第8話 HR(ホームルーム)

 とある中学校の2-2組の教室。

 副担任であるヤマウチは生徒に向けて明日の連絡事項を読み上げていた。

「明日も通常通り。なんの面白みもない明日だ。以上。学習委員、なんか教科連絡しろー」

 一人の男子生徒が立ち上がると、各教科ごとに特質すべき伝達事項を他の生徒に伝える。

 どうやら明日は国語のワークの提出日らしい。

 自分の机に置けなくなって、ヤマウチの領土を遠慮なく占拠する魔法使いの姿が目に浮かんだ。

 教科連絡が終わると生徒たちはいっせいにヤマウチの方を見る。

 生徒たちは待っているのだ。ヤマウチから学級委員へと出される下校の挨拶の指示を。

 しかし残念なことに、まだHR終了のチャイムが鳴らない。

 まだ生徒たちは教室にいるべき時間なのだ。

 担任の魔法使いならば、ここで何かありがたーい、人生のためになーるような崇高かつ笑えるような話をして場を繋ぐのだろうが、残念ながらヤマウチはそれが面倒くさい。

 だから「チャイムが鳴った瞬間に号令な。瞬間だぞ。遅れはコンマ0,1秒までだ」とだけ伝えた。

 時計を凝視する学級委員はよしとして、後の生徒は手持無沙汰で仕方がない。

 当然友だち同士での会話をしたり、本を取り出して読み出したり。

 そして当然

「はいはいはい! ウッチー! スガちゃんとさっきイチャイチャしてたでしょ!」

 こういう面倒くさい質問をしてくる女子生徒もいる。

 その言葉に他の生徒も目を輝かせてヤマウチを見る。

 やめろ、友達との会話というかけがえのない時間を切り上げるな。

 イチャイチャというのは、全校集会の終わり際にスガがヤマウチを起こして業務連絡をするために行った一連の流れとみて間違いない。

 なぜなら、その質問をした女子生徒はヤマウチが危惧した目撃者なのだ。

「校長先生のありがたーいお話の時にお前は後ろを向いていたことを白状したわけだ」

 寝ていた自分を棚に上げて、ヤマウチは女子生徒に説教をすることであやふやにする作戦に出たが

「ウッチーだって寝てたじゃん!」

 と見事に棚に上げた『なにか』を棚から取り出して手元に返された。

「何を言ってんだ。あれは寝ていない。目を閉じてありがたい校長先生のお話を噛みしめていただけだ」

「噛みしめてたのは欠伸でしょ!」

「お前はスッポンか。噛みしめるだけに、噛みついたら離さない的な」

 そんな最高級に高尚なヤマウチのツッコミを女子生徒は

「何それ意味わかんなーい」

 と受け流す。いや、川に流す。スッポンだけに。

「ちなみにスッポンは英語だとSoft-shelled turtleだ。やわらかい甲羅の亀って意味だぞ」

「どうでもいいよ! それよりもイチャイチャしてたのはどういうことかって聞いてるの!」

 そーだそーだ! と囃し立てる声があちらこちらから聞こえてくる。

 さすが中学生。色恋沙汰大好きか。

 逃げ場を失い、さらには身動きが取れないように、縄で縛られた気分だ。

 言わなくてもわかるとは思うが、スッポンだけに、亀甲縛りだ。

「あれはただ、俺がHRでここに上がるように伝えられただけだ。全校集会中だから小声でないといけないし、ああするしかないだろ」

 理路整然としたヤマウチの主張に当然生徒たちはぐうの音も出るはずはない。

「集会終わってからでも十分言えるじゃん!」

 ぐうどころか19文字も返された。

 むしろヤマウチがぐうの音も出ない。確かにそれもそうだと納得してしまう。

 そして、議論における納得は……負けを意味する。

「チェックメイトだよ、ウッチー」

 女子生徒は立ち上がりビシッとヤマウチを指さす。実際にそんな音はしていないが、マンガならば『ビシッ』のシーンは見開きで描かれてもおかしくはない。そのくらい綺麗な動作だった。

「私の異能は負けを認めた相手を服従させる異能! ウッチーは今私との議論において負けを認めてしまった! よって、私の異能が発動する!」

 そう、まさにさきほど校長が話ていたありがたいお話の内容の通りである。

 この中学に通う生徒の半分が異能者で、残りの半分が無能力者。

 張り詰めた空気。誰も動かない。時間が止まってしまったかのようだ。

 しかし時計の針だけが正確に動き続け、それを否定する。

 そして……HR終了を告げるチャイムが鳴った。その刹那

「起立!」

 ヤマウチと女子生徒の会話など一切耳にせず、ただひたすらに時計だけをにらみつけ、自らに課せられた使命を全うしようとしていた人物――学級委員が大声で号令をかける。

 その声にハッと我に返った他の生徒たちも慌てて立ち上がる。

 ちなみに女子生徒はさきほど立ち上がっていたので、その必要はない。

「気を付け! 礼!」

『さようなら!』



 放課後、再び活気を取り戻したとある中学校。

 二年二組の教室から一人、また一人と生徒が去っていき、最後に残ったのは二人だけ。

 ヤマウチと女子生徒。

「えっと……もう職員室に戻って良いか?」

 ヤマウチは若干気まずそうに、未だに指を突き付けたままの女子生徒に、そう尋ねた。

 尋ねられた女子生徒はというと、顔を伏せているために表情はわからないが、耳が赤く染まっている。

 よく見ると、指も震えていた。

「はい……」

 女子生徒は顔を伏せたまま答える。

「んじゃ、お前も気を付けて帰れよ」

「はい……」

 ヤマウチが去ってから1分程経っただろうか。

 女子生徒はようやく腕をおろして、椅子に座って顔を手で覆った。

 

 この中学に通う生徒の半分が異能者で、残りの半分が無能力者。

 そしてこの女子生徒は、無能力者である。

 テンションが上がりきってしまっている時はそうでもないが、ふと我に返るとものすごく恥ずかしい。

 女子生徒は、今まさに、それだった。

 

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