第10話:狭間
「ねえ、僕達すごい見られてるよ」
「気にするな」
――そう言われても困る。
気にしないでいられるわけもない。
僕達は数え切れない程の視線を受けながら、人の海を真っ二つに切り裂きながら白い廊下を歩いていた。
ここは駐車場から向かった一際大きな倉庫、その中は軍服を着た強面の人達でひしめいていたのだ。
視線の元は当然にその軍人さん達であり、どの人も僕よりガタイが良い。
すごい威圧感を感じる、さくらがいるからどうこうされることはないとわかっていても、だ。
「何で見てるんだろう? そんなに珍しいのかな、別に全員が軍人というわけでもなさそうだけど」
そう、大半は軍人だったけれどそうでない人達もいた。
着物を着ていたり、春だというのに厚い毛皮のコートを着ていたり、学生服を着ていたり、年齢も様々だ。そんなキャラが濃い人達が十人に一人くらいの割合でいた。
だから、さくらは一際に人目を引くけれど、全ての視線を集めるかと言うとそれほどでもないと思う。ここへ初めて来たわけでもないようだし。
「こいつらが軍人じゃないのは置いておくとしても……わたしは有名人だからな」
「そうなの?」
「うむ。下僕や眷属を持たないことでも有名だった。だから、お前のことが気になるのだろう」
なるほど。
こんな奴が初めての下僕なのか――と、僕は思われているわけだ。
素の姿で来るんじゃあなかったな……最初に言っておいてくれれば派手に着飾ってきたのに。
さくらと僕じゃあどうみても釣り合っていない感じだもの。
「おい。次に来る時は女装でもしてこよう、などと思っていないだろうな?」
「いや、お揃いのドレスでも着てこようかと思っていただけだよ」
「思ってるじゃないか!」
痛い。横っ腹を小突かれた。
冗談だというのにすぐ手を出すのはいけないと思う。
「そこまで非常識ではないよ。執事風にタキシードでも着てこようかと思っただけさ」
「それはいいが……お前は格好いいというより可愛い系だからなぁ、狙われるぞ」
「えっ、何に狙われるの?」
「たくさんのヘンタイに狙われる」
狙われるのは慣れっこだけれど、たくさんなのは困る。
そのヘンタイも化物なのだろうから抵抗は難しいだろうし。
人間ならいくらでも対処はできるけど……。
「さくら、僕のことを絶対に守ってね」
「それはいいが……お前、情けなくないのか?」
「ない」
眉をひそめているさくらに僕は断言した。
これは役割分担だ。
さくらは銃弾から僕を守って、僕は不健康な生活からさくらを守る。互いに背中を合わせて守り合う形に近い。
故に恥じることは一切ない。
「ほれ、ついたぞ」
そんな会話をしながら歩いている内に大きな真四角の部屋に辿り着く。
壁が全て真っ白だ。中央には機械がいくつも置かれていて、いかにも研究員といった感じの人達が群がっている。
その中でも目を引くのは長方形の枠のような大きな機械。
枠の中は……空間が捻り曲がって渦のようになっていた。
「ねえ、あれは何?」
「狭間への門だ。あれを通り抜ける」
「あんなところを通って大丈夫なの?」
さくらはニコリと笑いながら言う。
「まあ――たまに腕が一本失くなったりする奴がいるらしいが大丈夫だ」
いい笑顔をしているけれど、それは大丈夫じゃない。
バンパイアにとってはセーフでも人間にとってはアウトだ。死んじゃう。
「大丈夫、それくらいでは死なん。つべこべ言うと、放り投げるぞ!」
「もう投げ――――」
重力を感じる。そして浮遊感。目の前に歪んだ空間が迫る。
視界が白に染まって――――身体がグニャグニャとこねられているような不快感。
そして全身に衝撃。痛い。地面にぶつかった。
「ひどい……本当に……」
膝立ちになって、顔を上げる。
さっきの部屋と似たような作りの空間。決定的に違うのは置かれていた機械がない。
それに人もいない。何もない。
「いっ……」
「まだそんなとこにいたのか」
