星船へ

 馴染みのある街並みが見えてくるようになった。


「準備はいいか」


 夏生は皆に声を掛けた。


 新幹線に近い速度で飛んでいるために、ほんの一分や二分で数キロもの距離を移動してしまう。

 行き過ぎてしまわないように、夏生たちは降りる準備を早めに行っていた。


 目的地となる裏山の周辺は、封鎖が予想されている。

 現地のすこし手前で降りなければならない。

 ヘリを着陸させると、その場所で降りたことがばれてしまうので、うまくない。


 夏生たちがやろうとしている作戦は、ヘリを囮に使うというものだった。


 超低空飛行をするが着陸はしない。

 夏生たちが飛び降りたあと、ヘリは自動操縦で飛ばす。


 人気のない交通公園のほうに一定高度で向かわせるようにセットすれば、どこかあのあたりの丘か森かに引っかかって、被害も出さずに墜落するはずだ。


 スライド式のドアを全開にして、夏生たちは飛び降りる準備に入った。

 はるか眼下を畑が流れてゆく。


「うひゃー……、死ねそう」


 ドアの縁にしがみつく真琴の、その腰が引けている。

 低空飛行しているとはいえ、四階建ての校舎の屋上から見下ろすほどの迫力がある。


「大鉄にしっかり掴まってろよ。絶対離すな。掴まっていれば大丈夫だから。たぶん」

「たぶんてなによ、たぶんって」


 大鉄は皆にまわり中からしがみつかれていた。

 買いこんできた食料品を背負うのも大鉄の仕事だ。

 シートで包んだ大荷物を背負った大鉄に、いくつものコブが付属して、巨大なダンゴができあがる。


「行くぞ」


 大鉄はそう言うと、顔色も変えずに飛びだした。

 そこに掴まっている六人は、つぎつぎと空中に引きずり出された。


 落下がはじまる。


 ローター音が遠ざかり、風の音が耳を覆う。

 大鉄は物体の質量を変える能力を持っていた。

 自分たちの体に対して働かせたときの効果は劇的で、体の小さな昆虫が高いところから落ちても平気でいられるように、二十メートル近い落下でもノーダメージとなるはずだった。


