6-10


 結局答えは出ないまま、俺は自分のコテージへと戻り、この大きすぎるベッドに、一人で眠ることになった。


 正直、色々と考えてしまってあまり眠れなかったが、それでも目を閉じ続けていれば、脳は勝手に休もうとするものだ。


 浅い眠りと目覚めを何度か繰り返しながら、俺は外から差し込む太陽の光で、夜が明けたことを知る。


 俺は重い身体を引きずり、シャワーでも浴びようとベッドから這い出す。



 その時だった。



「――っ!」


 突然感じた、とてつもなく嫌な予感に、全身が総毛立ち、俺は息を飲む。


 俺の超感覚が、なにか危険なモノがこの近くに来ることを、最大限の警鐘と共に知らせている。


 一体なんだ?


 なんて考える暇もなく、俺はベッドを飛び出ると、超感覚が知らせるている危険な方向……、海へと向かう。


 コテージから海へと向かう僅かな時間にも、俺の中の不安は、膨らみ続けていた。


千尋ちひろさん!」

統斗すみと! こっちだ!」


 慌ててビーチへと到着した俺を、どうやら先に来ていたらしい千尋さんが、手を振って呼んでいる。


 夜が明けて間もないビーチにいるのは、俺と千尋さんの二人だけだが、到底ロマンチックな気分にはなれなかった。


 俺は、慌てて波打ち際まで駆け寄ると、目に見えないなにかを探す。


 第六感を超えた超感覚を持つ、俺と千尋さんの二人が、同時になにかが来ると感じたのだ。これは、これから確実に、なにかが起きると言ってもいいだろう。


 それも、かなり好ましくないなにかが。

 

 俺は、下着にTシャツだけという刺激的な格好をした千尋さんと並んで、真剣に、この嫌な予感の出処を探る。

 

「あの島の向こう、ですかね」

「あぁ、オレもそう思う」


 俺の感覚に、千尋さんが同意してくれる。


 どうやら、昼間にけいさんが言っていた、国が管理しているらしい小島の向こう、更に遠方から、なにかがこちらへと近づいてきているのは、間違いないようだ。


「でも、まだ大分、距離はありそうだな」

「そうですね」


 今度は千尋さんの感覚に、俺が同意する。


 確かに嫌な気配は感じるが、それはまだ、かなり遠くにだ。

 どうやら、対策を練るくらいの時間はありそうだった。


「俺がみんなを起こして、呼んできますから、千尋さんはとりあえず、着替えてきてください!」

「えっ? なんで? オレもみんなを起こすの手伝うって!」


 恐らく、寝ているところを着の身着のままで飛び出したのだろうが、千尋さんの今の姿は、ちょっとますい。


 主に、俺の目のやり場的に。


「その格好は目に毒ですから! 俺にはちょっと刺激的すぎますから! お願いしますから、着替えてきてください!」

「統斗がそう言うなら、仕方ないなー」


 俺の言葉になんだか嬉しそうな千尋さんと並んで、俺たちは急いでホテルへと戻るのだった。




「これは……、一体なんなんだ?」


 俺は、マリーさんが持ってきていた小型の映写機のようなメカを使って、空中に投影されたモニターに映し出された光景を見て、驚きの声を上げる。


 ホテルに戻った俺は、取りあえず残りの最高幹部である契さんとマリーさん、そして特別顧問である祖父ロボを起こして回った。


 彼女たちも俺と同じ様に、個人用のコテージに宿泊しているので、起こして回ること自体は、簡単だった。


 祖父ロボがロボのくせにグースカと寝ていたのには多少驚いたが、これも人間としての魂を保つための機能の一つなのだろうと、とりあえずスルーすることにする。

 

 現在は、俺、祖父ロボ、契さん、千尋さん、マリーさんの五人に、祖父ロボが無線で呼び出したローズさん、サブさん、バディさんを加えた八人が、俺の泊まっているコテージのリビングに集まっていた。


 ちなみに、みんなちゃんと私服に着替えている。


 そして、俺と千尋さんの報告を受けて、マリーさんが小型の高速偵察メカを飛ばしてくれた。今は、その偵察メカから送られてきた映像が、リビングの中空にバッチリ映っているわけだが……。


