第4話 心の傷
夜が明けた。
悠馬の家があった丘はスプーンでくりぬかれたアイスのようにさっくり消え去り、島の外縁にあった巨大な尖塔のうち一本が半ばから完全に失われていた。
被害は甚大。
しかし、幸いにも街への影響はなかった。暴走した魔力に指向性を持たせたことで、ほとんどが悠馬にあたって桜吹雪に変わり、シェルター、室内、屋敷の三枚の結界が大地への影響を最小限に止めたからだ。風呂場で暴発していたら、このあたりは海になっていたかもしれない。
「とりあえず汚染の心配はありません。結界の塔が半壊していますが、外部に瘴気が漏れた形跡はありませんし、雫さんの魔力が瘴気に変わった形跡もありませんから」
悠馬はその報告を聞いて安堵のため息をついた。
「すまない……」
「想定の範囲内です」
静かに答えたのは水墨画のように黒い女性。
黒い長髪に黒の鎧。唯一露出した白い顔には表情が無く、眠るように静かに目を閉じている。
名前は千影。レアの唯一の『騎士』にしてレアを支える影。名実共にこの街二位の実力者。
そんな彼女がここにいることが、この一件の重大性を物語っていた。
「我が主はこうなることを予見し、『領地』に魔力を貯めていたので塔の再建自体は問題ありません。妖精の教育は『中央』の依頼なので、他の『貴族』も無駄に追及しないでしょう。ですが、防衛戦力の激減は免れません。次に同じような事件があれば、貴方達の安全を保証することすら難しくなります」
淡々と羅列される事実に、悠馬は難しい顔をする。
「『中央』の依頼なら、雫を狙う貴族に静止を呼びかけてもらえないのか? その上で、レアにも協力してもらいたい。異性の俺が相手では、また似たような事故を起きるかもしれない」
悠馬の危惧に、千景は首を横に振って答える。
「そんなことをすれば、能力不足を理由に依頼を引き継ぐと言い出す貴族が現れるでしょう。そして引き継ぐ者が善良とは限りません。貴方はその可能性を知りながら、あの無垢な少女を渡せますか?」
「それは……」
「それに他の貴族が依頼を引き継ぐとなれば、我が主の信頼を傷つけることになります。それはあらゆる問題を引き起こすことになりますが貴方はそれでも良いのですか?」
「…………」
「我が主は貴方を信頼して依頼し、貴方は依頼を受けた。契約の破棄は認められません。貴方の努力を期待します」
千景はそれだけ伝えると自らの影に溶けて消えてしまった。
一人残された悠馬はため息をつくと結界の塔を見る。
天を突くような巨大な塔が半ばから折れている。もし、街で暴走していたら大惨事だっただろう。街では今でも混乱が続いており、街の外には野次馬の群れが出来ている。
自分の不手際が招いた不祥事とはいえ、最悪の事態にならなかったことに安堵する。
「悠馬~もう良いかニャ~?」
いつもと変わらぬ調子の声。
その声に振り向くと、桔梗が雫を連れてやってきた。
雫は目元を泣きはらして赤くしており、小さく震えていた。服は魔力の暴走で全て失ったので、桔梗が持ってきた白のサマードレスを着用している。
「大丈夫だ。雫も落ち着いたか?」
「………………すみません。わたしのせいで……」
「気にするな。あれは俺が悪かった」
「まったくニャ! 私が誘っても一緒に入ってくれないくせに、雫ちゃんのお風呂には突撃するなんてヒドイニャ! 悠馬はロリコンニャ!」
「その手の勘違いを招く言い方はやめろ。俺は侵入者から雫を守ろうとしただけだ」
桔梗に騒ぎ立てられて、悠馬は情けないほど眉を下げてしまう。
「でも、何でゴキブリが風呂場にいたニャ?」
「……おそらくエルだろう」
結界を突破できるほどの制御能力を有している者は限られる。他の貴族はレア達が抑えているので、犯人は身内に絞ることが出来る。そうなると、犯人はエルの可能性が高い。
