第9話 白い竜
雫が浚われて、すでに30分が経過している。
コルン達の協力によってプラドが『異界』に向かったことはすぐに分かり、急行したときにはすでに異界門と監視塔が破壊され、二人の衛兵が倒されていた。
そのまま追いたかったが、防衛の穴が開いたまま先行すれば街を危険にさらしてしまう。
結果、桔梗が皆を連れてくるまで門の前で待機していたが――そこで事件がおきた。激しい衝撃と共に白の極光が『異界』から漏れ出したのだ。
『妖精』、竜の牙、プラド――それらの情報から導き出される答えはひとつしかなかった。
竜が再び発生した。
街でも『異界』の異変に気づいたらしく、慌ただしい様子がここまで伝わってくる。
「エル、『異界』の様子はどうだ?」
悠馬が正面の異界の門を見据えながら問うと、エルは難しい顔をした。
「
「そうか……」
逸る気持を瞑目して抑えていると――
「旦那、待たせたな!」
ミノス達が押っ取り刀で現れた。
ミノスだけではない。コルンに豚吉、トサカ――他にも酒場にいた獣人達が力をみなぎらせてやってきた。
魔人獣人、合わせて二十人程度。
数は心許ないが誰もが一線級の実力者達だ。
「モコ姉さんは他の街で営業中だから来れないみたいニャ」
「うちのホルスも無理だ。あいつは来るって言ってたんだが、孤児院で子供たちの面倒を見てもらっている」
「彼女は身重だ。むしろ来なくて正解だろう」
すまなそうにするミノスに、悠馬は苦笑した。
ミノスの妻ホルスはニッコリ笑顔を絶やさない孤児院の母だが、一度戦場に立てば戦槌を片手に敵を粉砕する戦鬼に変わる。
そして娼館の主モコは穏和な性格をしているが、メリナと同じ催眠の力によって戦場を支配する力がある。
街でも一二を争う彼女達の不在は不安要素だが、来たら来たで気がかりになってしまうのでミノスが押し止めてくれたのは正解だった。
悠馬は一度瞑目すると、集まってくれた者達に向かって言った。
「皆、良く集まってくれた。俺の不手際で皆に迷惑をかけるが協力して欲しい!」
すると「俺に任せておけ」「祭りの続きだ!」「『妖精』を助けろ!」と勇ましい声が上がる。嫌々集まったと言うより、祭りの延長のような雰囲気だ。
「今じゃ『魔獣』と戦えるのは衛兵だけの特権だ。それが俺達にも与えられたのは僥倖だろう」
鼻息を荒くするミノスに、トサカはうなずいた。
「まったくだ。コルン、お前はいつも『魔獣』と遊んでるだろ? 今回は俺達に任せて街の防衛に当たれ」
「最近はほとんど見てねぇし、出てきたとしてもワンパンで沈む雑魚ばっかりだ。遊びにもならねぇよ。豚吉、お前はいいのか? まだ浄化処理受けてないとヤバイだろ。また『魔獣』に堕ちそうになったら、今度こそ嫁さんがブチ切れるぞ」
「俺は旦那に恩返しがしたいんだ。それに家に閉じこもってたら、それこそあいつに殺される」
すでに獲物の取り合いがはじまっているらしく、獣人達は軽い調子で笑い合いながら他の獣人達を追い出そうとしている。
その光景に頼もしさを覚えながら、悠馬は作戦を伝える。
「作戦の概要は、俺が『異界』に単独突入し、雫を救出してくる。皆にはその間、『異界』から出てくる『魔獣』の撃破を頼みたい。質問はあるか?」
「何で旦那だけなんだ? この非常事態なら
不満げにミノスが言うと、他の獣人達もそうだそうだと囃し立てる。
「この瘴気は魔力を消滅させる。昨夜ほどの威力はないが、触れれば体内から魔力を奪われて行動不能になる。そこを『魔獣』に襲われれば危険だ」
「旦那は大丈夫なんですかい?」
「『浄化の殻』があるから問題ない。すでに確認済みだ」
悠馬の情報に豚吉は首をかしげる。
「しかし、魔力を消滅させる瘴気なのに『魔獣』が出るんですか?」
「滅菌空間に殺菌モンスターがいるようなものだ。俺達魔族にとっては天敵になるだろう。できるだけ攻撃をくらわないようにしてくれ」
