6-8
「それでは、そこで大人しく待ってて下さいね」
「はい……」
どこか恐ろしい
反抗するのは危険だと、俺の本能が告げていた。
俺たちはすでに、ビーチから俺たちの泊まっているホテル……、いや、正確に言うならば、俺が宿泊している、コテージだかヴィラだかに戻ってきている。
俺は、なぜか水着に着替えるように指示された後、この豪華すぎる個人用宿泊施設に用意されたプライべートプールで、待機しているようにと言い渡されていた。
そういうわけで、俺は大人しくプールサイドで正座しながら、なにやら準備があるからと、俺の泊まっているコテージに入って行った三人を待つ。
死刑を待つ囚人のような、もしくは、解体を待つ家畜のような心境で。
このコテージの周辺は、完全なプライベート空間が確保されている。
同じような個人用の宿泊施設は幾つかあるが、建物の配置と構造を工夫して、他の宿泊客の様子は、まったく見えないように設計されていた。
もちろん、このホテルのメインである巨大なホテル施設からでも、こちらの様子を盗み見ることは、例え最上階からでも、決してできない。
更には、最新技術をフルに使った防犯設備まで存在し、招かれざる客の侵入は一切許さないように造られている。
安心安全! 気遣い無用!
あなただけの快適空間で、人目を気にせず、心行くまでリフレッシュ!
なんてキャッチコピーが売り文句だったはずだが、その言葉に嘘は無い。
なぜならこのホテルは、悪の組織ヴァイスインペリアルが、その技術の粋を集めて建造した、最高のホテルなのだから。
ヴァイスインペリアルが安心と言ったら安心だし、安全と言ったら安全なのだ。
少なくとも。これまで散々、うちの組織のとんでも技術ぶりを見てきた俺自身は、心からそう思っている。
なんて、くだらないことを、つらつらと考えながら、俺は裁きの時を待っていた。
まぁ、つまり、結局、俺がなにを言いたかったのかといえば、ここで幾ら悲鳴を上げようとも、泣き叫ぼうとも、絶対に周囲に聞こえることはないし、当然、誰かが助けに来るようなこともない、ということだ。
プールだし、やっぱり水責めなのだろうか……。
俺は心の中で一つ、重い、重いため息を吐くのだった。
「お待たせしました。
「いえ、むしろ、お待ちしておりました……」
ぼんやりとプールの水面も眺めていた俺に、遂に契さんからお声がかかった。
俺は覚悟を決めて、声のした方に振り返る。
「えっ?」
「なんですか? どうかしましたか統斗様?」
契さんの姿を見た俺は、思わず息を呑んで、固まってしまう。
契さんは、水着姿だった。
いや、もちろんプールで待っててくださいなんて言われたんだから、その可能性については、十分考慮していた。
だがしかし、現実は俺の想像を超えていた。
いわゆるビキニタイプの水着なのだが、極端に布面積が小さい。
契さんのその大きく実った胸の頂点と、彼女のデリケートなゾーンを申し訳程度の黒い布が隠しているだけだ。
パっと見た印象は、殆ど肌色である。
引き締まり、くびれた腰から、ボリューミーで張りのあるお尻、そして均整の取れた脚へと至るラインは、暴力的ですらある。
契さんは、極小の黒いマイクロビキニ姿で、俺の前に現れたのだった。
「……もしかして、似合いませんでしたでしょうか?」
「い、いえ! そんなことないです! 非常にお似合いです! はい!」
黙り込んでしまった俺に対して、契さんが不安そうな顔で問いかけてきた。
彼女に見惚れていた俺は、声を上ずらせながら、慌てて答えるのがやっとだった。
「よっしゃー! プールだぜー!」
「ち、
契さんに続いて、プールサイドに現れた千尋さんの姿に、俺は悲鳴にも似た叫び声を上げてしまった。
千尋さんも、水着姿だった。
これも当然予想していたし、それに、千尋さんの水着は前にも見たことがあるのだから、心構えの方も、十分できているつもりだった。