桔梗も納得して何度もうなずく。
「あの引きこもりの変態なら納得ニャ。どうせ、ご主人様にかまって欲しくてイタズラしたに決まってるニャ。今からカチコミに行くニャ?」
「雫の件で相談もあるから今から行くが、カチコミではない。雫も良いか?」
「……はい……あの……?」
「なんだ?」
「悠馬さんは……何ともないんですか?」
「ああ、問題ない」
雫の震える声音に、悠馬は平然と答える。
家の結界を三枚とも破り、遠くの塔を壊すほどの魔力を浴びながらも、悠馬に変化はなかった。鏡片などで傷ついた肉体はすでに完治しており、衣服や武具も雫とは違ってダメージを受けていない。
「……悠馬さんは……魔人、なんですよね?」
「そうだ」
「なら、どうして……なんともないんですか? わ、わたしの魔力を浴びた人は……魔力が無くなって苦しむのに……」
「それが俺の力だ」
「力……」
「そうだ。俺に君の
悠馬は気遣うように声をかけるが、暗雲たちこめる雫の表情に光が差すことはない。
(まずいな……)
現在、彼女は蓄積した魔力を放出したため暴走する危険性が格段に減っているが、このような状態では近いうちにまた暴走させるだろう。早急の精神的なケアが必要だ。
しかし、今の彼女には何を言っても逆効果だろう。ヘタにフォローすれば悪化させる可能性がある。かといって時間が経つのを待てば、また暴走させるだろう。
悠馬が思い悩んでいると、桔梗が雫の前に立った。
「雫ちゃんは悪くないニャ」
「……でも、わたしのせいで悠馬さんの家が無くなって……みんなにも迷惑をかけて……」
雫は心苦しそうにつぶやく。
それを見た桔梗は重々しい雰囲気をまとい、ジッと雫を見つめた。
「雫ちゃんは自分が悪いことをしたと思っているニャ?」
「……はい……」
「なら、罰を与えるニャ」
「…………罰?」
「そうニャ。罪には罰が必要ニャ。違うかニャ?」
「…………いえ、違いません。許されるなら……なんでもします……」
雫はすがるような表情を桔梗に向ける。
悠馬は家を壊されたことを自業自得だと思っているので怒っていない。それに結界の塔に関してもレア達が対処してくれるので問題はない。街では混乱が続いているがそれだけだ。
それでも許しを求めるのは、彼女の良心が彼女自身を許さないからだ。
人の家を破壊し、重要な公共物を倒壊させたのに誰も責めない。それが彼女の良心を針のように刺激し続けているのだろう。
(しかしどんな罰を与えるつもりだ?)
軽すぎては彼女の罪悪感を消すどころか、罪悪感を肥大させる可能性がある。
かといって重すぎれば、その重さに良心が耐えられないかもしれない。
いったいどんな罰を下そうというのか?
悠馬が見守り、雫が真剣な表情を見せる中、桔梗は重々しく言った。
「なんでも……そう言ったニャ?」
「はい……なんでも……」
雫は贖罪を求めるようにうなずく。
それを見た桔梗もまた、重々しくうなずいた。
「なら、罰を言い渡すニャ」
「……はい」
うなだれる雫に、桔梗は神妙な顔で言った。
「悠馬とお風呂に入ってもらうニャ」
それを聞いた悠馬は顔をしかめ、雫は困惑した。
「お風呂……ですか?」
「そうニャ。雫ちゃんには悠馬とお風呂に入ってもらうニャ。当然、水着なんかで体を隠すのは駄目ニャ。ついでだから悠馬の体もゴシゴシ洗うニャ。それが罰ニャ」
「そ、それは……」
雫は羞恥と困惑と罪悪感でコロコロと表情を変える。
そんな雫に対して桔梗はたたみかける。
「『なんでも』するんじゃなかったのかニャ~?」
「それは……そうですけど……」
「別にエロいことをするわけじゃないニャ。一緒に体洗って、お風呂につかって、それで終わりニャ。むしろ、私より先にご主人様にエロいことをしたら私が怒るニャ。その時は罰として私が雫ちゃんにエロいことをするニャ!」
むしろそうであって欲しいとばかりに吼える桔梗に、雫は赤面して顔を伏せた。
何を言い出すのかと悠馬は頭を抱えそうになったが、『なぜ』と考えれば納得できる罰でもあった。
彼女は風呂場に男が入ってきたことで魔力を暴走させた。もし、それがトラウマ化すれば、風呂場に誰かが入ってくる度に魔力を暴走させるかもしれない。それどころか、男を見ただけで暴走させる可能性も出てくる。早い内に同じ状況を再現することで重度のトラウマ化を防ごうというわけだ。なにより、今の彼女は魔力が減って暴走しにくい。機会は今だろう。
桔梗は雫に何が必要なのかをわかっていて道化を演じているのだ。
悠馬は賞賛する気持を胸に、雫の反応を見た。少なくとも、先程までの絶望的な表情はしていない。
悠馬は静かに、桔梗はニヤニヤとした笑みを浮かべながら答えを待つ。
すると――
「わかり……ました……。それで許されるなら……」
雫は頬を赤くしながら困り顔で答えた。
桔梗はガッツポーズを決めると雫を抱きしめた。
「それじゃあ、私も入るから楽しみにしてるニャ!」
「えぅ?」
「……嫌かニャ?」
「…………嫌じゃ、ないです。でも、わたしと入ったら……」
「雫ちゃんが問題ないなら問題ないニャ。にゅふふ……雫ちゃんの体は私がすみずみまで洗ってあげるから覚悟するニャ」
桔梗は雫に頬ずりし、雫は恥ずかしそうにうつむく。
(とりあえずは一件落着か)
悠馬は桔梗に感謝する。
彼女がいなければこうも容易く問題は解決できなかったはずだ。もっとも、桔梗が帰らなければ今回の事件は起こらなかったのだが、それは言わぬが花だろう。
過剰なスキンシップを繰り返す桔梗の肩に手を置いた。
「その辺にしておけ」
すると、桔梗は残念そうにため息をついた。
「ご主人様、男の嫉妬はみっともないニャ。それとも、私が雫ちゃんに盗られて寂しいのかニャ?」
「…………」
悠馬は桔梗の頬を両側から軽くつまんで引っ張る。
白く柔らかな頬がむにぃ、と伸びる。
「な、
「冗談はそこまでだ。そろそろ移動するぞ」
「冷たいご主人様ニャ……でも、大好きニャ!」
桔梗はそう言うと左腕に飛びついた。いつものように腕を絡め頬ずりをする。
「雫」
呼びかけると、雫は肩を振るわせた。
「桔梗の言った罰が嫌ならやらなくても良い。暴走は雫のせいではないし、原因は俺にあるのだから」
「……いえ、やらせてください」
悠馬はできるだけ気遣いながら言うが、雫は珍しく固い意思を示した。
「……そうか。では行こうか」
悠馬はそれ以上なにも言わず、出会ったときのように右腕を指しだした。
雫は悠馬の顔色をうかがいながら、躊躇いがちにその手を取る。はじめは不安そうにしていたが、桔梗の笑顔に気がつくと彼女をマネて悠馬の腕に腕を絡めた。
笑い会う二人の少女を見て悠馬は頬をゆるめると、ゆっくりと街に向かって歩き出した。
悠馬達は街に着いた。
街の中では不安な様子の獣人であふれており、しきりに情報を集めようとしている。それでも大きな混乱がないのは、有力な獣人達が彼等を抑えてくれたからだろう。
しかし、それでも悠馬達に奇異の視線が集まるのは避けられない。結界の塔が崩落すると同時に悠馬の家が消失したのだ。関連付けない者はいないだろう。
雫は顔色を悪くするが、悠馬は違う違和感を感じた。
彼等の視線が自分に向けられているのだ。それはいつものことだが、今日の彼等はもっと異質なものを見る目をしており、親は子供を守るように背後に置いている様に見える。
悠馬が眉をひそめていると、一人の獣人が目の前に立った。
豚吉だ。
「旦那、おはようございます」
「おはよう。元に戻ったようだな」
豚吉の肌はほとんど薄桃色に戻っていた。
体の一部は肥大したままだが不気味な蠢動はしていない。多少の支障はあるだろうが、元通りになったと言えるだろう。
「昨日は……その、助けていただいたのに……すみませんでした」
豚吉は後頭部に手を当て、背を丸めながら頭を下げる。
「気にするな。それより、なぜ堕ちようとしていた?」
「それが……竜の牙を拾いまして……」
「……なに?」
魔獣は強い想いを核に瘴気によって実体化する。当然、爪や牙だけでなく体毛にいたるまで瘴気の固まりだ。放置しておけばそれが核となって再び魔獣となるか、『異界』に拡散して他の魔獣の一部になるので、魔獣の体はたとえ毛一本でも残さないのが鉄則だ。
しかし、相手が竜ともなればそうも言っていられない。竜は他の魔獣と違い瘴気を生み出し、垂れ流す。魔人たちは瘴気から身を守るために魔力を消耗し、戦闘によってさらに魔力を消費した結果、一部を回収しきれなかったのかもしれない。
「その欠片はどこへやった?」
「それが……どこかへ行ったしまったんです」
「お前が吸収したわけではないのか?」
「手に取っただけで堕ちそうになったんですよ? 完全に吸収していたら、俺は俺じゃなくなっていましたよ」
豚吉は情けない様子で笑ったが、悠馬は笑えなかった。
「つまり……竜の牙はまだどこかにあるということか?」
「かもしれません。でも、レア様がこの街にはないから大丈夫だと言っていました」
なにか引っかかる。
感でしかないが悠馬は妙なモノを感じていた。
しかし、それがなんなのか思索する内に桔梗が腕を引っ張った。
「レア様が大丈夫だって言っているんだったら心配ないニャ」
「…………そうだな」
悠馬は違和感を思考の端に追いやる。
しかし、そうなると別の疑問が浮かび上がる。
「では、周りのヤツらはなぜ俺を見ている?」
「それは……」
豚吉は言いにくそうに視線を迷わせている。
「なんだ、言えないようなことなのか?」
「いえ、そんなことは……。彼等は結界の塔が破壊された原因でちょっと……」
悠馬が無言で豚吉を見つめ続けると、豚吉は圧力に屈するように口を開いた。
「な、なんでも……結界の塔が破壊された原因は、旦那が『妖精』のお嬢さんを襲って返り討ちにあった結果だ、と噂になっていまして……」
その内容に悠馬は顔をしかめた。
「……なんだその噂は」
悠馬は呆れたように言うが、豚吉はただただ怯えながら答える。
「お、俺が言ったんじゃないですよ!? た、ただ……旦那は……その、幼女を見つけると襲いかかる恐ろしいお人だと噂に……」
悠馬は目元をひくつかせて周囲を見る。
右を見れば子供連れの親がそそくさと退散し、左を見れば家の中に逃げ込んでしまう。
残ったものたちも昨日とは別の意味で侮蔑と憐れみの視線を向けている。
そして間の悪いことに、桔梗のイタズラ心がフル回転し始めた。
「なにを言ってるニャ! ご主人様は可愛ければ男だろうが女だろうが関係ないニャ! それに今ではこの通り、雫ちゃんはご主人様にメロメロニャ! ご主人様の『女殺し』の異名は伊達ではないニャ!!」
にゃははと笑う桔梗に誰もが唖然とする。
雫は頬を紅潮させて俯き、悠馬の陰に隠れるように身を寄せる。
悠馬がため息をつく中、桔梗は絶好調のまま叫ぶ。
「というわけで、我々はお風呂パーティの予定があるから失礼するニャ!」
悠馬は桔梗に引っ張られて雫と共ににの場を後にする。豚吉はあんぐりと口を開けたまま固まり、周囲の獣人達も唖然としたまま道を空けていく。
しばらく歩いて獣人達が見あたらなくなると悠馬は桔梗を睨んだ。
「どういうつもりだ?」
「……そんな目で見られたら疼いちゃうニャ」
桔梗は大きな双丘を悠馬の腕に押しつけ、潤んだ瞳を上目遣いに向けてくる。
しかし、悠馬の視線は鋭くなる一方だ。
「桔梗……」
「ご主人様はノリが悪いニャ~」
「ノリの問題ではない。あんな噂を立てれば俺に近づく者は偏見を受けることになる。お前は雫が風評に晒されても良いというのか?」
「むしろ好都合ニャ。雫ちゃんが『妖精』だと知れば利用しようとする者が現れるニャ。でも、ご主人様が大事にしている娘だ、って知られていれば、そういう輩は確実に減るニャ。実際、私達の店もご主人様が経営に関わってからはゴロツキ共の来店自体が減ってクリーンな営業が可能になってるニャ」
「……まるで悪魔だな」
「うちの店じゃ『守護神』とか『魔除け』の異名で呼ばれているニャ。まぁ、そんなわけで、雫ちゃんの今後の安全を考えれば悪い手じゃないと思うニャ。雫ちゃんは嫌かニャ?」
「わたしは……」
「嫌なら全て終わった後でちゃんと否定しておくニャ」
そんなもの、考えるまでもなく否定するべきだ。
あんな妙な噂が真実のように語られれば、雫は偏見の目で見られることになる。それが、悪漢を防ぐ盾になったとしても、他の問題を生む種となるだろう。
そう不安に思った悠馬が口を開こうとしたときだった――
「わたしは……別にかまいません」
雫は真剣な表情で答えた。
「……良いのか?」
「はい」
雫はしっかりとうなずく。その表情から、少なくとも桔梗の勢いに押されて決断したわけではないようだ。
「……理由を聞いても良いか?」
「『中央』にいたとき……わたしは浚われそうになったことが何回かあります」
雫は空を見上げながらぽつりと語り始めた。
「その時は友達や先生が守ってくれましたけど……ある日、知らない人に襲われて友達が大ケガをしたんです」
雫は罪を告白するように続ける。
「わたしは魔力を暴走させました。その結果、周りの建物は幻のように消えて、周りの人たちが苦しみだしたんです」
雫は深く頭を垂れる。
「普段ならすぐ治る傷も治らなくて、わたしの友人は苦しみ続けて、襲ってきた人たちも苦しんでいて……みんな言うんです。『苦しい、助けて……』って。わたしはなにもすることが出来ず、ただオロオロするばかりでした」
雫はその時のことを思い出したのか言葉に詰まる。
しかし、悠馬は真剣な表情で先を促す。
「続けて」
「……友人は助かり、悪い人たちも全員捕まりました。それ以来、魔力の制御が難しくなり始めて……クラスのみんなには避けられるようになって……」
「……そうか」
それが魔力を嫌う理由。制御できない原因。
彼女は全ての元凶である己の魔力を拒絶し続けているのだ。
「わたしはもう、あんな思いをしたくありません。悠馬さんと仲が良いと噂されるだけで襲われずにすむなら、むしろわたしの『守護神』になってくださいと、お願いしたいぐらいです」
「……それが答えか」
「はい」
雫は救いを求めるように潤んだ瞳で悠馬を見上げる。
彼女は自分の魔力によって友人を苦しめたことを今でも悔いているのだろう。そして、暴走の原因を作った敵の存在に怯えている。
彼女が初対面の人物を異様に警戒するのはそのせいかもしれない。
「……辛い過去を話させてすまなかった」
「いえ……かまいません。わたしもこの状況を、何とかしたいんです……」
雫は辛そうに語る。
そんな表情をされては無下にできず、悠馬は折れた。
「雫が良いなら噂は否定しなくていい。ただ、なにか問題があったら相談してくれ」
「…………ッ……あ、ありがとうございます……!」
雫はうれし涙を浮かべながら悠馬の腕を強く抱きしめた。
(……哀れな)
こんな幼い少女が、襲われなくてすむことを涙を浮かべて喜ぶのだ。悠馬は見えない敵に静かな怒りを覚える。
悠馬はしゃがんで雫と視線を合わせると宣言した。
「俺は君を守ってみせる。魔力の件も何とかしてみせよう。だから、俺と俺の仲間を信頼してくれ」
「……はい!」
雫の顔に、雪が溶けるように笑顔が広がった。
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