 わかっている。わかってはいるのだが――。


「うわわわわわわ~!」


 すごい勢いで近づいてくる地表に、夏生は叫ばずにはいられなかった。

 さすがの真琴も悲鳴をあげていた。

 アリシアはぴったりと夏生の背中にしがみついている。


 畑の土のうえに落ちた瞬間に感じたのは、覚悟していたのとはぜんぜん違う――せいぜい数十センチから飛び降りた程度の感触だ。


 それでもバランスを崩して、夏生たちは柔らかな土の中に突っ伏していた。

 ツルが地面を這い、ごろごろと丸い大きなものが周囲に転がっている。スイカ畑のようだった。


 夏生はすぐに跳ね起きた。


 遠ざかりつつあるヘリを見上げ、その後を追って駆け出す。

 パイロットである志津は、自動操縦装置をセットしてから、皆よりも遅れて飛び降りる手筈になっている。


 志津はまだヘリの上にいた。

 操縦席横のドアを開けてはいるが、怖くて飛び出せずにいるらしい。


 追いかけて走りながら、上空にいる志津に向かって夏生は叫んだ。


「受けとめる! ――信じろ!」


 その声が届いたのか、志津の手が離れる。

 重力に引かれて落下をはじめた彼女の体を、PKサイコキネシスを使って受けとめる。


 重力よりも数段優しく取り扱い、ゆっくりと空中を下ろしてくる。最後には腕の中に横抱きにした。


「怖くなかったです。気持ちよかった」


 夏生の腕に抱きかかえられた志津は、ジェットコースターを降りた直後のように上気していた。腕を大胆にも夏生の首に巻きつけてくる。


 ヘリの爆音が遠ざかってゆく。


 裏山の森をかすめてゆくとき、そちらの一帯が急に騒がしくなった。

 投光器の光が下から浴びせかけられる。


 まっすぐ飛び過ぎるヘリを追うために、二機のヘリが緊急離陸をしていった。


「これですこしは手薄になったかな」


 そう口にしたあとで、夏生は志津を抱いたままだったことに気がついて、そのからだを地面に下ろす。


 そして夏生は、集まってきた皆に言う。


「よし。逆襲だ」


    ◇


 銃弾の雨が降り注ぐ。


 四方八方から絶え間なく銃弾が浴びせかけられる中――。

 夏生たちはそよ風でも浴びるかのように涼しげな顔で歩いていた。


 夏生たちが前に出ると、武装集団は同じだけ後ろに下がる。一定距離を取って銃弾を浴びせてきながら後退してゆく。


 斜め後ろや後方からも銃弾がやってきているところから、彼らが烏合の衆ではなく、訓練された兵隊で、指揮系統もきちんと機能していることは伝わってくる。


 しかし攻撃手段が銃しかないのでは、夏生たちを止められるはずがない。


 銃弾の流れが闇夜を薄く照らしだす。

 浴びせかけられる光の列は、決して夏生たちには届かない。

 すべてねじ曲がって、空へ、あるいは地面へと落とされる。

 夏生たちの周囲数メートルほどに、銃弾の侵入できない球形の空間が存在していた。


「おっとと」


 とかいって油断していると、木陰に三脚で固定された大口径の機関銃の射撃を浴びせられる。


 黒光りする砲塔のような銃身に、ベルトで連なった弾が吸いこまれて、延々と途切れない火線へと変わる。

 ベルト一本分の弾薬を撃ち尽くすと一瞬だけ射撃が止むが、ベルトと加熱した銃身とが素早く交換されて、再び弾幕が張りめぐらされる。


 これにはさすがに足が止まった。


 銃弾というよりは砲弾に近い。

 戦車の装甲にも穴が開くのではないかという弾丸の雨に、一箇所に縫いつけられてしまう。


 バリアのように使っているPKサイコキネシスの境界面が押し込まれてくる。


「こいつは、さすがに……」


 弾丸の処理を秋津と交代する。


 夏生は射撃手ごと銃架を空中に持ちあげた。

 木の梢くらいの高さまで持っていって、そこからただ、ぽいっと落とす。


「うっわ、ひっど~い」


 だけの真琴の無責任な言葉に、夏生は唇を尖らせた。

 これでも怪我くらいで済むように手加減をしている。

 だいたい人様に対して銃を向けてきているのだ。

 ならば、その同じことを自分たちがされたって文句はないはずだ。


「あ。そうですよね。そっか。そうですよ」


 と志津が言う。


 ジーンズのウエストに挿してあった銃を二つとも引き抜く。

 ここに来るあいだにどこかから拾ってきたものだった。


 夏生はなにか嫌な予感を感じた。それはすぐに的中した。


「おい! おいっ!」


 二丁の拳銃を左右それぞれの手に握って、銃火の中に飛びだしてゆく。


 夏生は慌てて、彼女に向けられる銃撃をカバーしにかかる。


 少女の手には余る大型拳銃を、志津は素早く優雅に操った。


 水平に開いた両腕で左右の同時に倒し、頭越しに後ろの敵を倒す。

 腕を開き、あるいはクロスさせて、常に二方向同時に射撃を加えてゆく。


 舞踏か、もしくは武道の型のように、流れる動きは止まらない。

 視線を向けずに前を向いたままで、次々と敵を倒してゆく。


 志津に向けて銃撃が加えられても、そのときもう彼女はその場所にいない。

 黒髪だけがその場に残り、体は軸線上から外れている。彼女の体への命中弾は一発もない。

 夏生がカバーする必要はないようであった。


