第7話 悪食の騎士

 三人はミノスにに案内されてカウンターのスツールに座る。

 営業はすでに再開しており、回復したミーコも元気に給仕を続けている。

「注文取るのが遅れたな。何が食いたい?」

「クルミが食べたいニャ!」

「私はピザをもらおう」

「わかった。お嬢さんは?」

「え、えと……それじゃあなにか飲み物をお願いします」

 雫が頼むとミノスは厨房に向かってオーダーを通し、自らも三人に向かい合って座った。

「さて、話を始める前に獣人について話そうと思う。嬢ちゃんは獣人がなぜ生み出されたか知っているか?」

「魔力を吸って生きる新人類、と聞いていますが……それ以上は知りません」

「正解だが、正確には魔獣討伐のためだ」

 ミノスは桔梗にクルミを渡しながら語り始めた。

「魔力はこの島の噴火と共にを噴出した。魔力の存在に気づいた人類は神の力だと狂喜し、魔力の危険性に気づかず拡散した。その結果、大規模な瘴気汚染を起こし、大量の『魔獣』を生み出した。圧倒的な生命力と回復力を持つ『魔獣』は通常兵器では倒しきれなくてな。当時は数が少ないながらも存在した魔人が応戦したが――魔力を使えば使うほど瘴気が周囲を汚染した。それを防ぐために、俺たち獣人が生み出されたわけだ。瘴気を吸って活動し、魔獣を倒す存在としてな。まぁ戦う空気清浄機だ」

 ミノスは厨房からとどいた飲み物を雫に渡す。

「だがな、空気清浄機のフィルターが汚れる様に、獣人も瘴気を吸い続ければ精神を侵されて『魔獣』に堕ちる。それが判明したときは大騒ぎになったらしいが……その後も獣人は改良を重ねて生み出され続けた。堕ちた獣人は全てこの島に捨ててな」

「酷い話しですね……」

「まぁ、そうしないと汚染が広がるから仕方がなかった。だが、魔人が『殻』を手に入れたり魔力の研究が進んで魔導具が開発されると、俺たちは用済みになってな。廃棄処分されそうになったんだが人権問題もあって、この島で魔獣とは縁のない生活を送ることになったよ。『魔獣』に堕ちないようにな。……だが、実際には人権なんてものはなかった」

 ミノスは厨房からとどいたピザをエルに渡した。

「この街を管理していた『貴族』や『騎士』は、ただのロールプレイの称号を本物だと錯覚した。『貴い存在だから何をしても良い』、そんな思想の染まった魔人は暴虐の限りを尽くしたよ」

「そんな酷いことが……」

 唖然とする雫に、桔梗は補足した。

「魔人だけが悪いわけじゃないニャ。当時の獣人は攻撃的で、友好的だった魔人を何人も倒していたニャ。ミノスもその一人、っていうかリーダーだったニャ」

「……本当なんですか?」

「本当だ。当時の俺達は不満だったんだ。戦うために生み出されたのに、戦う場を取り上げられたことにな。争いを求めて魔人だろうが獣人だろうが突っかかって回ったよ。いま思えば馬鹿なことをしたと思っている」

 ミノスは自嘲気味に笑う。

 目の前の巨漢が暴れ出せば、家の一つや二つは簡単に破壊できるだろう。

 桔梗の言っていた荒廃した世界が雫の脳裏にありありと浮かぶ。

「ただ、魔人の横暴に我慢できなかったってのは本当だ。そういう意味では桔梗達が一番辛い目に遭っている」

「桔梗さん達が?」

 雫が視線を向けると、桔梗は忌々しげに吐き捨てる。

「あの頃は獣人の精神を破壊する『遊び』が流行っていたニャ。さっきの男――プラドもそのひとりニャ。私の友達も頭がおかしくなって『異界』に捨てられたニャ」

「……人権はどうしたんですか?」

「当時は建前だけだった。なにせ、法を破っているのは『貴族』や『騎士』だ。力に物を言わせて抗議をもみ消し、それでも反抗する魔人や獣人はで死んだ。当時は『魔獣』が頻出していていたから、上も戦力になる魔人の横暴は見て見ぬふりだったよ。そんな最悪な状況を変えたのが旦那と『貴族』レアだ。当時の二人は八歳の子供だった」

