エピソード7「要塞戦後編」
巡洋艦イブキが機関停止と退艦を命じる十五分前にオーツカのイ250をはじめとする五隻の中型潜宙艦から情報主任のコジマと機械兵士二十体、予備情報官四名が小型潜宙艇で要塞本部の緊急脱出ハッチに取り付いた。
「よし、ハッチのコンピューターをハッキングしろ!」
コジマの声に合わせてハッチのロックが開けられ機械兵二型とコジマ達情報士官が入る。そしてハッチを閉めて与圧した。
「敵二体!」
センサーが反応して敵の存在を知らせる。機械兵士二型の左腕の陽電子砲が光った。敵が吹き飛ぶ。
「行け。」
白兵戦用スーツを身につけたコジマは機械兵に守られて制御コンピューター室へと侵入した。パネルを動かして制御装置へのハッキングを開始する。何重にもセキュリティがかけられているがこんなの情報士官にかかればたやすい、士官学校の情報科の試験の方が難しい位だ。セキュリティを解き終わると要塞のレーダーと主砲をまず点検改装モードにしてダウンさせた。続いて陽電子エネルギー庫も点検モードでダウン、最後に誘導弾発射装置に観艦式と認識させてすべての要塞火器を使用不能にした。侵入開始から20分である。
「要塞機能停止です。」
個人端末で旗艦に連絡する。
「よろしい。放送モードで要塞内の兵員に投降をうながせ。」
イノウエは余計な血が流れるのを見たくないようだ。
「了解しました。」
要塞内放送でインチョン宇宙要塞のすべての機能が停止したことを告げた。これによって大韓王国軍は投降した。そのままインチョン星駐留軍も降伏したため技術班が要塞の再プログラミングをしている間に輸送艦で器具を移して皇国の前線基地へと姿を変えた。
コジマからの連絡が入ったイブキでは
「助かった。」
とドーマエが呟いた。ドーマエはすぐに戦闘中止を命令して艦内放送マイクを手にとった。
「インチョン宇宙要塞は陥落した。これより本艦はドックに入る。退艦は中止、退艦した兵士はハッチより艦内に戻るように。内火艇をだして退艦した兵を助けよ。」
すでに戦闘を中止した巡洋戦隊は内火艇でイブキの兵士を救助していた。ドックに入る前に工作艦アカシによって機関の応急処置を施すと自走でドックへと入った。ドック内が与圧されて艦の外に出られるようになるとハッチを開けて上甲板へと出た。そのまま艦尾へ向けて歩いていく。四番主砲塔は跡形もなく乗員の遺体も無かった。艦尾のタラップからドッグの床に降りると右舷ケースメイト式高射砲室に向けて歩を進める。入射口がありそこから中が望める。ここに配属されていた第二高射隊は全滅、遺体は見えない。入射口から入って居住区も見る。酷い有様だった。隔壁にも陰電子を流しているため止められたが危ないところだった。そのまま艦橋へと戻った。そこに整備長のヤマキ少佐が来ていた。
「ドーマエ中佐、器具が移されたばかりのここではこれだけの傷は治せませんね、クレ星の大型ドックなら治せるでしょうが。」
ドーマエはため息をついた。
「クレ星か、あそこのドックもまだ修理できてないだろ、空襲受けたばかりだしな。そうなるとしばらく前線には出れんな。」
「できる限りのことはしますがおそらく居住区がなんとかなる程度でしょう、主砲塔も新しく設置しなければなりません。それだけの設備をもったのは近くだとやはり第三方面艦隊のサセボ星か本国のフソウ星になりますね。」
「兵の補充もせねばならないしな。」
ドーマエは再びため息をつく。
「そうですね、兵の補充は難しいでしょうね。熟練の兵士は基本前線に配属ですし第一方面艦隊からは引き抜けません。そうなると補充兵は徴兵された新兵しかいませんからね。」
整備長も残念そうな口調だ。
「新兵か、練度は最悪だろうな。」
「でしょうね、これから対同盟戦が続くと新兵ばかりですからね。今のうちに国は招集かけて訓練しているようですが。」
ヤマキの言葉をドーマエが引き継いだ。
「今更遅いな。」
「ええ、とりあえず私はできる限りの修理をしたいので失礼します。」
整備長が出ていくと入れ替わりで通信文を持った兵が入ってきた。
「アカギからです。」
そういって紙を差し出す。
「うん。」
と言って文面を見ると「フソウ星ニテ新技術実験を行ウタメ巡洋艦イブキハフソウ星ニ向カエ」と書いてある。
「ヤマキ整備長!直ぐに出港したい。出港は可能か?」
艦橋のハンドマイクに喋ったドーマエは相手の反応を待つ。
