エピソード16「腹の中」

二四五恒星系の航空基地の完成による制空権の奪取が割とスムーズに行われるとカナダ側がプロイセンを通じて和平交渉を行おうとした。ソビエト等が積極的に戦闘に参加せず対日大同盟内でも軋轢が生じていたことを諜報機関を通じて確認していた皇国政府はこの提案にのろうとした。

「まあ、諸々の作戦の成功を受け、対日大同盟との講和を目的としてプロイセンの首都、ベルリン星での交渉を行う事となった。外交法第四項「他国との軍事が関係する条約」の第三条「交渉への派遣人材」に則り、全権一名とその他外交官四名、宇宙軍代表一名とその補佐二名、陸軍代表一名及び政府派遣官数名の交渉団を結成せねばならない。」

イノウエがキンコー要塞の司令官室で話す。酸素製造機と空調が唸る中でイノウエは話を続けた。

「君も存じていると思うが第三条に書かれている宇宙軍代表補佐は強硬派と軟弱派から各一名となる。そこで強硬派の補佐官に君を任命したいのだが、受けてくれるかね、ドーマエ大佐。」

イノウエ元帥の前に座るドーマエ大佐は必死に頭を回転させる。イノウエはドーマエに語りかけた

「ああ、ちなみに代表はサイゴウ国防議長だ。」

一瞬安堵したがすぐにドーマエは考えを再開した。イノウエはドーマエの考えを見透かしたかのように話し続けた。

「何故って顔をしているなドーマエ、理由を言っておくとだ、まず大佐という階級を持っていてかつ皇国の英雄だから発言権がありそうな人材だから。これは表向きの理由だな。実際問題としてはだ、軟弱派はこの間の不正投票でポイントを失ったからそのポイントを取り戻そうとしている。強硬派の大物を送り込んで失態を捏造されたりしてはかなわん、その点お前はまだ若いという点と英雄であるという点から多少の不祥事が捏造されても問題にならんだろうもし不祥事になっても尻尾を切るのが楽だ。それからサイゴウ議長の知り合いだから発言権が大きい、そして何より強硬派の代表格の俺の息がかかっている存在だからな。これが裏の理由だ。」

イノウエはそう言って悪そうに笑った。

「わかりました、引き受けます。」

ドーマエは頷いた。

「よし、サインをこの四部の書類にしてくれ、それから印鑑もだ。持ってきてくれたろ。」

ドーマエが印鑑を押してサインするとイノウエが紙を封筒に入れた。

「ドーマエ、補佐官は二名の副官と一名の連絡官を連れていくことができる。連絡官は悪いがこちらで選ばせてもらった。副官は君が自由に二人指名するといい。」

そう言ったところでドーマエの背後にある自動ドアが開いて一人の軍人が入ってきた。年齢は50に届かないくらいでがっしりとした体をもっている。

「キジマ大尉だ。軍歴三十年の叩き上げで砲雷科から情報科という経歴を持つ。今は私の個人秘書をしてもらっている。彼を連絡官として君に付ける。いいね。」

イノウエとキジマを交互に見てドーマエは頷いた。

「よし。ではキジマはこれにサインして、ドーマエは副官二名を選んで連れてきてくれ。ああ、連合艦隊所属で、できれば第二方面艦隊の連中が好ましい。」

ドーマエは返事をすると迷わず士官の宿舎へ向かった。向かうべき場所は二箇所、最初はドーマエが寝泊まりする部屋の隣の部屋だ。

「おい、俺だ。入れてくれ。」

すぐにロックが解除されてなかに通された。

「なんだ、こっちは今日哨戒任務が無いから久しぶりに寝てるんだぞ。」

「それは悪かった。だが重要な話だ。布団の中にいていいから耳だけ傾けてくれ。」

ドーマエの問いかけに布団の中からは

「はいよ」

という適当な返事が返ってきた。

「プロイセンでの講和会議に向けた臨時停戦が今行われているな。」

布団の固まりに向けて話しかける。

「そうだよ、だから俺は寝てるんだ。」

「まあ、それでな。俺が交渉団の一員となり、副官を決めてこいと言われた。引き受けてくれるか。」

ドーマエが言い終わると布団が宙に舞い、中から略式軍服のオーツカが姿を現した。

「嘘だろ!まあいいぜ、お前の頼みなら是非引き受ける。」

「ありがとう。とりあえずオーツカ、直ぐに軍服にアイロンをかけてここで待っててくれ。もう一人に声をかけに行く。」

ドーマエが扉の向こうに消えると

「はいよ。」

といってオーツカはアイロンのスイッチを入れた。ドーマエはもう一人を迎に行ったが部屋にいなかったので運動場に向かった。そこでは体中に重りを引っさげて片手懸垂を楽々とこなしている人とは思えない奴がいた。