だがしかし、現実はやはり、俺の想像の遥か先を行っていた。
それは、思わず水着なのかと疑ってしまうような形状をしていた。
見たまま言ってしまえば、それはアルファベットのVの形をしている。
そう、Vの字だ。
丁度千尋さんの、隠さなければいけない部分だけを隠すように、Vの形の布が、その秘部を覆っている。
しかも、そのVの字はかなり細い。ギリギリもいいところだった。
千尋さんがその健康的な、鍛え抜かれながらも女性らしい、柔らかな身体を動かすたびに、俺は色んな意味でドキドキしてしまう。
千尋さんは、スリングショットと呼ばれるタイプの真っ赤な水着姿で、俺の前に、堂々と現れた。
「おっ! なんだ統斗、この水着が気になるのか?」
「ちょっと千尋さん! その肩紐、引っ張るのはやめてください!」
相変わらず天真爛漫な千尋さんは、随分と刺激的な姿をしているのに、あっけらかんとしたものだった。その、まるで自分の格好が分かっていないかのような振る舞いに、俺は慌てっぱなしだ。
「うふふ~! それじゃ、お楽しみの時間ね~」
「マ、マリーさん! その格好は、なんなんですか!」
最期に出てきたマリーさんの姿に、俺はもう、どう感情を制御したらいいのか分からず、激しく問いただすように声を上げる。
それはもはや、水着ではなかった。
というか、俺には水着だと認識できない。だって、殆ど裸なんだもん、あれ。
胸の部分は、細い黄色のテープが、まるで胸囲を図るメジャーのようにぐるりと一周分だけ回されて、貼りついているのみだ。一応、横一文字のテープによって大事な部分は隠れているが、もう丸出しと言ってもいい。
下の方も、似たようなものだ。
上と同じ、黄色いテープが腰から巻かれただけで、本当に大切な部分こそ隠れているが、それ以外の、割と隠さなくてはいけないところは、全部見えてしまってるような気がしないでもない。見てるこっちが恥ずかしすぎて、まともに見れてないから、よく分からないけど。
マリーさんは、細いテープを身体に貼りつけただけの姿で、俺の前に現れた。
「いや~ん! 統斗ちゃんのえっち~!」
「そう言いながら、こっちに向かって色々見せつけるのは、やめてください」
マリーさんは、そのスレンダーな身体をくねらせて、俺を挑発している。
なんとか冷静を保ちつつ、俺は彼女から目を逸らすので精一杯だった。
「それじゃ~、お仕置き開始ね~! 千尋ちゃん! や~っておしまい!」
「了解だぜー!」
「うわっ! ちょっと、なにを!」
マリーさんの指示を受けた千尋さんが、俺に飛び掛かると、そのまま正面から抱きついてくる。
俺も水着なので、千尋さんとかなりの面積で、肌と肌との触れ合いをしてしまい、その感触に俺は硬くなり、動けなくなってしまう。
「行くぞ、統斗! とう!」
「って、ちょっと待っ!」
俺が止める間もなく、千尋さんは俺を抱きしめたまま跳躍すると、そのまま横っ飛びに、プライベートプールへと飛び込んだ。
「ガボゴバ!」
プールの水深は、それほど深くないが、倒れ込めば当然、顔は水面に届かない。
あまりに突然の事態に、空気を吸い込むことも忘れていた俺は、千尋さんに抱きしめられたまま、水中でもがく。
「んば!」
すると、空気を求めて暴れていた俺に、千尋さんは突然唇を重ねると、その口内に貯め込んでいた空気を、俺に送り込んできた。
俺は酸素が送られてきたことよりも、千尋さんの唇の柔らかさに驚き、暴れるのを止めてしまう。
「それじゃ~ワタシも~」
水中なのでハッキリとは聞こえなかったが、マリーさんが、プールに飛び込んだのは分かった。
千尋さんは、動きを止めた俺の後ろに回ると、そのまま背後から抱きしめる形で、俺の動きを拘束する。
「はむ!」
そして今度はマリーさんが、俺に口付けてきた。
俺はもう、されるがままだ。マリーさんの唇を受け入れ、口内に流れ込む空気の流れから、彼女のぬくもりと、匂いを感じる。