悠馬が注意を促すと、その場にいる者達は怯える様子もなく「へーい」と返事をした。
「他にはないか?」
「……もし、あの
トサカの問いに獣人達は剣呑な雰囲気になる。
プラドの悪行によって親しい者を失った獣人は多い。殺せるなら自分の手で殺したいと思う者も大勢いる。だが――
「もし現れたら、生きたまま捕らえて自警団に渡してくれ。それがレアとの約束だ」
「旦那、そいつは殺生ですぜ……」
義侠に厚いトサカは仲間を代表して無念を訴える。
しかし悠馬は首を横に振る。
「殺しは駄目だ。ただ――事故で死んでしまった場合は仕方がない。死体だけでも自警団に渡してくれ」
その場にいる者達は、悠馬の言わんとすることを察した。つまり、事故に見せかけて殺しても良いと黙認しているのだ。
しかし、瞑目する悠馬を見て、トサカは諦めるようにため息をついた。
「旦那に迷惑かけられねぇし、やめとくよ。あの野郎のクセェ魔力を浴びるのはゴメンだしな」
獣人達は全くだと同意する。
プラドの魔力を浴びた者は、プラドの悪事の記憶と感情が流れ込むのだ。そんなことは死んでもゴメンだと獣人達は口々に語り、それに比べれば、ごちゃ混ぜにされた『異界』の瘴気の方が何百倍もマシだと笑い合っている。
彼等に任せておけば街は大丈夫だろう。
最大の問題は自分が雫を助けられるか否かだ。
悠馬は意識を切り替えると宣言した。
「それでは『妖精』天上雫奪還作戦を開始する。なにがおこるかわからないから注意してくれ!」
「「「応!!」」」
「ミノス、後は頼む」
「任せておけ、犠牲はださねぇよ」
頼もしい返事を背に、『異界』へ向かおうとすると袖を引っ張られた。
「悠馬、これを」
エルは黒いボールを悠馬に手渡す。
「これは?」
「脱出用プリンだ。雫は魔力を奪われて危険な状態かもしれない。その時はそのプリンを起こして守らせてくれ。全身を包んだら自動でここまで戻ってくるから、その後のことは安心してくれ」
「敵の攻撃や瘴気を浴びても大丈夫なのか?」
「通常の十倍以上の耐久力があるから大丈夫だ。ただ、そのせいでひとつしか用意できなかったから、その点だけは気をつけてくれ」
「わかった」
悠馬は黒いボールを懐にしまう。
「……雫を頼んだぞ」
「任せておけ」
悠馬はエルの頭をなでると、『異界』へと突入した。
天上雫は闇の中を漂っていた。
上も下も分からない世界で雫はボンヤリと宙を眺める。
「ここは……」
『俺の中さ』
胸の中から男の声が響き渡った。
「……あなたは誰?」
寝ぼけ眼で雫がボンヤリと聞く。
『俺はお前だ』
「……違う。あなたはわたしじゃない」
『そう、俺はお前じゃない』
雫は首をかしげる。
「なら、あなたは誰なの?」
『俺は竜、あるいはドラゴンと呼ばれる存在だ。俺はお前の魔力を吸って生まれた――いわば分身のような存在だ』
「分身……」
『そうだ。だからお前のことは何でも知っている。本土で、人間共に宝石を作るよう迫られたことも、クソみたいな宗教団体に勧誘されたことも、情に訴えて力を使わされたことも知っている。いや、体験している、と言ったほうが良いかな?』
竜はクハハと笑う。
「……わたしをどうするつもり?」
『何もしないさ。その証拠にお前の体は無事だろう?』
自分の身体を見下ろすと、白いワンピースには確かに刺された痕があるが、白い肌には傷ひとつ無い。
雫がぺたぺたと自らの胸を触診していると、あることに気づいた。
「心臓の音が……聞こえない?」
『誕生祝いにいただいたよ。あと数分としないうちに再生するだろう。そうすれば、意識もハッキリするはずだ』
「わたしを街に帰して」
『駄目だ。お前が俺を嫌って閉じこめたように、俺もお前を閉じこめておこうと思う」
雫の顔に動揺が走る。
「そんなつもりは――」
『なかった。そんなことは分かっている。俺はお前なんだからな。お前はただ、クソ共が寄りつくのを嫌って
楽しげ竜は語ると、雫の視線の先に光が現れた。
その光はひとりの男を映し出した。
「悠馬さん……!」
悠馬が辿り着いた先は、広いドーム状の空間になっていた。
うっすらと漂う白い瘴気はキラキラと虹色に輝き、綺麗にくりぬかれた岩肌を月明かりのように照らしている。
まるで闘技場のように設えられた世界には、対戦者を待ちかまえる者の姿があった。
「竜か」
鎧を纏った純白の大トカゲが、そこにいた。
城門のような分厚い鱗を幾重にも纏い、その表面は真珠のような光沢を放っている。人の数倍にも及ぶ巨体はそれだけで威圧感を受けるが、つぶらな瞳には奇妙な魅力があった。
「そうだ。俺が竜だ」
竜は誇らしげに笑った。
開いた口からは白息のように瘴気が漏れる。
「……しゃべれるのか?」
『竜』に限らず、瘴気の固まりである『魔獣』は核となった欲望に従い、欲を満たし続けるだけのモンスターだ。会話は不可能なはずだ。
竜は悠馬の疑念に答える。
「雑多な瘴気の固まりである『竜』と違って、俺は天上雫の魔力のみで誕生したからな。支離滅裂な『竜』(ザコ)とは違って、個がハッキリしている」
「ならば聞くが――雫はどこだ?」
「俺の腹の中さ。勘違いしないように言っておくが食ったわけじゃねぇ。逃げられないように閉じこめてあるのさ」
「なぜ、そんなことをする?」
「あの娘が俺にした仕打ちを、今度は俺がしているだけさ」
「……雫を恨んでいるのか?」
「別に恨んじゃいないさ。悪意があるわけじゃないし、善悪の話でもない。やられたことをやり返している……ただ、それだけだ」
「なら、雫を解放して瘴気を止めてくれないか?」
「嫌だね。あの娘は俺の物だ。そっちのゴミならくれてやる」
竜の視線の先を見ると、壁際に虫の息のプラドがいた。
外傷はない。おそらく魔力切れだが汚染されている様子はない。
「……堕ちていない?」
「ああ。だが、そいつの魔力はスッカラカンだ。おまけにご自慢の『殻』も俺の瘴気で失った。今のそいつは『能無し』と言うわけさ」
暴虐の限りを尽くした男の凋落。
竜は愉快そうに笑うが、悠馬は言いしれない虚しさを感じていた。
(……エル、すまない)
自分ために使ってほしい。そう言っていた少女に心の中で謝罪すると、懐から黒いボールを取り出してプラドの胸に放った。黒いボールは軟化してプリンに変わり、プラドを包み込むと四本の棒のような足を生やして出口を求めて走り去ってしまった。
「……どういうつもりだ?」
竜の声が鋭くなる。
「あの男には正式に罰を受けてもらう」
悠馬は淡々と答えた。
「馬鹿が……あの男には大勢の獣人が殺されているんだろう? あんなゲスは殺したほうが世のため人のためってもんだぞ」
「死んでは償えない。それに、あの男にはこの一件の責任を取ってもらわなければならないから、見捨てるわけにはいかん」
悠馬の答えに、竜は愉快そうに笑った。
「なるほど。なら、俺が暴れれば暴れるほど、あのゲスの罪は重くなるわけか。それなら派手に暴れたいところだ」
竜の鎧が逆立ち、隙間から湯気のように瘴気を放ち始める。
濃くなった瘴気は星のように瞬き、甲高い音を響かせる。
「――もう一度聞く。雫を解放して瘴気を止める気はないか?」
悠馬はゆっくりと前に出る。
竜に近づくにつれて濃くなる瘴気に『浄化の殻』が反応し、薄紫の光を撒き散らす。
「嫌だね。あの娘は返さないし、瘴気も止めねぇよ。この世から全ての魔力を消してやる」
「その果てには何がある?」
「普通の世界さ。魔力がこの世界に現れる以前のな。そのためには汚染源になる魔人も、魔力がなければ生きられない獣人も消えてもらう」
「それは、雫の願いか?」
「いいや、俺の使命だ」
「……そうか」
悠馬は立ち止まる。
彼我の距離は十メートル程度。
悠馬は左右の小太刀を鞘から抜き、漆黒の刀身を両手に構える。
「ならば、お前を『魔獣』として斬ろう」
「やってみな」
竜が挑発的に笑う。
直後、悠馬は駆けた。
