6-7
「やっぱり!
「さ、
突然の知人の登場に、俺は思わず硬直してしまう。
こちらに嬉しそうに駆け寄って来たのは、桜田
俺の学校の同級生、というかクラスメイトの、桜田桃花だ。間違いない。
「わたし? わたしは、その、ちょっとみんなで、旅行に来てて……」
「みんな?」
可愛らしいフリルが付いた、ピンクのワンピースタイプの水着を着ている桜田が、なにかを誤魔化そうとするかのように、モジモジとしている。
初めて見た桜田の水着姿に、俺は思わず、ドキリとしてしまった。
……でも、みんな? みんなってまさか?
そう、そのまさかだった。
「あれ? 桃花どうかしたの?」
桜田とモジモジと見つめ合ってしまったところに、スポーティな赤いセパレートタイプの水着を着た
「火凜、あまり走らないでください」
その後ろから、シンプルなブルーのワンピースの水着を着た
「どうしたの? なにかあったの? 桃花さん」
緑のビキニに、淡いグリーンのパレオを纏った
「なになに? 折角の休憩時間なのに、なにしてるの?」
更にその後ろから、黄色い大胆ビキニを着た
しかし、どうしてその体型で、そのビキニなんだ黄村……。
緑山先輩と並んでるせいで、色々悲しいことになってるぞ、黄村……。
「あれ? 十文字じゃん」
「えっ? 十文字さん?」
「や、やぁ二人とも……」
こちらを見て、驚いた顔をしている赤峰と水月さんに、俺はなんとか、引きつった笑顔で答える。
「あら、十文字くんじゃない!」
「十文字! あんた、なんでこんなところにいるのよ!」
「どうも、緑山先輩。黄村、お前は俺の足を踏もうとするな」
なんだか嬉しそうな緑山先輩に挨拶を返しつつ、俺は突然の黄村の攻撃を避ける。
こうして俺の目の前に、俺の学校の知り合いが、全員水着で集まるという、かなり特殊な状況が出来上がってしまった。
本当に、なんなんだ、この状況。
「みんなは、えーっと……、みんなで家族旅行?」
まず、このビーチは、俺たちの街からそれほど離れていないと言っても、気軽に日帰りで帰れるような距離ではない。
続いて、この五人が、とても仲が良いのは知っている。
それに、彼女たちが高校生だけで、泊まりの旅行に出るようなタイプでもないことも分かっていたので、この集まりが旅行だというなのなら、彼女たちの家族が引率してるだろうと、俺は見当をつけた。
「えっと、うん、まぁそんなところ、かな?」
「それより! 十文字は、どうしてここに?」
「こんな場所で出会うなんて、本当に凄い偶然ですね」
俺の質問に対して、何やら歯切れが悪い桜田を隠すように、赤峰と水月さんが俺に詰め寄る。
見慣れない水着姿で、そんなに近づかれると、とっても緊張してしまう……。
……というのもあるが、どうしてここに? と聞かれると。俺も弱い。
「ふふふ、でも本当に、こんなところで偶然出会えるなんて、なんだか運命的なものを感じちゃうわね」
「あー! なにイヤらしい目でひかりのこと見てるのよ! この変態十文字!」
緑山先輩が、そっと俺の腕に触れる。
その感触に思わずドキリとしてしまう。黄村の方は、完全な言いがかりだが。
「いや黄村、それはねぇよ……、それだけは、ねぇよ……」
「うきー! なんですって!」
子供みたいに地団駄踏みながら、同時に俺の足を踏み潰そうとしてくる黄村を適当に相手する。
「おっ、なになに十文字、私たちのセクシーな水着姿にドキドキしちゃったの?」
「あの……、恥ずかしいので、あんまり観ないで下さい……」
「なっ、なに言ってるんだよ赤峰! み、水月さんも、俺、そんなにジロジロ見てませんから! 本当ですから!」
ニヤニヤと俺をからかう赤峰と、恥ずかしそうに手で身体を隠す水月さんに、俺はドギマギしてしまう。