 そこに映っていたのは、あまりにも巨大な、なんらかの生物だった。


「でかいのう……、鯨か?」

「私には、クラゲのように見えますが……」

「タコじゃないのか、あれ?」」


 祖父ロボと契さん、そして千尋さんの意見が食い違う。


「アタシには、亀みたいな甲羅が見えるわよん?」

「サメみたいな歯があるっス!」

「……蟹のハサミ」


 ローズさんは亀だと、サブさんはサメだと、バディさんは蟹だと言う。


 そう、それほどに様々な生物の特徴を兼ね揃えた謎の巨大生物が、ゆっくりと海を泳ぎながら、俺たちのいるビーチへと向かっているのだ。


「全長は~、大体百メートルってところね~。あくまで海上に出ている部分に限った話で~、海中の様子までは分からないけど~」

「百メートルって……」


 マリーさんが、偵察メカから送られる情報を解析して、俺たちに噛み砕いて説明してくれる。


 俺は、その想像以上の大きさに、驚くしかない。


「あれは~、おそらく複数の海中生物を合成して造ったものね~。混ぜすぎて大本の生物がなんなのか~、分からなくなっちゃってるけど~」


 マリーさんがいつものように、のんびりとした口調で説明してくれる。

 それだけで、慌てていた心が、大分落ち着くのを感じた。


「複数の生物を合成って、そんなこと可能なんですか?」

「基本は怪人と一緒ね~。異なる生物の遺伝子情報を組み込むことで、劇的にパワーアップ! っていうコンセプトだから~。まぁ、あれは人じゃなくて獣をベースにしてるから~、怪人というよりは怪獣だけど~」

「怪獣……」


 俺は改めてモニターに映った、その巨大すぎる異形の姿を確認する。


 なるほど、言われてみれば確かに、いかにもといった風貌だった。


「あれだけの生物の特性を一度に引き出してるとなると~、相乗効果で凄まじい力を発揮できるだろうけど~、同時にどう考えても~、遺伝子の許容量をオーバーしてるから~、多分これから半日もしたら~、自滅というか、自壊しちゃうと思うわ~」

「自壊する、か」


 無理をした代償というか、大きすぎる力の反動というやつか。

 どうやらあの怪獣は、そう長くは活動できないようだ。


「でも、それなら……」

「大丈夫、ってわけにはいかないのよね~」


 俺の楽観を、マリーさんが否定する。


「あの怪獣が~、この海岸線に到着するまで大体四時間だから~、半日で自壊するとしても~、放っておくのは、ちょっとまずいわね~」

「四時間……」


 つまり、あの怪獣には、八時間の暴れるための猶予があるということになる。


「怪獣は真っ直ぐこっちに向かってるから~、おそらくだけど~、この海岸に上陸した後に死ぬまで暴れるように指示……、というか~、そういう風に~、設定されていると考えられるわ~。自己判断で行動してるなら~、もっと自由に泳ぎ回ってるはずだから~」


 マリーさんの言う通り、モニターの中の怪獣は、ただひたすら真っ直ぐに、直進し続けている。それは生物というより、魚雷のような兵器の動きに見えた。


「当然だけど~、海の生き物だから陸には上がれないだろう、って決めつけるのも危険ね~。こういう時は~、最悪を想定しておいた方がいいわ~」

「そうですね……」


 マリーさんの言葉に、俺は頷く。


 事態を甘く見た結果、それで取り返しのつかないことになってしまっては、幾ら後悔しても、しきれないだろう。


「とりあえず、上陸までまだ四時間あるなら、ここら辺一体の人たちを、急いで避難させないと」

「避難と言ってもの。あれだけの巨大な生き物が暴れるとなると、どれくらいの範囲の人間を、どこに避難させればええのか、見当をつけるのは、難しいのう」


 俺の意見は、祖父ロボにダメ出しを受ける。


 確かに、単純に避難させると言っても、実際にどうすればいいのか、俺には考えが足りなかった。


「それなら、あの強制セーフティスフィアで、住民の安全だけでも確保するとか?」

「強制セーフティスフィアは~、あれって本部の地下にあらかじめ用意してある閉鎖空間に~、近くの人間を強制的に収容してるだけだから~、あくまで本部の近くじゃないと使えないの~。ここら辺はもう、効果範囲圏外ね~」


 俺の意見は、再び不採用だ。


「じゃあ、とりあえず、疑次元スペースを使っておくとか」

「疑次元スペースの使用自体は、カイザースーツにその機能が組み込まれとるから、可能じゃが、あれはあくまで、無機物に対する破壊にしか対応しとらんぞ。生物には効果がないから、住民を退避させないと、それ程、意味があるとも思えんな」


