第12話:餓鬼
「……少しくらい持ってよ」
「下僕の代わりに荷物を持つ主人がどこにいるというのだ。しかし、真紅も渡すなら代わりに持ってやらんこともないぞ」
「それはやだ」
下僕の物を取り上げる主人も人道的にどうかと思う、と思ったけれど考えてみればさくらはバンパイアだった。
仕方ない、多少の重さは我慢して下僕に徹するとしよう。
「それはそうと、さっきのお前の対応は良かったぞ」
「……何が?」
「服を断ったろう」
あぁ……露骨に変態な感じの顔をしていたからなぁ。
逃げるのは当然だ。さくらがあのような顔をしているのなら向かっていくくらいだけれど、僕はあの人がそれほど好きなわけではない。
むしろ、嫌いな部類だ。第一印象が最悪だし。
「腕はかなり良いのだがな。お前とは別の方向で変態だから困る。
何かと付けてわたしに色々な服を着せようとしてくるし、逃げるのが面倒くさい。お前も対象になったようだから気をつけろ。捕まれば十数時間は覚悟したほうがいい」
昔のことを思い出しているのか嫌そうな顔をしながらさくらは言った。
……確かにそれは僕もかなり嫌だ。変装のために色々な服を着るのは好きだけれど、そうでないなら面倒なだけだ。
「あっ、だからその格好なの?」
「うむ。元からあいつの好みの服を着ていけばしつこく言ってこないからな」
我儘で傲慢で頑固なさくらにこうして妥協させるのだから紅さんも凄い。真紅の持ち主でもあったわけだし、ただの変態ではないということなのだろう。
少し評価を改めておくことにする。
「能力が良くて性格も良ければ最高なのだがな……ままならないものだ」
さくらは僕を呆れるように見ながら言って、ため息を吐いた。
「僕の性格は良いと思うけど」
「性格が良い奴は自分で性格が良いとは言わないものだ」
「いや、やっぱり僕は性格が悪かったみたいだ」
「うむ。自覚しているようで何より」
「……性格が悪い奴も自分で性格が悪いとは言わないものだよ」
「それをわかって言った奴の性格が悪いことは確かだな」
何も言い返せなかった。
新事実だ……僕は性格が悪かったらしい。
かなり面倒見がいい親切な奴だと自負していたというのに。
そんな話をしている内に僕の視界から建物が消えた。
見えるのは荒れ果てた土地、そこには枯れた木々がポツポツとあるだけだ。
人をとても寂しい気持ちにさせる空間だった。
「さて、狩りを始めるぞ」
「何にもいないけど」
何物もないし何者もいない。
地平線に至るまでに生き物らしき存在は一つとしてなかった。
「お前は視野が狭いな。上を見ろ」
「上――――あっ」
さくらの言う通りに空を見上げると、黒い影が幾つか動いてるのが見えた。。
アレは……鳥か何かだろう。それなりの大きさがあるし。
いや、もしかしたらここは普通の世界ではないから大きな虫とかかもしれない。
それだったら嫌だなぁ。僕は虫がどちらかと言えば嫌いなほうだ。
「手本を見せてやろう」
さくらはそう言うと何処から取り出したのかいつの間にか大きな拳銃を握っていた。
いや、拳銃と表現することが正解なのかはわからない。
それほどに大きい。僕の真紅の全長を余裕で超えている。グレネードランチャーのようだ。
回転式弾倉で、弾丸は五つ。
けれども、僕が目を惹かれたのはそんな化物のようなスペックではなくて、美しさだった。
持ち手は黒曜石のように妖しげに輝く黒。それ以外は名刀の刃を彷彿とさせる白銀。
そして銃身には細かく美しい彫刻が幾つも施され、所々に小さな宝石も嵌められている。
「これが
ふふん、と自慢するようにさくらは見せびらかしてくる。
確かに銃が好きではない僕でも欲しくなるような一品ではあるけれど、僕にはどう見ても持つことができない。
――ナイフも剣も使われてこそ意味があるという僕の持論がある。故に扱えない物を持つのは僕のポリシーに反するから、欲しがることはしない。
「それ、何キロあるの?」
「気にしたことないから詳しくは忘れたが……10キロは超えていると思うぞ」
「僕には持てないよ」
これは人間では扱えない重さだと思う。
けれども、さくらは楽々と片手で持ち上げているから流石はバンパイアということなのだろう。
というか、すごい今更な疑問が思い浮かんだ。ナイフとか拳銃が化物と呼ばれる存在に有効なのだろうか?