真っ直ぐ、一直線に、何のフェイントもなく弾丸のごとく竜に向かう。
「馬鹿が!」
竜は分厚い装甲に守られた左前足を振り上げ、突っ込んできた悠馬に向かって振り下ろした。
「……」
悠馬はすぐさま軌道を右に変更。
重心をずらすことで緩やかに竜の外側へ回りこむ。
「なにッ!」
舞い散る木の葉のように避けられ、竜の一撃は爆音をあげて地面にめり込む。
その隙を悠馬は逃がさない。
さらに重心を移動することでコマのように回転して竜の左前足を深々と切りつけ、返す刀で十字傷を与える。分厚い装甲が切り飛ばされ、傷口から吹き出た瘴気が悠馬に当たって桜吹雪に変わる。
「ッ……痛てぇじゃねぇか!」
竜は左前足で振り払おうとするが、その動きはあまりにも愚鈍だ。
悠馬はふら、っと倒れるように前にかがむと、ヌルリと駆けて竜の左後ろ足にも十字傷を作った。
「この……ちょこまかと!」
純白の装甲が逆立ち、装甲の間から閃光が漏れる。
「……ッ!」
「消えろ!」
背後に向かって閃光が放たれる。
純白の光が竜の背後を焼き払う。
しかし、事前に察知していた悠馬は閃光が放たれるより早く効果範囲を抜けて、竜の正面へと戻った。
閃光がおさまり、静けさを取り戻すと竜は忌々しげに重装甲の尾を地面に打ち鳴らす。
「ッ……っあー痛てぇ痛てぇ。好き放題斬りやがって……しかも戻り際にも斬りやがった……。抜け目のねぇな、くそったれが……! 」
竜は左前足に視線を落す。
十字傷はアスタリスクに変わっていた。
「俺の装甲を易々と切り裂くなんて、その刃、相当魔力を吸っているな」
「両親の形見だ。ここに来たときから使っている」
「ってーことは、お前はその刃で何千何万という『魔獣』を斬り殺し、喰らってきたというわけだ。『悪食の獣』『魔獣食い』――大層な異名だと思ったが確かに恐ろしい奴だよ、お前は」
「――降参するか?」
「馬鹿を言え、まだ始まったばかりだろう」
好戦的な笑みを浮かべると、重い金属音と共に装甲が完全に閉じた。
すると、歯の隙間から白い極光が漏れ始める。
大気中の瘴気が沸騰するように輝き、甲高い音がさらに甲高く変化し――無音になった。
竜は巨大な顎(アギト)を開く。
膨大な光が悠馬の視界を焼く。
「お返しだ」
「……ッ!」
悠馬はとっさに横に飛んだ。
次の瞬間、真っ白な光線が『異界』を焼いた。光は嵐のごとく荒れ狂い、衝撃と烈風が悠馬に襲いかかる。
「……クッ!」
桜吹雪が荒れ狂い、悠馬を魔力消失から守る。
(1……2……3……)
悠馬は目を焼かれないように腕で庇いながらカウントを開始。
ヘタに動いて直撃させられないように亀のようにジッと身を潜める。
(4……5……6……)
閃光がすぐ側を掠める。
『浄化の殻』が悲鳴のように鈴の音をあげ、桜吹雪が舞い狂う。
(……7……8……)
閃光の奔流がようやく弱まり――
(……9……10)
閃光は消えた。
およそ十秒。
『浄化の殻』の様子からして、直撃を受ければ『殻』が破壊されていたかもしれない。
その事実を確認した悠馬が顔を上げると、竜が口から白息を漏らしながら笑っていた。
「クハハ。どうよ、俺のブレスは? なかなかのもんだろう?」
「凄まじいな。直撃していたら勝負がついてただろう。……なぜ当てなかった?」
浄化した光が舞い散っていたのだ。閃光で居場所が特定できなくても、目印には困らないはずだ。
悠馬の疑問に竜は笑って答える。
「なぁに、挨拶さ。それに――」
ズン、と踏み出された左前足の装甲は元通りに再生していた。
「この通り、傷も回復した」
「……あれだけの攻撃をしながら、回復までするとはな」
強力な『魔獣』は強靭で傷つきにくい反面、回復には膨大な魔力を必要とする。竜は魔力を生み出す『竜核』を所持しているが、あれほどの攻撃を放ちながら回復することは不可能なはずだ。
「クハハ、俺の『竜核』は妖精の心臓と一体になっている。魔力は使い放題だ」
「……本当に、雫は無事なんだろうな?」
「大丈夫だよ。今も俺の目を通してこの戦いを見ている。それより――お前は自分のことを心配するべきじゃないか? 周りを見ろよ」
促されるままに周囲を見ると、顔をしかめた。
閃光を受けた壁は綺麗さっぱり消え去り、長い長い穴の先には日の光が見えていた。
『ご主人様、無事~!?』
桔梗の声が聞こえる。
『異界』は『魔獣』が外に出られないように迷路になっていたのだが、先程の閃光で直通の通路ができてしまった。
そして、閃光の跡では瘴気が集まり、小さな竜が生まれ始めていた。
小さいと言っても熊ほどの大きさ。姿は主敵の巨竜とまったく同じだが、知性は無いらしく金切り音の産声を次々に上げている。
生まれたばかりの小竜は敵を求めて巨大な穴に殺到、街に向かう。
近くに発生した小竜が悠馬に襲いかかるが――
一閃。
飛びかかってきた小竜を、悠馬は一刀のもとに切り伏せる。刃は小竜の胸にあった硬い物にぶつかり、それを両断すると小竜は再び瘴気となって散った。
「……核の場所は胸か。『竜核』ではないようだな」
「今は……だ。俺の瘴気を吸い続ければ、俺のように『竜核』と自我を手に入れるだろう。早く俺を倒さないと、お前だけでなく街も壊滅するだろうな」
竜は近寄ってきた小竜を鬱陶しそうに踏みつぶして瘴気に変えた。
近くの小竜は瘴気を吸って一回り装甲を厚くすると、竜を守るように悠馬に対峙する。
「だが、お前が俺を殺しきることはできない。どうだ、降参するか?」
竜は挑発するように笑う。
(どうする……)
竜は雫の心臓を手に入れたことで妖精並の回復力を有している。奴を倒すには『竜核』を潰すしかないが、あの回復力と取り巻きの小竜がいては、そう簡単に倒せない。手間取っている間に生まれた小竜は、敵を求めて外へも行くだろう。少数ならなんとかなるかもしれないが、このまま増え続ければミノス達でも対処できなる。
悠馬の脳裏に打ち破られた獣人達の姿が思い浮かぶ。
「……ッ」
だが、悠馬はその場から動かず、目の前の竜を見据えた。
「外の奴等を助けに行かないのか?」
「俺は彼等を信頼して守りを任せた。だから街は大丈夫だ」
焦らないと言えば嘘になる。
今すぐ小竜を追いかけたい気持もある。
しかし、悠馬は仲間を信頼して、小太刀を構えた。
「俺のするべきことはお前を倒し、雫を救出することだ」
「クハハ! そうこなくては面白くない!」
竜が歓喜の咆哮をあげると、竜の全身から瘴気があふれ、小竜が次々に生まれる。
新たには産声を上げた小竜がいっせいに悠馬に飛びかかった。
一方その頃、外では混乱が続いていた。
「被害を報告しろ!」
ミノスの怒声に、コルンが答える。
「魔人二人、獣人十人がさっきの閃光を受けて魔力切れだ! 魔導具で保護している!」
「汚染は!?」
「魔力をごっそり削られただけで、外傷や汚染は無い!」
外傷や汚染がないとはいえ、行動不能には違いない。ほんのわずかの間で戦力が半減した。
ミノスは苦い顔で、ドでかい穴を睨む。
閃光は門の近くの岩肌を丸く削って一部の獣人を飲み込んだ。直撃を喰らった者はバタバタと倒れて苦しんでいる。しかし、不幸中の幸いにも、彼等に当たったおかげで閃光はそこで止まり、さらに遠くへ向かうことはなかった。
周囲には白い瘴気が漂っており、無事だった獣人達は掃除機型の魔導具を使って瘴気を回収しているが、瘴気の特性ゆえにすぐに壊れて使い物にならなくなる。
「ご主人様、無事~!?」
桔梗は穴に向かって叫ぶ。しかし、反応はない。
「旦那は無事か?」
「話し声が聞こえるから大丈夫みたいだが……」
コルンの自信なさげな発言に、ミノスは眉をひそめる。
「話し声だと……誰と話している?」
「わからねぇが……おそらく竜だ」
「竜だと?」
不可思議な事態にミノスはますます眉をひそめてしまう。
「ミノス、このあとはどうする?」
