第7話:神剣
さくらと出会ってから三日が経った。
特に何も起きることはなく、僕は家の掃除を続けている。
あまりにも部屋が多すぎるから三日かけても終わりが見えないのだ。
まあ――僕の荷物を運び入れたりするのにも時間を使ったのは一因ではあるけれど。
「本当に、平和だなぁ」
ホコリを拭いながら呟いてしまう。
今は夜中の三時、さくらはVRでゲームか映画を見ている頃だろう。
この三日間、彼女の生活を観察していたが何ともアレなものだった。
まず夕方の五時頃に起きる。
すると飯を催促されるので僕が作ったものを出して一緒に食事をとる。(ちなみに食材は僕が近所のスーパーに買い出しに行っている)
食事が終わればゴロゴロと寝転がりながら漫画を読むかテレビを見るかする。
それに飽きればゲームを始めて、夜中の十時過ぎ、また食事をとる。
その後はまたゲームか何かを再開したり湯船に入ったりする。
そして四時頃になるとまたまた食事をとる。
それが終わって少しする頃にはさくらもウトウトしていて、寝る前に甘く濃いココアを一杯飲んで眠りにつく。
これが彼女の一日であった。
……トラックに轢かれて異世界に転生をしそうな人間の生活だ。
運動が一切ないし、労働もない。ひたすらにゴロゴロしている。
まあ、僕が完全に雑用を引き受けているのも理由の一つではある。
それに本人が現状に満足しているなら口を出す必要はないし。
「ん」
そんなことを考えながら倉庫のような物が乱雑に置かれた部屋を掃除をしていたら、ある物を見つけた。
腕より少し長いくらいの細い桐の箱。赤い紐と金の紐で結ばれ封をされている。とても高級そうなもので、古ぼけているのがそれを助長させていた。
「うーん?」
ずっしりと重い。
……金属のような気がする。少なくとも金ではないし、アルミなんかでもない。
と、なると一番有り得そうなのは鉄、銀、胴、辺りだろう。
これらで作られた細くて長いモノ。
「刀、か?」
あり得る。少し短めな気もするけれど、さくらの身長なら問題はないだろう。
もしかしたら脇差しの類という可能性もある。
長生きしている(本人談)ということだから、日本刀黄金期である鎌倉時代のモノかもしれない。
……心が高ぶってくる。
僕は刃物が好きだ。研ぎ澄まされた金属から生まれる刃の光沢はどんな宝石よりも美しい。
本当に、見惚れてしまう。
あぁ、期待が膨れ上がる。
埃は被っていたし、大切に置かれているようでもなかったから、開けてもいいだろう。
いや、ダメと言われても開けてしまう。欲望に素直なのが僕の良いところだと自負しているし。
「――――開けるなっ!」
「っ」
二本の紐を解いた瞬間だった。
さくらの威圧するような鋭い声で全身の動きが完全に停止する。蛇に睨まれた蛙のようだ。
冷や汗で身体が冷たい。
……とりあえずさくらの所に行かないといけないだろうな、これ。
怒られるかなぁ。
「まったく、目を離すと何をしでかすかわからんな」
「……」
さくらはクッションの山で寝転がりながら、呆れたような表情をしていた。
少なくとも、怒ってはいないみたいだ。少しだけ安心する。
「あれ、何だったの? 爆弾とか――すっごい怨霊が封印されてたりとか?」
「いや、そんな露骨に危険ものではない」
僕の質問に難しい表情をして――少しの間を開けてさくらは続けた。
「剣だ」
「剣……?」
「うむ。しかし、ただの剣じゃあない」
予想は少しだけ当たっていたようだ。
別に僕は刀だけが好きなわけじゃあない。
ナイフも、剣も、
だから、神妙な顔をして語られようとする内容に期待が膨れ上がる。
「詳しくはわからないが、千年と五百年は前に作られたものだ。両刃で、とてもとても強力な魔力が宿っている。まさに神器というほどにな。それでこれが問題でな――」
魔力というモノを僕はよく理解していないけれど、神器という言葉には強く惹かれる。
「そういったあまりに強い代物、特に武具を持つと人は変異する可能性がある」
「変異?」
「ようするに、伝説の剣を抜いた選ばれし者が勇者となるって感じだな。強力な武具を持つに相応しいまでに能力が引き上げられる」
……有名なエクスカリバーみたいなものだろうか。
とはいえ、ああいうモノは英雄だからこそ剣に選ばれるのではないだろうか。
剣を抜いたから強いのではなく、強いから剣を抜けるという方が僕はしっくりとくる。
「それなら別に危ないことはないんじゃあないの?
