襲撃
それが起こったとき、志津は胃の中の物をすっかり出し終えて、真琴に抱えられながらトイレから出てきたところだった。
廊下に並ぶサッシ窓の列を、なにかが外側からぶち破ってきたのだ。
音は立てつづけに響いた。
ガラスの破片が舞い散る中、黒ずくめの男たちが廊下に並ぶ。
まったく区別のつかない同じ顔が、同じ動きでこちらへと向いた。
「こんにゃろ!」
真琴が手にしたタオルを投げつける。
そして志津の手を掴んで走りはじめる。
志津は悲鳴を上げながらも、きょとんと立ちつくしたままの姫の手を掴むことは忘れなかった。
敵。危険。逃げる。――と、触れた手を通じて続けざまに概念をテレパシーで送りこむと、彼女も自分の足で走ってくれるようになった。
真琴が向かうのは階段方面だった。
夏生たちのいるラウンジに戻るべきだと志津は思ったが、その方向には男たちが立ち塞がっている。
男たちの半分が志津たちを追ってくる。
残りの半分は、壁をぶち破って飛びだしてきた大鉄に体当たりを食らって、そのまま窓の外に落ちていった。
志津たちに掛かった追っ手は、二人ほどだ。
しかし透視とテレパシーとが使える以外、まるで普通の女子高生である二人には、それでも荷が重そうであった。
◇
ガラスの割れる音と悲鳴が聞こえてきたとき。
大鉄は一瞬たりとも迷わなかった。
それが女性の悲鳴であったために、耳から入った信号は大脳を経由することなく、手足へと直接伝達されていた。
脊髄反射で動く体は、そこに壁があるということも考えず、廊下へと飛びだしていた。
妹と格闘ゲームの対戦中であり、手から離れたコントローラーが、重力に引かれて床へと落下する。
その時点にはもう、大鉄は壁の建材とともに男たちを両肩に抱え込んでいた。
廊下で止まろうとしても、壁をぶち破るために使った能力のせいで、体重は何倍にも増加していて――距離がまったく足りなかった。
大鉄はそのまま、二人の男を道連れに窓の外へと落下していった。
◇
夏生は廊下を駆けていた。
大鉄の姿が一瞬だけ見え、そして窓の外の夜の闇の中へと消えてゆく。
志津とアリシアの姿が、廊下の果てにちらりと見えて、そして階段へと消えてゆく。
二人の
「くそっ!」
夏生は毒づいた。
分断されるのはまずかった。
何体侵入してきたのか夏生にはわからない。志津や真琴たちのほうは戦闘力がない。
全員が揃っていないことで、こうも脆くなってしまうとは――。
廊下を半分ほど駆け抜けたとき。
「夏生――!」
秋津が急に叫んできた。
――が、全力疾走中では何もできない。何を言わんとしているかもわからない。
後ろにいる秋津に振り向きかけた夏生は、喉元に強烈な一撃を食らって転倒した。
自分の走ってきた勢いがそのままダメージにかわる。
空間にノイズが走った。隠れていた敵が姿を現す。
秋津が何を言おうとしていたのか、ようやくわかった。だが少し遅かった。
仰向けに倒れた夏生は、床の上を滑りながら喉を押さえて苦悶していた。
それでもかろうじて相手の体を空中に浮かべてやる。
だが屋外とは状況が違った。
狭い廊下で敵を空中に浮かべても、手足が簡単に周囲に届いてしまう。
天井を蹴りつけて、敵は夏生めがけて急降下してきた。
体を捻って横に転がる。
集中が途切れたせいで
もうコントロールもなにもなく、ただ敵を吹き飛ばすつもりで
蹴りが夏生の腹にめりこんでくる。
呼吸が止まった。息が吸えない。視界が泡立つ。
超能力を使うどころではなかった。
「む……ん」
秋津が敵に向けて腕を突き出す。
夏生にもう一撃を加えようとしていた敵の動きが鈍くなった。
手足の関節部からスパークが飛んでいる。
だが敵の動きを完全に止めるには至らない。
転んだままの夏生は、腹を二度、三度と蹴りつけられた。壁との合間に押し込まれて逃げ場がない。
「いいかげんに……、しろおっ!」
夏生は
コントロールされていない力が、敵を壁ごと吹き飛ばす。
