皆の能力

「さて。誰からにする?」


 味もよくわからない朝食をあらかた片付けたところで、夏生は話を切り出した。


 期待する顔。気まずそうな顔。考えを読ませないクールな顔。

 いろいろな顔が並ぶなか、自分はいったいどんな顔をしているのだろう――と、そんなことを考える。


 すでに能力が明かされているのは大鉄だ。


 超の付くほどの怪力――というのが、やつに発現した能力であるらしい。

 たしかに凄い能力ではあるが、芸のない能力でもある。

 鍛錬次第で身に付いてしまいそうだという意味で――。


 実際、大鉄自身も、自分の怪力が「日々の鍛錬の成果」だと思っていたようで、そうでないことを知らされて、すっかりしょぼくれた顔になっている。


「おれからでいいかな」


 それぞれ思惑があるようで、誰も名乗り出ようとしない。


 そこで夏生は、まず自分の能力――念じるだけで物を動かす力を披露することにした。

 百聞は一見に如かずともいう。

 説明するより見せたほうが早いだろう。


 夏生はテーブルの上に目をやった。

 空となった食器に目をとめる。


 さっきは無意識のうちに使っていた。

 しかし今度は自覚して力を使ってゆく。


 見えざる心の手が存在しているような感覚――。


 自分の心が肉体からはみ出して存在していて、現実の二本の手とは別に、心の手を持っているような感覚――。


 その心の手を伸ばして、テーブルの上の皿を捉えにゆく。


 質感をしっかりと捉えてから、夏生はその皿を空中に持ちあげていった。


 はじめ皿は上に行ったり下に行ったり、不安定に動いていたが、すぐに加減がわかって、空中の一点でぴたりと止められるようになる。


 さっきは真琴を落ちつかせるほうで忙しく、自分の身に備わった凄い力を操る実感を味わう暇もなかった。


 こんどはしっかりと味わうことにする。


 手も触れていないのに、皿の重量を、心のある部位が確かに感じていた。

 しっかりと受け止めて、空中に浮かばせている。


 体中を興奮が駆けめぐった。


 夏生は皿だけではなく、お椀も箸もコップも、自分の前にある食器すべてを空中に運びあげた。


 一度に複数の物体に心を注ぐのは難しいことのようだった。

 ――が、なんとか同じ高さに保持しておけた。


「見ての通り」


 食器類を空中に安定させて、皆に言う。

 驚いた顔がいくつかあり、それが夏生を得意にさせる。


念動力サイコキネシス――といわれる超能力だな」


 秋津がコメントしてきた。


「ほほー。そういうのか」


 たしかに「念じると物が動く能力」では長ったらしい。

 すると真琴の「物を透かして視れるX線みたいな能力」のほうにも、なにか名前があるのかもしれない。


「おまえは、なんなんだよ?」


 食器類をテーブルに下ろして、夏生は挑むように秋津に訊いた。

 夏生の念動力を見せられても、秋津はクールな顔のままでいる。

 おもしろくない。


「最初は、ラジオの音が聞こえてきた」

「はぁ? ラジオ?」

「どうも放送電波を聞いているらしい」

「なんじゃ、そりゃ?」


 夏生は呆れた。


「はじめはAM放送が。ついでFM放送。そしてテレビの音声も。テレビ放送のほうは、音声だけでなく映像のほうを観るやりかたも身につけた」

「ああ。それでさっきの……」


 さっき部屋に入ってきたとき、テレビをつけろと秋津が言ってきたことを夏生は思い出していた。

 あのときその人間ラジオ的能力を使って、脳裏で観ていたか聴いていたかしていたのだろう。

 新聞を読みながらテレビも観れるとは、器用なものだが――。


「しかし」


 と、夏生は言った。


「役にたたねー能力」

「そんなことはない」

「いやたしかに便利だろーけど。べつにそんなの超能力でなくたって、いまどき、携帯でだって出来ることじゃんか」