 確かに、建物だけ守っても、そこにいる人を守れないなら意味はない、か……。


 自分たちが使用している技術について、俺はもう少し、詳しく把握しておく必要がある、と俺は自分をいましめる。


「つまり、受け身になると、色々とまずいってことか……」

「まぁ、そういうことじゃな」


 悩む俺を見ながら、祖父ロボがニヤリと笑った。


「さぁ統斗、じゃったらどうする? こうしとる間にも、あの馬鹿デカイ怪獣は、こちらに向かってきておるぞ」


 祖父ロボが言うように、俺たちがこうして手をこまねいてる間にも、どんどん時間は進んでいる。


 時間がない。

 敵はこちらに迫っている。

 だが、守りに回るのはまずい。周囲への被害が抑えきれない。


 だったら、取るべき選択肢は、そんなに多くない。


「あの怪獣が上陸する前に、こちらから打って出る!」


 正義の味方に任せてしまう、というのも一瞬考えたが、自分が見つけてしまった危機を、他の誰かに丸投げする、というのは、なんとなく嫌だった。


 自分たちで、その危機をなんとかできると思えるなら、余計に。


「よう言うた!」


 祖父ロボが、どこか嬉しそうに声を上げた瞬間、この場の雰囲気が変わる。

 まさしく、悪の組織の作戦会議といった雰囲気に。


「敵は海上です。この辺り一帯は、私たちの支配地域ではないために、大掛かりな武装等は用意しておりません。そのため、一般戦闘員、並びに怪人の戦闘参加は不可能だと進言します」

「一応リゾートホテルは経営しとるが、基本的に海岸線は、国の方が強いからのう。ヨットくらいはあるが、高速艇なんかは用意できんからな」


 契さんと祖父ロボに告げられた状況を考慮すると、どうやら、あまり大規模、かつ複雑な作戦は、不可能なようだ。


「だったら、やることは一つだよな!」

「そうね~、結局は~、シンプルな話よね~」


 千尋さんとマリーさんが、こちらに向かって笑ってみせる。


 確かに、状況は限定的で、やれることは限られているが、答えは一つだった。


 悪の組織ヴァイスインペリアルの最高戦力で、ピンポイントに敵を殲滅する!


「俺と、契さん、千尋さん、マリーさんの四人で、海上の敵に対して、こちらから戦闘を仕掛け、これを撃破する!」

「了解です」

「よーし! やってやるぜー!」

「それじゃ、頑張っちゃうわよ~」


 俺の号令に、みんなが頷き、従ってくれる。


 それだけで、もうなんとかなりそうな気がしてくるのだから、俺も大概単純だ。


「よし、分かった! そうと決まれば、お前たちは海上へと向かえ! 今の時間なら人目につかずに行動できるじゃろう!」


 俺の決断を聞いて、祖父ロボが素早く指示を飛ばす。


「ローズ、サブ、バディの三人は、海岸近くに待機しておれ! いざとなったらお前たちが暴れて、正義の味方を引きずり出し、奴らにも怪獣への対応と、周辺住民の避難をしてもらうぞい! 一般戦闘員たちも周辺に散らして、ちゃんと避難誘導の準備をしておけよ!」

「了解よん!」

「分かったっス! 任せて欲しいっス!」

「……了解」


 祖父ロボの指令に従い、怪人三人組が即座に動き出し、コテージから出ていく。

 これから戦闘員を集めて、今回の作戦の指示を行うのだろう。


 この手際の良さと人心掌握力は、流石に元悪の総統だ。こういうところは、俺も見習うべきなのかもしれない。


「大体、ここはワシと婆さんとの思い出の場所なんじゃ! あんなよく分からん怪物なんぞに、壊されて堪るか!」


 そうか、そうだった。

 この海は、祖父と祖母の、思い出の土地なのだ。


 俺は、気合を入れ直す。


「よし! それじゃみんな、行くぞ!」

「はい! 統斗様!」

「うおー! 暴れるぜー!」

「できれば~、あの怪獣のサンプルでもゲットしたいな~」


 俺に付き従って、契さんが、千尋さんが、マリーさんが、戦場へと向かう。


「お前ら、頼んだぞい!」

「任せろ、じいちゃん!」


 楽しいはずの旅行から一転、俺は、俺たちは、祖父ロボの声援を背中に受けながら、戦いの海へと飛び出すのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る