音と爆風とが静まると、廊下の壁に大穴が開いていた。夜の空気が流れ込んでくる。
夏生は立ち上がった。
腹を抱えるようにして歩きはじめる。
「いこう」
ただ単に敵を外に放り出しただけで、倒したわけではなかったが、二体に追われていた真琴と志津、そしてアリシアのもとに急がなければならない。
「いや……」
秋津が夏生の前に出た。
廊下の先にノイズが走る。
黒ずくめの男が空間に現れてくる。それも、二体――。
男たちは挨拶でもするかのように、夏生たちに向かって帽子を脱いだ。
簡単には通してくれないようであった。
◇
真琴は走っていた。
どうしよう、どうしよう、と心の中で同じ言葉ばかりを繰り返す。
志津と姫様とを連れていて、自分がなんとかしなければ――と思うわけだが、
前を向いて走っていながらも、周囲で起きる出来事は把握できていた。
大鉄は中庭で交戦中だ。
もともと二人を相手にしていたところを、もう一人増えて、いまは三人となっている。
夏生と秋津は、一人を中庭に叩き落としたところで、隠れていた二人にようやく気づいたようで、まだ当分、こちらとは合流できそうにない。
追われる真琴たちは、女子寮のほうに逃げざるを得なかった。
どんどん距離は開いていってしまっている。
つまり。女三人でどうにかしないと。
いや。あたしがどうにかしないと。
「あー! もー!」
真琴は逃げることをやめた。
全力疾走の最中に振り返り、後ろ向きに滑っていって止まる。
掃除ロッカーを蹴飛ばして開き、モップを得物として持ち出した。
両足を開いて立って、モップの先端を相手に向ける。
ぴしりと突きつけた先端に震えはなかった。
不思議と、肝が据わっていた。
あたし。やれる。
そう思った。
「志津――! 姫様を連れて、先、行って――」
「でもっ――」
夏生と秋津と大鉄と、男の子たち三人が、荒っぽいことになったとき、臆さずにいられた理由が真琴にもわかった。
守るものがあるとき、泣き言なんていっていられないのだ。
「さあこいっ!」
男たちは口元に笑いを浮かべて突っこんできた。
真琴はその動きをよく視た。
人間の視覚は一秒間に三〇コマ程度の動きしか認識できないというが、透視と遠隔視を併用する真琴の視覚能力には、動態の捕捉に際して一切の制限が存在しなかった。
その気になれば、真琴は蝿の翅の震えまで視ることができた。
飛んでいる蝿を掴むことなど、造作もなかった。
真琴はすべてを視た。男たちの手足の動き。手足を動かす体内の筋肉の動き。
筋肉に指令を伝える神経の発火現象に至るまで――。
改造されたサイボーグの体とはいえ、男たちは筋肉に類する仕組みで動いていた。
その筋繊維と肉体機構は、人間とは比べものにならないほど改良されていたが、その動きは蝿よりはのろかった。
あらゆる動きに先んじて現れる神経パルスを読み取って、真琴はすべての動きで先手を取った。
モップの柄を差し伸ばして、踏み出してきた足が床に着く――そのちょうど五センチ前にすくい上げてやる。
一人目がゆっくりと転んでゆくあいだに、二人目に突進していった。
成人男性と女子高生。
タックルでどうにかすることが目的ではない。
飛びついていった真琴を捕まえようと、ゆっくりと伸びてきた相手の手をかいくぐり、腹と胸に蹴りつけて、相手の体に駆け登る。
肩車を逆にした形で――ちょっと恥ずかしかったが――太腿の合間に相手の顔を挟みこむ。
相手の体は前のめりに倒れつつあった。
突進している最中に、突然、肩の上に女子高生の重さが掛かってきたのだから、これは転倒しないわけにいかない。
さらに真琴は身を逸らして自分からも倒れこんでいった。
背中を思いっきり反らして、のけぞった手の先を床につく。
バック転の要領で、男の体を床から引っこ抜いた。
まえにテレビで観た女子プロレスで、こうした技をやっていた。その技の名前は、たしか――『フランケンシュタイナー』。
リノリウムの床に、脳天から突き刺して、身を離す。