彼女たちの水着姿に見惚れていたのは事実なので、なんだか凄く恥ずかしい。
「あらあら、うふふ、十文字くんも、やっぱり男の子なのね」
「えっと、その、この水着、に、似合うかな、統斗くん……」
「えっと、うん、その、可愛いと思うよ。その水着、よく似合ってる……」
大人の余裕を感じされる緑山先輩に微笑みかけられながら、俺は桜田の質問に答えるので、一杯一杯だった。
もう、滅茶苦茶だ。
先程まで感じていた旅情は、どこかに吹き飛んでしまった。
だがしかし、俺はこの、旅行先で偶然出会えた友人たちとの楽しい触れ合いに、心が温かくなるのだった。
「そのお方たちとは、一体どのようなご関係なんですか? 統斗様」
温かくなった俺の心が、一瞬で凍えてしまう。
背筋が凍る。
冷や汗が、背中を流れる。
「えっと……、
「お答え下さいますか? 統斗様」
契さんが、静かに俺の右隣に立つと、目の前の桜田たちに物凄い笑顔を向けた。
なんだろう……、笑顔なのに、凄まじい威圧感を感じる。正直、恐い。
「あの、統斗くん、この人たちは?」
「……統斗くん?」
ピクリ、と契さんの眉が吊り上がった気がした。
「あぁ! この人たち? 俺が通ってる塾の講師なんだよ! いやぁ、夏期講習ってことで、近くのホテルで合宿してんだ! 俺! ねっ!」
契さんから何やら不穏な空気を感じてしまい、俺は慌てて、早口で適当な理由をまくし立てる。
というか、なんだこの状況? なんだこの状況!
「…………」
契さんは、桜田たちに笑顔を向けたまま、黙ってしまう。黙り込んでしまう。
まずい。俺の嘘が、完全に浮いてしまう。
「そうなのよ~ん。ワタシたちが~、統斗ちゃんに色々と~、教えてあげてるの~」
あぁ! マリーさん! ナイスフォローです!
なんて思った俺が、間違いだった。
マリーさんは契さんとは反対側、俺の左隣に並ぶと、俺の腕を取り、強引に腕を組んでしまう。明らかに、ただの塾講師と生徒の距離ではない。生々しい接近である。
「ちょっとマリーさん!」
「うふふ~」
俺の悲鳴は無視して、マリーさんはますますその身体を俺に密着させる。
桜田たちが固まる。
周囲の空気が、一段と重くなった気がする。
「おっ、なんだー? 統斗の友達かー?」
そこに、空気を読まない
自分の胸を、俺の背中で押し潰すかのように強く抱きつくと、俺の顔のすぐ右横から、自分の顔を覗かせる。どう見ても、塾講師と生徒どころか、男女として尋常な距離ではない。
空気が更に重く、黒くなった気がする。
というか、この状況って、かなりまずいんじゃないのか?
現実逃避かもしれないが、目の前の空気から逃れようとした俺の脳ミソが、一つの事実に思い当たる。
これって悪の女幹部と、正義の味方の、正体同士の対面じゃん?
はっ! まさか契さんは、それに気が付いて、こんな過剰の警戒を?
と思ったが、一応どちらも正体がバレないように、お互い持てる技術を駆使して、完璧な対策をしているはずである。
だからこうして直接対面しても、相手が悪の組織の幹部だとか、逆に正義の味方だとか、お互いの正体までは、分からないはず……。
「おぉー、統斗には、こんなに可愛い友達が沢山いたんだなー」
って超感覚! 超感覚の持ち主である、千尋さんがいるじゃん!
俺が、桜田たちの正体が正義の味方マジカルセイヴァーだと気付けたのは、超感覚によって、偽装を破り、直接相手の正体を見ることができたからだ。
俺にやれたのだから、俺より遥かに
桜田たちの素性までは、もちろん分からないだろうが、この目の前の少女たちが、自分がいつも戦っている正義の味方ということは、分かってしまうはず……!