「いえ、不可能です。居住区整備に後一時間ほど下さい。それとこの機関だと四ノットだすのが限界で超光速航行は無理ですから曳航してもらって下さい。曳航艦は私が手配します。」
「分かった。手空き総員は誘導弾の補給を行え。ここは最前線宙域である。頼むぞ。全ての発射管に対空誘導弾を込めておけ。」
誘導弾の補給も終わると曳航艦に駆逐艦カスミ、護衛に駆逐艦ソラナミがついた。
「機関始動!駆逐艦カスミの後方に付け。」
ジョイスティックを操舵手が操ってピタリとソラナミの後ろに付ける。まさしく熟練の技でありこれから新兵を入れるという現実が再びのしかかってきた。
「曳航用特殊ワイヤーが来ました。」
「接続!」
接続した瞬間に曳航が始まった。駆逐艦カスミが引っ張っていく。ゲートを通り抜けてフソウ星のオサダ造船所ドックに入る。事前に破損箇所は連絡してあったためすぐに機械が作動し出す。
「よし、配属される新兵を見に行くか。タカハマ中尉は来てくれ。」
タカハマ中尉は左舷高射長で新しく右舷ケースメイト式高射隊に配属される兵士を見に行こうと思ったのだ。新兵達は隣のドックに入った練習艦から降りてきた。見ると17、8余りの若き二等水兵である。
「貴様等、配属艦はどこであるか。 」
ドーマエが聞くと自分達とそう年齢の変わらないドーマエを見て一瞬安堵した表情を見せたが中佐の階級章と菊花勲章を見てあわてて直立不動の姿勢をとる。
「はっ!巡洋艦イブキであります。」
ドーマエはそのまま新兵に伝えた。
「そうか、お前らか。俺はユーキ・ドーマエ中佐。現在はそこで修理中の巡洋艦イブキの艦長だ。よろしくな。」
続いて左舷高射長のタカハマが口を開いた。
「俺は左舷高射長のタカハマ中尉だ。貴様等の腕前を見させてもらう。」
新兵は顔に不安とはっきり書いてあるかのような表情をしている。
「まあ一週間はドック入りするだろうからな。鍛える時間はたっぷりある。」
新兵はただ顔に恐怖の表情を浮かべていた。
「総員練習艦に乗艦せよ!」
タカハマはドーマエを振り返った。
「艦長も御一緒します?」
ドーマエはただ一言
「ああ」
と答えた。
「左舷ケースメイト式高射砲試験を行う!第一砲組用意!」
砲組は砲長、射手、電探手、圧縮装置手の四名からなる。電探のデータを艦橋と共有して照準、自艦のみの防衛を図る個艦防空、複数の艦艇がそれぞれ定点を射撃することによって艦隊全体を守る艦隊防空の二つの防空方法があるが今回は個艦防空を試験する。又高射砲であっても突進してくる駆逐艦の排除等の対艦任務も帯びているため対艦射撃試験も行う。
「目標ドローン射出!」
コンピューターに制御された無人標的機が宇宙空間へと飛び立った。難易度は易、普、難、激難と四段階あるが熟練砲組だと激難ですら余裕で撃墜することができる。難易度は勿論激難である。
「エネルギー弁開け!」
陽電子をチャージするパイプが開かれて砲に陽電子がチャージされる。
「点検射!撃てっ!」
陽電子が放たれる。
「動作確認よし!」
砲長が叫ぶ。
「よろしい、対空射撃訓練を開始する。ドローンは五機、全てを撃墜しろ。ここらは砲長が指揮をとれ。」
イブキの高射砲員ならすぐに叩き落とせるだろう。そしてすぐに第一射が放たれた。電探手と射手が組み合ってない。大きく外れてしまった。一応目標ドローンは対艦攻撃体制で突入してくるので当てるのは容易である。激難では陽動する機体もあるが陽動に見事にはまってしまった。
「くそ!再圧縮!」
砲長の悔しそうな声とともに陽電子が圧縮された。
「圧縮よし!」
「電探手はロックせよ。」
「ロック完了!」
「よし、撃て!」
ジグザグで突っ込んできた機体に容易にかわされた。
「もういい。お前らは下がれ。」
呆れた口調でタカハマ中尉が言った。
「次、第二砲組!」
テストは続いた。
「あー、腕が上がらねえ。」
結局満足にできた砲組は無く全員もれなく腕立て伏せという罰則を食らっていた。勿論のことだが鬼であるタカハマがどれだけの数を彼らに課したのかはわからないが。
「おい新兵。」
ドーマエの声に全員が振り返る。次は何をやらされるのかという不安の表情である。
「そう怖がるな。今から新乗組員の歓迎を行うから早く来い。」
大食堂では調理兵が豪華な食事を作っていた。
「全員集まったな。」
ドーマエが確認する。
「総員の集合を確認。」
相変わらず仕事の早い副長にドーマエは感謝した。
「よし、では前のインチョン要塞会戦の後に我々の新しい家族が来た。四番主砲塔乗員十名、左舷高射要員が十七名だ。」
