第4話 昼休み
とある中学校の職員室。
無理やり給食を胃に詰め込んだヤマウチは自分の席に座っていた。
愛するオムライスを、ただただ咀嚼し飲み込むだけの作業というものは精神的にかなり来た。
明日、言霊の効果が切れたら仕事終わりに贔屓にしているオムライス専門店へと久々に足を運ぼうとヤマウチは決心した。
昼休みになり、勉強から一時的に開放された生徒たちの声が耳に届く。
教師にとっても、この時間は休憩時間としてみなされているが、他の職種と比べてその線引が非常に曖昧なのでは無いだろうか。
昼休みに学校内で問題が発生した時に、休憩してました等という言い訳が通る気がしない。
故に教師達は多少気をゆるめはするものの、マンガやアニメで描かれているような、携帯ゲーム機を取り出してモンスターをハントすると言った行為はありえない。
せいぜい、ヤマウチのように、スマホアプリのクエストを回してランク上げに精を出す程度だ。
まあ、そこに何の差があるのかはわからないが。
最もそれとて、そんなにおおっぴらにやるわけでもない。
机の上には授業内容が書かれたノートを広げ、あたかも調べ物をしていますという体を装いつつ、イベントを消化するのだ。
管理職(主に教頭)が来てもすぐに隠せるように。
もちろん、毎日そんな事が出来る余裕があるわけでもない。
次の授業内容が決まっていなかったり、職員会議や学年会議の際に提示する資料作り、そして隣の席で唸っている魔法使いのように、教育委員会へと提出する資料作りがある場合もある。
そこに生徒指導や分掌(簡単にいえばクラスの係的なもの。ちなみにヤマウチは生徒の学力向上のためにあれやこれやと考える学習係である)毎の仕事なども入ってくれば、昼休みと言うなの昼仕事だ。
「終わりましたかー?」
スマホを親指で操作しながら、隣の魔法使い――スガへとヤマウチは声をかける。
スガは画面を鬼の様な形相で見つめながら一言
「へるぷ」
と、のたまった。
「発音が違います。helpです」
「もう! ウッチー邪魔しないで!」
国際社会に生きる人間としては、もしスガが英語圏で危険な目にあい、誰かに助けを求める時に困らないようにと言う思いやりから発した言葉だったが、どうやらスガには作業妨害と受け取られてしまったようだ。
真心を伝える事は難しい。
一通りスマホアプリの体力を消費しきったところで、時間を見ると、昼休みも残り半分になろうとしていた。
さて、見回りの時間だ。
テンションが上った生徒たちが危険な行為を行っていないか。また、不審者は侵入していないか。
大切な子どもを保護者から預かっている側としては、十分に気を配る必要がある。
そのため、昼休みには毎日交代で学校内の見回りを行っているのだが、今月は2学年がその担当で、水曜日はヤマウチが当番だ。
「見回り行ってきます」
学年主任にそう告げて職員室の扉を開けると、廊下で二人の女子生徒が雑談をしていた。
数ある選択肢の中からなぜ、職員室前の廊下を選んで談笑しているのだろうか。
そんなことを考えていると、
「あ、ウッチーだ、やっほー」
ヤマウチに気づいた一人が、ひらひらと手を振った。
「ヤマウチ先生と呼べ」
「えー、いいじゃん」
生徒は教師に対して敬意を払うこと。
などと言われているが、いったいどれだけの生徒がそれを実践しているだろうか。
教師に対してだけではない。それは大人という存在全体に当てはまる。
大人は自らの経験から子どもに対して物事を言う。
例えば、勉強しないと将来困る。
例えば、やりたくない事も将来しなきゃならない時がある。
その将来は、大人にとっては過去のことだが、子どもからしてみれば全く想像もつかないものであり、理解するにはまだ幼く、そして理解する頃に大人になる。
だからといって、言う意味が無いわけではなく、子どもが大人になってふとした時に「なるほど、確かに」と理解してくれればいい。
とか、どうでもいい持論.textをドラックしてゴミ箱に入れ、ヤマウチはその女子生徒に背を向けて足を踏み出した瞬間、その背に衝撃を受けた。
女子生徒が突進してきたのだ。
「危ないからやめろ。折れる」
女子生徒の頭を掴んで引き剥がす。
普段は決して女子生徒に触れないようにして過ごしているが、突進からそのままハグに移行されたこの状況の方が危ない。
