*術よく-すべよく-

「どこに向かっているのですか?」

 目的があるように走っている車にミレアは少しの緊張を覚える。

「私の家に向かっている。落ち着ける場所がいいだろう」

「本当に傭兵なのか?」

 後部座席のアレウスがふと問いかけた。

「何かおかしいか」

「傭兵の動きにしては、素早すぎる」

「もちろん、それなりの訓練はしている」

 言われ馴れた事なのか、肩をすくめつつスムーズに答える。大して傭兵のことなど知らないだろうに。こうも警戒心が強いと、この先が思いやられる。

「何故だ」

「私は大柄とは言えない。体格差のある人間を相手には明らかに不利になる」

 自分に合った闘い方を理解し、理想とする動きにより近づくために常に試行錯誤している。

「傭兵に、そこまでの動きが必要なのか」

「それのみではあまり稼ぎはなくてね」

 時には、単独での仕事も受けることがある。そのための訓練とも言える。

 二人はそれにベリルを見やり、さほど鍛えているとも思えない。着やせするタイプなのかと、とりあえずの納得をした。

「傭兵とは、そういうものなのか」

「仕事の受け方にも寄る。私は選り好みが激しくてね」

 説明しながらも、ベリルは二人について考察していた。

 彼らの言動から推測するに、種族の上位にある彼女を護る役割をアレウスの一族が担っているのだろう。

 遠い昔から代々、受け継がれているのかもしれない。彼の言動からは、脈々と受け継がれている何かを感じる。

 彼らが使っている言語にもベリルは眉を寄せた。英語ではあるが、独特のアクセントが見え隠れしている。

 住んでいた大陸が英語であったとは考えにくい。隠れ住んでいる中国の山奥なら、中国語である方が自然だ。

 それを問うたとて、この二人が知っているとは思えない。いつしか英語が主流となったと考え、言語についての思考を終わらせる。

 彼らの説明を全て鵜呑うのみにするなら、彼女の祖先はかつて王族だったのかもしれない。

 ──そこまでの推測を話したとして、二人はそれに反論はしないだろう。ここまでの話は、彼らの説明をまとめたに過ぎない。

 最も重要である、彼女が狙われている理由を答える気配はまるでない。知られたくないのか、それを知った私が狙う側に転じる事を懸念けねんしてなのか──

 計りかねたが見捨てる事が出来ない以上、しつこく問いかけて敬遠されても困る。その部分については、いずれ解るだろうと詳しく言及しない事にした。



 ──しばらくして、住宅が立ち並ぶ地域に入っていく。緑に囲まれた住宅街は、晴れた空に爽やかな雰囲気をまとっていた。

 速度を落として進む車は、ふいに一件の家の前に止まる。玄関へと続く石畳の通路の右には小さな芝生の庭が拡がり、左には立派なガレージがある。

 オレンジレッドのピックアップトラックは、独りでに開いたシャッターからガレージ内に滑り込む。

 ガレージの後方には扉があり、そこから直接、家に入ることが出来るようになっている。

 握り玉タイプのノブを数秒ほど握ると、微かにカチャリと音がしてベリルがノブをひねると扉が開いた。