「同時に複数チャンネルのエアチェックが可能だ」

「べつに。すごくねー」

「機械は必要ない。時間の節約にもなる」


「つまんねー。はい次」

「おもしろいといいわけ? じゃー、つぎ、あたしあたし」


 真琴が手を挙げてくる。夏生は嫌な予感に襲われた。


「あたしの能力、おもしろくは、あるよね。うん。うん」


 にへらーと、真琴の顔に、いやなかんじの笑いが浮かんでゆく。

 ――と、真琴は急にわざとらしく女の子のような悲鳴をあげはじめた。


「きゃー、きゃー」


 視線はテーブルよりも下に向けられている。

 これまたわざとらしく、手で顔の前を隠してはいるのだが、指のほうは開いていて丸見えだ。

 もとより透視能力を持っているのだから、目隠しというその行為自体に意味がない。


「さてあたしの能力は、なんでしょう?」


 クイズのように皆に問いかける。


「いやいやいやいや。……まあなんだね。はじめはキモイなーって思ったけど。見慣れてくると、これで案外カワイイかもしんない。キモカワイイっていうカンジ? だけど男の子って、そんなのぶら下げていて大変だー。歩きにくくないの?」


「や……、やめろよな」


 夏生は両腕で体をかばい、脚も絡み合わせてうずくまった。


「……真琴ちゃん」


 志津が肘で真琴を小突いてたしなめる。

 ――が、真琴はやめない。


 その鳶色の瞳の中で、不思議な青白い光が瞬いていることに夏生は気がついた。能力を使うときに現れる現象なのだろうか。


「やめろ。やめて。やめてください」


 夏生はついに机に伏せた。しかし真琴は許してくれない。


「やめてください……。おねがいします……。やめて……。やめろ……。やめろって……、いってんだろ――ッ!」


 追いつめられた獣のごとく。夏生は反撃に及んだ。


「超、能、力――神風の術ううっ!」


 念動力サイコキネシスで足下から空気を掴んでぶつけてやる。

 真琴のスカートが風に乗って舞いあがった。


「わわっ! わーっ! わーっ! なにすんのなにすんのっ!?」


 スカートを押さえようとするが、制服を着てきたことが運の尽きである。

 裾を掴んで隠そうとしても、丈の短いスカートでは充分に隠せない。


「やかましい。それはおれの台詞だ。覗きをやめろいますぐやめろ」


 部屋の隅まで逃げてゆく真琴を、夏生は追いかけた。

 紺のスカートが逆さまに咲き誇るなか、引き締まった細い腿と、青白ストライプの布地とが、目のなかに飛びこんでくる。


「きょうこの日、スカートを穿いてきたおまえは、戦う前から敗北していたと知れ」


 壁際まで真琴を追いつめて、夏生は勝ち誇った。


「やめたまえ。夏生。そういう幼稚な遊びは小学二年生の一学期までにしたまえ」


 秋津が言ってくるが、夏生は聞かない。

 真琴の目はまだ屈服していない。


「し……、皺々のところにまで毛が生えてる。――キモっ」

「まだ言うか。てめーこのやろ。ぱんつ下ろすぞ」

「な……、夏生君、やめよう……。ね?」


 志津が夏生の腕を取って、止めにくる。


「ひっ」


 志津が引きつった声をあげ、飛び跳ねるように手を離した。

 顔に恐怖の色を張りつかせて、夏生から距離を取ってゆく。


「……どした?」


 志津の見せた過剰なまでの反応が、夏生から毒気を抜いた。


「そういえば、志津ってどんな能力だっけ?」


 その隙に、真琴は壁際からするりと脱出していた。

 志津の隣に寄ってゆく。


「ニーニー……」

「久我よ……」


 小鉄と大鉄。

 二人の責める目付きが夏生に向けられる。


「な、なんだよ……。悪いのはおれかよ。面白がられて視姦されたのはどうなんだよ。おまえらも見ていたろ? あっちはお咎めなしかよ。ケンカ両成敗っていうんじゃないかよ」


