*盛挙の胎動-せいきょのたいどう-

 ──その場所は、地下にある。

 特定の人間たちが出入りし、棲み着き、武装している。どこあるのかさえも隠され、誰に知られることもなく、彼らは犯罪世界で暗躍している。

 数百メートルにも掘り下げられた地下は、数々の用途に別れて区切られておりその中に一際、違和感を放つ一室がある。

 コンクリートが剥き出しの部屋とは違い、この空間だけはヨーロッパの宮廷を思わせる装飾が施されていた。

「この男は?」

 四十代ほどの男は、眼前にひざまずく細身の男に威圧的な目を向けて低く問いかける。

 自分が王にでもなった気でいるのか、宝石が散りばめられた玉座のごとき椅子に腰を落とし、天井から吊り下げられた大きなディスプレイに映し出される青年に眉を寄せる。

 質素な色合いだが高価だと思わせる生地を使った優雅な服に身を包み、金色とも取れる不可思議な瞳は鋭く、背中までの漆黒の髪を乱暴に流している。

「ベリル・レジデントと言うやからです」

「こやつがわれの邪魔をしているのか」

 部下と見られる男には目も向けず、片肘を突きディスプレイのベリルを睨み付けた。

「何者だ」

「どうやら、傭兵のようです」

「傭兵?」

 男は顔をしかめて、説明している部下に静かな怒りを込めた視線を送る。

「たった一人の傭兵ごときに、貴様たちは何をしている」

「も、申し訳ございません」

 刺すような眼差しに恐怖を感じ目を泳がせた。

「何故こんな傭兵ごときに──」

「年齢は二十五歳。そのたぐまれなる戦闘センスから、素晴らしき傭兵と仲間たちの間では呼ばれているそうです」

「ほう?」

 関心を寄せるように、次々と映し出されるベリルの画像に目を眇める。

「それが、失敗の理由だとでも言いたいのか」

 言い訳としか思えない言葉に部下の男を睨みつけた。

「そ、それは──っ」

 怒りを込めた声色に体が強ばる。もはや、何を言っても殺されるのではないかとさえ思えた。

「まあいい。次は失敗するな」

「は、はい。それではセラネア様。失礼いたします」

 ホッと一礼し、部屋をあとにする。

「我の偉大なる計画を邪魔する者は、何人なんぴとたりとも捨て置けぬ」

 低く、冷たい声でつぶやいた。



 ──ベリルたちはダーウィンからアデレードを目指し三日目の野営を始めた。北から南、まさに端から端に縦断する形だ。

 乾燥した荒野に転がる朽ち木を投げ入れると、炎の中でパチパチと音を立てる。見渡す限り明かりはまったく見えない代わりに、空は溜息があがるほどの美しさだった。

「眠れないのか」

「はい」

 夜食を終えて炎の番をしているベリルの背後からミレアが近づく。

 ふと、アレウスに目を向ける。彼は車の荷台で星空を見上げていた。

 少女は相変わらず何を考えているのか解らないベリルの表情に少し躊躇いつつも、彼の腰掛けている椅子代わりの倒木にちょこんと腰を落とした。

 並んで座った二人は、しばらく無言で暖かな炎を見つめる。

「実は」

「ん」

「郷を出てから、よく眠れてはいないのです」

 追われ、捕らわれる恐怖からミレアはまともに眠ることが出来ないでいた。

「そうか」

 ベリルはそれに労りも慰める事もなく、ひと言それだけを発すると再び無言になる。少女は炎の色に染まる青年の横顔を見つめた。

 エメラルドの瞳は、炎の中にあってその輝きをなくさない。

「あなたは──不思議な人です」

「そうかね?」

 とぼけるように肩をすくめる。

「兵士、なのでしょう? なのに、あなたからはそれを感じません」

 ミレアの瞳は炎の色も重なってより一層、赤くベリルを見上げていた。

 少女を見下ろす、落ち着き払った面持ちは「何も心配する事は無い」と語りかけているようだった。

「私が怖くはないのか」

 今までの自分の表情を悟られていた事にミレアはハッとする。

「──だから、余計にそう思うのかもしれません」

 わたしは戦いという雰囲気に慣れている訳ではないので、とても怖いです。

「その中で、あなたは淡々と戦っている。それが、とても怖い」

 けれど、よく考えてみれば、それが勝つための要素でもあるのですよね。感情的になっていても勝てる訳じゃない。

「あなたは、わたしたちの命も背負っているのですから」

 それなのに、怖いだなんて失礼なことを考えてごめんなさい。

