第8話:ご主人様の悩み
――大神薫。年齢17歳。A型。身長は164センチ、体重は50キロ。趣味は刃物収集。過去に新興宗教の設立に関わっていた疑い有り。高校での評価は特筆すべき所はなし。勉学、運動能力、共に平均的。両親は幼少期に他界。
これがわたしの下僕。
とは言ってもあいつを下僕にすることを決めた理由はこんな情報からではない。
わたしは目で見た情報しか信用しないたちだからな。
下僕に出会ったのは花見をするために散歩をしていた夜。
あいつを初めて見た時、わたしは見惚れてしまった。
……何というか、儚かったのだ。
今すぐに壊れてしまいそうで、傷付いてしまいそうで、崩れてしまいそうで、消えてしまいそうで、綺麗だった。
身に付けようと思って身に付けられるものではない。
とても正気ではいられない道を歩んでこそ得られるものだ。百年生きていても滅多に見られるものではない。
だが――千年を生きる伝説のバンパイアのわたしが二十も生きていない小娘に見惚れるなどあってはいけないことだ。
気にはなったが意地で視界から消した――距離はあったからあいつは気付いていないだろう。
そうしてわたしはまるであいつの存在に気付いていないかのように歩いて――襲われる。
本当にビックリした。
わたしのことを熱い目線でじーっと見ているかと思ったら突然に目を抉ろうとしてきたのだから。
何の前触れもない――予知することの難しい、一流の暗殺者の如き動作だった。
まあ、かと言ってバンパイアのわたしに通用するはずはない。ぶん殴って気絶させてやった。百年早いわ。
動かなくなったあいつを家に持ち帰ってからもビックリだった。
正体を探るために服を脱がせてみれば男だった。しかも身元を特定できる物が何もない。持っているのは強力なスタンガンと偽の身分証だけ。
どんな生き方をしていれば、十代後半で性別や身元までも偽り夜を歩くのだろう。
わたしは興味がとても興味が湧いた。あの儚さといい、こいつはどんな人間なのだろう、と。
魔導士の類でないことはすぐにわかったから危険もない。本来なら襲ってきた奴は吸い尽くして殺すところだが生かして話を聞くとこにした。
わたしを見惚れさせ、興味を持たせた、話す資格は十分だ。
そしてわたしはもっとビックリした。
四肢を鎖で拘束され、死が待つのみという状況で、ふざけたかと思えば今度は真面目に愛の告白をしてきたのだ。
錯乱しての発言ではない。しっかりと現状を把握して発言している、しかも命乞いではなく本心からだ。
あまりに刹那的で――欲望に素直すぎる。その場その場で楽しめるならいいと生きているに違いない。
死にたくないと語る割には死への道を歩む。面倒は嫌だと言いながら面倒ごとに首を突っ込む。
確実に長生きはできないだろう――十七まで生きているのが奇跡とも言えた。
アイツの儚さはこれが原因だろう、とても愚かだ。
でも――わたしは悪くないと思った。
そんな愚かさは嫌いじゃない。個として強大なバンパイアがそのような道を歩むのは嫌いだ。けれども、個として脆弱な人間がそのような道を歩むのは愛らしさを感じた。
加えて……どこかあいつは寂しそうだった。
寂しい――友人がいないとか、家族がいないとか、そういうことではない。
世界から――孤独……孤立している。
あいつは人間社会に溶け込めていない。自ら溶け込もうとしていない節はあるが、どちらにせよ結果は同じだ。
そしてわたしも――孤独だ。
不老不死のバンパイアであれば当然に人間社会には溶け込むことはできない。
かと言って、化物に仇をなすわたしは化物社会にも溶けこむことができない。
だから――わたしはあいつに親近感を覚えた。
寂しい主には寂しい下僕がお似合いだ。
今までに下僕や眷属を持ったことはなかったが、こいつなら試してもいい――そう思えた。
こうしてわたしは初めて下僕を持った。
それからは楽しかった。
たった四日間しか共にしていないけれど、様々なことがあった。
あいつはすぐに気絶するし、つい殺しかけてしまうし、それに――うるさい。
わたしが主だというのに偉そうにあいつはわたしを子供か何かのように注意してくる。
やれ、フォークとナイフの数がおかしいとか、皿の大きさは揃えて買えとか、服は片付けろとか、野菜も食べるべきだとか、靴は揃えろとか。
でも――気分は良い。
裏切られるのが、関係が壊れるのが、別れるのが怖くて――下僕や眷属を持たなかったわたしだけれど、こんなことならもっと早くから持ってみれば良いと後悔したくらいだ。
飽きて色あせていた日常に輝きが戻ったような気がした。
眠のが怖くなくなって、起きるのが楽しみになった。
生きていて楽しい……こんな気持ちは数百年ぶりだろう。
「さて、起きるか」
腹が減ってきた。
バンパイアは通常の食事を取らずとも何ともないが、人間のように腹は減る。
訓練をすれば失くすことはできるがそれも味気ない。
食事は永く生きる上で重要なものだ、空腹感は最高のスパイスとなる。
「ん……」
匂いがしない。
わたしの起きる時間を察しているあいつは丁度いいタイミングで料理を完成させるから(器用な奴だ)、おかしい。
もしかして――寝坊をしているのか?
もしそうなら叱ってやらなければならない。主人より遅く起きる下僕などあってはならないからな。
下僕とは茶の一杯でも用意して主人の目覚めを待っているものだ。
そうしてベッドから飛び降りて、キッチンへと向かう。
「なっ――――」
キッチンでは下僕仰向けに倒れていた。
顔――だけじゃない、全身の肌が異常なまでに赤く染まって、大粒の汗が浮かんでいる。
呼吸が荒い――両腕で腹の辺りを抑えている。
腹痛―――いや、それにしては――――
「おはよう……料理はちょっと、待って……」
「ば、ばかっ! それどころじゃないだろう!」
この期に及んで下僕はヘラヘラと笑っている。
キッチンの様子を見るに料理が行われた形跡は殆どない。だから、倒れたばかりというわけではないのだろう。
喋れるなら、わたしを呼べばいいものを……本当に阿呆だ。
あとで叱ってやる。
「と、とりあえず、寝ろ、わかったな!」
「うん……ごめん……僕のせいで……手間をかけ……」
「下僕の世話をするのも主の仕事だ。いいから黙ってろ」
一筋の涙を流して――謝ったこいつを魔眼を使って無理矢理に眠らせる。
寝ている下僕の額に自分の額を合わせる――熱い。異常なまでに熱い。
比喩ではなく脳髄が茹だってしまうほどに熱い。これは四十度近くあるぞ。
早く何とかしなければ――死ぬ。
……それは嫌だ。こんなつまらないことで死なせてたまるか。
「調べるか」
人間の医者よりもわたしのほうが優秀だ。
生きている年数が違う、知識を吸収する時間などいくらでもあったし、魔導もある。
布団に寝かせた下僕の口にわたしの血液を少しだけ入れる。
血とはバンパイアの重要な要素で偉大な存在ならばそれを自由に操るのは容易い。
相手の体内に一滴でも入れればそれで殺すことも出来るし、逆も然りだ。
「おかしい」
――異常がない
こいつの身体は異常なまでに高温になっていることを除いて健康だ。
心臓にも肺にも腸にもどこの臓器にも異常はない。
腹を抑えていたから盲腸かと思ったけれど、それも違う。
「いや、待て」
今度は下僕の身体に手をかざして――魔力を探る。
……感じる。
通常の人間ではありえない魔力を感じる。
こいつの体内に魔力が溜まっている。魔導士や陰陽師ではないのだから通常では起こりえない。
特殊な血筋や生まれ以外の者は身体に魔力への耐性がない。故に強い害になる。
なぜこんなことが起きたか――真っ先に考えられる原因は――
「わたしか……?」
わたしの存在はこの世界でも屈指の大きさだ。
だから、こうして幼い身体になり自ら力を制限することで存在している。
そうしなければわたしはこの世界から排除される。
あまりに強大な存在は、ただ、そこに在るというだけで周囲や世界を変異させ、崩壊させる危険があるからだ。
そんなわたしの影響を受けた――いや、でもまだ四日しか経ってないんだぞ。
この幼女の姿でいるのだからそこまで悪影響を受けることはないだろう。
――となると、わたしの貯蔵品に何かしたか、だ。
昨日、こいつは古剣に触ろうとしていたからな……考えられる。
あの古剣に触れるのは禁止したとはいえ、他の物に深く触れていたり、使っていたりする可能性は高い。
古剣には封を解いた時にわたしが気付く仕掛けを施していたが、そんなことをしていない品はいくらでも転がっている。
加えて――こいつは魔に惹かれやすい質だし、欲望に弱い。見かければ絶対に手を出すだろう。
「本当にばかだな」
好奇心に負けて触るこいつも馬鹿だが、わたしも馬鹿だ。
油断をして――こいつを危険に晒したのはわたしなのだから。
「……」
原因はわかったが、頭を冷やしてやるくらいしかできない。
陰陽師の知り合いでもいれば別だが、わたしにはいない。
吸血をすれば魔力は抜けるが……そのままこいつの力が尽きる可能性がある。
本当に、本当の、最終手段だ。
「手間のかかる奴だな」
わたしは目元をこすって、タオルを取りに向かった。
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