9-8


「うわっ……。こうして見ると、かなり気持ち悪いな」

「うえ~。集合体恐怖症になりそう~。なんかうねうねしてるし~」


 ブヨブヨとした半透明の物体が、辺り一面をみっしりと埋めている光景は、壮観というよりは、圧倒的に不気味だった。上から眺めていると、更に。



 地下本部から戦闘が行われている波止場の倉庫街までは、そう遠くはない。


 俺はシュバルカイザーに、マリーさんは無限博士ジーニアへと姿を変えて、それぞれが空中を全速力で移動すれば、僅か数分で、目的地へと到着することができた。



「そういえば、疑次元ぎじげんスペースは、展開してるんですか?」

「それはバッチリ~。強制セーフティスフィアも使ってあるから~、大丈夫よ~」


 俺は展開した魔方陣に乗りながら、ジーニアはその背中に背負っている巨大な広域多目的殲滅戦略ユニット、クレイジーブレイン君を使って空中に浮遊しながら、周辺の状況を確認している。


「この前のスタジアムの反省を活かして~、両方とも遠距離から、かつステルスで発動できるように改良したのが~、大正解だったみたいね~」


 周囲の無機物に対する破壊を、即座にリカバリーできる疑次元スペース。

 生物を閉鎖空間へと強制収監して、安全を確保する強制セーフティスフィア。


 そのどちらも、これまでは、誰か使用者がその現場にいなければ、効果を発揮することができず、また、使用した瞬間に不自然な光が発生し、秘密裏に発動することが不可能だったのだが、マリーさんの尽力によって、その問題はすでに、どちらも見事にクリアされている。


 松戸まつど博士に破壊されたスタジアム、まだ修復工事中だもんなぁ……。

 あの時、疑次元スペースさえ使えていればと思うと、その損害は馬鹿にできない。



「戦闘は……、あそこか」


 降りしきる雨の中、空中から海辺の倉庫街をざっと眺めれば、チラチラとした閃光が、少し遠くに確認できた。


 雨脚はドンドンと強くなり、まるで豪雨だ。俺はカイザースーツのおかげで、濡れもしないし、各種センサーの助けで、視覚的なハンデもないが。


「それじゃ~、ワタシはちょっと~、気になることを調べてるね~」


 まるでクレイジーブレイン君に埋め込まれたような姿となっているジーニアの周囲には、バリアが展開され、空からの雨粒を弾いている。


 そのバリアに投影されたモニターを使って、彼女は素早く、周辺の情報収取を始めたようだ。


「了解。じゃあ、後で合流しよう」

「は~い。総統も頑張ってね~」

 

 俺はその場に残ったマリーさんに見送られながら、空中に足場用の魔方陣を展開し、自らの身体を命気プラーナで満たし、全力でマジカルセイヴァーの元へと向かう。


 俺が戦場の中心へと到着するのに、数秒もかからなかった。



「ヌハハ! どうした! そんなものかマジカルセイヴァー! 片腹痛し!」

「くっ! わたしたちは、負けない!」


 松戸博士とマジカルセイヴァーが対峙している、すぐ近くの倉庫の上に、俺は静かに降り立つ。どうやら、まだ誰も、俺が来たことには気づいていないようだ。


 マジカルセイヴァーは五人揃って、狭い通路に集まり、周囲の水人形共と戦闘を繰り広げている


 松戸博士はそんな彼女たちを、ブンブンと蠅のように空を飛び回りながら、不愉快な調子で、あざけっていた。



 さて、どうするか。

 とりあえず派手に登場した方が、その後の話を進めやすいだろうか。


 俺が上空に大きめの魔方陣を展開、起動した瞬間、魔方陣から派手な轟音と共に、巨大な雷が、松戸博士に向かって放たれた。


「な、なんだ! なにが起こった!」


 しかし、松戸博士の周囲には、なにか防壁のようなものが張られていたようで、雷の直撃を受けても、ピンピンとしている。どうやら、威力調整を間違えたようだ。


 だが、俺の放った雷の衝撃で、この辺りの水人形はなぎ倒された。落下地点に近い場所にいた水人形は、電撃によりコアが崩壊して、活動を止めている。


 俺は自ら生み出した雷光に紛れて、松戸博士とマジカルセイヴァーの丁度中間あたりに、ヒラリと飛び下りた。


「き、貴様は!」


 俺の姿を確認した松戸博士が、驚きの声を上げる。


「シュバルカイザー! どうしてここに!」


 マジカルセイヴァーのみんなも、似たような様子だ。

 突然現れた悪の組織の総統に、警戒をあらわにしている。



 俺はとりあえず、マジカルセイヴァーの方は無視して、松戸博士と向き合う。


 最初から、俺の目的は松戸博士だった……、という風に。


「松戸ごう……。我が組織の名前をかたり、随分と好き放題してくれたようだな……」


 俺は悪の組織の総統らしく、可能な限り威厳を出すことを意識しながら、慎重に言葉を選ぶ。


「ヌ、ヌハ! ヌハハ! まさか、貴様が直接この場に出てくるとはな! 少々予想外だったぞ!」


 そう言うと松戸博士は懐から、なにやら妙にピカピカと光っている、丸っこい拳銃を取り出すと、俺に向かって、躊躇ちゅうちょなく発砲した。


 そのまま受けてもいいのだが、松戸博士のことだから、おかしな仕掛けがないとも限らない。


 俺は防御用の魔方陣を展開して、その銃弾を受け止めた。


「くそ! 吾輩の開発した、強制きょうせい侵食しんしょく腐食ふしょくだんが!」


 予想通り、なにやらキナ臭い弾丸だったようだ。弾丸を防がれた松戸博士は、異常に悔しがっている。


 その弾丸を放った拳銃が、一発撃っただけで、ボロボロに錆びて崩れているところから、どんな効果を狙ったのかは、察しがつくが。


「そら、そんなに惜しいなら、返してやるぞ」


 俺は弾丸を受け止めた魔方陣を書き換え、かなり大きめの火炎球を生み出し、その火炎に、弾丸が溶けて消えるのを確認しながら、松戸博士に向かって放つ。


 火炎球は雨に打たれ、蒸気を放ちながら、真っ直ぐ松戸博士へと向かって行った。


「ぬううう!」


 松戸博士は、うめき声を上げながら、空中を慌てて飛び回り、なんとか火炎球を避けてみせた。どうやら、あのレベルの高温だと、バリアでは防げないようだ。


 空中をフラフラと彷徨さまよいながら、松戸博士が俺を睨む。


 俺もその視線を真っ向から受け止め、睨み返す。



 ……ここまで露骨に険悪なところを見せれば、十分だろうか?



「シュバルカイザー! あなたは……!」

「……ふっ、マジカルピンクか? どうした? 真実は見つかったか?」


 松戸はこちらを警戒して距離を取っている。その隙に俺は、背後のマジカルセイヴァーたちへと振り返り、その様子を確認することにした。


 マジカルセイヴァーのみんなは、俺と松戸の敵対に驚き、動揺している様子だ。


 どうやら俺のお芝居も、少しは効果があったと思っていいだろう。


 などと、俺が内心ホッとしていた、その時だった。


「ヌハハハハハハハハ! こうなれば貴様ら全員! 押し潰してくれるわ!」


 松戸博士が突然、狂ったように笑い出したかと思うと、周囲の水人形がお互いを破壊し合い、その上、奥の方に待機していた無傷の金種も、自爆したのが見える。


 その結果、爆発的に増えた金種の破片、人形の核に、空から豪雨が降り注ぎ、瞬時にその数を増加させた。


 すでのこの場は、大量の雨水人形で溢れていた。

 そんな場所で、更に爆発的に、水人形の数が増える。

 そしてここは、狭い通路である。


 当然の帰結として、地面に落ちて流れずに、水人形として固まってしまった大量の雨水が、荒れ狂う濁流となって、俺たちを飲み込んだ。



 悲鳴を上げる暇すらない。

 俺とマジカルセイヴァーは、一瞬で激流に身を任せることになった。



 俺はカイザースーツの機能に助けられながら、冷静に状況を確認する。


 センサーで確認した結果、この激流は激流であって、激流ではない。あくまでも水人形の集合体であって、まるで意思を持っているかのように、俺たちを運んでいる。


 その証拠に、カイザースーツのセンサーは、不自然な形で倉庫の扉が二ヶ所破壊されたことと、水の流れがそこへと向かっていることを、教えてくれていた。


 どうやら、押し潰すなどと言っておきながら、実際は、俺たちを分断するのが目的のようだ。松戸博士も、なかなかに小狡こずるいいことをする。

 