「それでは、失礼します」
マリーさんが離れたと思ったら、今度は契さんが飛び込んできたようだ。
契さんは水中で俺の顔を掴むと、その唇を思い切り、俺の唇に押し付けた。
「んむ!」
そしてそのまま空気を……、送ってこなかった。
契さんは空気の代わりに、自分の舌を送り込むと、俺の舌と情熱的に絡めだした。
「んむ! んむー! んむんむ!」
俺は驚いてしまって……、と言うよりは、単純に酸素が足りなくなって、後ろで俺を抱きしめ続けている千尋さんにタップする。
「んっ?」
それに素早く気が付いてくれた千尋さんが、すぐにそのまま、即座に水面へと浮上してくれた。
俺に抱き付いて、熱烈にキスしている契さんごと。
「んむ! ちょ! んま! 契さ、離れ! じゅば!」
「んー! んー! じゅる! じゅば!」
夢中になった契さんが口から離れてくれないので、俺は必死に鼻で息をするが、需要と供給が釣り合ってない。
これは、まずい。
意識が、薄れる。
「はい、そこまで~」
窒息死しそうな俺を助けてくれたのは、マリーさんだった。
契さんを後ろから羽交い絞めにして、俺から引き剥がしてくれる。
「あぁん」
「ぶはっ! すぅー! はぁ、はぁ、はぁ!」
契さんは、なんだか物足りなそうな顔をしているが、俺としては久しぶりの新鮮な空気を補給するので、精一杯だ。
「統斗ー? 大丈夫かー?」
「な、なんとか……」
千尋さんが、俺を優しく抱きしめながら心配してくれる。
あぁ、千尋さんは、優しいなぁ……。
彼女が、この俺を抱きしめている腕を離してくれたなら、自分で契さんを引き剥がせたということは、考えないようにしよう。
「……っていうか、一体なんなんですか、これ?」
千尋さんに拘束を解いてもらい、なんとか呼吸を整えた俺は、とりあえず、目の前で不敵に笑っているマリーさんに尋ねてみることにした。
本当に、全然状況が掴めない。
「統斗ちゃんが~、あの子たちの水着姿にデレデレしてたから~、そのお仕置き~」
あの子たち……、とは、まぁ、桜田を始めとした、マジカルセイヴァーの面々のことだろう。まず、間違いなく。
「というのは建前で~、ワタシたちも統斗ちゃんと~、水着姿でイチャイチャしたくなっちゃっただけ~」
「……そうですか」
どうやら、本気で俺を処刑しようとしたわけでは、なかったようだ。
取りあえず、一安心である。
「それと~、契ちゃんの嫉妬の炎がメラメラと燃えてたから~、その鎮火~」
「あぁ! 統斗様! 申し訳ありません! 私、また抑えが効かなくなって、統斗様にご迷惑を……!」
契さんが俺に向かって、平謝りに謝っている。
というか、もう土下座でもしそうな勢いだ。
なんて考えていると、実際土下座し始めてしまった。
「こうなっては、死んでお詫びを……!」
「いや、いいですから! 俺は別に大丈夫ですし、怒ってもいませんから!」
このままだと、魔術で自分の腹でも切り裂きそうな契さんを、慌てて押し留める。
「統斗様……! なんとお優しい!」
別に優しくもないと思うのだが、契さんはいたく感激した様子だった。
「ごめんなー、統斗ー……、もっとちゃんと、
「いや、千尋さんが悪いんじゃ、ないですから」
千尋さんは千尋さんで、少し落ち込んでしまった様子だ。
というか、確かに命気を使えば、水中で酸素も少ないという状況でも、もっと効率的に対応できただろうに、突然の事態に慌ててしまい、命気のことをすっかり忘れてしまったのは、俺の修練が足りなかっただけだ。千尋さんのせいじゃない。
「えっと……、そう言えば、みんな、もの凄い水着だけど、その水着で、海に出るつもりだったの?」
とりあえず空気を変えようと、俺は気になっていた話題を切り出すことにした。
正直、みんな裸同然というか、裸より扇情的な水着なので、これで一般のお客さんもいる海に行く気だったのか、少し心配だったのだ。
「そんなわけないじゃない~。ちゃんと~、普通の水着も用意してるわよ~」
