◆第二章

*凄艶の大地-せいえんのだいち-

 ──ベリルは二人に食事を振る舞うと荷物をまとめて旅の支度を始めた。

 一日くらいはゆっくり作戦を練りたい所だったが、発信器の存在でそうも言っていられない。

 家とガレージを何度か行き来して、オレンジレッドのピックアップトラックにまとめた荷物を積み込んでいく。

 大きなクーラーに三人分の食料、他にも沢山あるようだがアレウスたちにはよく解らない。

 サバイバルに慣れているベリルひとりなら、水と固形食料で済ませる事が可能だが、二人にそれを強いる訳にはいかない。

 追われているというストレスは、栄養と満腹感だけで収まる話でもない。円滑に依頼を遂行するために配慮しなければならない事は多い。

 荷台に積まれた大きなクーラーには、調理している間に頼んでおいたデリバリーサービスからの食材が詰め込まれている。

 狙われる理由が解らない以上、完遂までの日数の予測すら出来ない。第一、何をもってして依頼の終了なのかが解らない。

 敵を一掃すれば完遂なのか、対象がいてそいつを倒せば終わるのか。ここまでの手探り状態は初めてで正直のところ、かなり困惑している。

「どこに行くんだ」

 食べ終わり、荷物を積む作業を手伝うアレウスが心許こころもとなく尋ねた。

 そんなアレウスとは異なり、目の前で行われている旅支度に少女の瞳はどこかしら輝いて見えた。彼女にとって、知らない土地を巡る事は新鮮なのだろう。

 アレウスにはミレアを護るという使命があるためか、ベリルに対してかなりの警戒が窺える。しかし、その上品な言動と容姿のためか少女は緊張もあまりなく青年に接していた。

「ひとまずはポートオーガスタへ。そこからアデレード。車だと数日かかるが、まあ楽しい旅だ」

 車内に大きなバッグを投げ入れて答える。発信器の事もあり、移動には二人からの反対はなかった。

 ここで迎え撃つことも考えたが、敵の規模がわからない段階でそれは得策とはいえず、周辺の住民に危害が及ぶことは避けたい。

 アレウスはふと、初めから荷台に積まれていた荷物に目が留まる。

 撥水加工はっすいかこうが施された深緑のシートで覆われているため、それが何なのかは解らないものの、金属の細長い大きなものだということはなんとなく解った。

「いけるか」

 荷物を積み終わり、二人に旅の始まりを告げる。

 元より、荷物はこの身ひとつの二人には心の準備しかない。アレウスはこれからの不安を胸に、ミレアは知らない場所への好奇心を胸に古びた車に乗り込む。

「後部座席の方が良いのだがね」

 助手席に腰を落としたミレアに眉を寄せる。

 特別仕様の車ではあるものの、がっつり顔が見える席を選ばれては守りづらい。

「景色を目に焼き付けておきたいのです」

「ミレア様がそうおっしゃるのだ」

 親馬鹿かお前はと、あまりのくだらなさに手で顔を覆った。こいつらは自分たちの現状をちゃんと把握出来ているのか。

 どちらかといえば妹のように思っているのかもしれないが、甘やかすにも時と場合を考えてもらいたいものだ。

 王族に会った事があるベリルでも、この二人の扱いには苦労していた。



 ──鮮やかな夕日が大地を染める頃、ベリルたちはとりあえずの最終目的地であるアデレードを目指してダーウィンをあとにする。

「きれい」

 これからが大変だというのに、呑気なものだとベリルは小さく溜息を吐いた。アデレードは南にあり丁度、オーストラリア大陸をくだっていくことになる。

 とはいえ、車の進入が禁止されている自然公園は迂回するしかない。

 ミレアを追いかけていた男たちの動きから、それなりの組織だろうという予測まではついた。彼らにとってよほど重要なものだという事も、狙われている理由を話さない事から見て取れる。

 そうして、いつしかぽつりぽつりと建物が姿を消し、赤い大地がほとんどを占めるようになった。

「建物がなくなりましたね」

「オーストラリアのほとんどは荒れ地なんだよ」

「そうなのですか」

 殺風景な景色にミレアは少し残念そうな顔をしたが、それでも広大な大地に目を輝かせた。

 中国も大陸なのだから広いだろうにと肩をすくめる。とはいえ、山奥で身を潜めるように暮らしていればその広さを実感するのは難しいかもしれない。

 自然環境が過酷なオーストラリアは実に、四十パーセントが非居住地域アネクメネだ。

 河川から海に流入する栄養分も乏しく、広大な排他的経済水域にも関わらず漁業生産は極めて少ないとされる。

 昨今では地球温暖化の影響も重なり、さらに過酷な地となっている。

 ヨーロッパの入植者が持ち込んだ外来種により、多くの在来種が被害に遭った。

 それでも──この地には未だ太古からの精霊が宿っている。そして、過酷な環境下でも諦めなかった入植者たちの血と汗も染みこんでいる。

 それらを愛した師の大地をベリルもまた、気に入っていた。




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凄艶せいえん:ぞっとするほどあでやかなさま。

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