男の鼻の感触が股間に残っていて、気持ちのいいものではなかった。なるほどこれは、女子プロレスの技だ。男相手にやるものじゃない。
はじめに転ばしたほうの男が、もう起きあがりつつあった。
「志津――なにやってんの逃げて!」
志津と姫様は、まだそこでまごまごしていた。
男は警戒しているのか、完全に立ち上がりきらずに、手を床についたまま、四つん這いの姿勢で獣のように這い進む。
男は志津を――いや、姫を狙っていた。
床に落ちていたモップを足先で跳ねあげ、握り直して、這い進むその背中を何度も打ち据えた。
しかし――。単なる女子高生の、単なる腕力では、中身が機械のサイボーグ相手に、なんのダメージも与えられるものではない。
どんな瞬間のどんな一点も思いのままに狙うことのできる真琴であったが、出来ることといえば、足を狙って転ばせるか、相手の勢いを利用して投げ飛ばすか――。
いずれにしても、時間を稼ぐことだけなのだ。
自分に向かってきてくれたなら、まだ対処のしようもある。
自分に向けられる攻撃なら、いつまでだって、避けつづける自信がある。
しかし、姫を真っ先に狙われては――。
◇
床を這い進んでくる男を見ながら、志津はただ立ちつくすことしかできなかった。
真琴が男たちに立ち向かっていって、一人を転ばせて、もう一人に飛びついて脚を使って投げ飛ばした。
ふつうの女の子であったはずが、いきなり強くなってしまった親友に驚きながらも、自分はただ、姫の手を握りしめて身を固くしているだけだった。
逃げろと言われたのに、足がすくんで動けなかった。
彼女を置いて自分たちだけ逃げる気にもなれなかったが――。
「志津――!」
真琴の叫び声が耳に届く。
もう男がそこまで迫ってきていた。
床の上に低く伏せたまま、まるで動物のように襲いかかってくる。
逃げなければ――と、姫に繋いだ手を握りしめるが、脚は動いてくれない。
力が抜けて、立っているのもやっとだった。
志津は自分の足下になにか落ちているのに気がついた。銀色の筒だ。
懐中電灯のように見えるが、さっき男が転倒したとき、なにかが懐から転がり出したものだった。
志津の視線と男の視線とが、同じ位置で重なる。
男が銀色の物体を目にした瞬間、テレパシーで、男の考えていることが流れこんできた。
それは武器であるらしい。
志津は飛びついていた。男よりも早く拾い上げる。
――と。
スパークする勢いで、物体から記憶が流れこんでくる。
使い方が――いや、ちがう、使われ方がわかる。
その武器がこれまで使われてきた記憶を志津は瞬時に理解した。
たくさんの人を斬っていた。
それはある種の剣であった。
剣に限らず、武器など一切握ったこともない志津であったが、使い方がわかった。
柄の上部にボタンがある。親指にかかる位置にあるボタンを、ぐっと押し込む。
ぶうん――と、音とともに、黄色い光の刀身が瞬間的に伸びる。
志津は驚かなかった。
剣に触れ、その記憶が流入してきたときに、すべて知っていた。
剣がそうしたいと思うままに、志津は剣を振るった。
右上から左下へ。左下から右へ薙ぎ。最後に切っ先を跳ねあげて頂点へと返る。
手が飛び、胴が飛び、首が飛ぶ。
剣はただ道具であった。
触れる物をただ断つだけだ。
物に触れらば物を斬り、人に触れらば人を斬る。
ひとつの人体をパーツに変えても、志津はまったく平静でいた。
「し……、志津?」
真琴の声が聞こえたが、志津は意に介さなかった。
目を半眼に閉じて、次の獲物にかかる。
はじめに真琴に投げられた男が、起きあがってきたところだった。
摺り足で床上をすべるような
剣は右上から左下に軌跡を描いた。
そしてまったく同じ軌跡をもって、来た方向へと跳ね返る。燕返しといわれる剣技であった。
立ち上がったばかりの男も、床へと沈んだ。
敵が消え、反撃の可能性がなくなっても、志津はまだ残心を示していたが――。
指がスイッチを切ると同時に、志津の目からも青白い輝きが消える。
「あれ……? わたし……?」
志津は我に返った。きょろきょろと周囲を見回す。
そして足下に目を下ろし、そこに広がる光景を見た瞬間、口元にこみあげてきた嘔吐感に、うつ伏せになった。
幸い、もう吐くものは胃の中に残っていなかった。
手足がばらばらとなっても、その一つ一つがまだ動いていたからだった。
◇
命令されない戦いの、なんと空しいことか。
三つのクレーターを作りあげて、大鉄は、その中央にどっかと腰を下ろしていた。
土中に埋もれた相手は、もがけばもがくほど、ますます地中深くへと沈みこんでゆく。
大鉄がやったことは、張り手とパンチとを、それぞれ一発ずつ、命中させるだけのことだった。
ただしパンチには能力をこめた。
敵の体重を操作して、何百倍にも重くしてやったのだ。
いまの彼らの体重は、比率でいうなら、地面の土がふわふわの新雪ぐらいに感じられるほどだ。
新雪に埋もれて身動きが取れなくなってしまうように、自分の体重で出来たクレーターの底で、敵はうごめくだけだった。
大鉄自身は自分の能力の本質を理解していなかったが、それは物体の質量を変える「慣性制御」といわれるものだった。
怪力になったのではない。頑丈になったわけでもない。
対象物を軽くすれば、本人が怪力になったのと同じ効果がある。
銃弾で撃たれても、銃弾の質量をBB弾ほどに落としてしまえば「痛い」で済むし、発泡スチロールほどに落としてしまったなら、痛くもなくなる。
怪力と頑強さという二つに見えた能力は、じつはただ一種類の能力であった。
――と、そのような原理を、物理が赤点の大鉄自身は理解していない。
だが能力の使いかたは覚えつつあった。
人間メリーゴーランドをやって妹を喜ばせるだけが能ではない。
「む」
穴の底から、一人が這い出しつつあった。
その頭を押さえつけて、また深々と沈める。自分の体以外に付与した能力効果は、それほど長くは持続しないようである。
腕組みをして大地に座り、大鉄は思案に暮れていた。
三人の男を相手に回して、見事取り押さえたのはいいとして、どうしたものか。
誰か命令してくれないだろうか?
◇
夏生と秋津は、自分たちの敵を片付けたあと、真琴たちのもとに駆けつけた。
「だいじょうぶか!?」
三人が廊下の途中に立っていて、床には敵の体が無数の断片になって散らばっていた。
真琴も志津も、そしてアリシアも、一見したところ怪我などはないようだ。とりあえず夏生はほっとした。
連中に流れている血は、赤くはなかった。
オイルのような液体が床を覆っている。
黒づくめの男たちは、体を流れる血まで黒いらしい。
その黒い血の海のなかに、ばらばらになった人体のパーツが散乱している。
手首から先だけ。肘から二の腕の途中まで。首の断面がついた肩。胴体の輪切り。太腿。ふくらはぎ。足首。などなど。
すべて合わせると、およそ二人分ほどのパーツとなるようだった。
半分以上機械が覗いている断面は、人間というよりは人形かロボットのように見える。
その光景は、ただでさえ乏しい夏生の現実感を奪い取ってゆく。
これほどばらばらの状態でありながら、パーツの一つ一つは、まだ動いていた。
その光景は、怖いというより、むしろコミカルであった。
行き過ぎた恐怖映画がコメディと化してしまうのと一緒である。
床の黒ずんだ領域を避けて歩き、夏生はその向こうにいる三人のもとにたどり着いた。
アリシアは無事なようだった。
尋問したときの口ぶりでは、生きていなくてもかまわないようなことを言っていた。
だから心配していた。
真琴が手をぱたぱた振って無事を告げてくるので、彼女は素通りして、志津に目を向ける。顔色があまりよくなかった。
「だいじょうぶだったか?」
「わたしは……、へいきです」
つらそうに顔を歪めながらも、志津はそう言ってきた。
気分を悪くしている志津を見て、夏生は自分の現実感が麻痺していることを知った。
向こうでも、夏生が
