エピソード17「思惑」

エピソード17「思惑」

外務省第二会議室に揃った面々はそうそうたる顔ぶれだった。全権が副首相兼外務大臣のイチロー・アサオ氏、外交官四名はキチサブロー・ノムラ駐米大使、ナオタケ・サトー駐ソ大使、マモル・シゲミツ駐英大使、ヒロシ・オーシマ駐墺大使である。米ソ大使は開戦後召還させられているが米ソに通じているという理由で選ばれた。宇宙軍代表はサイゴウ国防議長とドーマエ大佐の他に軟弱派からはイッペー・ノジマ准将が選ばれた。ノジマ准将は政治畑の将校で第五方面艦隊情報課長である。陸軍代表はチューキチ・オチアイ中将だった。政府派遣官にはショーゾー・ナカイ財務大臣が随行してきた。

「これよりベルリン派遣交渉団会議を始める。」

アサオ首相が会議を始めた。

「ついては交渉の方針を決めたい。意見のあるもの。」

低くどすのきいた声でアサオは話した。

「よろしいでしょうか、宇宙軍連合艦隊第二方面艦隊所属戦艦ムツ艦長のドーマエ大佐です。」

ドーマエが自己紹介して発言の許可を求めた。

「よろしい、許可する。」

皇国の英雄であるドーマエが意見具申することによってその意見をほかの会議参加者に賛成させるのが目的でありドーマエはその役目を果たしつつあった。

「我々は各宙域で敵を退けました。敵艦隊は我が艦隊に勝てないでしょう。和平交渉が決裂して困るのは向こうですから最初は強気でいきましょう。」

ドーマエの発言にサイゴウが質問する。これも決まった流れだった。

「ドーマエ大佐、その敵に勝てるというのは現場の将校としての意見かね。」

ドーマエはこの問いに答えた。

「その通りです。現場で常に敵と戦闘しているからこそ掴めた感想です。」

この質疑応答の流れはノジマ准将を牽制するためだ。サイゴウも前線に出たことはあるがノジマはないからだ。

「確かにこの戦争を統括している国防議長の立場からしてもドーマエ大佐の意見は正しいと思います。」

アサオはこの意見に興味を示した。

「ドーマエ、その強気の交渉の講和案とやらを見せてくれ。」

ドーマエは端末を操作してホログラムと接続するとキジマ大尉と作成した資料を投影した。

「我国の勝利を宣伝し、我国に有利にします。

一、ソウル星から脱出したキム・ソグォン率いる亡命韓国艦隊を宇宙テロリストとして逮捕する

二、占領地の韓国等を独立させ奴等にもその独立を認めさせる

三、戦利艦としてソビエト宇宙軍にかつて皇国が輸出した28cm砲級の小型戦艦ペレスヴェート級二隻と各国の小型戦列艇計百二十隻を皇国に譲渡する。ちなみにこれは独立させた保護国に輸出します。

三賠償金。各国、特に我国を嵌める同盟の提唱国であるソビエトからは沢山とりましょう。合計で我国の三年分の金を取りましょう。

四、ソビエトトルコ戦争でオスマントルコが失ったセヴァストポリ宇宙要塞及びその付近の宙域のトルコへの返還をソビエトに、韓国が中国に中韓条約で管理を依頼した旅順要塞も韓国に返還する。

五、カナダは賠償を求められない代わりに日本を中心とした新しい経済システムに入る。

アメリカについて書いてませんがアメリカには特に何も求めません。これで各国のアメリカへの不信感を煽ります。これが我々が提案する講和条約案です。」

ドーマエが着席する。アサオは感心して聞いていた。一人の若手将校にしては出来すぎた戦略眼であった。キジマ大尉と考えたとはいえこの発案の殆どはドーマエのものである。ドーマエの考えの基幹にあるのは「いかに面倒くさいことをせずに敵を倒すか」であり彼の生来の面倒くさがり屋という性格がこの答えを導き出した。つまるところ皇軍が面倒くさい事=戦争を行わずにいかに敵を潰すか、が彼の考えである。ソビエトにはトルコをぶつけ、中国には韓国と台湾を独立させて対抗しつつイギリスによる中国への経済攻撃に加担、カナダは味方に引き込み、アメリカは各国の不信感に晒させる。更に友好的な大国であるイギリスとトルコには支援を行う、まさに自らの手を汚さずに敵を倒すのだ。

「お待ちください。」

ここでノジマ准将が立ち上がった。ドーマエは心の中で身構えた。

「これでは他国との交渉がうまく行くはずありません。我国の都合のみを押し付けすぎでは?」

ドーマエも反駁する。

「いえ、我国の利益を押し通すのが外交交渉であります。これで我国の負担も減らせますしなにも問題はないかと思いますが。」

ノジマも論戦モードのスイッチが入ったようだ。

「いえ、他国に対しこれはあまりにも不平等だというもの、こんなもの出した日には交渉決裂は必至!」

「だからどうしたというのです。我国は戦争を続けても勝てます!敵をここで少しでも弱める事が後の我国の損害を抑えることにつながるのです!」

「他国をないがしろにしてまで繁栄してそれが国家としてあるべき姿か!?」

ドーマエとノジマは怒鳴りあっていた。

「ええそうです。綺麗事では国際社会では生き抜けません!その綺麗事で被害を受けるのは前線の将兵並びに各地に住む臣民であります!私も前線で勤務する身、幾度となく部下や戦友の死に立ち合っています。私は毎回こうしていれば良かった、ああしていれば良かったと後悔し、御遺族の泣く顔が脳裏に浮かんできます。このような不幸を少しでも減らす、その為には敵国の戦力を削げるときには少しでも削いでおくべきです!その削ぐ機会に削がずに不幸を増やしたくないのであります!」