 アレウスはそれに目を眇め、最後に扉を閉めるとまたカチャリと音がした。オートロックなのは解るとして、鍵を差し込まずに扉が開いたのは何故なのか。

 入るとすぐにリビングで、二人をソファに促したベリルはそのまま、そこからつながるダイニングに向かった。

 ぱっと見では気付かないが、あちこちにセンサーやカメラが設置されている。至って普通の家に思えてしかし、この家は普通じゃない。さながら小さな要塞だ。

 こいつは一体、何者なんだとアレウスはますますベリルに疑念を抱いた。

「食べたいものはあるか」

「食べたいもの。ですか?」

 水の入ったグラスを受け取ったミレアが聞き返す。

「ここは別宅のようなものでね。まだ食料がない」

 しばらく滞在する予定でいたためその買い出しにと、散歩しつつ店に向かっていたところにミレアたちと遭遇したという訳だ。

「あまり歩き回るなよ。すぐ戻る」

 念を押し、玄関に向かった。扉が閉まった音を確認したアレウスは、さっそくキッチンに入る。

「本当に何も無いな」

 冷蔵庫を開けて溜息を吐く。

 調理道具はひと通り揃っているし、賞味期限の長いスパイス類も棚に並んでいるけれど、肝心の食べ物は一切、置いていない。

 唯一、見つけたのは乾燥パスタくらいだった。

 山奥にいたにしてはアレウスの動きに違和感が無いのは、彼らはある程度の年齢になると集落を離れ、世界各地に移り住む風習があるためだ。

 アレウスは世界を知るため、十三歳で外に住む仲間の元で数年を過ごしたのちに、ミレアの世話役として故郷に戻ってきた。

 十七歳になるミレアはアレウスが見てきたものをよく聞き学び、外の世界を知る。

 外で仕事に就き、稼いだ金で物資などを買い郷に送る。そうして、年齢を積むと集落に戻ってくる。ときには、そこで知り合った人間を連れてくる者もいた。

 しかし、科学はすさまじい発展を遂げている。各家電の多様性も相まって、アレウスにも解らない部分がいつくかあった。

「アレウス。このテレビのリモコンは、これですよね?」

 ミレアはテーブルに置いてあるリモコンを手にして、まじまじと眺める。

「はい。そうだと思います」

 リビングテーブルを囲うように置かれているソファの右斜めに腰を落としながら答えた。質の良い革張りなのか、それに被せられているソファカバーも肌触りが良く二人を落ち着かせる。

「知らない名前が付いているボタンがあります」

 水をひと口含んで喉を潤し、黒い塊を前に思案する。

「ひとまず、解るボタンだけ押せばいいのではないでしょうか」

「それもそうですね」

 アレウスは日本で世間を学んだ。英語をほとんど話す事の出来ない人間の多い日本では、慣れるのにかなり苦労した。

 さらには、独自の解釈で使われている外来語となった英語も多く、それによる誤解や戸惑いは大きかった。

 それを思うと、このオーストラリアという国は実に過ごしやすい。ただし、食事については日本は最高だった。

 二人はドアの開く音がして瞬時に顔を強ばらせたが、「ただいま」の声に安堵する。ベリルは大きな紙袋をダイニングテーブルに乗せ、ペットボトルを手にリビングに足を向けた。