さくらの呆れるような声。
背中が痛い。この重さ、踏まれたみたいだ。
……彼女はどうにも人間の力を過信している気がする。投げられてすぐに立ち上がれというのは普通の人には無理だ。
「早く立て」
差し出された手を掴んでようやく立ち上がれた。
立った状態で見回してもここはやはり先程の部屋と似ている。
「ここは……さっきの部屋と違うんだよね?」
「同じようで――違う。ここはな、現界と異界の中間なのだよ。故に狭間と呼ぶ」
「狭間……だから、半分似ているってこと?」
「だいたい……その考え方で合っている。まあ、現界のほうの建物が崩れたからと言って、こっちがすぐに崩れたりするわけではないから安心しろ」
ふーん。影響はあると言ってもそこまで強くないということらしい。
鏡の中の世界、というわけではないみたいだ。
色々と興味深いけれど、詳しく聞くのは元の世界に戻ってからでもいいだろう。
「で、どこに行くのさ」
「まずはわたしの武器を取りに行く。素手でも狩りはできるが汚れるからな」
「そう」
「素っ気ない返事をするな、お前の分も買ってやるぞ」
さくらは宥めるように言った。
……武器。
やっぱり銃器なのだろうか、それとも魔法のステッキみたいな感じか。
どちらにせよナイフとかではないだろう。
僕がナイフを持ったところで活躍するヴィジョンが見えない。
「刀とか剣もあるぞ、もちろんナイフもだ! ど、どうだ!?」
露骨に不満そうな顔をしていたら、さくらが必死に語り始めた。
刀はとても魅力的だ、刃物の中でも最高級に美しいし貴重だ。
どうしてもアレは個人で買うのが難しい。僕はあくまで美術品ではなく人を殺す武器としての刀が好きだ。現在作られている刀はそういう用途で作られてはいないから、必然的に僕が好きなのは古刀となる。
……金に困ったことはないと言っても、古刀はあまりにとてつもない値段がするから手がでない。
「本当に買ってくれるの?」
「わたしに二言はない。何でも買ってやるぞ」
「――さぁ、行こうか!」
自然と笑みになってしまう、言質は取ったぞ。
僕に釣られたのかさくらも笑顔になった。
刀、化物を討つための刃も人を殺すための刃に負けず劣らず美しいに違いない。
それが僕の物になると思うと嬉しくて嬉しくて、歩くスピードが早くなる。
時折に見かける軍服を着た人達に見送られて、建物の外へと出る。
「……空が紅い」
「ここは太陽と月がないからな」
空は赤黒かった。ぼんやりとした明るさだ。夕暮れが一番近いかもしれない。
だけど、夕暮れと違って綺麗ではない。眺めていたいとは思えない空の色だ。
空から視線を下に移して見れば――それよりも驚く光景が広がっていた。
「……あれが?」
「うむ、化物だな。幽霊に河童に猫又に天狗……色々だ」
どうみても人間ではない存在達が歩いていたり飛んでいるのである。
更に外の光景は元の世界と大きく違った。面影が少ない、幾つかの倉庫が残っているだけで、商店街のように木製の建物が連なっている。
そしてその建物の軒先では売買も行われていた。よくわからない動物の内蔵やら脳髄、様々な色の透き通った綺麗な石、山のように積まれた見たことのない植物、そして虚ろな目をした人間。
表ではないような色々なものが取引されているようでとても新鮮な光景だった。
「どこから連れて来てるのかな?」
「運悪く迷い込んだか……自殺志願者や裏社会に手を出した奴が連れて来られていると聞いた覚えがある。わたしも詳しくは知らん」
さくらはとても不快そうな顔をしていた。今にも殴りかかりに行きそうな程である
これ以上この話題を続けるのは危険そうだ。
「それより僕は刀とかが見たいな、どこにあるの?」
「そうだったな、こっちだ」
さくらは僕を守るかのように手を握って歩き始めた。
うん、悪くない気分だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます