15. にゃん子と解決編③


「……え」


 目を丸くしてわたしを見つめる女性に向かって。


「こ、これ……つ、つまらないものですが……」


 勢いを失ったわたしは、言葉をつまらせながら。

 両手で持ったプレゼントの包みを、ずいずいっと、さらに前へと差しだした。

 周囲に並ぶ木々の、細かな枝が風に揺れる。

 そのきれいな黒髪もふわっとなびいて。

「あ、あら……あんなの……冗談だったのに」

 オロオロと目を泳がせて、本気で戸惑った感じのアゲハさん。

 うん、すっげー可愛い。

 こちらもなんだか戸惑いつつも、ふうと呼吸を整えて。

「いえ、悩みを聞いてくれたお礼もです。大したものじゃないですし、えっと」

 にいっと、満面の笑顔を浮かべながら。


「アゲハさんの、探偵としての、報酬です」


 そう告げた。


「……ありがとう」


 両手でそっと受け取ってくれるアゲハさん。

 にこっと、微笑みながら。

「開けても良いかしら?」

「どうぞっ!」

 変に甲高くなってしまったわたしの返事を聞いて、アゲハさんは再びベンチに腰をかけた。

 ひざの上にそっとそれを置いて、本当に丁寧に包装を解いてくれて。

「……あら」

 例の布製のブックカバーを手に取りながら。

「ありがとう、嬉しいわ」

 突っ立ったままのわたしを見上げると、穏やかに目を細めた。

 って、あれ……けど。

「えっと……アゲハさん、ひょっとして」

 わたしは直感して。

「……同じの、持ってます?」

 そう尋ねた。

 わたしの言葉に、少し気まずそうな素振りを見せながら。

 そっと自分のバッグから、また一冊の本を取り出した。

 さっきのとは違って、文庫サイズのやつ。


「あらま」


 その本には、色までまったく同じの……布製のブックカバーがつけられていた。

 わたしは、あはは、と、つい笑ってしまって。

「問題ないです、つーか良かったです。趣味があわなかったらどうしようかと思ってましたし」

 使ってるということは、そういうことだし、モノ的にいえば、ふたつあってもそれこそ何の問題もないやつだ。ちゃんと使ってもらえるプレゼントを贈れてよかったと、わたしは心の底から嬉しくなっていた。

「そうね」

 アゲハさんは、ふふ、と優しく微笑みながら。

「では、ありがたく使わせてもらうわ。私が使っている方は鍋敷きに……って」

 何かに気づいた様子で、わたしの贈ったブックカバーを手に取って。

 じいっと、その片隅を見つめながら。

「こんな子猫の刺繍がついているものもあったのね。可愛らしい」

「あ、それ、私が縫ったんです」

「……?」

 不思議そうに首を傾げて、わたしの顔を見て、再び刺繍を見つめて。

 んで、またわたしを見上げると。

「え」

 そのきれいな目をさらに大きく見開いて、またまた刺繍を見つめる。

 しばらく無言のまま、細い指で優しくそれを撫で続けてから。

「――すごいじゃない」

 はあ、と、なにやら深く息を吐いて。

「こんなに細かくて……可愛くて……え、本当に……?」

 ひとり言のように呟くアゲハさん。

 なんかとても褒めてくれてるっぽい。

 わたしは、えへへ、と、バカみたいに頬を緩めてしまう。

「これ……本当に頂いても……いいのかしら?」

 わたしの顔をじいっと見つめながら。

 それはお世辞でも、建前でもなくて。

 くるっとした子供のような目で。

 ホントにもらっていいの? と、そんな感じで……


「もちろんっ!」


 わたしは、我が家の玄関に飾ってある赤いべこの置物のごとく、ぶんぶんと首を何度も縦に振った。


「……ありがとう」


 その麗しき女性は、胸元でぎゅっとわたしのプレゼントを抱きかかえるような仕草を見せる。

 いやはや……なんかもう、マジで嬉しい。

 我らがバイト先の店長(36歳女性、独身)のセンスに感謝しよう。

 わたしも夜なべをした甲斐があったというものだ。

 してないけど。


「――にゃん子さん」


 急にアゲハさんが真面目な顔つきで、妙に低めの声でわたしの名を呼んだ。

 なんだか少しだけ空気が変わる。

 大学はまだ授業の時間。

 静かなキャンパス内が、どうしてか少しだけ、ざわついたような気がした。

「……なんでしょう?」

 わたしが返事をすると、こちらをじっと見上げて、矢継ぎ早にアゲハさんは訊く。

「家のお手伝いは、よくされているのかしら?」

「百パー、わたしがやってますよ?」

「ひゃくぱー」

「ぜんぶです」

「お掃除も?」

「はい」

「洗濯も?」

「もちのロンです」

「……お料理は?」

「ほぼ毎日作ってますケド」

「得意料理」

「肉じゃが」

「2番目は」

「コロッケ」

「にゃん子さん」

「はい」

「結婚しましょう」

「はいぃっ!?!!!??」

 いともたやすく行われた愛の告白プロポーズに、わたしの心臓は空高く跳ね上がる。

「もちろん冗談だけれど」

「……はあ」

 いやいや、何を言いやがるのか、このひとは……

 あんたみたいなド美人がそーゆーこと言うと冗談にならんでしょうが。

 わたしが女で良かったっつーか、いや、え?

 な、な、なぜそんな真剣な表情で、こっちを見てるんですか……

 え、ちょ、ちょっと……そんな、熱いまなざしを向けられても……

 あ、そ、その……困るというか……

 それこそ悪魔に魅入られた少女のように、凍り付くわたし。

 いや、まあ、よく見れば今までの表情と変わってない気もするけど……


 その美人は突然に、ふふふふふ、と微笑むと。


「お礼もかねて、今晩、一緒にお食事でもどうかしら?」


 そんなことを言った。

「え、お礼って。いえ別に」

「都合が悪いなら、今度でもいいけれど」

「いえいえっ! ぜひっ! ご一緒できるならっ!」

 そりゃまあ、そんなもん誘われたら行くに決まってる。

 今日は月曜日。

 先週まではバイトをしてたわけで……多少、夜遅くなっても……

 って、え?

 いやいや、待て待て、待て待て、山田。

 何を考えてる、今、お前、一体何を思い浮かべた。

 急に熱を持った頬を両手で押さえ、邪念を振り払うように、わたしは赤いべこの置物のごとくぶんぶんぶんと自分の首を横に振りまくる。

 しごくとうぜん、じめいノリ。

 言うまでもなく、あったり前のことだけど……わたしにそんな趣味はない。

 この美人が変な冗談を言うから、つい変な想像をしてしまっただけで……

 わたしは、じいっと、わずかな怒りを込めてベンチに座る女性を睨みつける。


「……大丈夫? にゃん子さん」

 

 そんなわたしの奇行を見て、不安そうに首を傾げるアゲハさん。

 そこに不穏な空気というか、それこそヨコシマな雰囲気など一切なく。

「えっと……大丈夫です。ごはん、楽しみにしてます」

「ありがとう」

 ふわっと微笑んだその表情は、お姉さんな雰囲気というか、なんちゅーか。

 仲良くしましょうね、と、ふつーにそんな感じだった。

 なんだか照れくさくなって、わたしは自分の髪先をいじりながら、わずかに目を逸らす。そんなわたしに女神のような笑みを向けて――それでも急に、おじいちゃん先生のことを思い出したのか。

 

「では、また後で会いましょう」


 真面目な顔つきに戻るなり、すっとベンチから立ち上がる。

 そしてそのまま、たたたたーっと早足で――


「まてーいっ!!! うぇいと、うぇいと、うっ、ぇーいっ、とお!!」


 馬鹿みたいな声をあげて、またしても慌てて引きとめるわたし。


「え?」


 んでまたしても、きょとん、と、振り返るアゲハさん。


「いやいや……アゲハさん、あのですね……その……」


 わたしは呆れたように、苦笑しながら近づいて。

 さっと自分のスマホを取り出してから――告げた。


「……連絡先、交換しましょうよ」


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