生み出したガスに隠れているのだろう。突如、後上方にレーダーが反応した。フルサワは本能的にチャフを使用し機体を横滑りさせた。もといた場所をハルトマンが通過した。素早く追撃にうつるが再びガスの雲に隠れられた。彼の得意戦法が一撃離脱である事は知っていた。なんとかガスの雲から引きずり出せば零戦の土壌だ。格闘戦に特化した零戦とフルサワの腕なら余裕で一撃離脱に重点を置いた重戦闘機BF1109Eを捉えられるだろう。だがガス雲の中からハルトマンは出てこない。

「なに!?」

目の前からハルトマンが出てきて目と鼻の先で誘導弾を放った。フルサワは機体を宙返りさせてその誘導装置を混乱させた。これでハルトマンは計八本の誘導弾を使い切った。フルサワは素早く追撃を開始した。今度はガス雲の中まで追撃した。見失いそうだが強引な操縦でついていく。ガス雲から出ると目の前に岩石があった。慌てて左に避ける。その時五条の光の矢がフルサワ機を掠めた。ハルトマンの操るBF1109Eはスマートな胴体にエンジンと直結した三〇ミリ機関砲一門と両翼に二〇ミリ機関砲二門ずつを装備していた。

「ほう、俺の後ろを取ったか。」

フルサワはそう呟いて機体を宙返りさせた。ハルトマンはそれについてきた。たしかに後ろにつかれた状態で宙返りするのは自殺行為である。勿論零戦以外では、だが。素早く後ろを取ったフルサワは機関砲の発射レバーに手をかけた。その時ハルトマンは使い捨てエンジンに火を入れた。BF1109Eは通常エンジンの他に使い捨てエンジンを持っている。使い捨てエンジンは一瞬だけ加速させることができる装置で緊急で敵を振り切ることができる。再びガス雲に隠れられた。フルサワもガス雲に入った。

「フルサワとハルトマンは帰投しろ。」

管制塔からの連絡だ。フルサワは翼を翻して飛行場を目指した。

「フルサワ機、着陸する。」

「こちら管制塔、許可する。」

フルサワはコンピューターに着陸操縦を任せた。そして地表に降りた。

「ふう。」

コックピットから降りたフルサワは機首に黒いチューリップが描かれたハルトマンのBF1109Eに駆け寄った。

「ハルトマン大尉、三年前の普ソ戦争での活躍はかねがね伺っております。いい腕ですね。この後少し話せませんか?」

「ああ、フルサワ大尉、模擬空戦ありがとうございました。」

「いえいえこちらこそ、そにしてもBF1109Eは凄いですな。あの突っ込みの速さはかわすのが難しい。」

ハルトマンは照れたような顔をした。

「いえいえ、零戦こそ凄いですよ。あの格闘性能は宇宙一です。あの宙返りの半径の短さは驚きました。宙返りから後ろを取られた時は背筋が凍りました。」

ハルトマンと戦闘機の話が始まる。そこはさすが宙の漢である。

「いえ、あれが活きるのは一騎打ちの場合のみ、編隊空戦であの一撃離脱は恐怖です。特に鈍い艦攻や艦爆、重爆等を護衛している時に襲われたら恐らくひとたまりもないでしょう。」

「零戦こそ、あの軽快な起動性なら直掩をやすやすと掻い潜って爆撃機を落とされそうです。我軍の重爆であるJu880等零戦の高火力を喰らえばすぐに撃墜されるでしょう。零戦は軽戦闘機なのにあそこまでの大火力は羨ましいです。」

そう話しているうちに隊舎に入った。

「ハルトマン大尉、コーヒーでもどうです?奢りますよ。」

「いいですね、フルサワ大尉、ゴチになります。」

五十円支払ってコーヒのカップ二つを受け取ったフルサワはテーブルについた。

「有難うございます。」

コーヒーを一口飲んだハルトマンはフルサワに向き直った。

「フルサワ大尉、戦闘機乗りとして一番心がけてることはなんですか?」

「まあ、心がけは色々ありますが一番なのは「僚機を常に確認すべし」です。常に僚機を確認し、その援護をせねばなりません。皇国宇宙軍では戦闘機二機でバディを組みますがバディを失った戦闘機乗りは負けたも同然です。」

ハルトマンはもっともといった顔をした。

「おお、同じ考えですね、私もバディを失ったものは負けだと考えています。」

一流の戦闘機乗りは考えが一致するらしい。

「編隊空戦になったらフルサワ大尉は何を心がけていますか?」

「そうですね、編隊全体で連絡を取り合い確実に目標を成し遂げることです。敵爆撃機の阻止が目的ならそれを、味方爆撃機の護衛が目的ならそれを、といった感じで任務を遂行することです。」

「そうですか、やはりどこの国でもそうなのですね。」

「ところでハルトマン大尉に伺いたいのですが今回みたいにガス雲がある戦場で敵とあいまみえる時は一撃離脱が最高の戦法ですがガス雲が無く互いに姿を捉えている状態ではどのように戦われるのです。あの戦闘機、BF1109Eでは格闘戦は難しいでしょう。」

「そうですね、無理な格闘戦は避けつつ隙を見て敵を落とします。ドックファイトに持ち込まれたら勝てませんから。なら零戦はガス雲の多いところではどうするのです?」

「いやいや、それは簡単ですよ。一撃離脱戦法を取られるのが苦手な機体ですから常にレーダーを見てガス雲の位置を把握し、無駄な追撃を避け、敵の奇襲に備える。そうすれば敵は撃墜しようと躍起になってガス雲から出てきますからそうしたら後は組み伏せるだけです。」

事実、この間の戦争で速度に勝り一撃離脱を仕掛けてくる敵航空機に対し零戦を駆る皇軍の熟練パイロットは得意の格闘戦に持ち込んで一方的な戦果をあげている。特にプロイセンの戦闘機BF1109Eを仮想敵にしてそれを格闘戦で撃墜してきたソビエト軍機やそのソビエト製戦闘機を輸入した韓国軍機は零戦誕生初期の頃は格闘戦に乗ってきやすく容易く撃墜された。戦争末期でも一撃離脱に徹するアメリカ軍機もフルサワの言った戦法で格闘戦に持ち込んで撃墜された。零戦の損失と零戦により撃墜された敵とのキルレシオは対日大同盟側は戦闘機以外の機種も入れてだが約1:30、つまり零戦一機を堕とすまでに平均三十の機体が撃墜されているのだ。零戦の空戦による損失は24機、対して敵の零戦による損失はは732機である。零戦は無敵の戦闘機だった。ただ零戦は熟練パイロットでなければ操りにくいという欠点があった。補助ノズルが操りにくいのだ。

「おーい、フルサワ!」

ドーマエが歩いてきた。

「おっと、こちらは?」

「ああ、ドーマエ、紹介するよ。エーリヒ・ハルトマン大尉だ。プロイセン宇宙軍のエースパイロットだよ。」

ハルトマンは笑って手を出した。ドーマエは流暢なプロイセン語で話始めた。

「ハルトマン大尉。お会いできて光栄です。私は大日本皇国宇宙軍大佐のドーマエだ。」

ハルトマンは微笑んでドーマエにこたえた。

「私は日本語が話せます。日本語で平気です。」

納得したドーマエの元に更にもう一人歩いてきた。

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