「ベリル、あの──」

「ん?」

 炭酸飲料を流し込み、リモコンを握りしめるミレアに眉を寄せる。



 ──ひと通りリモコンの説明を終えたベリルは、買ってきた食材を冷蔵庫や棚に仕舞っていく。

 二人に目をやると、食い入るようにテレビを見ていた。ミレアは世間を知らないと説明を受けているため解るとして、アレウスは何故なのか。

 しかしふと、ミレアの髪飾りに目が留まった。

「それはいつから付けている」

「え?」

 ミレアは、どうしてそんなことを訊くのかと驚き髪飾りに手をやった。

「これはミレア様の母上の形見だ」

 アレウスは、よこせと手を出すベリルに目を吊り上げる。

「形見?」

「ミレア様の母上は、ミレア様がお生まれになってすぐ他界されたのだ」

「いいから見せろ」

 なるほどそうかと無表情で返し、催促するように差し出した手を揺らす。

「何をする気だ」

「いい加減、信用したらどうなんだ」

 警戒する二人にベリルは大きく溜息を吐き出した。

「簡単に信用できるものか」

 いくら大切なものとはいえ、たかが髪飾りでそこまでの警戒はなんなのかと呆れてしまう。

「壊しはしない」

 それでも睨みつけるアレウスからミレアに視線を移す。少女は躊躇いつつも髪飾りを外し、ベリルに手渡した。

 それほど大きくも重くもなく、鈍い黄金色にツタの彫刻が施された見事なもので赤い髪にとてもよく似合っている。

 どこにも異常はなさそうだが、しばらく眺めていたベリルが少し手を動かすと、髪飾りは軽い音を立てて幾つかの部品に分かれた。

「あ──」

「貴様!? なんてことを」

 掴みかかろうとしたアレウスはふと、ベリルが髪飾りの中から手に取った物に眉を寄せた。

「それは何だ」

「なんですの?」

 とても小さな金属の塊は何かの機械にも見える。

「なるほどね」

 ベリルは納得したように口角をやや吊り上げ、二人に顔を向けた。

「一つ訊く。捕らわれてすぐ逃げた訳では無いのだな」

「二日ほど彼らの所にいたと思います。どこかに運ばれる途中でした」

 目隠しをされていたので、正確な経過時間は解りませんが。

「だから。これは何だ」

 答えないベリルにアレウスは苛つき気味に再度、問いかける。

「発信器だよ」

「あいつら。こんなものを仕込んでいたのか」

 どうりで、すぐに俺たちの居場所がばれた訳だ。

「良い性能だ」

 そこでベリルは、はたと気付く。

「──ちょっと待て」

「なんだ」

「お前はどうやって彼女の居場所を突き止めた」

 やや身構えていたアレウスは、そんなことかと顔をしかめる。

「俺の一族は、ミレア様の一族の気配を追う能力がある」

「ほう」

 便利は便利だが、科学的な説明が思いつかん。感情も物理的なものかもしれないと言われてはいるが、現在までそれを実証できてはいない。

「まあ良い」

 その点についてはスルーを決め込む事にした。

「ありがとう」

 ミレアは元に組み立てられた髪飾りを受け取ってどこにも異常がないかを確認して赤い髪に付け直す。

「危険かもしれん」

「なんだって?」

「ここは相手に知られてしまった可能性がある」

 その言葉に、ミレアとアレウスは体を強ばらせた。

「まずは、腹ごしらえといこう」

 キッチンに向かうベリルに不安げな表情を浮かべる少女に、外に出なければ問題ないと応えた。

「お料理ですか?」

 てっきり、出来合いのものを買ってくるのかと思っていた。

 ダイニングキッチンはカウンター式で、調理を始めるベリルをミレアはダイニングテーブル側から見つめる。発信器は気掛かりではあるけれど、好奇心には逆らえないようだ。

 戦闘に不慣れな自分たちがいくら考えても仕方がない。

「食べられないものがあるなら言ってくれ」

 平たい魚をドンとまな板に乗せて手際よくさばいていく。

「お上手ですね」

 見事な包丁さばきにミレアはまじまじと眺めた。

「料理は好きな方でね。良い気分転換にもなる。そこのブレッドをバスケットに入れてもらえるか」

「あ、はい」

 ミレアは四十センチはある魚が切り身にされていく様子を見ながら、ブレッドに手を伸ばした。



 ──小一時間ほどして、出来上がった料理を前に二人は目を丸くした。

「どういった料理なのですか?」

「ヒラメのムニエルとコンソメスープ」

 ベリルはそれに答えつつ、バスケットに盛られたブレッドを一つ手に取り薄めに切り、ガーリックバターを軽く塗った。それをトースターに入れてタイマーをひねる。

「冷めないうちに食べてくれ」

 そう言われ、二人は白い皿に乗せられている料理をじっと見下ろす。

 ハーブと調味料などで味付けし、小麦粉をまぶしてフライパンで焼いた白身の魚に酸味の利いたソースをスプーンでひとまわり落としてパプリカ、ブロッコリー、グリーンアスパラガスの炒め物を彩りよく添えている。

 ムニエルの隣には小さなオムレツが並び、トマトソースが少しだけかかっていた。

 コンソメスープは、みじん切りのタマネギに溶き卵、アクセントにイタリアンパセリ少々と小さく切った鶏肉が入っている。

「美味しい!」

 ひと口食べたミレアが目を輝かせた。

「それは良かった」

 そう言ってガーリックトーストを追加する。アレウスに目を移すと、とても悩ましい表情でスープカップを見つめていた。

「お前。本当に傭兵なのか」

「いつまで言うつもりだ」

 呆れて眉を寄せた。





※術(すべ)よく:さっぱりと。手際よく。

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