9-7


 文化祭まで残り一週間を切ったが、俺と水月みつきさんの演技練習は、順調そのものだ。


 コツを掴んだというか、閉じた扉が突然開いたというか、これまでの停滞が嘘のように、水月さんの演技は、メキメキと上達している。


 そんな彼女に置いて行かれないために、俺も奮起し、二人だけの練習会は、ますます熱が入るのだった。


 というわけで、今日も厳しい練習を積むために、俺は水月さんと二人並んで、彼女の家へと向かう。


 学校も終わって、放課後、もう慣れた長雨の中で、傘を差して歩きながら、俺と彼女は、この後の練習について激論を交わしていた。


「そろそろ、キスシーンの方を」

「いや、今日も出会いのシーンから始めよう。うん、そうしよう」


 激論というか、なぜか執拗しつようにラストシーンの練習をしたがる水月さんを、俺が抑えているだけなんだけど。



 リリリッ! リリリッ! リリリッ! リリリッ! リリリッ! リリリッ!



 水月さんの家へと続く、すっかり通い慣れた道を歩いていると、突然、聞き覚えのある呼び出し音が、辺りに響いた。



十文字じゅうもんじさん、すいません。少し用事ができました」

「あぁ、頑張ってね、水月さん。気をつけて」


 それが、正義の味方マジカルセイヴァーとしての呼び出しだということも、水月さんの正体がマジカルブルーだということも、俺は知っている……、ということを、水月さんは知っている。


「帰ってきたら、ラストシーンの練習、しましょうね……」

「いや、妙に芝居っぽくしないでいいから」


 髪を耳にかけながら、そんな憂い顔をしないでくれ、水月さん。

 いきなりの死亡フラグとか、勘弁して欲しいのだけど。


「それでは、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


 こちらに丁寧にお辞儀してから、走り去っていく水月さんを手を振って見送る。


 彼女の姿が完全に見えなくなったのを、しっかりと確認してから、俺は自分の携帯を取り出した。


「おう、じいちゃん」

『おう、統斗すみと


 俺が電話をかけると、即座に祖父ロボが出た。どうやら向こうも、そろそろ俺から連絡があるだろうと、思っていたのかもしれない。


「確認だけど、うちは、なにもしてないよな?」

『あぁ、なにもしてないし、なにかする予定もないぞい』


 一応の確認に、祖父ロボは、どこか嬉しそうに答えた。

 どうやら、実際になにが起きたのか、もう掴んでいるようだ。


「分かった。すぐそっち行くから」

『車をいつもの場所に回しといたから、それに乗って来い。雨、降っとるし』


 流石祖父ロボ、用意周到である。


 ここから、俺がいつもリムジンに乗る祖父の生家までは、そう遠くない。

 急げば、数分で着くだろう。


「了解。それじゃ、後で」

『よし、待っとるぞ』


 なんだか雨が強くなってきたようで、傘を叩く雨音が、随分と強くなってきた。


 俺は電話を切ると、できるだけ急いで、目的地へと向かうのだった




「お待ちしておりました、統斗様」


 地上にあるインペリアルジャパン本社ビルの社長室から、専用エレベーターを使って、地下本部に到着した俺を出迎えてくれたのは、けいさんだった。


「状況は?」

「すでにマジカルセイヴァーは現場に到着して、戦闘が始まっています」

「相手は、やっぱり?」

「はい。松戸まつど博士です」


 作戦司令室へと足早に向かいながら、俺は契さんと、軽く状況を確認する。


「おっ、来よったな、統斗!」


 司令室の扉をくぐると、俺を待ち構えていた様子の祖父ロボが、ニヤリと笑う。


「じいちゃん、今どうなってる?」

「まぁ、単純に戦況という意味で見るなら、五分五分ってところじゃな」


 祖父ロボは、司令室のモニターを確認しながら、どこか楽しそうだ。

 