「なんか、どこかで見た気もするけど、思い出せないなー。まっ、気のせいかー!」
あっ、大丈夫だ、これ。
多分、正体見えてるけど、単純に気付いてないわ、これ。
あまり深く物事を考えない千尋さんの笑い声を耳元で聞きながら、俺は、そっと胸を撫で下ろす。
ふぅ、やれやれ。一安心、一安心。
「それで、結局、統斗様は、この方たちと、どういった関係なんですか?」
全然、一安心じゃなかった。
契さんからのプレッシャーは、ドンドンと増している。
「が、学校の友達、です」
別に隠すようなことでもないので、俺は素直に事実を話す。
恐怖の余り、声が引きつっていないかどうかだけが、心配だった。
「それじゃあ~、初対面ってことで~、自己紹介でもしましょうか~。ワタシは~、
マリーさんがどこか桜田たちを挑発するように、俺と濃密に腕を絡ませたまま、ニコニコと笑いながら、自ら名乗った。
「オレは
千尋さんは、なにも考えてないのか、相変わらず太陽のような笑顔で、元気に挨拶する。俺を思い切り抱きしめたまま。
「……私は、
契さんは、空いていた俺の右手をさっと自分の手で握ると、壮絶な笑みを顔に張り付けたまま、ボソリと呟く。
悪の組織の最高幹部による自己紹介が終わっても、空気は、重たいままだった。
「わたしは桜田桃花です。統斗くんとは同じ学校のクラスメイトで、えっと、その、お友達……、です」
桜田が、なんだか悲しい顔で俺を見ながら、自己紹介した。
やめてくれ桜田……、そんな目で、俺を見ないでくれ……。
「あたしは赤峰火凜。十文字とはクライスメイトで、ただの、ただの! 友達よ」
赤峰が、俺に、いや俺を取り囲んでいる幹部たちに向かって、ジト目で答える。
いつもの火凜らしくない、どこかじっとりとした物言いだ。
「私は、水月葵と言います。同じく、十文字さんのクラスメイトです」
水月さんはいつも通り、冷静に受け答えしているが、少し目が座って見えるのは、多分俺の気のせいだろう。
「緑山樹里です。十文字くんよりは一つ年上で……、彼の先輩になるのかしら?」
緑山先輩は、一件穏やかに笑っている。
だけど……、なんだろうか?
どこか今の契さんにも似た、恐ろしい空気を感じる……。
「ひかりは黄村ひかりよ! 一応、その馬鹿アホ変態エロ十文字の後輩、ってことになってるわ!」
黄村……、今はなんだか、お前のストレートな悪態が癒しだよ……。
正義の味方の自己紹介が終わっても、状況は好転しなかった。
むしろ空気は、ドンドンと悪くなっている気がする。
「それでは、皆さんは統斗様とは、一体どの程度のご関係なのですか?」
「……っ!」
契さんが、まるで桜田たちを値踏みするように、恐ろしい切り込み方をする。
俺は流石に声を上げようと思ったのが、結局、それに失敗してしまう。
契さんが、強く強く、俺の手を握りしめたからだ。正直、痛い。
「統斗くんとは、一緒に二人きりでお弁当を食べるくらいの関係ですけど!」
桜田は、契さんの迫力にも負けず、正面から言い切った。
凄いぞ桜田、なんだか格好いいぞ桜田……!
「十文字とは、二人きりでお茶する程度の関係ですけど?」
赤峰が、口を尖らせながら答える。
取りあえず、その目はやめてくれ赤峰。なんだか恐いぞ、赤峰。
「十文字さんとは、二人きりで一緒に図書館で勉強するくらいの関係です」
水月さんが、冷たい瞳を契さんに向ける。
しかし水月さん。どうしてわざわざ二人きりを強調するんだ、水月さん。
「十文字くんとは、二人で一緒に買い物に行って、彼からプレゼントを貰うくらいの関係です」
緑山先輩が、その微笑みを崩さず、むしろ笑顔を強くする。
でも先輩、確かにプレゼントはしました。
だけどなんで、一緒に買い物に行った理由は、まるまる伏せるんですか、先輩。
「十文字とは、一つのクレープを二人で食べるくらいの関係よ!」
堂々と、大きく足を開いて、ビシリ! とこちらに指を突き付ける黄村。
ちょっと待て黄村、お前の発言は、結構な爆弾発言だと思うぞ?