「八歳……ですか?」

 ミノスは首肯した。

「この島に来たのは五歳の頃で、『中央』に三年いたから八歳ぐらいだ。旦那は『中央』を卒業すると、この街の孤児院に間借りしながら魔獣退治の仕事を始めたんだが、暮らしているうちに旦那はこの街の惨状に気がついたんだ。そして言ったよ、『何とかする』ってな」

「何とか……って、なんですか?」

「俺も初め聞いたときはそう思ったよ。何とかって何だよ、ってな。正直、笑ったし馬鹿にした。本土生まれの十歳にも満たない魔人が何をどうするんだ、と鼻で笑った。でも、旦那は本当に『何とかした』んだ」

 ミノスは口元をほころばせる。

「旦那と貴族レアはこの街の惨状を上に伝え、正式な文書を見せて出ていくように迫ったんだ。当然、縄張りを奪われそうになった『騎士』は旦那を屈服させようとした。だが、旦那には『浄化の殻』がある。その『騎士達』は魔力に頼り切った戦闘スタイルで接近戦はめっぽう弱くてな。旦那はそれまで威張り散らしていた『騎士達』をコテンパンに打ちのめして追い出すと、俺に言ったんだ――『終わった』ってな!」

 ミノスはまるで英雄を語るように興奮し、それを見た桔梗は呆れ顔で空になった皿をミノスに渡した。

「ミノスはその話が好きだニャ~。いっつも誰かに話してるニャ」

「十歳にも満たない子供が『騎士』や『貴族』を追い出したんだぞ? あの時の衝撃は今でも忘れねぇよ」

 ミノスは皿を受け取るとクルミのおかわりを桔梗に渡した。

「そして、旦那は暴れるしか能がなかった俺たちに知識や技術を伝え始めたんだ。この街に存在する料理の技術やレシピ、その他の技術なんかも旦那が教えてくれた。俺も包丁の使い方から習った」

 ミノスが誇らしげに語ると、桔梗はため息をついた。

「ミノスは牛のくせに犬みたいに懐いて旦那、旦那、って呼ぶから、男はみんな真似してご主人様を旦那って呼ぶニャ」

「俺はそれだけ感謝しているんだ。旦那にだったらミーコを嫁にやってもいい」

「何言ってんのよ馬鹿親父!」

 ミノスが真顔で宣言すると、ミーコは顔を赤くして怒声をあげた。

「なにを言っている、お前だって子供産むなら旦那のような――」

「ギャー!! やめろ馬鹿!! 客の前でなに言ってんのよ!?」

 周りの客に囃し立てられ、ミーコは顔を真っ赤にしてコップを投げるが、ミノスは全て受け止めるとカウンターに置いた。

「とまぁ、旦那を好いている者は多い。旦那に恩返しをしたいと思う者も大勢いる。俺も含めてな。だが、旦那は誰にも頼らない。お嬢ちゃんにはなぜだか分かるか?」

 ミノスの問いに雫は黙考する。

 これまでの話と今まで見てきた悠馬の態度を総合すれば、獣人を見下しているわけではない。ではなぜ頼らないのか、と言われればその理由はわからない。

 雫が答えを出せずにいると、ピザを黙々と食べていたエルがヒントを出した。

「雫は大切な物があったら、それをどうする?」

「大切な物?」

「そうだ。とても大切な物だ。肌身離さず持っておくか? それとも金庫にしまう? 雫ならどうする?」

「……たぶん、机の引き出しに入れておくと思います」

 いつでも見ることができて、手の届く隠し場所――それが雫の答え。

 そこまで考えて、二つの質問がつながった。

「……もしかして、悠馬さんは大切だから頼りたくない?」

「まぁ、そういうこった。旦那は嬢ちゃんに負担をかけたくなかったんだろう。だから、返事に詰まったんだ」

 雫にはその気持が理解できる気がした。

 たとえるなら風邪だろう。

 誰かに看病してもらいたくても気軽に頼むことはできない。長時間拘束することになるし、相手にうつしたら悪いと思ってしまうからだ。

 では風邪ではなく原因不明の難病ならどうだろう?