 マジカルセイヴァーの様子をうかがってみると、マジカルピンク、レッド、グリーンの三人は、見事に突然の水流に対応し、きちんと姿勢を保って、落ち着いて状況を見極めている。


 一方、ブルーとイエローだが、完全にパニックになっているイエローを、ブルーがなんとか落ち着かせようとしているようだ。


 水の流れからして、どうやらこの二つの組み分けで、マジカルセイヴァーは分断されてしまうだろう。


 一瞬、俺の魔術でなんとかしようかと思ったが、ここで俺が、、まるでマジカルセイヴァーを助けるような行動をしたと思われてしまうと、後々めんどうな気がする。


 よし、決めた。


 俺は瞬時に決断すると、ブルーとイエローの二人と同じ方向に流されるように、マジカルセイヴァーたちにバレないように、自然な形で水の流れに乗る。


 戦力から考えて、ピンク、レッド、グリーンの三人が揃っていれば、大抵の状況には対応可能だろうが、ブルーとイエロー組は、微妙に不安だったからだ。


 特に遠距離攻撃主体のブルーが存分に活躍するには、近接戦闘が得意な者が、そのフォローをするのが一番なのだが、それがイエローでは、如何にも頼りなかった。


 これがレッドとブルーだったら、二人でも問題ないんだけどなぁ……。

 なんて考えても、仕方ない。

 この僅かな思考の間にも、状況は刻々と変化している。


 俺の予想通り、マジカルセイヴァーは分断され、俺はブルーとイエローと共に、水流によって、大きな空の倉庫の中へと、押し込まれるのだった。




「ぶへー! 息が、息ができなかったけど、今できる!」

「ほら、イエロー、落ち着いて呼吸してください。さぁ、ひっひっふー」

「ひっひっふー!」


 ブルー、それはラマーズ法だ。

 そしてイエロー、無理にそんな呼吸法するから、顔面がえらいことになってるぞ。


 なんて、気楽に声をかけられればいいのだが、残念ながら、悪の総統シュバルカイザーと正義の味方マジカルセイヴァーは、そんなに気安い関係ではなかった。


 広い場所に出たことで水が広がり、激流はすでに収まっている。倉庫の床は、あっという間に水浸しになってしまったが。


「シュバルカイザー、あなたの目的は、一体なんなのですか?」


 イエローの呼吸が落ち着いたところで、ブルーが厳しい顔で、俺に問いかける。


「あぁ、悪いな。別に貴様らの邪魔をするつもりはなかったのだが……」


 俺はその問いを適当にはぐらかしながら、倉庫内の様子を確認する。

 倉庫の中身は、空だ。ガランとした空間に、雨水だけが貯まっている。


「だからと言って、松戸を見逃す理由も、なかったからな」


 カイザースーツのセンサーが、足元の水が、不自然に動き出したのを感知する。


 俺が素早く、倉庫内に俺たちと共に入ってきた、金種の破片の位置を調べると、スーツ内部のモニターには、うんざりするほど大量の反応が、表示された。


「さて、どうやらお喋りしてる時間は、なさそうだぞ?」

「……そのようですね」


 俺と同じように、マジカルブルーも異変に気付いているようだ。

 流石は水を操る戦士、と言ったところだろうか。


「イエロー、しっかりしてください」

「う、うーん?」


 少し目を回しているイエローの背中をさすってやりながら、ブルーが警戒をうながすす。


 次の瞬間、俺たちの足元の水が、そこら中に散らばっている金種の破片に吸い込まれるように集まり、不気味な雨水人形へと、その姿を変える。


 俺たちは一瞬にして、無数の水人形に囲まれた形になってしまった。


「戦いは、まだ終わっていませんよ」


 

 そう、俺とマジカルセイヴァーの奇妙な共闘は、まだ始まったばかりなのだった。




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