ちゃんと、お前がクレープを残したからだって言えよ?
「そうですか……」
「そうです!」
契さんと桜田が、いや、悪の幹部と正義の味方が、悪とか正義とか全然関係ないところで、にらみ合いをしていた。
まさかこのまま、戦闘にまで発展してしまうのか?
思わずそんなことを考えてしまうほどの、緊迫感だ。
どうしよう……、この状況、俺のせいなんだよな?
どうしてこうなったのか、全然分からないけど!
なんて無責任なことを考えて、俺が現実逃避していた、その時だった。
「……ちょっと待って桃花ちゃん、一緒にお弁当って、なに?」
緑山先輩が、桜田を問い詰めだした。
「一緒にお茶するってなんですか火凜。あなたは一体、なにをしているんですか?」
「そういう葵こそ、図書館で二人きりって、なにしてたのさ!」
水月さんと赤峰が、謎の対立を始めしまう。
「樹里先輩の方こそ、統斗くんからプレゼント貰ったって、どういうことですか! あっ! あの自慢してたヘアピン!」
「桃花先輩、どうして十文字なんかとお昼一緒に食べるんですか! それならひかりと食べて下さい!」
「ちょっと黙ってて、ひかりちゃん、あなたにも、聞きたいことがあるのよ?」
問い詰められて、逆に食って掛かる桜田。
まったく空気を読まない黄村。
そして、なんだか恐ろしい空気を滲ませて、黄村を抑える緑山先輩。
正義の味方チームは突然、謎の仲間割れを始めてしまった。
「……随分と、おモテになるようですね。統斗様」
「すいません契さん。そろそろ俺の右手が千切れそうなので、力を緩めていただけませんでしょうか?」
空気は重くなり、緊張感は高まり、状況は切迫する。
ギリギリと音を立てて、空間が軋みそうだ。
こんな状況の中心にいながら、俺はただ、動けなかった。
身体が言うことを聞かない。情けない俺の超感覚は、尻尾を巻いて怯えている。
「帰りましょう。統斗様」
そんな俺の手を引いて、契さんは歩き出してしまう。
俺はただ無言で、それに従う。
桜田たちはつい先ほど起こった内紛に夢中で、こちらに気付かないようだ。
すまない、桜田……。すまない、みんな……。
なんかもう、ただただ俺が悪いような気分だった。
いや、実際に、俺が悪いのかもしれない……。
「なんだ? もう戻るのか?」
「そうよ~、ちょ~っとだけ、統斗ちゃんにお仕置きするのよ~」
俺の身体に引っ付いたままで、千尋さんは呑気に、マリーさんは小悪魔みたいに笑っている。
俺は、処刑台へと向かう罪人のような心境で、
と、その途中の道すがらだった。
「……あれ?」
俺は見た。確かに見た……、ような気がする。
ここからかなり距離があるが、このビーチで遊んでいる人の群れの中で、俺は二つの人影を見つけていた。
あれは……、親父とお袋?
そう、あの人影は確かに、俺の両親、のような気がする。
思わず注視してしまうが、向こうがこちらに気が付いた様子はない。
……まぁ、気のせいか。
両親の新婚旅行先は、事前に聞いているが、少なくともここら辺ではない。
もっと遠くの、南の方だったはずだ。
恐怖体験をしたせいで、両親が恋しくでもなったのか、と俺は自分を納得させた。
とりあえず今は、別に考えるべきことがある。
「なにしてるんですか、統斗様、行きますよ」
「お仕置きー! お仕置きー!」
「お仕置き~! お仕置き~!」
どこか冷たい契さんと、なにやら楽しそうな千尋さんとマリーさんに連れられて、俺はさながら、荷馬車に乗った子牛の気分を味わう。
熱い、熱い、真夏の太陽に照らされれながら、俺の心は、恐怖に震えるのだった。
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