 看病以上の時間と労力を強いることになる。言えるわけがない。

 彼は信頼できないから頼らないのではない。大切な人だから頼れないのだ。

 そう理解した雫はつぶやいた。

「そういう……ことだったんですね……」

 うつむく雫を見て、ミノスは言う。

「俺達は旦那に恩返しをしたいが、俺達にはそれが出来ない。『貴族』レアでも無理だ。それが出来る可能性があるとすれば『妖精』であるお嬢ちゃん――天上雫さん以外に存在しない。無理を承知でお願いできないか?」

 そう言うと、ミノスは立ち上がって姿勢を正し、真摯に雫を見つめた。

 ミノスだけではない。桔梗も、エルも、ミーコも――そして客達も席を立って雫を見ていた。

 それは彼が十数年かけて築き上げてきた信頼の証しだった。

「……悠馬さんはすごいですね。こんなにたくさんの人に心配してもらえるなんて」

 雫は憧憬を込めてつぶやく。

 胸の内では、すでに答えが決まっていた。

 あの人を助けたい。

 少なくとも見捨てることはできない。あの男――プラドの横暴を見たあとだからこそ切に思う。

 この力が支配する世界には信頼できる人が必要なのだ。

 雫は小さな手のひらをグッ、グッ、と握りしめてうなずいた。

「がんばってみます」



 一方、横暴の限りを尽くしたプラドは薄暗い裏路地で苛立たしげに地面を蹴っていた。

「あのクソガキがッ……俺様の誘いを断るとはどういう了見だ!? クソが!」

 プラドの蹴りで石畳にヒビがはいる。

「今度会ったらあの薄っぺらな服を引き裂いて心臓をもいでやる……」

 凶相。

 その醜悪な表情を間近で見ていた獣人の女性は、まるで目を背けるように目を閉じた。

「見るからに本土生まれのクソだったが、『騎士』の俺様に意見するとはどういう教育を受けてきたんだ……あのクソガキは何だ、メリナ!?」

 その女性――メリナは目を閉じたまま答えた。

「彼女は最近本土から送られてきた『妖精』です」

 プラドの表情が怒りから狂喜へと変わる。

「『妖精』……だと?」

「はい。どうやら魔力制御ができないらしく、魔力は使用不能とのことです」

「魔力が使えないとはますます好都合だ」

「……どうするつもりですか?」

「もちろん。俺の物にすんだよ」

 傲慢な物言いにメリナは眉間に力が入る。

「ですが、彼女は『中央』から正式に依頼を受けて貴族レアが管理しています。手を出せばペナルティではすみません」

 異界島では、学生への勧誘や攻撃はペナルティの対象になる。雫はレアに管理されているが、『中央』の学生であることは変わりない。いま雫に手を出せば『貴族』レア、そして『中央』を敵に回すことになる。襲うなら後ろ盾のなくなる卒業直後が最善だろう。

 しかしプラドはメリナの危惧を鼻で笑った。

「そんなもん『妖精』の力が手に入れば関係ねぇよ。この島では力が強い奴ほど重宝されるからな。それに、『妖精』の力を手に入れたとなれば、俺が『貴族』になることも夢じゃない。いや、なれる……この俺様が『貴族』にな! クハハハハハハハ!」

 プラドは気が狂ったような高笑いをあげる。

 しかし、メリナは臆することなく諫言した。

「あの娘は悠馬に信頼を寄せています。彼女をなびかせるのは容易ではないかと愚考しますが?」

「かつてのお前のようにか?」

「…………」

 無言を貫くメリナに、プラドは青筋を立てると腰に差してあったナイフでメリナの胸を刺した。

「……ッ……ぅ」

「テメェは俺の物だ。髪の先から爪の先……心までもな。だが、どうやら教育が足らなかったようだ。あれだけ教育しても分からねぇなら……テメェの大切な姉妹もぐちゃぐちゃにしてやろうか……!?」