 身を縮こまらせて顔を伏せる。

「これが私の仕事だ」

 安心させるように笑みを見せると、ミレアも笑顔で応えた。

 話をしたことで、今までの緊張が嘘のように晴れた気がする。初めて見たときと変わらず、彼の瞳は何かを湛えている。

 それは優しさなのだろうか、厳しさなのだろうか。その両方かもしれない。

「あの、あなたの隣で寝てもいいでしょうか?」

「構わんが」

 こんな所で寝られるのかと心配気味の声を返す。

「あなたの側にいると、とても落ち着くのです」

 照れくさそうに答えたミレアに、ベリルは何も言わず首をクイと傾けて了解した。

「ありがとう!」

 笑顔で即座に置いてあった毛布にくるまり、青年の右肩にもたれかかって目を閉じた。

 しばらくすると少女から静かな寝息が聞こえてくる。今までの疲れから、すぐに眠りに就いたようだ。

 彼女に一体、何があるのだろうか。こうまでして彼女を狙う理由とは一体、何だ?

「余計な詮索せんさくは無用だ」

 気がつけば空を見ていたアレウスが背後に立っていた。

「人の心も読めるのか」

「いいや。今のお前が考えていることは大体、解る」

 そう言ってベリルのすぐ後ろで立ち止まった。この状態で敵が来たら終わるなとベリルは眉を寄せつつ薄笑いを浮かべる。

「ミレア様はまだ、十七歳だ」

 ベリルはそれに少女を一瞥した。

「本来ならば、外に出た仲間の所に一度、身を預け世界を知る。俺もそうだった。だが、ミレア様はそれが出来ない」

「彼女の地位のためか?」

 アレウスは無言で頷いた。

「ミレア様は、我らを統率する者の血筋だ。それを護るのが俺の一族。だから俺は数年、外の世界を知ったあと、郷に戻ってミレア様に世界をお教えした」

「なるほど。それでお前たちに違和感が無かった訳か」

「正直、お前がいて助かった」

 思ってもみなかった言葉にベリルは頭を上げる。

「俺はこの土地を知らない。必死でミレア様を追いかけたが、俺だけではどうすることも出来なかっただろう」

 あれほどベリルを警戒していたのに、この変わり様はどうしたことだ。

 なんの警戒心も示さず安心しきった顔で眠っているミレアを見て、アレウスはギスギスしている自分がなんだか大人げないようにも思え、今の気持ちを素直に口にした。

「お前一人に全て頼るのは間違っていると思うが、俺たちにはどうしていいか解らない」

 このまま郷に帰っても、再び連れ去られるかもしれない。生涯にわたり、ミレア様を守り切れる自信がない。

「そう思うなら、情報を頂きたいのだがね」

「すまない。それだけは、出来ない」

 悔しげに答える。

 話したくても話せない。そう言っているようにも受け取れた。ベリルは仕方がないと溜息を吐き、どのみちやることは一つだと目を閉じた。



 ──朝になり、ゆっくりと目を覚ましたミレアは大きく伸びをする。

 こんなにぐっすり眠れたのはいつ振りだろうかと、消えているたき火の跡を寝ぼけ眼でぼんやりと見つめた。

「おはよう」

「あ。おはようございます」

 ベリルの声にはたと我に返り、慌てて挨拶を返す。顔が近くて心臓が飛び出るかと思ったけれど、肩を借りて寝たのだから当たり前の距離だ。

 ベリルはミレアが目覚めた事を確認し、ゆっくり立ち上がって移動の準備を始めた。

「ミレア様。おはようございます」

 移動の準備を手伝いながらアレウスが顔を向ける。

「おはよう。アレウス」

 少女はベリルの後ろ姿を眺めつつ、あれからずっと側にいてくれたのかなと申し訳ない気持ちになった。

 一度も起きなかったところをみると、一晩中じっとしてくれていたのだろうか。自分は重いとは思わないが、腕は痺れなかっただろうか。

 ミレアは毛布をたたみ、トタタとベリルに駆け寄る。

「すみません」

「ん?」

 それだけ発してまた足早に離れていくミレアに、どうして謝られたのか解らないベリルは小首をかしげた。




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※盛挙(せいきょ):盛大な事業。雄大な計画。 

 胎動(たいどう):(2)内面の新しい動き。

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