エピソード10「ト号作戦」

イブキ喪失から二ヶ月後、ドーマエはイセ副長としてト号作戦に当たった。ヒュウガを旗艦としてイセ、空母ハクリュウとコクリュウ、駆逐艦六を連れた陽動艦隊、言い方を変えれば囮艦隊である本艦隊はオールファイターズキャリア二隻分の戦闘機に守られて進んでいた。下手すれば全滅、よくても複数艦の損失は必至という艦隊の先頭にたつのはヒュウガ、そして二番艦としてイセが続く。イセは新型圧縮装置を搭載した三六糎陽電子砲連装五基十門の主砲と艦橋を挟んで前後に六四連装垂直発射管と下部中央にも一つ、計一九二門の垂直発射管、艦首にはチャフやフレアの発射管も兼ねた八門の特別弾発射管、艦橋左右には五連装迎撃誘導弾発射管、そしてケースメイト式高射砲を片舷四門、甲板上部に単装高射砲四門、下部にも同じく。対空機関砲は度重なる増設で四連装一四基を甲板上部に、連装四基を甲板下部に備えて搭載機二四機、後部甲板と下部甲板(開閉式)にカタパルトを搭載、機体の回収は両舷の折りたたみ式アームで行う。ドーマエは甲板のカタパルトから発進するシンデンを見つめていた。

「ドーマエ副長。」

ドーマエを呼んだのは操艦の神様と呼ばれるイセ艦長のコーサク・アルガ大佐である。

「アルガ艦長。なんですか?」

対空演習では高射兵器の指揮を執るドーマエと操艦するアルガは息ピッタリであった。今回もその二者がいるため乗員は安心していた。

「リラックスしろよ。いつも通りにな。そろそろ高射指揮所に入っておけ。」

「了解しました。」

敬礼をしてエレベーターを使い戦闘指揮所から一階下の高射指揮所へ入った。戦闘指揮所と高射指揮所の違いは戦闘指揮所では操艦の指示や機関の確認から対艦、空戦闘まで全ての指揮をとるが対艦指揮所や対空指揮所はそれの補佐をするのである。アルガは対空指揮所のドーマエに対空射撃の指揮を一任していた。

「電探に感あり!敵編隊です!その数約二千機!正面、上下角+二〇度!」

「一番、二番主砲塔対空射撃用意!」

ドーマエが命令を下す。

「対空射撃用意よし!」

「敵編隊分散します!正面には旧式機、両翼に新型機を展開している模様!」

前に聞いたソ号作戦の時と全く同じ戦法だ。

「よし、艦内電話を戦闘指揮所に繋げ。」

アルガが出た。

「ドーマエ、どうした?」

「艦長、敵編隊の数を見るに我艦隊が突破できるとは思えません。ここは我々が囮となり、敵航空隊を引きつけましょう。」

アルガはこの提案を受け入れた。

「良いだろう。お前の高射指揮で俺達も生き残るからな。ドーマエ、しっかり頼むぞ。俺はかわすことに専念する。」

と言うとアルガは全速前進を命じると共に韓国軍に対して平文で

「かかってこいよクソ野郎」

と打電した。韓国軍はイセに集中攻撃を仕掛けんとしていた。

「正面の編隊をロック!」

「ロック完了!」

「一番、二番主砲、斉射!」

電子の網が敵編隊の一部を消し飛ばした。

「各主砲塔、分火射撃!」

ドーマエが発令する。

「各高射砲及び機関砲は近接対空戦闘用意!」

両翼に別れた敵編隊が襲いかかってくる。

「撃ち方始め!」

アルガ艦長も回避運動を始めた。イセはすぐに敵機に覆われそうになる。

「誘導弾はそれぞれロック!」

ドーマエが叫んだ。

「ロック完了! 」

「よし、全誘導弾を叩き込んでやれ。」

二百弱の誘導弾が飛翔して敵編隊を葬る。穴ができたところでアルガがそこにイセを滑り込ませる。

「再装填!」

誘導弾が弾薬庫から装填される。その時、複数の機体が敵編隊を破って加勢に来た。先月採用された九八式艦戦シンデンの後継機、零式艦戦である。マルチロール戦闘機であるシンデンに対し対空戦闘に特化した零戦で、機首の二〇ミリ機関砲四門に加えて主翼に三〇ミリ機関砲を各一門搭載。対艦誘導弾はシンデンの二本から一本へと減ったが対空誘導弾がシンデンの六本から十本へと増えた。そして最大の特色が主翼の付け根に左上下、右上下の四箇所に二つずつ補助ノズルがついていることだ。これは不規則な動きをして敵の機銃から逃れそして後ろに回り込むための機動が可能なノズルだった。これもあって旋回性能、速度、火力においてシンデンを上回っていた。第二方面艦隊には八機が納入されておりその中のトップエース八人に当てられていた。撃墜機数のカウントは各機体備え付けのコンピューターが自機の誘導弾か機銃が撃墜した機体をカウントしてエンジンキーも兼ねた各パイロットの識別電子カードに記録されていく。これは敵に鹵獲された祭に発動機を起動させない様にするためでもあり戦果を正確に測る為でもあった。フルサワはインチョンに来襲した爆撃機等を撃墜したこともあるため後五機で3桁に届くレベルであるので当然トップエース八人に入っていた。