マリーさんが、なにを当たり前のことを聞いてるんだ、とばかり笑っている。
「そうですか、それはよかった……。というか、普通の水着があるなら、その危ない水着は、一体なんなんですか?」
その姿でビーチに出るつもりはないと聞いて、内心ホッとしたが、同時に新たな疑問が浮かんでくる。
「そんなの、決まってるでしょ~?」
俺の疑問に、マリーさんが、まるで小悪魔のような笑顔で、答えた。
「この中で~、統斗ちゃんを一番興奮させた人が~、一番最初に統斗ちゃんに初めてを貰ってもらうってことで~、みんなで頑張って考えたの~」
「うぐっ!」
マリーさんが、そのテープでデコレーションされたような自分の身体を見せつけるように、俺の目の前で、そのカモシカのような脚を下品にくねらせて、淫らなダンスをして見せる。
「ずるいぞマリー! なぁ統斗! オレの方が興奮するだろ?」
千尋さんが俺の腕を取って、強引に自分の方を向かせると、Vの字の水着に包まれたその身体を、惜しげもなく晒す。
先程まで動き回っていたためか、その水着は微妙にズレて、その隠すべき場所が微妙に見えてしまっている気がする。
「統斗様、私のような恥知らずが、今更なにを……、とお思いでしょうが、どうか、見てください……」
土下座の姿勢から顔を上げた契さんが、座った姿勢のまま、足を前に投げ出すと、そのままゆっくりと開き出す。
そして俺に向かって、完全にM字の形に足を開くと、マイクロビキニ姿の契さんは、恥ずかしそうに俺を見つめた。
「う、うっ、うわわ……」
俺の周りで繰り広げられる、その過激すぎる光景に、俺は呻くことしかできない。
思考が鈍り、心臓が早鐘のように鳴り響く。
顔面が紅潮し、息が再び荒くなってしまう。
身体が固くなり、硬直する。
「うふふ~、それで~、統斗ちゃんは~、誰のが一番~、興奮するの~?」
「オレだよな! なっ!」
「私だと……、嬉しいです……」
過激な格好をした美女三人が、過激な仕草で、俺へと近づく。
「うっ、うわぁあああ!」
俺は、なにかを誤魔化すように飛び上がると、先程溺れかけたプールへと、今度は自ら飛び込んだ。冷たいプールの水が、火照った俺の心と身体を、少しだけ冷やしてくれる。
「こ、今回は、全員同率のドロー! 完全な引き分けってことで!」
俺は情けない声を上げて、ただただ問題を先送りにするだけの、意味のない結果発表を行う。
「えぇ~、統斗ちゃんの意地悪~!」
「ちぇー! 勝てなかったかー!」
「統斗様がそう言われるのなら、私は従います」
唇を尖らせながらマリーさんが、勝利できなかったことを悔しがりながら千尋さんが、俺の言葉に頷きながら契さんが、俺に続いてプールへと入ってくる。
「だったら~、もっと興奮させて~、統斗ちゃんが我慢できないようにしちゃうんだから~!」
マリーさんが俺に抱き付くと、プールという地の利を活かして、その長い足を俺の身体に絡ませてくる。
「おっ! 第二ラウンドか! 今度は負けないぜー!」
千尋さんは俺の右手を素早く取ると、そのまま自分の、その刺激的な水着の内側へと滑り込ませてしまう。
「統斗様……」
契さんは残った俺の左手を握りしめると、潤んだ瞳でこちらを見つめている。
「ちょっ、ちょっとみんな、落ち着いて!」
狩られる直前の小動物の気持ちが、今なら分かる気がした。
「あ~ん! 統斗ちゃんの身体って、硬~い!」
「どうだ、統斗? 気持ちいいか? 気持ちいいだろ?」
「統斗様! あぁ! 統斗様!」
俺の制止を振り切って、三人はそれぞれ思い思いに、その魅惑的な身体を俺に押し当て、押し付け、触り、触らせ、抱きしめる。
一体、誰を選ぶのか。
答えの出ない難問を抱えながら、俺たちの痴態は、日が暮れるまで続くのだった。
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