「志津――弾ぁ!」


 弾倉が空になると、真琴が予備弾倉マガジンを放り投げた。


 弧を描いて飛んできたそれを、銃底で直接キャッチして、射撃が続行される。

 銃をヌンチャクのように振り回して周囲に向けて連続発砲。軸線上に存在する敵を連射で倒しきった。


 すべての弾丸を撃ち切ると同時に、すべての敵もいなくなっていた。


 戦闘が終了しても、あまりのことに、夏生はしばらく口を開けずにいた。

 映画でも観せられているような、物凄いガンアクションが展開されていたような気がする。

 目が追いついていかなくて、よくわからなかったのだが……。


「この銃~、なんか変ですう」


 戻ってきた志津は、いちばんはじめにそう言った。


 夏生は思わず突っこみそうになった。変なのは銃ではなくて……、いや、やめとこう。


 首をひねる志津は、しきりに銃を見つめていた。その後ろには、死屍累々の光景が広がっている。


「うっわ、ひっでぇ~」


 この場合しかたがないともいえるが、思ったことが、つい口に出てしまう。


「峰打ちです。全部ゴム弾です。気絶しているだけです」

「あ……、そうなの?」

「そうです」


 すこし怒ったように、志津は言った。


「だいたい夏生君が言ったんじゃないですか。人に銃を向けてくる相手は、自分が撃ち殺されちゃっても文句は言えないはずだ、って」

「え? いやだから、殺しちゃったんじゃないかって心配しちゃったわけで」


 夏生は頭の上に疑問符を何個も浮かべた。ていうか、あれは言ってない。思っただけだ。


「わたしって、そんな非道いことするように見えますか」

「いやだから謎の美少女ガンマンに変貌して情け容赦もなく……」


 ヘリを操縦してるときもそうだが、第二の能力であるサイコメトリーを使うときの志津は、プロフェッショナルの目になっていて、怖く感じるときもある。


「痴話喧嘩は、もういい?」

「なっ」

「ち、痴話って……」


 真琴に変なことを言われて、二人で黙りこむ。


「――ねえ。見てここ。へんだよね。たしかここだったよね? 洞窟があった場所って」


 剥き出しとなった崖の前で、真琴が首をかしげている。


 夏生もその場所に立ってみた。周囲の光景を記憶と見比べてみる。

 夜なので勘が狂ってしまうが、たしかにこの場所のようだった。


「ここじゃないかと……」

「ここだよー」


 小鉄がびしりと、なんの迷いもなく言ってのける。

 その指がさし示す場所は、茶色い土があるばかりだった。


「ふむ。道理だな。突如として開いた入口だ。突如として閉じたとしても不思議はない」


 たしかに。地下に眠る宇宙船への入口が開いているなら、こんな地上に大勢がたむろっているはずがない。

 いたとしても兵隊ではなく、研究チームだとか、そうしたもののはずだ。


「おい待てよ。それじゃ困るだろ」


 夏生は慌てた。一瞬にしてパニックに陥る。

 入口が消えているのでは、星船を手に入れて逃走を計るという計画が台無しになってしまう。


「志津。そうだ志津。テレパシーとかで呼びかけてみてくれよ。真琴――おい真琴、地下に宇宙船が埋まってるかどうか透視で視てくれよ。おいってばおい」

「夏生って逆境に弱かったのね」

「考えなしともいう」

「秋津君、苦労してるんだ」

「わかってくれたのは春日が初めてだな」

「なんだよ。なんなんだよ。そりゃズボラな作戦で悪かったけど。おれの責任だけど。おまえらもすこしは考えてくれよ」


 傍らでアリシアが、真琴たちの責めにも、夏生の弁明にも、どちらにもこくこくとうなずきを入れている。いったいどっちの味方なのやら。


「ニーニー、ここのひとー、まだ起きてるよー」

「ん?」


 小鉄の声に、夏生は振り返った。


「――おにーさん、痛いー?」


 しゃがみこんだ小鉄が、倒れている男に目線を合わせて問いかけている。


 謎の美少女ガンマンによる犠牲者のうちの一人が、まだ意識を保っていたらしい。

 大鉄がのっしのっしと歩いてゆき、ふん、と一声掛けて、ハンマーのような拳を振り下ろす。

 男はこんどこそ完全に気絶した。


 ――と。


 しゅん、と音がして、土の壁に丸く穴が開く。


「お! 開いた! 開いたぞみんな! やった。すげえ。なんか知らないけど、これで入れるぞ」


 皆に顔をめぐらせるのだが、返ってくるのは、なぜだか白い視線ばかりである。

 笑顔を返してくれるのは、ひとり、アリシアだけであった。

 彼女はいつでもニコニコしているのだが。


「しらないひとがいたら、怖いもん。船だって、きっと怖かったんだよ」


 小鉄がそう言ってくる。

 んなバカな、と一瞬思うが、ニーニーとしての面目を保つために、「そうかもしれないな」と重々しくうなずいておく。


「ちっちゃ」


 真琴がなにか言っている。無視だ。


「さあ。対面しにいこう。――星船に」


 皆に向かってそう宣言する。

 アリシアが不自然なほどはしゃいでいるのが気にかかる夏生だが、ここまで来て、もう後戻りなどはできはしなかった。

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