「一介の前線将校の願いを外交に反映させるなど論外だ!」

ドーマエはこの発言でぷっつり切れた。

「失敬な、私も派遣交渉団に選ばれた身、一介の前線将校とは私のみならず任命して下さった陛下に対する侮辱でもありますぞ!控えられよ!」

交渉団メンバーは天皇の勅書により指名という形式をとっている。つまり天皇が外交官として認めるという事だ、その交渉団員の意見を外交に反映させるなど論外とは天皇に対する侮辱となりうるのである。

「二人とも落ち着け、罵り合う為にここに集まったのではない。」

アサオ全権が二人を止めた。

「では、ノジマ准将の案を出してもらおうか。」

ノジマは先程までと変わって冷静に話始めた。

「はい、私の提案は以下の六点であります。

一、韓国の独立を認め、キム・ソグォンの艦隊を韓国政府の指揮下に戻す。新韓国政府は独立国としどこの国も干渉しない、旅順要塞は取り壊す

二、今回の戦争に関わった各国と不可侵条約を締結

三、竹星雲を不法占拠していた韓国宇宙軍を付近の宙域含め出入り禁止とし日本に正式に帰属させる

四、軍縮に向けた会議開催の約束

五、互いに賠償金の不請求

六、戦争の原因となった竹星雲奇襲攻撃に対する新韓国政府及び各国に対する謝罪と経済援助の実施


以上六点です。」

ドーマエはノジマが着席するがはやいか噛み付いた。

「それは講和案ではなく降伏宣言ではないのか。」

ノジマが反論しようとしたところでサイゴウがそれを止めた。

「まあ、記録には全員の主張が入ることとなる。外務省側の意見も聞かんで宇宙軍内部で争っていても仕方あるまい。」

「では、外務省の意見も伺おうか。」

アサオ全権がどすのきいた声で促す。

「はっ!外務省側は意見を統一してきましたので代表して私が発表させていただきます。」

オーシマ駐墺大使だ。やや嫌味や口調にドーマエとノジマの顔が曇った。

「まず

一、キム・ソグォンの逮捕及び日本への引渡しの要求

二、国境線は戦争前に戻すこと、ただし日本領に侵入していた各国軍は侵入不可とする。

三、各国不可侵条約締結

四、賠償金の請求

五、旅順要塞は中国領のままとする

以上五点です。」

一番強硬なのがドーマエ案、続いて外務省案、最も弱腰なノジマ案が提出された。陸軍は権力が低いので投票権を有するのみとなってしまっていた。

「以下三案が出たが、全権としてそれぞれの講和案に質問したい。」

そう言ってアサオ全権は眼鏡をかけた。

「まず、ドーマエ大佐が提出してくれた案だ。大前提としてこれを他国が受け容れると思うかね。」

ドーマエはきっぱりと答えた。

「九割方受け入れないと思います。」

アサオはこの発言に顔をしかめた。

「なのに、君はこれを押し通すのか。」

ドーマエはアサオの眼力に一瞬気圧された。

「はっ!これを最初に提出し、相手方の反応を伺いながら条件を上げ下げし、妥協点を見つけます。ですが事前に皇国がこれだけの強い姿勢を見せるということが肝心かと思います。」

ドーマエの主張は皇国がまだ戦える事を示しそれによって有利に交渉を進めるべきというものでアサオもそれは理解していた。

「なるほどな、では続いてノジマ案、ノジマ准将はこの交渉で得る国益というのをなんだと考えているのかね。」

ノジマがそれに答えた。

「はっ!他国との摩擦緩和による協調と平和的発展でありす。」

アサオは鋭い眼力でノジマを圧倒した。

「くだらん、論外だ。こんなもの採用するくらいならまだドーマエ案を採用したほうがマシだ。ノジマ准将に1個だけ、それは協調外交ではない、ただの売国行為だ。」

ノジマは硬直した。

「外務省案は無難だな。ある程度国益を強調しつつも他国もそれに合わせることもできる良い案だ。で私の意見を言わせていただくとドーマエ案を甲案、外務省案を乙案として用意、甲案を出しつつ相手が引かないようであれば最終譲歩ラインとして乙案を出す。乙案を拒否されたら停戦交渉は破綻、と言うことでいいかね?異論があれば述べてもらって構わない。」

誰も話さない。一名が硬直してるのを除けば他は賛成を表したということだ。

「よろしい、では外交方針は決定した。後は相手の出方を見つつなんどか会議を行う。では解散。」

自動ドアが開いてドーマエは外務省を後にしてホテルに向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る