ミノスの斜め後ろに控えていたトサカは、極太の槍を地に立てながら聞く。
「――倒れた魔人は街に移送だ。獣人の方は携帯食を口にぶち込んで無理にでも起こせ。お前等も今のうちに飯を食っておけ! この戦いは空腹との勝負になる!」
獣人達は待ってましたとばかりに弁当箱に殺到し、我先にと貪り食う。急ぎだったので量は少ないが、ミーコ達が追加を持ってきてくれるので補給の心配はない。
ミノスも腰に下げていた袋から黒い携帯食を取り出して丸かじりにしていると、豚吉に目をつけた。
「それで、おめぇは何で無事なんだ?」
豚吉は閃光の直撃を受けたはずだが、他の獣人と違ってケロリとしている。それどころか、肌が健康的に輝いてすらいた。
ひとり助かった豚吉が気まずそうにしていると、エルが代わりに答えた。
「単純に魔力の総量が多かったこともあるが、体内に残っていた瘴気汚染が盾のような役割を果たしたようだ。その証拠に、こいつの体内には瘴気がまったく残っていないが、魔力はあまり減っていない」
「ということは、瘴気で汚染されまくった奴を盾にすれば、街への被害は防げるわけだな?」
ミノスの言葉に、弁当に殺到していた獣人達の動きが止まる。
「まぁ、あの光線を食らう度に食事をするよりは効果的だ」
「聞いたなお前等! いま弁当を食ってた奴等は壁になって街を守れ! 魔人は壁の後ろに隠れて獣人達に瘴気をぶっかけろ!」
「「「えええええええええええええええ!?」」」
口の端を汚した獣人達は、いっせいに抗議の声を上げる。
「四の五の言わずに早くしろ! 終わったら好きなだけ飯を食わせてやる!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
ミノスが青筋を立てて怒鳴りつけると、現金な獣人達はすぐさま肩を組んで竜と街の間に立った。
「ったく……エル、あのゲス野郎はどうした?」
「たった今、街で受け取ったとプリン五号から連絡が入った」
しゃがみ込むエルの前で、プリンがサムズアップしている。
「自警団だけで大丈夫か?」
「『殻』を失って魔力もゼロでは逃げられんよ。大丈夫だ」
エルはにやりと笑うと同時だった――
「敵の第一陣がが来るニャ! トカゲタイプの『魔獣』が十体。その後方からも結構来るニャ!」
「ようし、壁役以外は戦闘班だ。壁役に近づけないようにしつつ各個撃破しろ!」
ミノスが指示を飛ばすとコルンが慌てた。
「ちょっと待ってくれ、旦那の救援は良いのか!? 『異界』をぶち抜くような敵だぞ。このままじゃ旦那があぶねぇよ!」
「ご主人様は強いから大丈夫ニャ。むしろ、あの瘴気じゃ早々に動けなくなって私達は足手まといになるニャ」
ミノスの元までやってきた桔梗は、コルンの不安を切り捨てた。
「けどよ……」
「ご主人様は『俺は彼等を信頼して守りを任せた。だから街は大丈夫だ』って竜に言ったニャ」
桔梗は嬉しそうに笑う。
「なら、信頼に応えるのが私達の使命ニャ。それに、コルンは衛兵――ご主人様の安全より、街の安全を優先するべきじゃないかニャ?」
「……そりゃそうだが」
コルンは諦めてため息をつく。
「しかし、旦那を殺そうとした暴走猫がここまで変わるとは思いもしなかったよ。たいした忠誠心だ」
「忠誠心じゃなくて愛ニャ! あと、その話を他人に言いふらしたらブッコロス!」
穴から小竜が現れる。
桔梗は早速距離を詰めると蹴りを放った。
小竜は桔梗に食いつこうとするが、それより早くサッカーボールキックが小竜の胴体に直撃。純白の装甲は無残にひしゃげ、動かなくなる。
スッキリとした笑顔を見せる桔梗に、コルンは頬をひくつかせた。
「よおし、お前等。戦闘開始だ、ぶっ潰せ!」
ミノスは叫ぶと巨大な戦斧を構え、続々と現れる小竜に突撃。
壁以外の獣人達はそれに続いた。
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