「戦闘が行われているのは、波止場近くの倉庫街です」

「波止場か……」


 祖父ロボと並んで、モニターの様子を確認しようとした俺に、契さんが詳しい情報を教えてくれる。


 確か、この街からそう遠くない場所に、港があるのは知っていたが、俺自身が実際に行ったことはないので、どうにも、どんな場所なのかイメージが沸かない。


「松戸博士はスタジアムの時と同じ、金種きんしゅと呼んでいた機体を五機ほど投入、それはすでに、マジカルセイヴァーによって全て破壊されました」


 確かに、モニターを見た限りでは、契さんが言うように、あの球体ロボットの姿は確認できなかった。


 代わりに、別のモノで溢れていたが。


簡易型かんいがた戦闘せんとう機構きこう、金種だっけ~? なかなか~、めんどくさい機能よね~」


 祖父ロボと同じように、すでに作戦司令室で情報分析を行っていたマリーさんが、どこか呆れたような声で、説明してくれる。


「マジカルセイヴァーも~、最初は前回の反省を活かして~、破壊した金種の破片を無生物に接触させないようにしてたんだけど~、流石に、この雨じゃね~」


 金種の特性は、破壊されても、それぞれの破片がコアとなり、無生物を取り込み、簡易的な戦闘要員として機能するということだ。


 破片の大きさによって、その戦闘能力は上下するが、基本的には、大量の不死の兵士を相手にするのと変わらないくらいの厄介さだと言える。


 そのため、そもそも破片を無生物と接触させないというのは、非常に有効な対抗策だと思えるのだが、確かにマリーさんの言うように、この天候では、それも難しい。


 モニターに映る倉庫街では、土砂降りの雨が、降り続いていた。


「雨って、無生物だもんなぁ……」


 倉庫街を埋め尽くさんばかりに増殖している、雨水を使った戦闘人形を見ながら、俺は思わず、嘆息してしまう。


 これは確かに、めんどくさい。


「あの水人形共は、個々の戦闘力はそれほど高くないからの。確かに数は増えたが、マジカルセイヴァーの方は、しっかり連携して対応しとるし、こうなると、やっぱり持久戦って感じかの」


 祖父ロボの言うように、このままでは前回のスタジアムと同じ様に、延々と戦闘は続くことだろう。


 まぁ、延々と言っても、コアになれる金種の破片の大きさには、限界がある。

 細かく破片を砕き続ければ、そのうち動きは止まるだろう。


 マジカルセイヴァーは、これで金種の相手をするのは二度目だし、前回の自爆攻撃への警戒もしているだろうから、問題は彼女たちの体力が持つかどうか、と言ったところか。


「ただいまー! うひー、雨が強くなってきたぜ!」


 激しい戦闘が繰り広げられている様子をモニターで確認していると、千尋ちひろさんがタオルで頭を拭きながら、司令室の扉を開けて入ってきた。


「おっ、統斗だ! 今オレ濡れてるから、ハグは後でな!」

「いや、それはいいんですけど。千尋さん、外の様子を確認してたんですか?」


 こちらに向かって可愛らしくウィンクしてみせる千尋さんは、確かに抱きしめてしまいたいくらいだが、今は状況が、それを許さなかった。


「おう! 契に言われて、一応な!」

「前回の件もありますから、警戒はしておこうと思いまして」


 確かに、松戸博士が動いている以上、そのバックにいるワールドイーターの方も、警戒した方がいいだろう。


「そっか、――ありがとう二人とも」


 俺は細かい気配りをしてくれた契さんと、実際に骨を折ってくれた千尋さんに、素直な感謝を伝える。頼りになる仲間というのは、本当にありがたいものだ。


「さて、それでは、これからどうする? 統斗よ」


 祖父ロボが楽しそうに笑いながら、俺に問う。


 これから俺たちは、一体どう動くべきか?


 松戸博士が単独で動いており、かつ標的がうちではなく、マジカルセイヴァーであることから、今回もワールドイーターとしては、大っぴらにヴァイスインペリアルと敵対するつもりはない、と考えられる。もちろん、こちらにそう思わせておいて、奴らが裏でなにか仕掛けようとしている可能性も、考慮するべきだが。