「敵が多いな。」

フルサワが機体を滑らして機銃をかわす。敵のソビエト大公国製戦闘機、il18がついてきた。新鋭でシンデンと互角の性能を持つ。後ろにつかれた。

「あれをやるか。」

そうつぶやくと右手で操縦桿を思いっきり引いて左手でスロットルを絞りつつスロットルレバーについている下向きの補助ノズルのスイッチを入れた。宙返りである。とても鋭い機動で敵の後方につくと楽々機関砲を叩き込んだ。演習でもシンデンには不可能な機動で楽々後ろをとれるためフルサワはこの機体を気に入っていた。確かにクセのある操縦性だがこれを乗りこなせれば最強であると信じていた。フルサワが編み出したこのループはまだ味方にすら教えていない。

「ん?あれはまずい」

イセの後方左斜め下から敵の旧式機十二機がイセに体当たりを敢行しようとしている。イセは他の機体に精一杯である。フルサワはその編隊をロックすると全誘導弾を放った。そしてフルスロットルで敵に向かう。一気に爆発した十の機体を超えて二機が体当たり寸前である。フルサワが一機を撃墜し、もう一機は艦載の機関砲に捉えられて四散した。

「零戦は敵の新鋭戦闘機の相手を、シンデンは体当たりを図る敵を狙え!」

出撃前のブリーフィングでも言われていたことを無線で繰り返す。だが圧倒的な数の差ではどうしてもそれができない。il18に格闘戦に持ち込まれたシンデンがフルサワの目の前で撃墜される。

「くそ!」

フルサワは素早く旋回させるとその機体と巴戦に入った。だがフルサワはすぐ旋回を止めると敵に後ろをあえて取らせた。il18はこの機体が初心者だと勘違いしたのか後ろについた。

「バカめ。」

そう呟いたフルサワの機体が敵の視界から消えたのはその瞬間だった。レーダーは上に反応している。だが凄い短い半径で宙返りをしたフルサワに後ろを取られた。敵は右旋回を図る。だがフルサワはそれより更に短い半径で旋回すると一気に撃墜した。補助ノズルによる旋回性能の向上は素晴らしいものだった。空母艦載機による支援の元イセは戦い続けていた。巧みな操艦と対空戦闘で未だに被害を受けていなかったイセであったが乗組員も疲労がたまってきた。そうなると集中力も落ちる。遂に一機の戦闘機が体当たりした。鈍い音に一瞬遅れて爆発音が響きわたった。

「被害報告!」

ドーマエとアルガが同時に怒鳴った。

「はっ!左舷上甲板機関砲群応答無し、全滅しました。」

これで左舷の近接防空能力はかなり削がれた。

「そうか、主砲を左舷に向けろ。」

「敵機左舷に集中していきます!」

「誘導弾、左舷の敵をロックしろ!」

「ロック完了!」

「よし、発射!」

全誘導弾を左舷に向けたということは必然的に弱点は左舷だと敵に教えたようなものである。スペースの都合で次が最後の誘導弾だが万一の対艦戦闘に備えて対艦誘導弾であったため使えはしない。迎撃誘導弾も早々に使ってしまったために今や陽電子兵器に任せる他なかった。落としても落としても湧いてくる敵の戦闘機が放った対艦誘導弾がイセの左舷のケースメイト式高射砲に命中した。

「被弾!誘導弾二本!左舷ケースメイト式高射砲全滅しました。これにより左舷の防空火力は0になりました。」

アルガにも同じ報告が入った。そこから先は一方的であった。左舷の高射火器が沈黙してから五分後には左舷後方から機関室とエネルギー室に敵機が体当たりしてイセはただの浮遊物となってしまった。その七分後には対艦誘導弾庫にも体当たりされ誘導弾が誘爆した。船体に内側からひびが入ってこれ以上は耐えられそうになかった。アルガ艦長は総員退艦を命じた。

「総員退艦!」

ドーマエも指揮下の部隊に退艦を命じると戦闘艦橋へと階段で上がった。

「艦長……。」

そこではアルガ大佐が自身をロープで艦橋の柱に結びつけていた。

「艦長、私もお供いたします。」

ドーマエがそう言った瞬間に怒鳴り声が飛んできた。

「バカ野郎!!貴様は何歳だ?」

「はっ!21歳であります!」

ドーマエが反射的に答える。

「まだ若いじゃねえか。イセも若いお前には仇を討って欲しいと思ってるさ。イセと運命を共にするのは艦長で老いぼれの俺だけでいい。」

47歳のアルガが続いて命令を下した。

「最後の艦長命令だ。ドーマエ副長に退艦、そして生存者の確認と司令部への報告を命ずる。」

「はっ!」

そしてドーマエは最後にと前置きして聞いた。

「お別れとして何かいただけるものはありませんか?」

アルガは笑って答えた。

「よし、俺がかぶってる戦闘帽と後はそこの小包を頼む。小包はクレ星にすんでる家族に届けてくれ。」

「わかりました!いずれヤスクニ神社で会いましょう。では失礼いたします!」

ドーマエは涙を隠しながら敬礼すると戦闘指揮所から離れた。脱出用ハッチで防護服を来て宇宙空間へと出た。ふと艦橋を振り返ると窓から一瞬アルガの笑顔が見えた気がした。ドーマエは背中の陽電子エンジンを起動させるとイセから離れていった。やがてカゲロウ型駆逐艦のノワキが来て生存者を救助していた際に内火艇に拾って貰ったがノワキに敵が攻撃を集中しノワキも総員退艦を命じた。続いては戦闘機の支援の中駆逐艦ソラナミが救助にきて二隻の生存者の収容を終えると囮艦隊は撤退した。

イセは沈没したがト号作戦は大成功に終わった。ソウル星は政府機関を除いて大量の特殊核弾頭を搭載した対地誘導弾によって更地にされた。ト号作戦の終了間際にキム・ソグォンを中心とした残存艦隊は北京星に渡って亡命朝鮮政府を作り上げたが韓国政府は皇国にわずか半年で無条件降伏した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る