 こしょこしょと、志津が真琴の耳に口を寄せて、秘密の話をしている。


「うん。うん。なるほど」


 志津がなにか言うたびに、真琴はひとつひとつうなずく。


「――おお、よしよし。怖かったねー」


 と、志津の頭を撫でる。

 真琴の肩にすがっている志津は、なぜか涙目になっている。


「な、なんだよ……。それもおれのせいなのか。いいかみんなよく聞け。さっきのは風が――神風がやったことであって、おれはべつに、真琴のスカートの中なんか、見たくねーもん。そんなもんよー」

「志津の能力を発表しまーす」


 と、真琴が言ってくる。


「だめっ。ちょっとだめっ」

「志津の能力。――人の心が読めちゃうんだってさ」


 志津が言うが、真琴は構わず発表した。


「やはり読心能力テレパシーだな。そして春日の能力のほうは透視能力クレアボヤンスなのだろう? ――が、異性の裸体を断りもなく覗くというのは、感心しないな。春日」

「てへへ。めずらしかったもんで、つい」


 その真琴の肩の後ろで、まだ志津は怯えた顔をしている。

 夏生のほうに怖々とした目を向けている。

 この古風な少女を怖がらせるようなことを、自分はなにかしただろうか?


「夏生の手に触れたとき、なんか性欲だとか、そういうの? 男の子のあれやこれが、わかっちゃって、そんで、怖かったんだってー」

「接触テレパスだな。触れた相手の思考を、特に深く読み取る能力だ」

「そりゃ怖いよねー。いきなりだもんねー。あ。そういや、あたしもさっき、いきなり見せられちゃって、たしかに悲鳴あげたわ」


 夏生の部屋に踏みこんできたときのことを言っているのだろう。


「見せたんじゃないやい。おまえが勝手に見たんだろーが。ひとを露出狂の変態みたいに言いやがって」

「言っとくけど」


 真琴が片足で、だんと椅子を踏みつけてくる。


「……ひとのスカートめくっといて、言うことはそれ?」


 こんな際であっても、健康な十七歳の男子高校生の本能は、「あっ。見えそう」とか思考を駆けめぐらせてしまう。


「夏生いま五対一でもって、有罪だかんね。……え? なに志津? え?」


 志津がこしょこしょと耳打ちしてゆき、とたんに真琴の顔色が変わる。

 スカートの裾を押さえて、夏生を激しく踏んでくる。


「有罪有罪有罪」


 断罪の足形を、夏生はあまんじて受けた。


「まったくなんなのよもう。いまのこのはしゃぎよう。さっきはノリが悪かったくせにー、秋津君がいると、夏生って、すぐやんちゃになるんだからー」


 好きなだけ踏んでいったあとで、真琴はそんなことを言いつつ戻っていった。


 なにか不満そうな口ぶりなのだが――。

 そりゃあ。秋津といるときには、それは、秋津がブレーキをかけてくれるからで、真琴と二人でいる時には、それは、自分がブレーキを掛けるしかないだろう。


 踏まれ尽くしたままの格好で夏生が床に寝そべっていると、小鉄がとことこと歩いてきて、同じように床に寝そべって顔を並べてくる。


「ニーニー。洞窟つかまえてくれるって、言ったのにぃ」

「そういやおまえ。どんなのだ?」


 夏生は小鉄にそう訊いた。


「ニーニーは、ものがうごかせる能力でしょ。アニキは、かいりきむそうで、ブルーは人間らじおで――」

「ブルーってだれだ?」

「マコトは、おとこのこがはだかにみえる能力で――」

「いやべつに男の子だけでもないしー。はだかに限ってないしー」


「きょにゅーのおねーさんは、ニーニーの心がわかる能力で――」

「あ、あのね。巨……ってね。それにね。べつに夏生君だけじゃなくってね」

「ボクだけ。なんにもないよー」


 関係各所の突っこみをすべてスルーして、指折り数えていったあと、小鉄は夏生に向けて言ってきた。


「そうなのか?」

「うん」


 元気なくつぶやいて、床のリノリウムの上に、ぐんにゃりと伸びる。


「そっか……」


 夏生は真琴を見上げた。

 自分たちだけ能力があったらどうだとか、さっきラウンジに入る前に真琴が言っていたような気がする。


「小鉄」


 兄の大きな手が、妹の小さな頭を撫でにゆく。

 ぐりんぐりんと首が折れてしまいそうで心配になるが、この兄妹にとっては、いつものことなのだろう。


「あら?」


 目を細めて小鉄を見つめていた真琴が、なにかに気づいたような声をあげる。


「小鉄ちゃん。それ――なに?」

「なにー?」

「それ。そのももの内側のところの……」


 真琴が指差す場所――スパッツの黒い布を、小鉄が自分でめくってみる。

 十二歳の無自覚な女の子がみせる白い肌にどきりとする。そして肌に埋もれるようにして存在する物体に、ぎくりとする。


 夏生は身を起こして、その物体をよく見た。


 時計の文字盤ぐらいの大きさで、茶色の――石かなにか、肌よりは固そうな物体が、継ぎ目もなしに肌の上にあった。皮膚の上に貼りついているのではなく、めりこんでいるような感じである。


「あ。――あたしにも、ついてた」


 真琴が手首を裏返す。

 そこにもやはり、茶色の光沢ある物体がはまっていた。


「触ってみても……いいか?」

「ん」


 小鉄の内腿についているほうは遠慮して、真琴の手首のほうに手を伸ばす。


 指先で触れてみた感触は――あれに似ていた。

 洞窟の奥で触れた壁面の感触だ。肌との境目に爪をかけてみようとしたが、引っかかりもしない。


「志津は胸の谷間。ブラの奥。大鉄君は――いやだぁ。お尻い?」


 透視しているのか、真琴は次々と言い当ててゆく。

 小鉄も含めて全員にあるものらしい。


「秋津君はぁ――。ぷぷぷ」

「どした?」


 笑っている真琴に夏生は訊いた。


「言っておくが、これは――」


 真琴が答えるよりも先に、当の本人のほうから言ってくる。

 前髪を左右に分けたそこに、髪の毛の生えていない部分が十円玉ぐらいの大きさで広がっていた。


「ハゲだ」

「ちがう」

「だけどそれ、ハゲてるだろ」

「そうじゃない。話を聞け夏生。だからこれは――」

「いいや。ハゲだ。おいほら真琴、志津、小鉄も見ろ――ブルーはじつはハゲだった」

「私はそのようなものではないし、ブルーでもない」

「あはははは」


 笑っていた夏生は、ふと背後に殺気にも似たなにかを感じた。


「おい大鉄」


 振り向かずに声を掛ける。


「――おまえは、見せなくていいからな」


 おそらくはズボンを下ろそうとしていたところで――手を止める気配があった。危ないところであった。


 志津が片付けものを始めている。

 秋津は事実を指摘されたことがそれほどショックだったか、一度読み終えたはずの新聞に戻っていった。


 夏生は床のうえに寝転がった。

 背中が汚れるのも構わずに、ごろりと身を伸ばす。


 開け放しの窓から、朝の涼しい風が吹き込んでくる。

 大の字になって寝転びながら、夏生は考えていた。


 この力。この凄い力――。


 自分の念動力サイコキネシスもそうだし、真琴の透視能力クレアボヤンスも、志津の読心能力テレパシーも――。


 日常生活を送るぶんには、まるで必要のない力だった。

 いったい何に使えばいいのか。


 スカートめくりには超有効だということはわかったが、真琴のパンツなんてたいして見たいものでもないし、他の女の子に対してこっそり使ってみるつもりもない。


 何のために与えられた力なのか。


 洞窟の奥で起きた出来事と、肌に生じた奇妙な物体と、小鉄を除く全員に発現した超能力とは、すべて関係しているのだろう。


 だとすると、夢の中に現れた少女も――。


 なにかを訴えかけようとしていた彼女の必死な表情を、夏生は思い出していた。ぼんやりとした夢の記憶のなかでも、それだけははっきりと覚えている。


 彼女はなにを言おうとしていたのか。


 夏生はそのことを考えていた。

 この力は、いったいなんのためにあるのだろう?

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