「…………ッ」

 メリナの表情にわずかに動揺が走る。

 それを見て満足したプラドは薄ら笑いを浮かべてナイフを抜いた。

「クハハ……冗談だよ、冗談」

 メリナの傷口は刃物が抜けると、わずかな瘴気を噴出してすぐに癒えた。

「例のアレ、消化してないだろうな」 

「はい」

「出せ」

「しかし、ここは街の中。貴族レアに目をつけられたら回収される恐れがあります」

「チッ……ったく、本当に住みにくい街になったもんだ。いずれレアとかいうクソガキを殺して、この街を俺達の手に取り戻してやる……ッ!」

 プラドは残忍な笑みを浮かべると移動を始めた。

「そのためには『妖精』の力が必要だ」

「どうするおつもりで?」

「お前は余計なヤツらの足止めをしろ。俺は『異界』であの娘から心臓をいただく。そのあとは魔獣のエサにでもしてやるよ」

 プラドは飢えた獣のように笑った。



 悠馬が食事を終えて一階に戻ると、店内はいつもの陽気を取り戻していた。

 壊れた壁は、魔人たちが魔導具に魔力を通して素材を作り、それを素材にして穴を修復している。一仕事終えた魔人たちは獣人達に混じってジョッキを打ち鳴らしていた。

「旦那、もう食べ終わったのか?」

「ああ。だが、あの肉はなんだ? 量もかなりあったが」

「竜の肉だ。貴族レアからの差し入れだよ」

「……良く調理できたな」

「渡された時点でかなり浄化されていたからな。それに、俺だって弟子の頃よりは成長している。あれぐらい当然だ。それで味のほうはどうだったよ?」

「美味かった。瘴気を上手く変化させることで刺激的な味付けになっていたな。もう少し薄めれば店にも出せるだろう」

 刺激を求める獣人達は、瘴気をスパイス代わりに使うことがある。当然、食べ過ぎれば『魔獣』に堕ちるため薬物と似た扱いだが、『浄化の殻』を持つ悠馬にとってはフランベされた料理と変わらない。

 師匠ゆうまの答えにミノスは嬉しそうにうなずく。

「そうだろうそうだろう。苦労した甲斐があったってもんだ」

「ご馳走様。また竜の肉を入荷したら教えてくれ」

「その時は旦那のためにとっとくさ」

 ミノスがそう答えると、二人の話を聞いていた他の獣人達がブーイングをあげた。獣人達は目をぎらつかせてヨダレを垂らしており、「俺にも食わせろ」「欠片だけでも良いから俺にも!」とミノスに詰め寄り、ミノスは「駄目だ駄目だ」と鬱陶しそうに追い払っている。

 喧々囂々けんけんごうごうとしたやりとりを背に視線をスライドさせると、雫達がこちらを見ていた。

「悠馬さん!」

 雫は勢いよく立ち上がった。

「……なんだ?」

「わたし訓練がんばります! だから、悠馬さんの持病、わたしに任せてくれませんか!?」

 雫は張り切った顔で言う。

(初めてあった頃とは……まるで違うな)

 今の彼女には『芯』がある。

 自分が、自分で――そんな思いが伝わってくる。

 それに比べて自分はどうだろう、と悠馬は自問する。

 答えは出ていない。

 なにせ、相手は妖精とはいえ魔人になって間もない少女だ。そんな少女に『自分の命を救ってくれ』などとは言えない。自身が不安と言うこともあるが、相手にとっても重荷になるからだ。

 なのに彼女は任せろと言った。

 決して安請け合いする性格ではないはずなのに、任せろと言った。

 自分なら到底言えないだろう。

(今の彼女は……俺より強いのかもしれんな)

 悠馬は自嘲する。

 久々に、胸が熱くなるような気がした。

「雫だけには任せられんよ」

「それじゃあ……」

「自分のことだ、俺も手伝おう。それに、必要なら他のヤツらに協力を要請してみよう」

「……はいッ!」

 悠馬が根負けしたとばかりに笑うと、雫はあふれんばかりの笑みを浮かべた。

 すると、それを聞き付けたミノスが大声を張り上げた。

「野郎共、旦那の長寿祈願だ! 俺のおごりだから好きなだけ飲め!!」

「「「うおぉおぉおおおぉおおおぉ!!」」」

 騒ぐのが大好きな獣人達は、ここぞとばかりに咆哮をあげてジョッキを飲み干していく。それまでミノスにたかっていた獣人達も竜の肉は諦めて他のつまみをドンと頼み、酒場はお祭り騒ぎになった。

「ミノス……」

「旦那。俺は旦那に生きてほしい。他の奴が旦那の死を望んだとしてもだ。そのことは忘れないでくれ」

「……わかった。心配かけてしまなかったな」

「良いってことよ。それより、なにか飲まないか?」

「いや、明日から雫の訓練を本格的に始めるから、今日はもう帰ろうと思う。それに、これから忙しいだろう?」

 周りを見ればウェイトレス達は慌ただしく働いている。オーダーを通す声は悲鳴のように響き渡り、ミーコは「早く厨房に入って!!」とミノスに怒りの混じった声を上げている。

「らしいな。じゃあ俺は行くが、何かあったら言ってくれ。力になる」

「……わかった。三人とも、いくぞ」

 声をかけるとエルを左肩に乗せ、左手と右手にそれぞれ桔梗と雫を連れて悠馬は外に出た。

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