家族というのは乗員の一致団結を図るためにドーマエが乗員の事をそう呼んでいるのだ。
「では、自己紹介をしてもらおうか。」
その一言を皮切りにまだあどけなさの残る少年兵が自己紹介を始めた。なんとそのうち一人はまだ16歳である。
「よし、自己紹介は終わったな。続いて全員いるところで今後の本艦の予定を説明する。」
全員が静まった。メリハリがはっきりつけられる乗組員をドーマエは信頼していた。新兵もそれにつられて黙った。
「まずこのフソウ星ドックで前回の戦いで負った傷を直す。その後第二方面艦隊に復帰する。ここの整備長と話をしてイノウエ元帥とも話をしたが恐らく次の実戦は敵の首都、ソウル星を目指した戦いになる。というよりそこにギリギリ復帰が間に合うかどうかという所だ。激戦が予想されるため新兵はもちろん、もとからいる乗組員も訓練を怠らないように。よし、では食事するぞ。新兵の配属を祝って乾杯!」
「乾杯!」
酒をガブガブと飲む乗組員もいる。ドーマエは料理を食べ始めた。ステーキが出ていてとてと豪華な食事だ。普段の質素な航行食とは大違いである。やがて腹を膨らませた乗組員は新兵に絡み始めた。ドーマエは程々にするようにとだけ伝えて艦長室に戻ると普段とは違って起きてるにも関わらず鍵を閉めると端末をたちあげた。調べるのは十一年前の戦艦ヒラヌマ轟沈事件である。かつて日韓戦争で艦隊を三つに分けて包囲する戦法を用いて敵艦隊を翻弄した皇国英雄のタツキ・オカ元帥が乗っていたコンゴウ級戦艦ヒラヌマがエネルギー暴走が原因で駆逐艦五を巻き込んで轟沈した事件である。容姿端麗でカリスマ性を兼ね備えたタツキ・オカは国民から人気であったため国葬には30億人が参列した。この事件では駆逐艦五、戦艦ヒラヌマの計六隻の乗員は全員戦死、生存者は無し。これが公式記録だが不思議なのが付近のドックの整備士や付近を飛んでいたと思われる第六七戦闘機隊に一切の被害がないことである。さらに軍港に停泊しているにも関わらず乗員は全員死亡し司令官のオカ元帥も殉職したのだ。普通ならば半舷上陸でかなりの乗員は難をのがれることができるはずだが停泊中なのに上陸者がいなかったことになる。ドーマエはこの状況からいくつかの仮説を立てた。
一、乗員は国の命令で秘密任務についており生存が秘匿されている
二、タツキ・オカが反乱か拉致か原因不明だが艦隊を連れて脱走、1部沈没艦は脱走時の戦闘によるものかもしれない。
三、すでになんらかの形で撃沈されており、英雄の戦死による国民の士気に影響が及ぶことを恐れ秘匿するための発表だった。
四、本当に事故が起きた。
この四つの仮説を様々な角度で検証して真実を知ろうとしているがその事件の情報がかなり制限されていて情報が手に入らない。
「やっぱり一の仮説はありえないか。」
独り言をつぶやく。一の仮説、秘密任務に戦艦が出向くことがおかしい。潜宙艦や駆逐艦が秘密任務ならわかるがわざわざ戦艦を出す理由がわからない。
「二は有り得なくはないがどうしても国を出ていく理由がわからない。」
オカは国家英雄にもなった軍人、つまり頭脳明晰なわけであるがそれにしては不可思議である。普通は国から脱走したら追撃されるだろう。この時の追撃戦で撃沈された可能性もある。
「三が一番ありえるんだけど既に日韓戦争は終了してしばらく経っているしタイミングが謎か。それに四はこれだけの不自然な状況が説明できない。」
やはり二か三に絞られるのだが可能性を狭めることを拒んであえて可能性を残してある。新しく気がついたことを端末のメモに書き込んでいるとノックされた。
「艦長、失礼します。」
端末をスリープさせると兵士が入れるように鍵を開けてやった。
「電文です。技術二課からです。」
技術二課、ここは確か艦隊の兵装である陽電子砲や誘導弾、特別弾の開発を行うところだ。
「で、なんだ?」
技術二課が一艦長に電文を送るなど尋常ではない。
「はっ!読み上げます!「巡洋艦イブキ艦長ドーマエ中佐ハ明日オサダ第一試射場ニ出頭サレタシ」以上であります!」
「ほう、そうか。ありがとうな。戻っていいぞ。」
兵士を戻すと第一種正装を用意した。一艦長にわざわざ電文が寄越されるなど変な気がしたが呼ばれたからには行かなければならない。
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