「本当に今更だな。まあ――簡単に言えば効く。基本的に化物は金属類、特に銀が苦手だからな。弾丸でふっ飛ばされれば死ぬ。特にわたしやお前の銃弾は特別仕様だ」
「さくらも?」
「わたしはそれくらいでは死なん、バンパイアは不死性に優れている。新参者のド三流ならば頭や心臓を撃ち抜けば倒せるかもしれんが……そもそも一流のバンパイアに銃弾を当てるのは至難だぞ」
「流石に銃弾は避けられないと思うけど……」
「いや、避けられる。トリガーが引かれたのを視認してから回避するのもわたしなら余裕だ。そうでなくても姿を霧や影に変化させれば容易く避けられる」
あぁ……そういえばバンパイアにはそんな能力があったか。
いつか見た映画のバンパイアもそのようにしてハンターから逃げていた気がする。
確かに霧や影に変化すれば銃弾如きにやられることはないだろう。というかどうやって倒せばいいのかわからないレベルだ。
「でも、そんなこと本当にできるの? 」
「あ? 疑うというのか?」
「そういうわけでは……」
ある。
散々に人間離れをしているところは見ているけれども銃弾を避けられるとか、影や霧になれるとか言われても現実味がない。今までにさくらのファンタジーというか、魔法っぽいスキルを見たことがないし。怪力くらいだ。
「はん。お前にはそろそろわたしの偉大さを見せておくとするか。その銃でわたしを撃ってみろ。絶対に当てられんからな」
さくらは挑発的な笑みを浮かべながら言った。
その言葉に僕も一応はホルスターから銃を抜く、けれど……。
「大丈夫だとわかっていても……撃てないよ」
「もし、当てることが出来たのなら何でも言うことを聞いてやろう」
「何でもは魅力的……だけど、好きな人を撃つことなんて僕にはできないよ」
「ふん。この臆病も――――」
両手が反動で強く痺れる。さくらの姿が消滅した。
どこに――――首に柔らかくて、濡れて、硬い感触。甘噛みされている。
「―――のではなかったな。この嘘吐きめ」
「戦略と言って欲しいな。失敗したけどさ」
「まあ、これでわかったろう。わたしの凄さというものを」
さくらはドヤ顔で言った。
確かにすごかった。消えたという事実しか僕には認識できなかったのだ。
気付いたら消えていたという言葉でしか表現できない。
霧になったのか、影になったのか、素早く動いたのか、それすらもわからないのだ。
「うん、よくわかったよ」
「ならばよい。さて、わたしが射撃の手本を見せてやる。耳を塞いでろ」
そう言ってさくらは銃を空に向けて構えた。
あんな規格外の銃を近くで撃たれたら耳が聞こえなくなってしまう。
僕は素直に従って両手で耳をしっかりと塞いだ。
そしてさくらはトリガーを引く。
耳を塞いでいても、思わず身をすくませてしまう程の銃声が五回連続で響き、頬を衝撃波が叩き、空薬莢が宙を舞った。
空に浮かぶ黒の点がいくつか消えたと思うと――――赤い雨が僕達の前に降った。
「どうだ。見事なものだろう」
「うん……だけど、原型残ってないよ、これ」
「そこがまた良いところだ。すごい威力だろう、北極熊ですら余裕で一発だぞ」
過剰な威力……というわけではないのだろう。
逆にさくらはこれほどの威力を必要としているということだ。
本当に……これからが不安だ。
「次はお前がやってみろ」
「了解」
照星を覗いて黒い点に合わせ――てもダメだろう。
ターゲットまでの距離がありすぎるためにずらさなければならない。
と言っても、その距離もわからないから調整のしようもないしこの銃の性能もよくわからない。
……勘で撃つしかない。
黒い点の固まっているところを狙ってトリガーを引く。
さっきもそうだけど、反動が強すぎる。それでも出来る限りに逃がして連続でトリガーを引く。
一つだけ黒い点が消えて――鈍い音を立ててそれが落ちてきた。
人の頭のようなものだった。弾丸を受けて殆ど砕けているけれど、それだけは間違いない。
「……飛頭蛮?」
「あぁ、その類だろうな。生首が飛ぶ妖怪は多く……って冷静だな、お前」
呆れたような表情でさくらが言った。
「え? だって、別に僕に危険は迫ってないからさ」
「違うだろうっ! 普通は頭を撃ち抜いたのなら、僕はなんてことを……とか、うっ……気持ち悪い……とか、そういう感じだろう! 何で冷静に撃ち落とした物を分析しているんだ!」
そう言われてもなぁ。
実に困る。