「夏生……君、それ、……だいじょうぶ?」
Tシャツの腹のところに、靴墨の跡が付いている。腹を蹴られたときのものだ。
実際、腹は痛んでいたし、まだ呼吸も戻っていなかったが、夏生は強がって「平気だよ」と言った。
彼女のほうもそう言ってきているのに、自分だけ痛いと言うわけにもいかない。
「しかし……、すげえなこれ、いったい誰がやったんだ?」
「ええっと。あの。通りすがりの謎の美少女剣士が……」
「うわっ。イタタタタ」
「どこか怪我でもしたのか?」
真琴が急に声を上げたので、夏生はそう訊いた。
志津と真琴、どちらがこれをやったのかという問いは、棚上げになってしまう。
「いやそうじゃないけど。イタタタタ」
「?」
夏生は意味がわからずに、眉を寄せた。
「あの……、大鉄君は平気でしょうか?」
「ニーニー、セーブデータ、上書きしちゃっていーい?」
大鉄の話題が出た瞬間、大鉄と一緒にいたはずの小鉄が、とてとてと、スリッパを鳴らしてやって来る。
「あー!?」
まだ動いている物体を床の上に見つけ、大声をあげる。
「みんなひどーい! ボクの見てないところで、すぷらった、やってたー!」
「おま……、いままでずっとゲームやってたのか?」
「うん。一周目ノーミスでクリアしたよー。新コスチューム、げっとしたよー」
「大鉄が壁ぶち破っていったろ。なんか変だとは思わなかったか?」
「そんなのアニキ、家でもいつもやってるもん」
「そうか。いつもか」
夏生は妙に納得してしまった。
「おじさん痛い?」
床に落ちている生首の前に屈みこんで、小鉄が同じ目線で話しかける。
手足がなくて動くこともできないが、頭だけでもまだ生きている。
「車が必要だな。用意する。五分後に中庭に集合としよう」
「運転なんて、誰がするんだよ?」
バイクの免許なら十六歳から取れるので夏生は持っているが、車の免許が取れるのは十八歳からであり、高校二年生である夏生たちが持っているはずのないものだ。
「屋敷の中だけのことだが、動かしたことはある。道交法には黙っていてもらおう。非常時なので緊急避難が適用される。問題はない」
「大鉄君も、いま中庭にいるよ。このまま拾っていけばいいよね」
「えっ? えっ? あの、なんの話ですか?」
志津がひとり、話についていけていない。夏生は説明してやった。
「逃げるんだよ。とりあえずいまやって来たのは、ひのふのみの――と、最初のと合わせて八体だけみたいだけど。これで場所が知れただろうし、すぐにわさわさとやってくるんだろうし」
「あの。たとえば警察とかに連絡してみたら――」
「無駄だろう。
「とにかく五分だ」
まだ状況の飲み込めていない顔の志津だったが、夏生は有無を言わせぬ声でそう宣言した。
◇
ぶつ切りにされた人体の散らばる廊下を、一人の男が這い進んでいた。
ひとつの動作をするごとに、体の各部からスパークが飛ぶ。
改良された体ではあるが、機能をすっかりと狂わされていた。
内側から焼かれる苦痛に耐えながら、男は、かつての仲間たちのもとに近づいていった。
「機能の回復を求める」
床に落ちていた生首がそう言った。
身体各部はばらばらにされてはいたが、稼働する部品単位で組み合わせることで、修復は可能と思われた。
見渡す限りの範囲に、三体分ほどのパーツがある。
それを使うことで一体が修復可能であった。
「同意する」
男は自分の手足をもぎ、腹に手を入れて内部装置を掴みだし、同僚から奪ったパーツで不具合箇所をすべて交換していった
「ありがとうよ。これでやつらを殺せる」
男は立ち上がると、床に落ちる生首にそう言った。
「否定する。任務内容は対象の捕獲」
「いいや。殺す」
「イレギュラーを確認。イレギュラーは抹消」
同じ言葉を延々と繰り返しつづける生首を踏み潰すことで黙らせると、男は夜の闇の中に姿を消した。
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