第9話 放課後 職員会議中


 とある中学校の職員室。

 2-2の教室の戸締りを確認したのち、ヤマウチは職員室へと戻った。

 隣の席のスガは、まだ帰ってきていない。

 長くなるんだろうな……と、ヤマウチは心の中でスガをねぎらう。

 突発的な保護者の来校。

 これがポジティブな理由だったことは、一度もない。

 ほぼすべての保護者が、学校に対する不満をぶちまけてやろうという『やる気』に満ちて現れる。ぶっちゃけてしまうと、面倒くさいことこのうえない。

 ものすごく稀な確率で、例えばソーシャルゲームの課金ガチャで最高レアが連続で引ける程度の確率で、ものすごく有意義な面談時間を過ごさせてくれる保護者もいる。

 しかし、現在、スガが対応している保護者など、その対極にいる人物だ。あーもう面倒くさい。

 モンスターペアレンツなどというものではない。言葉が通じない、モンスターそのものなのだ。

 ここで新設定を明かしてしまうが、わが校において、異能力を保持している生徒は、まだうまくコントロールできない異能力を制御するために、通学の際は特性の腕輪を着用することが、校則で義務付けられている。

 だが、現在襲撃しているモンスターの子どもは、それを身に着けずに毎日登校している。

 当然、それは指導の対象となるのはわかりきったことである。

 生徒自身の安全のため。そして、周囲の人間の安全のため。

 しかしその生徒は、何度指導しても、腕輪を身に着けてくることはないのだ。

 なぜなら、『親が』腕輪を隠してしまっているから。

 その親曰く、『自分が失敗してこそ、学ぶことがある』、そして『私たちの時代はそんなものつけなくてもよかった』、なにより『かっこ悪い』。

 一個目の理由は、まあ、うん。

 二個目の理由も、うん、まあ、うん。

 三個目の理由は、はあ?

 もう少しだけ三個目の理由に関して補足させてもらうと、別にデザインの問題ではない。

 では、何がかっこ悪いのかというと……いや、かっこ悪いの説明をするよりも、そのモンスターが何を『かっこいい』と思っているのか説明した方がわかりやすい。

 つまるところ、皆が身に着けている腕輪を、あえて身に着けないという行為が、『かっこいい』と、『親が』思っているのだ。

 だから、身に着ける行為は『かっこ悪い』。

 制服の第一ボタンをはずしたり、インナーに真っ赤なシャツを着てみたり、学ランを改造してみたり(わが校はブレザーだが)、その延長線上で考えてしまっている。

 そのトンデモ理論を意気揚々と掲げて、

「うちの子が指導されたみたいなんだけど、どういうこと?」

 と学校に乗り込んでこられたらたまったもんじゃない。本当に、面倒だ。

 念のため言っておくと、そのモンスターの子どもは、ものすごく真面目な生徒だ。

 授業も真面目に聞くし、宿題も出す。試験の点数も悪くない。

 しかし、腕輪をつけさせてもらえないという一点のみで、指導の対象とされてしまうのは、非常に可哀想な子どもである。

 教員としても、事情をしっていながら指導しないわけにはいかない。

 例外的に、不問とするなどといった柔軟な対応は、学校という環境では不可能に近い。例外を認めてしまうと、例外になろうとする生徒も確実に出てくるのだ。

 幸いなことに、腕輪を付けていない生徒の家庭事情を知っている2-2の中には、例外になろうとする生徒はいなかったが。


 がんばれ、スガ先生、負けるなスガ先生。

 いつかそのモンスターと会話できる日が来ることを願っているぞ!

 

いつの間にか始まっていた職員会議の内容を、真剣に聞いているフリをしつつ、ヤマウチは、スガへと応援のテレパシーを送る。

 当然、ヤマウチにはそんな異能力など備わっていないため、スガへ伝わることはないのだが。

 

「俺も同席しましょうか?」


 いつだったか、ヤマウチはスガに、そう申し出たことがある。

 あまりにも、モンスターと面談後のスガが、疲労困憊であることを心配したがゆえにでた言葉だ。

 モンスターの攻撃対象を二つに分散するだけで、単純に体力の減少は1/2になる。もちろん、担任であるスガの方に多くの攻撃が集まることはわかっているが、それでも、だ。

 いざとなれば、スガに席を外してもらって、ヤマウチが身代わりになることもできる。

 だが、スガはそれを断った。あくまでも一対一を望んだ。

 なるほど、でも自らの力で、言葉で、そのモンスターを討伐したいのか、そして後輩である俺に火の粉が及ぶことまで防いでくれようとしているのか。 とヤマウチが感動していると、スガは笑顔で


「我慢できなくなったら、魔法で洗脳してやろうと思って」


と答えた。なるほど、だ。




 そんなことをヤマウチが思い出しているうちに、職員会議の議題もいつの間にか変わり、教頭がなにやら業務連絡という呪文を詠唱している。

 まだまだ新任のヤマウチには、真剣に聞いたところで、なにを言っているのかわからないことが多い。そして、なによりも自分に関係のあることの方が少ない。

 だから聞き流すに限る。

 もちろん、ヤマウチのような考えは、褒められたものではない。が、少数派でもない。

 ヤマウチが時計を見ながら、後何分ぐらいで会議が終わるのか予想していると、電話が鳴った。

 電話を取るのは下っ端の役目でヤンス。ヤマウチは機械的に受話器を取る。


「はい、とある中学校、2年職員のヤマウチです」


 受話器からは何も聞こえてこない。

 他の人が先に取ったのかと思い、職員室を見回すが、受話器を手に持っているのはヤマウチただ一人。

 電話を見てみると、通話中の赤いランプが点滅している。

 ヤマウチは首をかしげながら、もう一度受話器に向かって話しかけた。


「もしもし?」


 返事はない。いたずら電話か。

 そう判断して受話器を置く前に、念のためもう一度呼びかける。


「もしもーし?」


 やはり、返事はない。

 しかし、かすかに声が聞こえていることにヤマウチは気づいた。

 電話の向こう側で、なにか話しているのだ。


「すみません、少し声が聞こえづらいのですが……」


 受話器を耳に強く押し当て、なにを言っているのか聞き取ろうと試みる。


 …………違和感。


 受話器の向こうから、教頭の声がする。


 ヤマウチは顔を上げて、職員室の前方を見る。

 そこではまだ、教頭が呪文を詠唱していたが、それと全く同じものが受話器からわずかに聞こえてきている。


『ふっ……ふふっ……』


 受話器から、声を押し殺したような笑い声が聞こえる。

 それは女性の声で、聞き覚えがある声だった。


 まさか……と、ヤマウチは、職員室の廊下側に面する窓を見る。

 予想通り、そこには片手でスマホを耳に当て、もう片方の手で口元をおさえ、必死に笑いをこらえながら、こちらを見ているスガがいた。


 まったく、あの人は……俺が電話にでなかったらどうしていたんだ……

 

 ため息をつきながら、ヤマウチは受話器をおろした。

 スガが戻ってきたということは、モンスターとの対決も、今日のところは終わったのだろう。

 不自然に爽やかな笑顔であれば、洗脳魔法を使用した可能性も考えなくてはいけなかったが、窓ガラス越しのスガは少し疲れて見えた。

 小さく手を振るスガに、早く入ってこいとヤマウチは手招きをしながら、後で甘めのコーヒーを入れてやろうと思った。


 職員会議も、もうすぐ終わる。

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