決してこの死骸は綺麗なものではないから、気持ちが悪いとは思うけどそこまでじゃあない。
「害虫駆除と似たような感じでしょ? 虫を叩き殺したって何も思わないよ」
「……まあいい。躊躇いがないのは好ましいことだしな」
何とも言えない表情でさくらは頷いた。
僕も肩をすくめるしかない。
「それは置いておくとしても、中々に射撃が上手いじゃないか」
「そう? 六発中に一発しか当たらなかったけど」
「うむ、そもそもわたしはお前がまともに撃つことすらできないと思っていた。454カスールはかなり反動が強いからな。それを持ったばかりでそれなりに扱えているのだから凄いことだぞ」
さくらはまるで自分が褒められたかのように、嬉しそうに言った。
それを見ると僕も嬉しくなってきて、何でそんな物を僕が持つことを許可したのだ、という疑問は気にならなくなってくる。
「ありがとう」
「うむ。この調子ならあまり期待してはいなかったが荷物持ち以外のこともさせられそうだな」
「ふーん。ところで狩りは生首を撃って終わり?」
「いや……ついでだから格闘戦も見てみるとしよう。暫し待て」
その言葉から五分も経つと地平線に影が疎らに見え始める。
数は十を超えるくらいだ。あまり大きくないような気はする。
「来たな。わたしがある程度は間引いてやるからナイフ一本で出来るだけやってみろ」
「銃ならまだしもナイフなんて無理だよ」
「ならば喰われるしかないな」
さくらがそう言い終わる頃には影の姿が見えるようになってきた。
痩せ干せた肉体。僕の腰ほどの背丈。苔のような色の肌。細長い手足。突き出た腹。せむしの如く脊柱が湾曲している。尖った爪と口から零れ出る尖った歯。
……餓鬼。モノを貪る飢えた鬼。
なるほど、喰われるというのはこういうことか。
「これくらいならいけるだろう」
轟音と共に五匹の餓鬼が木っ端微塵に吹き飛んだ。散らばった肉片を喰い漁るために残りが止まる。
まだ七匹残っている。……最初は一対一から初めて欲しいものだ。スパルタにも程がある。
拳銃をホルスターに戻して、代わりに真紅を鞘から抜く。手元に熱が宿る。
「どうしたものかな」
数が多すぎる。けれど、やるしかないだろう。
ここで銃を使えば楽に倒せるだろうけど、使えばさくらからの評価を大きく落とす。
それなら死んだほうがマシだ。
「ふぅー……」
ここまで本気の気持ちになるのは久しぶりだ。
迫り来る命の危機に全身の感覚が鋭敏化する一方で、世界から音が消えていく。
半身になり、少し身体を前に傾けて、片手でナイフを突き出すようにする。これによってリーチを補うことができる。
餓鬼が迫ってきた。統率はされていない。七匹は各々に早い者勝ちとばかりに縦に並ぶようにして走ってくる。僕を囲んで食おうとはしていない。好都合だ。
「ニ、ニク……」
火を吹きながら一匹の餓鬼が跳ねるように飛んでくる。潜るようにして僕も前へ出て、爪が鈍く光る腕を切り上げるようにして落とした。続けて返す形で胴を切り落とす。血の雨が僕の頭を濡らした。
それにしても全く抵抗がない、凄まじい切れ味だ。これならいける。
残りの六匹は怯えることもなく愚直に走り続ける。ならば前から切り捨てるだけだ。
僕はカウンターに徹した。相手が腕を出せば切り落とし、口を出せば首を切り落とすか頭蓋を刺した。二匹同時に飛びかかれた時は焦ったが、相手の愚かさが幸いした。片方に身体を寄せるようにして逃げれば残りの一匹がもう一匹を邪魔するのである。そうしている内に僕は片方を仕留め、もう一匹を仕留めた。
七匹という数は思ったよりも少なくて、闘いはすぐに終わった。
「おぉ、よくやったな! 最下等の相手とはいえ無傷で終わらせるとは思ってなかったぞ!」
「うん、真紅のおかげだよ。このナイフじゃなければ無理だった」
「それは当然だろうがお前の力量も必要だったろうよ。褒めてやろう、頭を――」
僕の頭を撫でてくれようとしたのだろう。
けれども、笑顔のさくらは直前で行動を止めた。
そう、僕の全身は餓鬼の血液でベトベトに汚れていた。とても臭いし汚い。
「――撫でるのは風呂に入ってからだな」
「……そうだね」
本当に、風呂に入りたい。
一回や二回に洗った程度ではダメだ。服は捨てよう。
真紅の手入れもしないといけない。
これだから僕は暴力が嫌いなんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます