18. にゃん子とドリンクバー③
「――学問の基本は独学。学生と対話してくれる先生と立派な図書館」
わたしの質問が終わった直後、ほとんど間を空けずに。
「そして学ぶ意思さえあれば、大学なんてどこでも同じでしょう」
そんなことを、つらりと言い放ったアゲハさん。
「はあ」
先生のことはあんま知らんけど、確かにうちの大学の図書館は立派だ。
まあ、わたしは映画を見るか、小説を借りるかにしか使ってないけど。
アルコールで淡く染まったその顔を、じっとわたしに向けるアゲハさん。
ふふんと、なぜか自慢げというか、勝ち誇ったような感じだったので。
「それ、ぜんぜん答えになってないですよね」
ぴしゃりと言い返した。
アゲハさんは、う、と、小さくうめいて、明らかにたじろいだ様子を見せる。
「ダメですよ。嘘が下手な人が変に誤魔化そうとしたって」
ボロが出るだけですから、と。
店内に広がる橙色の明かりを浴びて、わたしは手にした自分のグラスを、渦でも作るかのようにくるくると回しながら、そう告げる。
なんか小奇麗なことを言ってたけれど、それはレベルの高い大学だって同じなわけで、アゲハさんがうちの大学に来る理由にはならないという、当然の話。
嘘をつくならつくで、もっとちゃんとした理屈を考えておけばいいのに、それをしないあたりが、このひとらしいっちゃらしい。
しょぼんとした感じで、わずかに視線を下げるアゲハさん。
しかしすぐに顔をあげ、すうっと、小さく息を吸い込んでから。
「けれどそれなら――なぜなのかしら、ね」
ふっ、と、クールな声で、淡く微笑む。
わずかにあごを上げ、わたしを見下す感じは、ちょっと悪女っぽい。
しかしホント綺麗な顔だなあ、と、改めて思いつつ。
「なるほど、それが貴婦人の微笑みってやつですか」
うんうんとうなずきながら、わたしはそう返す。
「……なによ、貴婦人って」
演技をやめて、急に素に戻るアゲハさん。
「わたしだとジバニャンになっちゃうんですよ、それ」
「え?」
「ほら」
「……あら、ホント」
「否定してくださいよっ!」
「自分で言ったんでしょう……」
むきーとなるわたしに、困り顔のアゲハさん。
「いえ、まあ、おいといて」
こほんと、わざとらしく咳払いをしてから。
「すいません。別に無理に聞きたいわけでもないです。言いたくないならそれで問題ないです。そういうもんかー、で納得しますから」
わたしは声のトーンを下げて、そう言った。
「いえ、そうね……別に話しても良いのだけど……」
アゲハさんは口元に手を当てて、思案している様子を見せる。
初めて見る表情。どうやら結構本気で悩んでいるらしい。
わたしはパスタの揚げたヤツをポリポリしながら、その姿を眺める。
やがて。
「――答えは、にゃん子さん、あなた自身で見つけてごらんなさい。それが探偵を志すあなたへの試練よ」
言って、ふふふ、と、再び貴婦人の微笑みを見せるアゲハさん。
「んなもん、別に志しちゃいないんですけど……」
なんなんだ、一体……
めんどくさいひとだな、と、デコピンでもしてやりたい衝動に駆られる。
まあいい。
ちょっとしゃくだけど、試練だと思って考えてやろう。
まず――家が近いから。
こんな理由で大学を選んだ人は実際にいる。
入学直後、プレゼミの自己紹介のときに「家が近いからこの大学にしました」と堂々と言い放って、眼鏡先生に苦笑された男子がいたりするわけで。
一人暮らしを考えてたわたしからすれば、なんか情けないこと言ってるなと思ったりもしたけど、今となっては通学が楽なのがうらやましいと感じたりもする。
ただ、その後の休み時間、しいちゃんが「事実だとしても、それを口に出した時点でガキでしょ」と、珍しくイライラしてたのを覚えてる。
まあ、しいちゃんにはしいちゃんの事情があるし、不満を持つのもよくわかる。
さておき、アゲハさんは一人暮らしをしてるので、これはない。
次。
彼氏や友達と一緒の大学を選んだ。
今の話を聞く限り、前者はなさそうだけど、後者はあり得なくはない。
まあ、わたしも結果的にとはいえ、しいちゃんが行くからというのは理由のひとつになったわけで。
けど、さっき、ひとり立ちしたいという気持ちは大きい、とか言ってたし……
ああでも、だからこそ言いたくないのかも知れない……のかな?
交友関係を漁ればわかるかも知れないし、まあ保留。
次、金銭的な理由。
なんつっても主席合格だし、詳しく知らないけど奨学金がたくさん出るだろう。
それが理由で大学のレベルを大幅に下げたのが、しいちゃんだし。
ただ、そのしいちゃんは、テニスを続けながら、ビジネス的なこととコンピュータの両方勉強したいって目的があって、それはちゃんとできそうだから、うちの大学を選んだことを後悔をしてるとかはないっぽい。
けど……親が離婚したあと、やっぱりお金で苦労してるみたいで、バイトもたくさんしてて、けど部活は続けないと奨学金がもらえないから、わたし以上に遊ぶ時間がない。
それでも大学くらい卒業して欲しい――と。
それがしいちゃんのお母さんの希望。
しいちゃんとたまに真面目な話をするときは、一緒に頑張ろうね、と、毎回そんな感じになる。
さておき、アゲハさん。
一人暮らしをしてるからといって、まあ家賃が安い家もあるし判断はできないけど、つーか、着てるスーツがすっげーいいヤツだもん。
最初に会ったときから、お金持ちの家のひとだなとは感じている。
なので、これもない。
いや、そもそも、大学を選ぶときに一番大事なのは、しいちゃんみたいに、大学で勉強したいことを基準に考えることなわけだけど(と、高校のとき進路相談の先生が口をすっぱくして聞かせてくれた)、じゃあアゲハさんがその基準でうちの大学を選んだかというと、似たようなことを教えてる大学は都内にたくさんあるわけで(と、しいちゃんから聞いた)。
だから、どの大学でも選びたい放題のはずのアゲハさんが、うちの大学を選ぶ理由にはなりえない……
ふぁ、と。
頭を使ったからというわけじゃないと思うけど、つい小さくあくびをしてしまう。
アゲハさんとの話が楽しいせいか、ちょっとお酒……じゃなくて、煮え湯……もといドリンクの進みが早いのかも……
「――はい、お待ちどうさま」
と、テーブルの横にゼルさん。料理を持ってきてくれたらしい。
すっと、わたしとアゲハさんの間に置かれたのは、金縁で装飾された純白のお皿……って。
「お、おお……っ!???」
お肉だ。ローストビーフだ。
やばい、いままで見たことがないような鮮やかな肉色をしている。
スーパーの総菜コーナーで見る薄くてぱっさぱさの茶色いヤツじゃなくて。
レアな焼き加減の厚いお肉を、薄くとろけた脂身がふんわりと包み込む感じで。
高いヤツだ、これ絶対たかいやつ!
貴婦人か? これが貴婦人なのか?
じゅるじゅると、ぎゅるぎゅると。
天井ライトに照らされて輝くそれを眺めながら、うら若き乙女がとても鳴らしてはいけない音を鳴らすわたし。
「随分と……高級そうな感じだけど……」
私と違って上品に、それでも明らかに驚いている様子のアゲハさん。
ゼルさんは銀色のスプーンを使って、手にしたグレイビーボートからソースをすくいあげると、その柔らかそうなローストビーフの上に優しくかける。そして。
「ふふ、お誕生日のサービスよ」
とても愉快そうな声でそう言った。
「……あら」
ほわんとした感じでアゲハさん。
「別にアゲハちゃんだけじゃなくて、常連のひとのお誕生日には、私からご馳走してるの。だから遠慮せずに召し上がって頂戴」
「……ありがとう、ゼルさん」
アゲハさんは椅子から立ち上がって、丁寧に頭を下げた。
「どういたしまして、改めて20歳の誕生日おめでとう。今日から成人ね」
そう返すなり、なぜか、ふっふっふ、と、奇妙な感じで笑い始めるゼルさん。
アゲハさんは不思議そうに顔をあげて。
「……なぜ笑っているの?」
そう訊くと。
「さあ――なぜなのかしら、ね」
ゼルさんは急にハイトーンな声で……というか、たぶんアゲハさんの声真似をして、そんなことを言った。
ぶわっと、お酒で染まった頬をさらに赤くして。
「……ばか」
小声でつぶやくと、そそくさと椅子に座り直した。
そのまま照れくさそうに目を伏せたままのアゲハさん。
あれ?
えっと……?
どうやらゼルさんは、さっきのわたしたちの会話を聞いてたっぽくて……
あ、そっか。
ゼルさんは答えを知ってるのか。
アゲハさんがうちみたいな大学に通っている理由を。
けど……なんだ? このアゲハさんの反応は……
やっぱりこれは、男関係なんじゃ――
「にゃん子ちゃんの分もあるから、遠慮せずにどうぞ」
「はいっ! ありがとうございますっ! 遠慮なんて一切しませんっ!」
食欲以外の思考がストップするほどの言葉を頂いてハッスルするわたし。
つーか、食欲は思考じゃないと思うけど、もう知らない。
わたしは獲物を狙うマレーヤマネコのごとく、皿の上のビーフをただ睨みつける。
でも、ちゃんと躾けられているわたしは、なんだかんだでお腹を空かせていたらしいアゲハさんが手を付けるのを待って、そして一気に、ぐわっ! と、フォークとナイフでまっしぐらに、それでも、お上品に取り皿にとって。
もぐ、もぐ、もぐ、と、至福のときを噛みしめる。
やがて、ぎょくり、と、飲み込んで。
はあ、と。
思わず幸福が漏れてしまったかのような、息を吐いた。
すべての生き物(特に牛さん)に感謝しよう。
見れば、目の前に座るアゲハさんも幸せそうな表情だ。
カウンターの方に戻っていたゼルさんに、ふたりで改めてお礼を言って、んで、仲良くそれぞれ2枚目を頬張っているうちに、なんだかどうでも良くなって。
「……わかりました。そのうち調べあげてみせますよ」
じっちゃんの名にかけて、と。
口元を紙ナプキンでふきふきしながら、わたしはそう告げた。
「ふふ、頑張ってね。真実はひとつしかないのだから」
微笑むアゲハさん。
「けど……理由はどうであれ、もったいない気が……」
「ん?」
すっと自然な所作で3枚目のローストビーフを召し上がろうとするアゲハさんの手が止まる。
「だって、良い大学に行けるのに、わざわざうちみたいな大学に……」
「では、にゃん子さん」
急に真面目な表情で。
それでも切り分けたローストビーフをひとつ、口に運びながら。
「――なぜ多くの人は、良い大学に行きたがるのだと思う?」
こくりと、幸せそうに飲み込んでから、そんなことを訊く。
「それは、まあ……」
少し考えてから。
「良い会社に就職するためだと思いますケド」
素直にそう答える。
「では例えば、将来の就職先が決まっている人はどうかしら?」
「え?」
思わずうわずった声をあげてしまうわたし。
「……それ、アゲハさんのことですか?」
「そう考えてもらっても良いわよ」
アゲハさんはフォークとナイフを置き、グラスを傾けながら、ぼやかした感じでそう答えてから。
「けれど珍しい話でもないでしょう。例えば、ご家族が商売をされていて、その後を継ぐことが決まっているとか」
「まあ……言われりゃ、うちも似たようなモンですが」
わたしのお母さんが働くお店は、経営者は別にいて、正確にはお母さんのお店ではないんだけど、ここ数年はずっとお母さんが切り盛りしている状態である。だからまあ、わたしがそれを継ぐなんてことはできなくもないんだけど、田舎のスナックに将来性なんて皆無だし、後を継がせる気なんてさらさらないと明言されている。
故にわたしは、良い会社に就職するために大学へ行けと、そう言われてきたからこそ、こうやって大学に通っているわけだけど……
じゃあもしも、その前提がなくなって、良い会社に就職できることが決まっていたとしたら。
「そんな場合に……良い大学に行く理由……?」
うーん、と、わざとらしく首をひねってみるも、答えはわかっている。
別にわたしがそう思っているとかじゃなくて、高校の進路相談の先生とか、それこそしいちゃんが、わたしに散々言ってくれたこと、それは――
「――サークルや部活動がたくさんあって、楽しいからよ」
アゲハさんは力強くそう答えた……って。
「はあっ?!」
ケゲンも
失礼なほど、すっとんきょうな声をあげてしまうわたし。
「良い大学には人がたくさん集まる。サークルであれば他大学から参加する人もたくさんいるわ。だから、芸術、スポーツ、サブカルチャーにスキルアップ。フォローしていない分野などないほどに多種多様な活動が行われているの。同じ分野でも複数の団体が存在している場合もあるから、参加してみて趣味があわないようだったら他のところに移ってもいい。それに多くの団体に対しては大学側が活動の場所まで無償で提供してくれる。こんな素敵な環境、大学という場所以外には存在しえないのよ?」
その拳を握りしめながら、なにやら長々と熱弁するアゲハさん。
「……だ、大学に行く目的って」
わたしは思わず反論する。
「べ、勉強するためじゃないんですかっ!?」
「遊びは大事でしょう?」
じっと真剣な眼差しでわたしを見据えながらアゲハさん。
「で、で……でもっ!」
「――にゃん子さん、あなた、遊びと勉強、どっちが大事なの?」
なんかさっきも聞いたようなフレーズに、わたしはとっさに答える。
「あ、遊びに決まってますっ!」
「でしょう?」
すうっと椅子の背もたれに寄りかかり、腕を組みながら。
ふふふ、と、アゲハさんはそれこそ悪魔のような笑みを浮かべる。
一体、なんなんだ……
まるでわたしからその言葉を引き出したかったかのような……
「はあ……」
なんか急に疲れてしまった感じ。
「ごめんなさいね、にゃん子さん。けど」
今度はお姉さんのように、優しく微笑みながら。
「極論すれば勉強はひとりでもできるでしょう。専門書を読めばいいのだから。もちろん、さっきも言った通り、わからないところを教えてくれる先生がいらっしゃるのが理想だけれど」
穏やかにそう告げる。
「……けど、遊びはひとりじゃできないってことですか?」
オレンジのやつを、こくりとひと口。
気を取り直してから、わたしはそう訊き返す。
「そうとも限らないけれど、仲間がいた方が楽しみ方は広がるでしょう?」
「そりゃそうですね」
「遊びに関して気の合う仲間と出会う機会が多く得られる――それも、大学に行くひとつのメリットだと、私は思うわよ」
「……なるほど」
良い大学ほど、そのチャンスが多くなると。
それは確かにうらやましいなあ、と、素直に思った。
新歓には行ったけど、結局入らなかったサークル。
映画研究会。
もちろん、映画好きな先輩もいたんだけど……新歓コンパで皆と話をして、なーんか違う感じがして、結局やめた。
高校のときにみた大学案内のパンフに、そのサークル名は載っていて。
だから実は、入学前から、ずっと楽しみにしてたんだけど……
他に似たようなサークルがあったらなあ、と、それは今でも強く思ってたりする。
「誤解しないで欲しいのだけど、もちろん」
ほんわりと酔いが戻ってきたような、それでも真面目な表情で。
「遊びと勉強、どちらが大事かはともかく――優先順位という意味では、遊び、つまり娯楽は常に2番目。世間的に当然のことであるし、私の人生においてもそれは純然たるポリシーよ。学生であれば、学問が最重要視されるべき。それを曲げたら娯楽は娯楽として成立しなくなってしまう」
言って、アゲハさんはうんうんと自分でうなずく。
「それを最初に言ってくれませんかねえ……」
呆れたように、パスタの揚げたやつをポリポリするわたし。
つーか、わたし、間違ってないじゃんか。
大学に行く目的が遊ぶためだなんて、進路相談の先生に言ったら、ぶち切れられるところだ。
「ふふ、そんなこと言わずもがな、でしょう」
「はいはい」
「娯楽は常に2番目、テストにでるわよ」
「はーい」
と、元気よくあげた手をすぐに下ろして。
「って……アゲハさん、どうしてそんな他所の大学のサークル事情とか、詳しいんですか?」
ふと思ったことを尋ねる。
すごいお姉さんのように見えるし、頭もすごくいいひとだけど。
よくよく思い直せば、まだ大学2年生で、わたしと年齢が(今日からは)1つだけしか違わないわけで。
「それは、まあ」
わずかに苦笑いを浮かべながら。
「実は……私ね。色々な大学に出入りしてるのよ」
「ほえ?」
「昔から」
「昔って、いつですか?」
「……高校生のときから」
「え」
「楽しいわよ? 色々なサークルに見学としてお邪魔させてもらったり」
「はあ」
「……講義にモグリこんだり」
「は?」
「もちろんテストなんて受けなくて良いから、自由にのんびりと聴けるのが特徴ね」
「いやいや、なにやってるんすか、アンタ……」
思わず、ひねりもない平坦な突っ込みを入れてしまうわたし。
おじいちゃん先生の授業にモグってたのは、なんか特別な思い入れがあるのかと勝手に思ってたけど、常習犯かよ、このひと。しかも他に大学の、それも高校生のときからって……
ん、あれ?
「ちょっと待った。高校のときって、高校の授業はどうしたんですか?」
「大丈夫」
「……だーかーら、答えになってないですよぅぅ」
このひと……はっきりと答えられないことを、ぜんぶ「大丈夫」って言っときゃいいと思ってないか……?
まあ、さておき、つーことは、つまりサボってたってことだろう……
ん、ああでも、そういえば、わたしも高校3年生のとき、大学の授業見学とか行ったし、必ずしもサボってたとは言えないのかな……? 別に遊びにいくってわけじゃないし、優秀な生徒ならそういうのが許される高校もあるのかも知れない。
しれっとした表情で、グラスを傾けるアゲハさん。
何だかいかにも優秀といった素振りである。いや、どんなだよ。
まあ、その美貌はともかく、頭の良い人だというのはわかるし、これまでの会話のやりとりをふまえれば、勉強大好きの秀才というよりも、何というか天才肌といった感じなのかなあとも思う。
「やっぱり、良い大学には優秀な生徒が集まってるんですよね?」
わたしは何の気なしにそんなことを訊く。
やっぱ授業中の雰囲気とか違うのかなあとか、それくらいの話で、別に重い質問をしたつもりはなかったのだけど。
「生徒ではなくて、学生、ね」
ぴっ、と人差し指を立てて、ダメよ? といった感じで指摘するアゲハさん。
「え? ああ、そうでした」
そういえば入学式のとき、学長先生か誰かが言ってた気がする。
「今日から君たちは学生だ。従って生きてちゃダメなんだ――って」
そう聞いてたはずだけど、まあ、生徒証に生徒会長、小中高と今までずっと自分たちのことを生徒生徒と呼んできたわけで、それが学生証になったところで(学生会長なんて人はいるんだろうか?)、言い慣れないっちゃ慣れない。
「けど、そうね……」
アゲハさんは真面目な、そしてわずかに深刻そうな表情で。
「学生と生徒……そういう意味では、うちの大学には、生徒、って印象の人が多いかしらね……」
つぶやくように言ってから、すぐ否定する。
「いえ、もちろん人それぞれだし、皆、優しいし、いい人ばかりで……それに、私だって大学生活を通して成長しているのだから、他人を評価するなんてことをしてはいけないのだけど……」
口元に手を当てて、なにかを思案するように視線を落とすアゲハさん。
少し……空気が変わった感じがする。
「けど……そうね、にゃん子さん」
すっと顔をこちらに向けながら。
「せっかくだし聞いてもらおうかしら」
「ん、なんですか?」
「ずっと……誰かに話したかったことなのよ」
アゲハさんは姿勢を整え、テーブルに両ひざをつくと。
「地球が丸いってことは、ご存知?」
突然、そんなことを訊く。
「え? あ、はい……そりゃ……」
当たり前の質問に、ついあやふやな感じで答えてしまうわたしに。
「ではその丸い地球、つまり球体の」
アゲハさんは続けざまに、わたしに訊いた。
「――内側に、人間が住んでいると、そんな風に考えていたりはしないわよね?」
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