「ウッチー細い。ずるい。折れろ」
引き剥がされてなお、突進してくる女子生徒を華麗に避け、もう一人の女子生徒の方を見ると、何やら微笑ましいものを見るような目でこちらを見ている。
何だその笑顔。
一般的に男子と比べて女子のほうが、肉体的にも精神的にも成長するのが早いと言われているが、特に中学生ぐらいが一番その差が出やすい。
故に自分よりも幼く見える同級生の男子と比べ、先輩に憧れやすいのも当然であり、経験上女性教員と比べて、男性教員の方が、いわゆるファン的なあれがつく割合が高い。
そして、それが単なる憧れで済めば良いのだが、極たまに若い教師を恋愛対象に入れてしまうこともある。こちらの都合お構いなしに。
この突進してくる女子生徒が極たまに系に属しているのは一目瞭然であるが、いかんせんその表現方法がおかしい。
なんだ突進って。
猪突猛進はそんな意味じゃない。
好意を持ってくれるということは単純に嬉しい。ロリコン的な意味ではなく。
だが、突進は問題だ。
感情をうまく制御出来ない思春期で、自分なりに好意を伝えようと考えた結果の突進なのだろうが、やはり客観的に見たらその行動は異常であり、他の生徒からも白い目で見られている場面も目撃している。
幸いにもクラスでは中心的な生徒であるため、今のところ何も起こっていないが、こういう些細なことからいじめが起こる可能性も十分あるのだ。
ヤマウチは何度も注意しているのだが、馬の耳に念仏、いや、猪の耳に念仏。
他の教師に相談しても、ただのあるあるネタとして処理されてしまう。
人がこんなに悩んでいるのに……
目の前でにこにこと笑う女子生徒の頬を思いっきり引っ張ってやりたくなるが(都合がいいことに非常に丸くて伸びそうなフォルムをしている)、それは体罰やセクハラとみなされる可能性もあるし、何より女子生徒にとってそれもご褒美になってしまう気がする。
ヤマウチも別にこの女子生徒の事を嫌いなわけではない。むしろ好いている。ロリコン的な意味ではなく。
授業はまじめに受け、提出物も完璧。テストの点も良い。誰でも別け隔てなく接することが出来る生徒で、非の打ち所が無い。嫌う理由が無いし、嫌って欲しいわけでもない。
そしてなにより
「どうしたの? なんか悩み事?」
「お前のせいだよ」
「え? 私の事を考えると夜も眠れないって?」
「お前は馬鹿だな。いや、猪か」
「馬鹿じゃないし猪じゃないぶー!」
「じゃあ豚か」
「女の子に向かって豚は言っちゃ駄目だよ!」
教師にとって生徒との会話というものは楽しいものだ。
とりあえず保留。
それよりも今は大切なことがある。
見回りだ。
付いてこようとする女子生徒をあしらい、ヤマウチは校舎から外に出た。
まず最初の目的地は校舎内から目が届かない体育館裏。
一般的には不良のたまり場とされているその場所だが、ヤマウチはこれまで一度もそういう現場を目撃したことはない。
いわゆる不良と呼ばれる生徒がいないわけではないが、そういう生徒はまず学校に来ない。
もちろん、他の学校であれば、登校はするものの授業妨害やボイコットをする不良はいるだろうが、さすがに教職員全員が異能者というこの学校内でそういう事をする気合が入った不良はいないのだ。
むしろいたら賞賛の拍手を送りたい。お前こそ本物の不良だと。
案の定、体育館裏は閑散としている。
ヤマウチはちらりと顔を覗かせ、それを確認すると、今度はグラウンドの外周をぐるりと一周回った。
サッカーやバスケットをする男子生徒や、ベンチに座って談笑する女子生徒達。
そして中学でもまだまだ現役なのは鬼ごっこ。
そんな生徒達を眺めながら、ヤマウチは校舎へと戻る。
特に何もなく終わる見回り。
もしこれが異能力者バトルものであれば、何かしら事件が起こるのかもしれないが、何もなくて良い。それが普通の学校の日常というものなのだ。
職員室に戻ると同時に予鈴が鳴り、生徒たちが慌ただしく教室へと戻っていく。
同時に職員室内も、授業の教材を準備したり、少し早めに授業があるクラスへと向かう教職員たちで慌ただしくなる。
5限目が空きのヤマウチは、そんな教職員たちを眺めながら優雅に手を洗って自分の席へと戻る。
隣の席では未だ魔法使いが唸っていた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます