◆第六章

*手駒

「一体どうなってんだ!?」

 キリアは、さして広くもない室内をうろうろと歩き回り、どうにも納得が出来ず声を張り上げた。

 ベリルの正体に関するデータが全て消え、いくら探しても見つからない。組織で奴のことを知っているのは俺だけのはずなのに誰が消した。

 いや、もしあれを見たなら、消去などするはずがない。それともデータをコピーして、元を削除したのか。

 もしも、そんなことをする奴がいるとすれば俺以外には考えられない。組織の奴らはボスに従順で反抗心など欠片もないのだから。

 いっそのこと暴露してやろうと話し出せば、途端に口が動かなくなる。まるで、何かの力で押さえつけられたように、がんとして唇は閉じたままなのだ。

 犬にさえ話せない。これはもう、恐怖でしかない。知らない間に、誰かに何かをされたのか。

 近づく奴に俺が気がつかないなんてあるのか。いいや、そんなことある訳がない。寝ていても何かが近づけばすぐに気がつく。

 もしやガスでも使われたのか。そこまでしてそいつに得があるのか──だめだ、いくら考えても解らない。

「落ち着け、落ち着け。ゆっくり考えよう」

 これは、得体の知れない何かからの命令に従っている気がしてならない。こんな恐怖は初めてだ。

「奴に関わってから俺はおかしくなったのか?」

 あいつはただのつぎはぎだ、俺に何かをするような力なんてない。そのはずだ。仮にその力があるならば、あのときにそれをやっていたはずだ。

「他に。他には何かなかったか」

 顔を歪ませて記憶を絞り出す。

「──そういえば。データを消去する直前、女の声のようなものが聞こえた気がする」

 うん、そうだ。若い女の声だった。

 その声に聞き覚えは無かったかと必死に記憶をたどるも、そんな若い声の女なんて殺した人間の中にしかいない。

「いや、待てよ?」

 殺してはいないが、一人いたな。

 ベリルあいつの後ろにいたあの女、どうせ闘うことも出来ない奴だと思って無視したが──考えられるのはそいつしかない。どんな声かも知らない女だ。

「ボスはあの女を求めていた。何か妙な力を持っていたとしても、不思議じゃない」

 セラネアも妙な存在感を放ち、弱小だった組織を手早く大きくした。おかしな力を使ったのだとすれば納得がいく。

 あのとき、女をすぐに捕まえなかったのは、奴との交渉を進めるためだ。

 ボスの命令など後回しにしたって問題ない。あんなガキの一人くらい、すぐに捕まえられる。最終的に完遂すればいいのだから、急ぐ必要がどこにある。

 キリアは自分の腕に自信があった。現に、あれだけの数の敵がいても見つからずに戻ってくる事が出来た。唯一、気配に気がついたのはあのつぎはぎだけだ。

 俺の期待を裏切らず、のこのこと現れた。あれだけ雑多な気配のなか、息を殺していた俺に気がつくなんて賞賛に値する。

 そしてベリルを見た瞬間、キリアは自分と同じ匂いを感じた。

「こいつは、上手くすればもっと強くなる」──こいつを使えば、さらなる権力が手に入る。つぎはぎだろうと、人間じゃなかろうと、そんなことはどうだっていい。

 そんな俺の計画を水の泡にしてくれた。

「あの女──」

 横からいけしゃあしゃあと、俺に何をしやがった。闘うことも出来ないガキのくせに、俺の邪魔をするつもりか。

 キリアは怒りで口角を吊り上げ、薄暗い宙を見つめた。

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