可能性――ってことだから、確実にそうなるとは限らないのだろうし、悪くても強くなるだけじゃあないか」
「いや、あまりに素質がない奴は体がおかしくなって死ぬ」
さくらはスッパリと言い放った――けど、それは大問題だな。
死ぬのは困る、あまりにリスクが高い。
……とてもこの剣には興味があるんだけどなぁ。
「危険性はわかったよ。でも、これはすごい物なんだろう? どこで手に入れたの?」
「海で拾った」
「どこの?」
「忘れた、八百年は前だったような気がするんだが……」
凄い代物だというのに忘れるのか……まあ、長く生きてればそんなものかもしれない。
それにしても少なくとも彼女が八百年は生きているということになる。
本当に驚きだ、八歳くらいにしか見えないのに。
「――あっ! わたしのことをボケ老人か何かだと思ったろう!」
「思ってないよ。どうみても八百歳には見えないなぁとは思ったけど。
さくらは――若い感じがするから」
「おぉ、そうかそうか。わたしはネットゲームをしていもよく若く見られるからな、よく中学生ですかって聞かれるんだぞ」
それはバカにされているんだと思う。今、バカにした僕が言うのだから間違いない。
まあ、さくらは機嫌を直して笑顔になっているから突っ込むようなことはしないほうがいいのだろうけれど、無邪気に喜んでいる彼女を見ると色々試したくなる。
「いや、僕から言わせればそいつらには見る目がないね」
「ほう、どうしてだ?」
険しくなった視線を受けながらも続ける。
「中学生というのは老けて見えすぎだよ。どうみてもさくらは小学生くらいに見える、もっと若いさ」
返事がない。さくらは無表情で遠くを見るような目で固まっている。
流石に怒るか? でも、中学生で嬉しいのなら小学生でも嬉しいんじゃあないのか?
どっちも似たようなものだろう。
「…………バカにするなーっ!」
「い゛っ―――――ひぁっ」
さくらが飛びかかって来て、仰向けに床へと押し倒される。
そして少しだけ首から血を吸われた。おやつ感覚でつまむのはやめて欲しい。
痛くはないけど、痛みよりある意味辛いからなぁ。
「それは若すぎだろう、完全に子供じゃないか」
「……中学生も変わらないと思うだけど」
「いや、変わる。中学生は子供と大人の割合のバランスが完璧な至高の存在だと知り合いが言ってた。」
「そ、そうかなぁ?」
絶対に騙されてると思う。
というかその知り合いがロリコンなだけだろう、見つけ次第に遠ざけなければならない。主人を守るのも下僕の仕事だ。
「そう聞いたぞ。ちなみに高校生は化粧を始めるからダメだと言っていた、オーガニックが良いとのことだ」
「あぁ……」
その気持ちは少しだけわからなくもない。
でも、余計にその知り合いとやらへの警戒心は強まった。
「その人の名前は?」
「クレナイだ。近いうちに会うと思うぞ」
クレナイ――紅。
覚えておこう、僕の敵になるかもしれない相手の名前だ。
「まあ――話は逸れたがそういうことだからアレはしまっておけ。わかったな?」
「わかった」
さくらはそう言うと再び巣に戻って、VRヘッドマウントを被った。
僕も言われた通りにさっきの部屋へと向かう。
「でも、なぁ……」
やっぱり名残惜しい。
神剣だものなぁ。本当に、滅多に見れるものではない。
でも、さくらには止められた。
でも、見るだけなら。
でも、さくらには止められた。
でも、見るだけなら――――
「……」
結局、僕は暫くしてから箱を二本の紐で縛って封じた。
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