「おい、一回その筋トレに似た自分への拷問を止めて話を聞いてくれ。」

そいつは懸垂を続けながらドーマエに返事をした。

「いや、このまま聞くから話してくれ。」

ため息をつくとドーマエは話始めた。

「ああ、聞いてろよ。俺は今度プロイセンで行われる講和会議の交渉団のメンバーとなった。そこで副官を求めてるのだがお前に来てもらえないかなと思って話しかけたんだが、フルサワ、引き受けてくれるか?」

ドーマエの話にフルサワは鉄棒から落ちそうになったがなんとか踏ん張ると応えた。

「いいよ。外国か、楽しみだな。」

「よし、フルサワ、お前は今すぐ軍服に着替えて俺の部屋まで来てくれ。」

「ドーマエ、シャワー浴びてからでいいか?」

「それくらいなら構わん。」

ドーマエは踵を返した。アイロンをかけた軍服に着替えたオーツカを呼んでドーマエの部屋で待機しているとフルサワが来た。

「よし、イノウエ元帥の部屋にいくぞ。」

三人で部屋に行くとイノウエとキジマが待っていた。

「この二名が副官です。」

イノウエは頷くと喋り始めた。

「今回の我々がするべき事について説明する。これは国の外交方針とは別に俺達強硬派の活動方針だ。貴様達は軟弱派の連中に弱みを握られないことが重要だ。それからできるだけ軟弱派が提案した他国への譲歩案を記録しておけ。それが後々役に立つこともあるだろうからな。そして我軍がいかに勝ったかを宣伝しておけ、今回中立だった連中に我軍の勢力を誇示できるからだ。そしてできるかぎり大同盟の奴等に対する譲歩案には反対しろ。以上だ。質問は?」

イノウエはキジマを除く三人を見た。三人は沈黙で質問は無いと答えた。

「よろしい、では明朝皇国標準時0800に軍民兼用第二飛行場から将校輸送機が飛び立つからな。仕度しておけ。後それから、フルサワとオーツカはドーマエの同期だがこの交渉期間は形式上ドーマエが上官となる。堅苦しいだろうが上官として接してくれ。そんな些細な事で軍の規律がなってない云々と言われるのもあれだからな。」

三人は敬礼すると部屋を出た。

翌朝ドーマエは出発時刻に合わせて飛行場についた。迎えに来たのはプロイセンの輸送機、旅客機で日本でもライセンス生産されている将校輸送機のju5200、日本名八八式人員輸送機だった。固定脚に三発エンジンという開発当時の技術力的にはオーソドックスな設計で今となっては古い設計だが内部の構造改良による乗り心地の良さとオーソドックスな故に安価であり、又会議に必要な大型ホログラム投影機を備えているため外務省や軍で使用されている。フソウ星にて交渉団メンバーが会合し、交渉方針について話し合うために移動するのだが強硬派はここでもぬかりなく準備を続けた。

「フソウ星では国防議長が飛行場まで車を回してくれています。補佐官殿は私と共に会議場に、副官殿二名は別室にて待機するようにとのことです。三人とも拳銃はお持ちですか?」

三人共懐から拳銃を出した。ドーマエはワルサー社製のP380、オーツカは留学先であったスイス宇宙軍から記念に贈呈されたシグザウェル社のSP470を、フルサワは百機撃墜記録の際に軍需協会から贈呈された金でフルサワの名前が彫られたナンブ拳銃を所持していた。

「ここからは皇国内とはいえ敵勢力による襲撃などが起こりかねない状況なので気をつけて行きましょう。私は短機関銃を持っているので大丈夫ですが皆様の安全を確保せねばならないので。」

全員が拳銃を確認した少し後にフソウ星のハネダについた。

「では、まず最初に私が降りるので続いて補佐官殿が降りてください。副官殿二名はその後にお願いします。」

キジマ大尉がタラップを降りた後間を置いてドーマエが降りた。

「補佐官殿、こちらです。」

車に乗り込んだドーマエ一行は国防議長邸に向かった。国防議長邸でドーマエはサイゴウと会談した。サイゴウとドーマエは内密に宇宙軍の交渉姿勢の方針を決めた。軟弱派が反対しても多数決でこちらが押し切れるからだ。方針の決定は三十分程で終わった。

外務省第二会議室、各参加者がそれぞれ思惑を持ってその部屋に入った。彼らの腹の探り合いが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る