第6話

△▼△


 その夜、成基は昨日翔治に言われた通り公園に来た。

 着いた時には翔治と美紗の影はなかった。

「なんだまだかよ」

「来たか、小宮成基」

 完璧にいないと思って気を抜いた瞬間公園の奥の街灯がなく暗闇に染まっているところからいきなり姿を現した。

「うわっ! いたのかよ」

「いたさ。二十分ぐらい前から」

 ――何でそんなに早いんだ。

 口には出さずにツッコミを入れたところで成基は美紗がいないことに気付く。

「あれ? 北条は?」

「お待たせ」

 成基が訊き終え刹那、何度か聞いた無愛想な声がから聞こえた。

 その声に反応して上を見ると、丁度美紗が後ろに何人かの人物を連れて降り立とうとしていたところだった。

 ゆっくりと華麗に着地した美紗の後から中学生と見てとれる男女三人が続いて着地した。

「おい翔治。最後の一人ってこいつかい?」

「あぁそうだ」

「へぇ~こいつかぁ? 何か大したことなさそうだけどな」

 美紗の連れてきた金髪のチャラそうな容姿を持つ、見た目成基とあまり変わらぬ中学生ぐらいの少年が陽気に訊く。

「さぁ? それはまだ判らない」

「判らないって、決めるのは君だろ?」

「落ち着け宮原。何も知らずに選んだのは事実だがこいつは特別だ」

「特別って、何がよ?」

 今度は真っ赤というよりはやや薄目の赤毛でポニーテールの少女が出てきて問いかける。美紗とは違い美少女というわけではないが、まだ幼さの残るその顔つきはやはり中学生にと見てとれる。

「芽生も焦るな。……あいつは弓使いだ」

「弓……かい?」

 宮原と呼ばれた少年が首を傾げる。

「あぁ。見せてやれ成基」

 急に振られた成基はポカンとする。見せてやれと言われても何も知らない成基にはどうすることも出来ない。

「…………」

「どうした成基? 早くしろ」

「あのさ、悪いんだけど、やり方知らないからさ」

 成基が正直に告げるとなぜかこの公園が静まり返る。成基にとって理解できないこの展開のこの状況にしびれを切らしたように翔治が大声を上げた。

「なんだとぉ!」

「いやいや、だからそれをレクチャーするためにここに来たんだろ?」

「…………」

「…………」

「そう言えばそうだったな」

 思わずこの場にいる美紗以外の全員がずっこける。その本人は咳払いをして誤魔化すと改めて言い直した。

「そういうだからセルヴァーにレクチャーを協力してもらう」

「なるほど僕らを呼んだのはそれが理由か」

 今度は最後まで残っていた蒼い髪に碧眼の少年が前に出た。

「そうだ」

「そういうことなら俺らにおまかせってな」

 頷きながら三人が並ぶと順に自己紹介を始めた。

「俺が宮原修平みやはらしゅうへいだ。よろしくな」

 まずは金髪でチャラそうな少年が挨拶する。

「あたしは茅原芽生かやはらめいよろしくね」

 次に赤毛の、まだ幼さの残る容貌を持つ少女が言い、最後に左目を軽く閉じてウインクして見せる。

 そして最後は蒼い髪に碧眼を持つ、怜悧な顔つきの少年。

「僕は聖沢是夢ひじりさわこのむです。以後よろしく」

「俺は小宮成基だ。判らないことばかりだから教えてくれ」

 一通り自己紹介が終わるとセルヴァーによる成基へのレクチャーが始まった。わざわざセルヴァー全員でレクチャーする必要があるのか? と疑問を抱いた成基だったがどうやら得意分野が違うらしくそれで全員が集まったらしい。

「まずはセルヴァーについて説明する」

 どうやら全体的な内容に関しては翔治らしい。

「セルヴァー、それが誕生したのが今から四年前……」

 今から四年前、人間界に神が降り立った。その神の中には二つの人格がある。その苦労故に神は自らを二つに分裂させた。

 一つは自らが持つ正義の光の神。もう一つは自らが持つ悪の闇の神。それらはそれぞれ意思を持ち、代わりに権力ちからを失った。

 光の神は己の悪を打ち砕くべく、闇の神は自らの権力ちからを取り戻し、人間界を支配するために、それぞれ一つに戻ろうと彼らは戦った。

 しかし、光と闇は違えど元は違わぬ一つのもの。それ故に力は等しく、ただの消耗戦にしかならなかった。

 そこで彼らは人間から神の遣いを選び、自らの能力、持っている全ての技術を遣いに送り込んだ。それだけでは遣いの力も等しくなったしまうため、それぞれオリジナルの能力を作り出した。

 更に神は、遣いに五人の戦士を選び、力を与え、敵の神を倒すよう指示をした。

「つまり、悪である闇の神を倒すために力を与えられた戦士が光のセルヴァーということか」

「少し違うな。神は自分の選んだ遣いから力を供給している。それを絶てばいいんだつまり、」

「闇のセルヴァーと遣いを全員倒せばいい」

「そうだ。当然闇のセルヴァー向こう光のセルヴァーこちらを倒しに来る。この世界を支配したいだろうからな。それを阻止するために覚悟をもって俺達は戦っている。だから当然命を落とすか敵を全滅するまでは終わらない。寧ろ命を落とす危険の方が高いかもしれない。それでも……お前はやるのか? 俺達にとっては唯一の弓使いを手放すのは惜しいが強要することが出来ない」