 とりあえず、考えるべきは、この波止場の倉庫街で起きているマジカルセイヴァーと松戸博士の戦いに、俺たちが介入すべきか、否かである。


 介入か、静観か、それが問題だ。


 俺は思考を一端中断して、激しい戦闘の様子を映し出しているモニターに、この目を向ける。


 その瞬間、まるで隕石のように、金色の物体が幾つか、倉庫街に降り注いだ。


 どうやら松戸博士の手によって、戦場に新しい金種が数体、追加されたようだ。


 すでに増えに増えていた雨人形を押し潰し、更にその数を増やしながら、新たな金種がその巨体で、周囲を無差別に破壊し始める。


 その破壊の様子を見ながら、松戸博士がいつものように高笑いしているのが、司令室のモニターからでも、確認できた。


 なるほど……。


 俺の心は、決まった。


「マジカルセイヴァーを、助けに行こう」

「ほう?」


 俺の答えに、祖父ロボがニヤリと笑った。


「それは一体、なぜじゃ? ワシらがマジカルセイヴァーを助ける理由とは?」


 確かに、それは説明するべきだろう。

 普通なら、悪の組織が正義の味方を助けるなんて、ありえないことなのだから。


「まず第一に、あの波止場は一応俺たちの支配地域だろ? そこでワールドイーターに好き放題されてるのは、正直、気に入らない」

「まぁ、確かにの」


 俺たちの街からも近いあの港は、間違いなく、俺たちの組織が傘下に置いている地域だ。自分の土地で敵に暴れられるというは、単純に、気分のいい話ではない。


「第二に、これは考えようによっては、チャンスだ。松戸博士とマジカルセイヴァーが争っているところに俺たちが現れて、松戸博士を攻撃すれば、奴がヴァイスインペリアルではないと、正義の味方に気付かせることができる」

「ふむ……」


 現在、松戸博士は、自らをヴァイスインペリアルの人間だと詐称している。


 この誤解を解いておかないと、あのマッドサイテンティストが暴れる度に、正義の味方陣営からの、うちの組織への警戒が強まることになってしまう。


 それはあまり、面白い話ではない。


 そして……。


「最後の三つめ、これが一番重要なんだけど……」

「なんじゃい?」


 俺は一度言葉を切って、小さく深呼吸する。

 それくらいしないと、この胸に溜まったイライラは、吐き出せそうになかった。


「俺は、あの松戸って博士のことが、大嫌いだ。あいつの好きには、させたくない」

「……なるほどの」


 特に、あの人を人とも思わないような狂った博士が、マジカルセイヴァー相手に好き勝手やっていると思っただけで、胃の辺りが、ムカムカしてしまう。


 それが俺の、正直な気持ちだった。


「うむ、分かった! お前がそう決めたなら、それで十分じゃ! ワシらの総統は、お前なんじゃからな! お前の決定に、従おう!」


 祖父ロボが、我が意を得たりとばかりに、嬉しそうに笑ってみせた。

 どうやら、俺の答えに満足してくれたらしい。


「よし! それじゃ、現場には俺が行く。総統である俺が、直接否定した方が、松戸の正体も分かりやすいだろう」


 前回の採掘場では証拠がなくて、フワフワと思わせぶりなことしか言えなかったけれど、こうして当人がいる状態なら、大丈夫だろう。


「あ~、それなら~、ワタシも行くね~。ちょっと気になることがあるの~」


 情報分析していたマリーさんが、俺に同行を申し出てくれる。


 今回は戦力というか、空いている手の数に余裕があるので、それくらいなら大丈夫だろう。マリーさんが気になってることっていうのも、気になるし。


「分かった。マリーさんは俺と一緒に来てくれ。契さんと千尋さんはここに残って、一応、ワールドイーターの動きを警戒をしてくれる?」

「かしこまりました。統斗様、お気をつけて、いってらっしゃいませ」

「よーし! 警戒するぞー! 頑張るぞー!」


 俺の命令に、契さんは深々とお辞儀をして、千尋さんは元気に腕まくりなんてしながら、応じてくれる。この二人がいれば、なにがあっても、本部は大丈夫だろう。


「戦場が混みあってるから、戦闘員も怪人も、今回は大丈夫。俺たちだけで行くよ」

「分かった、それはワシが、伝えておこう」


 波止場の倉庫街には現在、雨人形と金種が山ほどいる。こんな状況で、そんなところに大勢で向かっても、動きづらくなるだけだ。


 おそらく、俺と同じことを考えていたであろう祖父ロボが、素早く俺の要請に応じてくれた。まったく、頼りになる元総統である。 


「それじゃ、行きますか!」

「は~い!」


 頼りになる仲間たちに後を任せ、俺とマリーさんは、作戦司令室から飛び出した。


「――王統おうとう開放!」


 俺が叫ぶと右手が輝き、頼りになるカイザースーツが、空間を超えて出現し、なんの抵抗も無く、一瞬で俺に装着される。



 俺は、悪の総統シュバルカイザーとして、狂気の博士と正義の味方が待つ、雨降りしきる戦場へと、向かうのだった。


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