 成基が思っていた以上に深刻で危険で命を落とす可能性が高いことに首を突っ込んでしまっていたらしい。

 成基の心境を写し出すように暗闇に染まった夜を明るく照らし出していた月が雲によって覆われた。

「もし、やらないと言ったら、どうなるんだ?」

「そうした場合はセルヴァーに関する全ての記憶を削除するだけだ」

 セルヴァーに関する記憶の削除。つまり昨日公園で翔治と美紗を見つけ、成基がセルヴァーとなったのが無かったことになり、これまで通りの生活をしていくことになるのだ。

 でも、別にそれでもいいんじゃないかと成基は思う。いくら日常に飽きたと言っても命は惜しい。命を落としてまで非日常的なことがしたいわけではない。このことを、公園で二人を見つけた所から無かったことになって忘れるだけで生活には支障はない。寧ろこの方がこれから幸せに暮らすことが出来るだろう。

 でもそんな時に視界に入ったのは美紗だった。すると脳内に昨日の夜に美紗が圧されてやられていた映像が甦った。ただそれだけなのに辞めようとしていた成基の気持ちが揺らいだ。

「闇の神は悪だって、なぜそう言える? 何もそんなことは知らない」

「なぜ……か……。話すとたくさんあるが、お前はテレビや新聞、その他メディアで原因不明の火災、建物崩壊、死亡事故といった原因不明の事故が起こっているのを知っているだろ?」

 成基もその事は知っている。テレビでニュースを見ればほぼ毎日のように原因不明の事故のことを報道している。しかしそれがどうしたのだろう。

「ああ」

「それらは全て闇のやつらの仕業だ。それが報道されないのも無理はない。闇のやつらの存在は知られていないし誰がやったかも判らないのだから」

「何……だっ……て…………?」

 もし翔治の言っていることが本当ならばこれは大変なことだ。それなら闇の連中が悪だというのも事実だろう。しかしこれは成基の想像を絶するほど厄介なことに首を突っ込んでしまっていることになる。

 それでもそれを放っておくことなど成基には出来ない。自分に出来ることがあるのにそれをしないで見て見ぬふりすることが出来ないのが成基の性分だ。

 だか、この返事一言で命懸けの戦いが始まると思うとそんなに簡単に答えるわけにはいかず、覚悟を決めるのに結構な時間を要した。

「どうする?」

「………………」

 成基はまだ答えることが出来なかったが、さすがにそろそろ覚悟を決めなくてはならなかった。

「………………やる…………やるさ! ここまで来て引き返したりしない!」

「…………いいんだな?」

「……ああ」

「解った。じゃあ改めてレクチャーを開始する」

 今度こそ改めてレクチャーが始まった。

「まずは武器の出し方。セルヴァーは基本的に想像と共に成り立つ。つまり武器を出すためにも武器を鮮明にイメージする必要がある」

 翔治が説明している最中に目を閉じて弓を想像してみたが昨日のように手に重みを感じることはなかった。

「何でだ?」

「ただイメージするだけでは無理だ。昨日のように右手を前に出し、色や形をはっきりと思い浮かべろ」

「色や……形…………」

 翔治に言われたことをしっかりと頭に叩き込んで昨日使った弓を頭の中に思い浮かべる。

 しかし、思ったように出来なかった。成基がイメージしようとしてもうっすらと何となく思い浮かべるだけで翔治が言ったように強く鮮明には出来ない。

 やはりセルヴァーというものはそう甘くはなかった。

「最初はそんなものだ。誰しも出来るというようなことではない。そうだな…………想像・・するのではなく創造・・してみろ」

「は?」

「イメージするのではなく造り出せ。ただイメージするだけでは上手くいかない。そのものを造り出そうとすれば自然と集中力が高まり自然と強く脳内に映し出される。つまり、記憶を頼りに思い出そうとするならば自分でその記憶を創り出せばいい。それが全く同じものであっても」

「なるほど、やってみるか」

 成基はもう一度目を閉じて、半信半疑ながら今度は想像・・ではなく創造・・することを心掛け、あの弓を造り出そうとする。しかし、何も変わる気配がなく先程と同じように暗い中で黄色と赤の弓の色彩が薄く、奥の暗闇が透けて見えるぐらいのものだったが、次の瞬間、それが脳内で実体化し、はっきりとした《物》になった。

 だがそれも一瞬のことですぐにそう創造・・したものが消え去ってしまった。

 結果は失敗。しかし手応えはあった。

「何か解ったな。次こそは絶対成功させる!」

 意を決して三度挑戦する。創造すると自分に言い聞かせて弓を思い浮かべる。

 意識を集中させ、もう一度頭の中で弓を構成していく。弓がはっきりとした色彩を持った。先程は弓が脳内で実体化したことに驚きと感動があり、集中が途切れてしまったが今度は邪念を振り払いそのまま意識を集中させ続ける。

 その直後、昨日のように前に出した右手の中に弓が収まった。その感触に感動を覚え目を開く。

「やっと出来た……」

「まさか三回で完成させるとは……」

 翔治は感心しているようだが、それとは別に、翔治の後ろで美紗の連れてきたセルヴァー三人が成基が本当に弓使いだということに驚いている。

「弓だ……」

「これは……すごいね……」

「あたし初めて見た」

 どうやら翔治の言っていた、弓使いが初めてだということは事実らしい。

「俺からはこれで終わりだ」

 武器を出せるようになった成基は、翔治からのレクチャーが終わった後、他のセルヴァーからもレクチャーを受け、結局そのまま日が昇るまで帰らせてはもらえなかった。

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